第4話 男女混合チームVS女子チーム
涼しい風の駆け抜ける早朝。島根県のとある球場ではドリームマッチとも言うべく注目の試合が行われようとしていた。
『蛍が丘高等学校 対 琴ヶ浜女子高等学校』
初の女子甲子園球児を擁する野球部と、全国初の女子校野球部の公式戦。さすがにテレビ局の中継は来ていないが、新聞記者の姿はちらほらと見える。
「さて、そろそろ準備しないと時間ないからな」
春馬の合図で関係者入口の近くに近づけた車から、荷物を降ろす作業に入る。できればこうした作業でもむやみな疲労は溜めたくないところであるが、自分達でできることを親に任せるわけにはいかない。野球部は自分たちの部なのである。
「とりあえず、キャッチャー用具とバットは降ろしたな。あとは……ヘルメット?」
「大崎が降ろしてる」
最上が指さして春馬も確認。ひとまず降ろすべき物はひととおり降ろしたと言ったところであろうか。
「あとは……」
最後にもう一度確認。
と、その時である。
「いて」
「きゃっ」
道具確認に右往左往していたところ、誰かが彼の背中に突っ込んできた。体幹の割とすぐれている春馬は少しバランスを崩した程度でよかったが、相手は跳ね返されるように転んでしまった模様。
「すみません。大丈夫ですか?」
反射的に振り返って見てみると、そこには制服を着た女子高生の姿。
『(この野球帽。どっかの女子マネか?)』
被っている野球帽には筆記体の『K』が書かれている。単純に考えれば、夏に総合鈴征・信英館を撃破し、大野山南と善戦した蛍が丘高校を警戒し、敵情視察に来た女子マネージャーと考えるのが妥当である。
『(Kと言うと……大野山はO、信英館はS、天陽永禄はT・Eだったよな。総合鈴征はRだし、他にK……)』
ふとひとつ学校名が浮かぶ。
『(Kotogahama、まさか琴ヶ浜女子か?)』
Kで始まり、今日この場にいることが自然な高校名はそこくらいか。また転んだ相手が男子ではなく女子であったことが、その考えの準決定打ともなる。
「起きられる?」
「は、はい」
手を差し伸べてみると、彼女はその手を借りて起き上がる。
「えっと、質問なんですけど」
「うん」
「蛍が丘高校? はどこにいるか分かりますか?」
彼女は春馬たちが他の高校かもしれないと思っている様子。
「僕らが蛍が丘野球部だけど?」
改めて見てみる彼女はあまり大柄ではない。体育会系というよりは文化系少女と言ったところで、春馬の主観では本が似合いそうである。もっとも誰とは言わないが、身長150センチしかない女子スラッガーもいるわけで見た目は信用できないものである。ただ様子からしても女子らしい女子であり、出雲の小虎こと近江とは雰囲気が違う。
「え? えっと、し、失礼しました。琴ヶ浜女子高校でキャプテンしています。岩井ひなたです」
帽子を取って頭を軽く下げる彼女に、春馬も帽子を取って会釈。
『(琴ヶ浜女子のキャプテン。確か背番号6か)』
秋季大会出場校の登録者冊子をチェックしていたため、彼女だけだが情報が浮かんでくる。
「こちらこそ初めまして。蛍が丘高校野球部監督、新田春馬です」
「え? か、監督さん?」
「監督……だけど?」
「て、てっきりキャプテンさんかと。お若いですね」
彼女は『選手兼任監督』のシステムをあまり知らない様子。大方、監督と言われて若い見た目の大人だと勘違いしたのであろう。
「いやいや。選手兼任監督。高校2年生だよ」
「へ?」
やはりよく分かっていなかったもよう。
「選手と監督の兼任。だから、選手でもあり監督でもあると」
「あっ、わ、分かります。プロ野球でもたまにいる人ですよね」
ようやくわかってくれたようである。
「ま、なんにせよ、今日はよろしく。と言っても、試合前の先攻後攻決めでまた会うだろうけどね」
「そうなんですか? 初めての大会でよく分からなくて……」
「大会役員が教えてくれると思うから、多分その通りにしとけば問題ないと思うけど?」
「でしたか。ありがとうございます。では、今日はよろしくお願いします」
「よろしく」
改めて握手を交わす両者。
彼女はひとまずのあいさつを終えると、再び会釈して来た方へと戻っていった。
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
「しかし今日は観客が多いな」
ベンチから1歩外に出た最上がスタンドを見上げる。
休日であるため分からなくもないが、他球場では1回戦から強豪校同士の激突もある。そしてそもそも地方大会の1回戦である。聞こえる声は保護者+近所のおっさんなんてことも珍しくないのに、見る限りではかなりの数が来ている。プロには遥かにかなわないが、独立リーグの観客数よりも多い。それくらいのレベルである。
「そりゃあ、琴ヶ浜女子高校、女子校初の大会出場だからな」
「それも相手が蛍が丘。知名度抜群。マスコミも金のにおいには敏感だねぇ」
死に霊の悪夢にてマスコミ方面から過剰な接触・攻撃を受けた蛍が丘野球部。
春馬は親和的な対応で友好関係を築いて味方にしようとしているが、最上にとっては皮肉の対象であるようだ。褒めているというよりは、けなしている・呆れているといった方が正しい言い方だ。
「ただ、やりにくくはある。か」
春馬は彼らしくない一言。春のセンバツや夏の注目カードなど大激戦を繰り広げていた彼らにとって、こんな勝ち試合はなんてことないはず。しかし最上は意外にも肯定的にとらえる。
「否定はしない。女子と野球をするのはいつものことだけど、女子相手に野球をするのは高校に入って初めてだもんな」
蛍が丘高校は女子と一緒に野球をしているチームである。が、女子相手に野球をするのは今回が初めてである。その点ではまだ総合鈴征、信英館ら。なんなら大野山南の方が一日の長があるといったところだ。
「春馬君。そろそろベンチ前整列だよ」
近江の声に思い出した春馬は全員をベンチ前に整列させる。
相手校の女子選手も全員がベンチ前に整列。
「集合」
球審の一言にホームベース前に両校選手が駆け出す。
高校野球界の歴史に新たな一ページを刻む戦いが今始まった。
先攻・琴ヶ浜女子高校
1番 ピッチャー 石井
2番 キャッチャー 橘
3番 ファースト 瀬戸
4番 ショート 岩井
5番 センター 近郷
6番 サード 播磨
7番 セカンド 北上
8番 ライト 十和田
9番 レフト 嶋
後攻・蛍が丘高校
1番 セカンド 大崎
2番 センター 因幡
3番 ファースト 寺越
4番 サード 猿政
5番 キャッチャー 近江
6番 ピッチャー 新田春
7番 ライト 新田楓
8番 レフト 皆月
9番 ショート 最上
蛍が丘はいつもと違う試合展開を運ぶことが、試合前にして決定していた。
まず本日の先発ピッチャーは、エース・最上ではなく春馬。それに伴いキャッチャーも皆月から近江へと交代。
さらに先攻好きの蛍が丘であるが本日は後攻となっている。これは琴ヶ浜がジャンケンに勝って先攻を選んだため。後攻有利と言われる野球では、『(ジャンケンに)勝ったら後攻』が定石である。が、定石を知らない琴ヶ浜や、定石を外した理由を持つ蛍が丘など例外もある。今回は例外同士の衝突となったようで。
その結果、まったく荒れていないまっさらなマウンドに立つことになったのは、蛍が丘高校先発の春馬。
「公式戦で先発なんて久しぶりだな」
「新田、公式戦で先発したことなんてあったか?」
「公式戦だと少年野球の地方大会……実質的な引退試合が最後だな」
練習試合では高校・中学でも先発経験があるが、公式戦となると本人曰く少年野球以来。
「マジか。大丈夫か? その時のピッチャーとしての感覚は覚えてるか?」
「忘れたくても忘れられるかよ」
ショート・最上の声掛けに、キャッチャーを一瞥して答える。彼の目線の先に気付いた最上は、柔らかめの声で言い返す。
「いいじゃねぇの。今は味方だ。それどころか名相方ってな。大方、シャーロックに対するワトソンってとこか?」
「あんな豪打のワトソンがいてたまるかよ」
とやかく言っていた春馬だが、やはり守備に関してはあらゆる適正が高そうである。まっさらなマウンドにもすぐになじみ、割と様になったピッチングを始める。
「ラスト。ボールセカンいくよぉ」
春馬の最後の投球を受けた近江はセカンドに送球。受けた大崎がタッチする素振りを見せ、サードの転送。そこから再びセカンド―ショート―ファーストと介し、最後はマウンドの春馬まで帰ってくるボール回し。
「1回表ぇぇぇぇ。しまっていくよぉぉぉぉ」
「「「おぉぉぉぉぉ」」」
女子捕手1人の高い声に答える、野郎7人&女子外野手1人の声。
『1回の表。琴ヶ浜女子高等学校の攻撃は、1番、ピッチャー、石井さん』
先頭の石井が左バッターボックス。春馬はプレートを踏みつつ近江とサイン交換。
『(う~んと、インに曲げる? いっそ、最初は相手を威嚇する気で当てちゃう?)』
と、近江。いきなりバッターを指さしてからのサムズダウン。
『(無茶言うなよ。マスコミ来てんだぞ。いきなり女子に当てたら、どんなこと言われるか分からねぇよ……ほんと日野さん、よく近江に厳しいところを放っていたよなぁ。すげぇメンタルだ)』
いくら彼女らが怪我を覚悟で男子高校野球に参入しているとはいえ、怪我をさせれば世間がうるさいのである。巷ではキャッチャー・近江のクロスプレーについてもとやかく言っている人がいるとか。
いずれにせよ『世間の敵』が分かっている春馬は、近江のサインに首を振って危なげないサインに了承。
「ストライーク」
初球はアウトコースへのストレート。球速は120キロと上々である。
『(少し腰を引いた?)』
近江は視界の隅で捉えたバッターの動きに違和感を抱く。
『(春馬君。ここ、お願いできる?)』
『(マジで? こえぇよ)』
首を振って最初のサインを拒否。
『(お願い)』
『(近江がそこまで言うからには、理由があるんだろうな)』
すると次なるサインもまた同じもの。普段ならば近江の主張など信用できないのだが、野球について言えば蛍が丘ナンバー1の感性を誇る。その感性が強く訴えているのだから、それを無視する必要はない。
ノーワインドアップモーションからの2球目。
「ストライク、ツー」
インコース高めへのストレート。特に危険な球ではなかったが、バッターの石井は大きく回避行動。
『(なるほど。これに気付くとはさすが近江だな)』
『(やっぱり。野球経験はあまりないみたい)』
野球の硬式球は非常に硬い。それだけに打席へと入る者は少なからず恐怖心を持つ。そして今打席にいる彼女は恐怖心を押し殺せていない。
ただこの投球は少々まずかったか。
「オイオイ。どこ投げてるんや」
「女子相手やぞ」
スタンドから野太いオヤジのヤジが飛ぶ。
「うっせぇな。ぶっ殺すぞ」
周りには聞こえないほどだが、しっかり声に出してつぶやく。春馬も優等生とはいえ、裏では不良サイドの人間。口調が荒れる時もたまにはある。
近江は一瞬だけそのヤジに不快感を覚え、さらに春馬の表情を読んで顔をしかめる。
『(あぁいうバカな人、私きら~い)』
近江にバカと思われるという最大の侮辱である。
「春馬君。ナイスボール。次で決めよ」
ボールを春馬へと投げ渡すついでに声もかけ、すぐさま次のサインを送る。
『(これなら変化球はいらない。遊び球もいらない。この勝負、勝った)』
ストレートのサインを出してミットはど真ん中。
春馬は一切の疑念を持たずに投球モーションへ。
「ストライクバッターアウトっ」
真ん中低めへのストレート。バッターは腰を引き気味に空振り三振。
『(あいつはどんなものかと思ったが……それほどのバッターではない、か)』
春馬的には特別、実力はいかほどか気になっていた相手だった様子。しかしまったく労せずしてワンアウト。
『2番、キャッチャー、橘さん』
続くバッターは右バッターボックス。
春馬にしてみれば小学校から高校まで、公式戦では初めてとなる2者連続の女子。
『(なんつーか、男子野球に女子が混じっているってより、女子野球に男子が混じってる感じだな)』
なんなら自分の球を受けているキャッチャーも女子である。
その彼女はバッターを横目にリードを組み立て。
『(ちゃんと試合をしようと思ったら、優先するポジションは、ピッチャー、キャッチャー、ファーストの3か所)』
ストライクが入らないと試合にならないピッチャー。
一般的に最も守備機会が多いキャッチャー。
その次に守備機会の多いファースト。
試合をまともに成立させようとすると、この3つのポジションはまともな選手にしなければならない。つまり素人集団に等しい琴ヶ浜女子において、このポジションを守る3人、
『(1番の石井さん。2番の橘さん。3番の瀬戸さん。ここは特に注意)』
彼女たちはチーム内でも有数の実力者と考えていい。
『(でも正直、1番の石井さんはあまり上手くなかった……春馬君と同じ守備の人だから? それとも初めての試合で緊張してる?)』
つくづく野球については頭の回転が速い子である。いつも彼女のテストの点数に悩まされている教師にしてみれば、この頭の回転を少しでも学業に生かしてほしいところであろう。
「ストライク、バッターアウト」
近江の要求はここも連続ストレート。0―2からの3球目こそ失投して大きくストライクゾーンから外れるも、これをバッターがハーフスイング。近江のスイング判定要求に対し、1塁審がスイングジャッジを行い空振りの三振。
『3番、ファースト、瀬戸さん』
さらに3番が右バッターボックス。
彼女に対しても3球連続ストレート。
これであっさりと空振り三振を奪い、なんとこの回の投球数はわずか9球。無駄球無しでの3者連続三振で無失点に抑える。
「春馬君。ナイスピッチ」
「いや、近江がナイスリードだった。マジで」
1番・石井の細かい動き。それに近江が気づかなければ、おそらくはここまで簡単な1回表にはならなかっただろう。
「エッヘン」
「それで近江。準備しとけ」
「準備?」
マスクとヘルメットを外しながら首をかしげる近江に、春馬はマウンドを指さした。
「春馬君が投げてると、スタンドがうるさいもんね」
「そういう理由ですまんな。女子と女子なら騒ぐ奴もいないだろうし」
「別にいいよ~、楽しいし」
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
1回の表は無失点に抑え込まれた琴ヶ浜女子。
攻守替わって1回の裏、蛍が丘高校の攻撃。
「ピッチャーはたいして速くなさそうだな」
「石井陽菜。左投げ」
「新田は知ってるのか?」
「知らない……と、言ったら嘘になるな」
意味深な言い様の春馬。最上は目を細めつつ問う。
「その心は?」
「向こうの副キャプって言うのもあるが、僕と同じ中学校らしい。卒アル見たらあった」
「言い方からして、ずっと他クラスだったタイプか。野球部には? って、いたら知ってるか」
「いなかったな。電話で三藤さんにも聞いてみたけど、知らないって言ってた」
「確か、総合鈴征の」
「あぁ。中学時代の僕の先輩だな。本題に戻るけど、あいつは大方、地元のクラブチームとかにいたか、もしくは高校に入って野球を始めたか。最初の打席を見る限り、おそらく後者だな」
「しかし本当に後者ならやべぇぞ。野球経験2年であれは」
「21世紀枠とはいえ野球経験1年で甲子園のグラウンドに立ったあげく、練習試合とはいえドラ1候補左腕からヒットを打ったヤツもいるけどな」
「あはは」
名前は明確にはしていないとはいえ、自覚のある楓音は苦笑い。
「まぁ、なんだ。大崎。相手が女子でも容赦なく、な」
「大丈夫、大丈夫。慣れてるから」
「いろいろ大丈夫かな? ウチの野球部」
監督として春馬は、女子相手でも手加減しない部員に喜ぶべきか、それとも一切のためらいがない彼らの将来に危機感を抱くべきか。
『1回の裏、蛍が丘高校の攻撃は、1番、センター、大崎くん』
左バッターボックスに入った大崎。
マウンド上の石井に目をやると、頭を切り替えて戦闘モードへ。
その初球――
「あっ、抜けた」
春馬が素っ頓狂な声を出してしまうほどいきなりのことだった。初球の甘い球を捉えた大崎は、打球を右中間へと運ぶ。
「大崎、GO」
1塁コーチ・皆月が勢いよく左腕をまわして次の塁へと向かわせる。一方の3塁コーチ・最上は何もせずに打球を見つめている。彼は何もしていないように見えるが、彼は彼なりにやっているのである。
『(よし、3塁行ける)』
大崎は自分で打球を見ながら2塁を蹴る。そして視線の先には棒立ちの3塁コーチ・最上。
『(最上くんっ)』
『(打球の位置、中継、大崎の速さ……総合すると――)』
「はい、GO」
大崎が迫ってくるなり面倒くさそうにホーム指さし。それを合図に大崎はノンストップで3塁を蹴ってホーム突入。
ソフトボール部や女子野球部が元からあったならまだしも、野球に縁のない高校による野球部創設。まともな選手がそろっているわけがないのである。大崎の打球はどう見ても二塁打、よくて三塁打程度だったが、外野守備がもたつきそれ以上の余裕ができた。結果、
「ホームイン」
いきなりの初球先頭打者ランニングホームラン。
「ナイバッチ」
「因幡くんも続いてよ」
「任せろ」
大崎は帰り際に因幡とハイタッチ。
「よくやったぞ、大崎」
「いきなりいい球が来ちゃって。おかげで相手の手の内は見られなかったなぁ」
「いや。手の内なんて、因幡や寺越でも見られる。けど、立ち上がりを突くのは大崎にしかできない。ナイバッチ」
「ありがとう」
春馬に歓迎された大崎は、少し疲れた様子でベンチ奥の椅子に腰かけた。
因みに琴ヶ浜女子の先発オーダー フルネーム
1番 石井 陽菜
2番 橘 若葉
3番 瀬戸 祐希
4番 岩井 ひなた
5番 近郷 佳奈美
6番 播磨 響
7番 北上 五十鈴
8番 十和田 ときわ
9番 嶋 由紀
総合鈴征出雲(三藤以外)と同じく、
選手には一貫した元ネタがあります




