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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第6章 女子野球? ~秋季島根県大会~
57/122

第5話 手加減無用

 投手・石井や一部の選手はなかなかの実力であった。だがしかし、日野級の投手力でもない限り、1人で勝つのは不可能である。


 大崎の先頭打者ランニングホームランに続き、因幡、寺越の連打、猿政のスリーラン。近江の空振り三振を挟み、春馬の三塁線を破るツーベース、楓音のライト前タイムリー、皆月のセンター前、最上のセーフティバントと、守備の脆さを突いた蛍が丘打線が大爆発。


「うわぁ、大崎から始まり大崎に戻ってきた。山手線かな?」


「電車は近江駅にしか止まってない特急だけどな」


 自分の名前にひっかけてつまらないことを言っている大崎に、適当にのってやってから送り出す。


『5対0となって1アウト満塁、か』


 かなりのワンサイドゲーム。そして打席に入った大崎は、またも一塁線を破る長打コース。楓音・皆月に続いて、俊足の最上までもが生還。さらに打った大崎までもが3塁到達。


「おい、新田。まだやるのかよ」


「この程度で、『まだ』か。まぁ、面倒くさいって言うなら、適当にアウトになって試合を終わらせてもいいけどな」


「この程度でまだって、マジかよ……新田」


「これよりひどい試合を知ってるからな……」



 春の選抜 1回戦

 龍ヶ崎新都市学院 42 ― 0 蛍が丘高校 (2回表試合放棄)



 1アウト取るまでに18点を挙げられたあの試合。春馬が忘れているわけがないのである。


「どうする? 終わらせるか? それとも取れるだけ取るか? どちらにせよ、勝戦処理として近江をリリーフする予定は変わらんだろうけど」


「手加減無用」

春馬の指示に、蛍が丘打線は止まらない。


 因幡がタイムリーでランナーを帰すと、寺越が右中間、猿政が左中間を破りさらに加点。そのうえで続く近江が当たり損ねのレフト前クリーンヒット、春馬がライト前タイムリーを放ち、初回にして11―0として1アウト1・3塁。


『(さすがにやりすぎかな? でも、まぁ仕方ないだろ)』


 注目の組み合わせだけに、地方大会1回戦とはいえ観客も多め。そんな大勢の前で一方的にボコボコにするのはほんのり良心の呵責を覚えるし、さきほどのおっさん連中からのヤジがまた飛び交う。が、むしろ手を抜く方が失礼というものである。


『(近江。楓音)』


『(了解)』『(OKだよ。って言っても、私は何もしないけど)』


 春馬がサインを送ると、3塁ランナーの近江、バッターの楓音ともにヘルメットの唾を摘まんで『了解サイン』を送ってくる。


 左投げ・石井と対面した春馬。彼女の足が上がると、ワンテンポ遅れたスタートを切る。


「「「ランナー、走った」」」


 1塁ランナースタートを伝える内野の甲高い声。楓音はど真ん中を見逃し。受けたキャッチャー・橘は迷わず2塁に向けて送球。盗塁の上手い春馬にしてはスタートが悪かった。だからこそキャッチャーはランナーを刺そうと2塁に投げた。いや、投げてしまった。


『(春馬君、ナイススタート)』


 3塁ランナー・近江スタート。


『(タイミングばっちり。あとは――)』


 春馬は急停止。


『(ここの内野守備だと、ランダウンプレーに持ち込めばランナーの勝ち。近江が帰るまで粘れば1点かつ進塁成功――えっ?)』


 と、止まった春馬にしてみれば予想外の展開であった。2塁に誰もいない。しかし送球がセンターに抜けたではない。


「ボールバック」


 ショート・岩井がキャッチャーからの送球を前に飛び出して捕球。しゃがんだピッチャーの頭上を通すようにしてバックホーム。


『(わっ、刺されちゃうっ)』


 反射的にホーム憤死の可能性を悟った近江。キャッチャーがホーム上でブロックしていることもあり、それを回避するようにキャッチャー背後に滑り込む。


「セーフ、ホームイン」


 回り込んだ近江の好判断。彼女が滑り込むと同時にホームに伸ばした左手は、キャッチャーの足の間を通してベースにかすった。


『(楓音、最上)』


 春馬は2塁にその間に2塁に達した。結果としてダブルスチール成功となったわけだが、渋い表情で楓音や最上に目をやる。


『(今の、野球を知らない人間ができることじゃないね)』


『(この点差だとそれほどだが、選手単体では要注意もいるぞ。新田)』


 ただの弱小校がディレードスチールを仕掛けた近江を殺しかけたのではない。ソフトボール部や女子野球部がもとからなかった学校における新設野球部。そして新設を見越して、選手を集めたわけではない。にも関わらず設立1年目の初公式戦でこのプレー。


『(石井陽菜に岩井ひなた。いや、スタートをワンテンポずらしたとはいえ、僕を殺しかけたキャッチャーの橘も。ライトやレフトは1年初めの楓音よりも遥かに酷いけど、一部は相当やべぇぞ)』


 本職野手の近江と比べる点でおかしいが、石井のピッチャーとしての実力は近江以上。岩井の守備は中堅以上なら分からなくもないが、自身が守備巧者だからよく分かる。先ほどの動きは初心者どころか中堅以上。まだ経験不足感は否めないにせよ、言い換えれば伸びしろが非常に大きい選手たち。


『(これは……こっちのやり方次第で一矢報いられるかもな)』


 九分九厘この試合は負けないだろうと思われる。しかし完璧な勝利を収めることができるかと言えばその限りではないのかもしれない。蛍が丘高校が近江という化け物や、新田楓音という驚異の成長を見せた初心者がいる時点で、女子の力を馬鹿にすることはできない。


『(それにしても……)』


「おめぇら、女子相手に本気なんて情けねぇぞ」


「それでも男かぁぁ」


『(うるせぇ)』


 とにかく騒がしいスタンド。蛍が丘・琴ヶ浜女子両校の応援団・保護者や、新聞記者などは節度を持っての応援、観戦をしている。しかしこの注目度の高い試合に惹かれただけなのであろう、無関係な野次馬と思わしきおっさんたちの罵声が飛ぶ。


 蛍が丘高校にとっては、慣れていても鬱陶しいものである。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 さて、新田春馬という男は生徒会副会長を務めつつ、野球部選手兼任監督でありながら、学年1位の学業成績を叩き出す優等生である。が……


「ふん。仕方ないねぇ。お前たち、行くよ」


「「「おぅ」」」


 春馬の『お友達』はなかなかにいかつい人たちである。


 わざわざ蛍が丘側のスタンドに座っていた、いかにもな不良学生たち。姉御の声掛けに6人が一斉に立ち上がり、先ほどからヤジを飛ばしているおっさん集団がいる獏ネット裏へ。


「ねぇさん。こっち空いてやすぜ」


 その中で下っ端感丸出しの男子生徒が、いかにも今来たばかりの雰囲気を出しつつ彼女らを呼び寄せる。


「『ねぇさん』に『やすぜ』って、そんなベタなしゃべり方するなんて。バリバリの不良演じるならもうちょいましなしゃべり方したらどうかねぇ?」


 仲間内でしか聞こえない程度の小さい口調でツッコむと、隣の金髪男子生徒がさらにツッコミ。


「いや、おめぇも同じようなもんだろ」


「そうかい?」


 まったくである。


「まぁいいさ……ん、んっ」


 咳払いしてキャラを元に戻す。


「おっ、いい席見つけたじゃないの。ほら。今度はジュースの1つくらい買ってくる」


「ヘ、ヘイ」


「みんなの分だよ」


 そして1000円札を渡して全員でその場所へと座る。その場所はおっさん集団の目の前。


 するとその途端、今まで騒がしくヤジを飛ばしていた集団が静かになる。


 なにせ目の前にいる『喧嘩上等』感満載の集団の背中には『蛍が丘』の文字。ここで下手なことを言えば、顔の形が変わるくらいは覚悟しなくてはらないだろう。


『(ふん。この程度でビビるなんて、所詮は20にも満たない高校生に向けてヤジしか言えない、体だけ大きなガキどもだねぇ)』


 軽く振り返り睨みつけておくと、少し動揺した様子で目を泳がせる。


『(さぁ、新田。スタンドのガキは黙らせた。あとは好きにやりな)』


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 初回が終わって14―0とワンサイドどころではない展開。


『2回の表、蛍が丘高校、守備位置の交代です』


 そこで蛍が丘は数少ない投手を休ませるため、敗戦処理ならぬ勝戦処理をマウンドに送り、結果として大きく守備を交代。


 外野はいつも通り、因幡・大崎・楓音の3人。


 いつもと異なるのは内野。ファースト・寺越、セカンド・春馬、サード・猿政、ショート・最上。春馬―最上の珍しい二遊間コンビが成立。休ませるべき投手がセンターラインを固めているのは、やむを得ないところはある。


 そしてバッテリーはピッチャー・近江、キャッチャー・皆月。


「春馬く~ん。慣れないセカンドだと思うけど、頑張ってねぇ~」


「一応、僕の本職はセカンドなんだけどな」


「それを聞くたびに自分の耳を疑うんだよな。新田がセカンドっていうの」


 近江と春馬の会話を聞いていた最上は、首をかしげながら頭をかく。なにせ春馬は大野山南はもとより、信英館、天陽永禄、松江水産など多くの県内強豪校からマークされている『ショート』の名手である。しかしその彼の本職はセカンドらしい。いったいどのような守備をするのか、疑問の一方で興味深さも生まれよう。


『2回の表、琴ヶ浜女子後攻の攻撃は、4番、ショート、岩井さん』


 投球練習の後、4番の岩井が左バッターボックスへ。


『(こいつか。さっきの回、ダブルスチールの近江を刺しかけたのは。こいつだけでも僕が仕留めておくべきだったか? いや、これだけ点差がある。ここは近江に任せる)』


 近江は皆月とのサイン交換後、日野と鏡写しのワインドアップモーションから一投。


「ストライーク」


 インコースを見送った。


 まずはワンストライクだが、近江の表情がややゆがむ。


『(春馬君。この子、違う)』


『(近江も気付いたか。こいつ、今までとはレベルが違うぞ。気をつけろ、皆月)』


 さすがにこの雰囲気に皆月も察したのか、次のサインはアウトコースへのボール球。ゾーンを広く使っていくつもりのようである。


 ワインドアップからの2球目。


『(近江っ)』


『(あっ、ミスった)』


 アウトコースを構えていた皆月は急いでインコースへとミットを移動。逆球となったストレートはインコース低め。そのボールを岩井はすくいあげるようにファースト寺越の頭上へと打ち返す。


「届――かねぇ」


 長身・寺越のファーストミットの上を破り、打球は外野へと抜けていく。ライトを守る楓音が打球の処理へと向かったその時だった。


『(えっ?)』


 目の前に飛び出す影がボールを遮った。


『(うそっ?)』


 打った岩井もバットを放り投げながら唖然。


「いくぞ、近江ぃぃぃ」


『『『(な、なんでそんなところにいるのぉぉぉぉぉ)』』』


 その場にいた全員が心中で驚愕。

 どうしてファーストの頭上を越す打球を、春馬(セカンド)が処理できるのか。


 シングルで捕球した春馬は、反時計周りに一回転しながら1塁ベースカバーに向かう近江へとサイドスロー。受けた近江はランナーとの交錯を防ぐため、1塁ベースへと足から滑り込んだ。


「ア、アウト」


 ファースト頭上を破るライト前ヒットが、一転セカンドゴロへと変わる。


「え、えっと、その……ナイスプレー?」


 いつもならファインプレーに大はしゃぎの近江も、尋常ではない超プレーに大はしゃぎできない。ただおどおどしながらセカンドの春馬へと送球。


「ヘイ、ショート」


 そしてその当の本人は自然な対応でショートへとボール回し。


『(……何、あいつ)』


 マウンドから数多くの春馬による好守を見てきた最上。だが、今のプレーは彼の見てきた春馬とは別人の何かだった。


『(なんであんなところにいたんだ?)』


 普通の高校野球であれば――いや、プロでも普通ならば抜けている打球である。それを処理してしまう高校生二塁手がいるのだから驚きである。


『(あれは、さすが守備でプロに行けると言われるだけあるのかな?)』


 最上は自分がよく彼に助けられているからこそよく分かる。そしてなにより、大野山南、信英館、さらには天陽永禄など。各地元強豪校がそろいもそろって『新田春馬パネェっす』と言っているだけに、その実力は言わずもがな。


 唯一課題を挙げるならば、貧打くらいのものである。


 さて、その春馬が岩井相手に好守を見せてワンアウト。ここまで1~4番は下手な野球をやっていたが、以降はほぼ素人の野球となる。


 まだまともな投球ができるとは言い難い近江を相手に、5番・近郷、6番・播磨が連続凡退。この回も3者凡退で無失点。


「春馬君、この試合、勝った」


「言うな。そりゃあ、僕も思ってないと言えばウソだけどさ……」


 琴ヶ浜の守備力は分かった。攻撃力についても、1~6番がこのありさまで、7~9番がこれ以上だとは思えない。仮に何らかの理由で手ごわい選手が下位に集まっていても、点を奪われる以上に奪える自信がある。


 つまり2回表終了時点でリードしている蛍が丘高校にしてみれば、この試合、『人数不足による試合放棄』を除いて負ける理由が存在していなかった。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・ーーー


 琴ヶ浜女子も自らのプライドにかけて必死の守備を見せるも、いかんせん野球経験の少ない女子たち。一切手の抜かない蛍が丘高校に一方的な試合とされてしまう。


 2回以降も連打に次ぐ連打で大量得点。


 3回にはここまで唯一三振を喫しているどころか、3三振を奪われている近江。フォアボールやエラーなどですべての塁を埋めた状況で、外野スタンド後方のネットをも越す満塁場外弾。

そして極めつけは4回の裏。


 2アウトで2・3塁にはレフト前ヒットの春馬、そして2塁にはライト前ヒットと盗塁を決めた楓音。バッターボックスの皆月への投球は、ファールと高めに浮いた球で1―1。


『(ピッチャーの石井も淡々と投げるようになってきたな)』


 最初は緊張からかしきりにロージンに手をやったり、深呼吸をしたり。しかし今となってはそんな間を浅むことなく淡々と投球を続けている。


『(ま、その方が試合展開早くていいけどな)』


 選手兼任監督の春馬はいつものようにサインを送ってリードを取る。


 マウンド上の石井。キャッチャーとのサイン交換ののち、セットポジションへ。ゆったりとしたモーションから、足を大きく上げての投球。左腕から投じられたストライクゾーンへの緩い球。


 ピッチャーの石井はストライクになるかボールになるか、キャッチャーはとにかくパスボールだけはしないようにしようとその投球に集中。

しかしであった。そのボールは突然、バッター・皆月の横から飛び出してきた何かによって遮られる。そしてそれに当たったボールは1塁側ファールグラウンドを転々。


『それ』とは……


「OK、余裕」


 3塁ランナー・春馬。滑り込んだ彼の足の下にはホームベース。


 あまりのランナー・無警戒と、一定のリズムを刻むような淡々とした投球。そのタイミングをうまい具合に図ってのホームスチール。


「えっと~審判さん。ランナーに投球当たったらどうなるんですか?」


 投球自体はファールゾーンを転々としたため、『暴投と同じ』ととりあえず判断して3塁に進んだ楓音。しかしさすがの野球博士もこんな珍しいプレーの対処は知らないようで、振り返って3塁審判へと問いかけ。すると塁審のおじさんは球審を指さす。


「ボールデッド」


 まずボールデッド宣告。


「ランナーテーク、ワンベース。ホームイン」


 2塁から3塁へと指さし。そして3塁からホームを指さし、両腕を横に開く。


「ストライク。カウント1―2」


 最後にストライクコール。


 つまるところが、ランナーに投球が当たった時点でボールデッド宣告。当たったランナーも含めて全ランナーに1つの安全進塁権を認め、投球はストライクになったであろうか、ボールになったであろうかと推測で判断される。


 要するにホームスチール成功で1点追加である。


「新田。ナイススチール。しかし、やる意味あったのか?」


「バッター、皆月だし」


「意味あったな」


 その春馬の予想が的中。皆月はあっさりとショートゴロに倒れてスリーアウト。春馬がホームスチールは賭けであったが、なんにせよ1点を取る采配となったことは違いない。


「気付いたらすさまじい展開だな」


 その好走塁を見せつけた春馬。4回の裏の攻撃を終えると、守備の準備を終えてベンチから出ながらつぶやく。


「すさまじいで済む内容か?」


 そして最上は引き続いてバックスクリーンに目をやる。



 琴ヶ浜女子 0 ― 49 蛍が丘



 蛍が丘の春のセンバツ。あれは試合放棄により公式には9―0であるが、途中経過で言えば42―0と圧倒的スコア。そして今の蛍が丘高校は、リードしてはいるが同じようなスコアである。


「僕らには『40点台』の縁があるのかもなぁ。もしかしてウチの野球部、定期試験で40点台多かったりするか?」


「知らね。てか、それは新田の方が詳しいだろう」


「いや、近江の赤点しか知らねぇ」


新田春馬 高校野球界最高の守備力を誇る遊撃手(本職は二塁手)

もしかしたら近江以上のチート選手かもしれない

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