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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第6章 女子野球? ~秋季島根県大会~
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第3話 女子参加への思い

「次は琴ヶ浜女子。高校野球初の女子校野球部らしいけど、大丈夫なのかい?」


「女子野球が転換したならまだしも、新設みたいですから。なんとかなるでしょう」


 上着を脱いだだけの制服姿、靴は運動靴とあまり野球をする格好ではない春馬だが、彼はマウンド上でセットポジション。ホーム後方でグローブを構えてしゃがんでいる、こちらも制服姿をした姉御気質の先輩に投球。110以上はありそうなストレートに対し、彼女はグローブの芯ではなく網の部分ではあるが、こぼさずにしっかり捕球。


「で、先発予定は?」


「どうしましょうか。最上を出すほどではないと思いますけど、近江を出すには怖いですし。ひとまず点差がつくまでは僕ですかね?」


「ほんと、ウチの野球部は部員数的に苦しいねぇ」


 右手の上でボールを回して遊ぶ彼女に、春馬は皮肉のように漏らす。


「先輩が入ってくれれば、せめて夏大くらいは楽できたんですけどね?」


「ブランクもあるし、身体もボロボロなモノで。すみませんねぇ、監督さん」


 と、反論と同時にボールも投げ渡す。と言っても、彼女の投じたボールはマウンドまでノーバウンドで届きはせず。それどころか2バウンド、3バウンドとして、最終的にほぼゴロとなってマウンドまで届く。


「冗談です。さすがに肩を壊している人間をさらに痛めつけるような事はしませんから」


「まっ、手伝えることは手伝ってやるから。遠慮なく言ってきな。今はひとまず投球練習さね」


 春馬は引き続いて投球練習。


 ところで、なぜ春馬は他の野球部員ではなく、先輩にキャッチャーを頼んでるのかというと……


「コラァァァァ。またお前らかぁぁ。授業中だぞぉぉぉ」


「やべっ。センコーだ。逃げるぞ、新田」


「うぉぉぉ。撤退~」


 授業サボりである。


 生徒会副会長と不良集団の姉御(トップ)が仲良く生徒指導の厳つい教師に追いかけられるという、なかなかに新鮮な光景が見られる蛍が丘高校グラウンド。ただこれは別に不思議なことではなくよくあること。1学期には生徒指導の教員から逃げるため、副会長&不良集団による校舎2階からの空挺降下もあったくらいだ。下手すれば怪我をしてしまう行為だが、こんな無茶には慣れた集団だけに怪我人ゼロであった。


「新田。そこを右。体育倉庫に入って撒くぞ」


「ヘイ」


 建物の角を曲がってすぐ、扉の空いていた体育倉庫に逃げ込む。もちろんただ逃げ込むだけではすぐにばれてしまうので、何かしらの物陰に隠れてやり過ごす。


「……」


「……」


 それぞれ物陰から教員を確認。


「あいつらどこ行った? いつものことだが……まったく」


 彼は頭を掻きながらあたりを見回す。しかし一度死角に入って視野から消えてしまっては、もうどこに逃げたか分からない。


「っと」


 教員の視線がこちらを向いたのに気付いてすぐに隠れる春馬。


『(やべぇ、やべぇ)』


 ただあの教員もそこまで執拗に追いかけては来ない。一度撒いてしまえば、次に会った時には笑顔であいさつである。それは春馬が不良的一面を持つ一方で、2年生の最優秀生徒でもあるため。不良行為に入っている時は指導しなければならないが、そうでなければわざわざ指導する生徒ではないからでもある。


 だからこそここで気付かれなければ……


「またあいつか? ここを空けたままだなんて。誰もいないか~?」


 危機が訪れる。扉が開いたままの体育倉庫に気付いて施錠しようとしている様子。


『(どうするんだよ?)』


 3年女子は心配そうな顔をしながら春馬を凝視。ただ彼は冷静な様子。


「いないな」


 そして施錠。いわゆる監禁状態が発生してしまったわけである。ついでに足音からして教員は行ってしまったようで」


「ふぅ。逃げ切れた」


「いやいや、閉じ込められたんだけど?」


「作戦1。外部に連絡を取る」


 携帯電話等はカバンにしまって持ち歩かないのが学内ルール。だが不良がそんなルールを守るわけがなく、春馬の制服の内ポケットからは折り畳み式の携帯電話。


「作戦2。あっちに裏口がある。あれは裏から鍵を開けられるタイプ」


「あぁ~」


 結論。閉じ込められてはいない。


「作戦3。そもそも正面の扉も裏から解錠できる」


「また詳しいことで」


「生徒会副会長の仕事でね」


「なんで生徒会副会長が、授業中(こんなとき)体育倉庫(こんなとこ)にいるのか?」


「今は不良ですもん」


 都合のいい人間である。


「しかし、さすがに練習できなかったなぁ」


 春馬は砂がついて汚れたパイプ椅子を広げて腰かける。


「そんなに練習したいなら、練習時間を伸ばせばいいんじゃないのかい?」


「早く帰って休みたいですし、あくまでやることないから練習してただけですし」


「授業中」


「先輩も」


「第一志望、A判定」


「さすがです」


 不良生徒の多い蛍が丘高校。しかし皆が落ちこぼれと言うわけではなく、春馬のように『勉強のできる不良生徒』も珍しくない。大野山南などの進学校に落ちて入学した優等生が、授業を役不足に思って面倒でサボり始めた結果、こうして不良化してしまう場合があるのである。そのためサボり魔・春馬も第1志望の国立大学についてA~B判定を出しているわけだが、隣にいる彼女も第1志望の関西の有名私立についてA判定を出し続けているわけである。


「特進クラスくらい作ればいいのに」


「そりゃあ、上の大学に行きたい学生は大野山南に受かっちゃうからじゃないかい? あくまでも普通は」


「間違いないですね。僕ら不合格組はここらで辛抱ってことですか」


「仕方ないねぇ。特別進学部でも作るかい?」


「すでに野球部とサッカー部の兼部状態なんで、勘弁してください。さすがに3つも兼任できるほど丈夫じゃないです」


 それに加えて学力上位を維持しつつ、生徒会役員も兼任である。


「ふふふ。あんたも大変だねぇ。でも、体には気をつけなよ」


「善処します」


「あんたはなんでもできる分、他人に頼らない節があるからねぇ。しっかりそばで管理してくれる人がいるんじゃないのかい?」


 彼女は彼に寄ると顔を近づけ、彼の頬を軽くなでる。


「なんなら、アタシが彼女になって、あんたを見ていてあげようか。アタシもあんたなら大歓迎よ」


 彼女はその雰囲気上、あまり告白を受けるようなタイプではない。しかし見た目はかなりよく、まともな生徒ならば恋愛ごとには困らないくらいである。そんな彼女に詰め寄られているのに、春馬は素面で彼女の肩を持って少し距離を取らせる。


「先輩なら、僕よりいい人生の相方が見つかると思いますよ」


「ちぇ、つまんないねぇ。少しくらい顔色を変えればいいものを。それとも、私を女子として見てくれてないのかね?」


「いや、先輩は女子としてのクオリティは高いと思いますよ? 自信を持ってください」


「フラれておいて、自信を持てっていうのも無茶な話だと思うけどね」


 春馬から離れて近くのマットに寝転がる。


「まぁ頑張りなさいよ。応援してるから」


「はい。じゃあ、そろそろ出ましょうか」


「う~ん。まだいいんじゃない? どうせ行くところもないし、授業が終わるまでここにいても」


「それもそうですね。じゃあ、暇つぶしに何か話でもしますか」


「いいじゃない。じゃあ、アタシの武勇伝でも聞くかい?」


 本当につくづく不真面目な優等生である。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「おぅ、すまんかったな」


 放課後、春馬が練習のために学校にやってくると、そこではすでに他のメンバーが部活を始めているところであった。


「春馬、早く着替えろ」


「あっ、春馬くん。お疲れ様~」


 ファーストを守っている因幡からはもっともな返事、セカンドの楓音からは労わりのセリフ。


「春馬君、お疲れさ――ふぎゃ」


 そしてマウンドの近江はわざわざ春馬を見て声をかけるが、その彼女の頭に皆月からの返球が当たる。


「まったく、あいつは気を抜くなよ」


 カバンをいつもの場所において着替え始める。


 彼は別に補習を受けていたわけでもなければ、教師に呼び出しを受けていたわけでもない。しいて言うなれば、生徒会長に呼び出しをうけていた。生徒会の会議である。


『(この時期はイベントが多いもんなぁ。面倒くせぇし疲れるし)』


 基本的に行事が行われる場合は、生徒会の下に行事用の実行委員会が設立される。しかし春馬のその有能さから、ことあるごとに実質的な実行委員長を兼任することになるのがいつものことである。


 要するに春馬は生徒会副会長として忙しいのである。


 その生徒会副会長さんも着替えるのを手早く終える。いつもならば多少無駄話をしてダラダラと着替えるゆえ長くなるが、今回は誰も話す相手がいないのだから当然である。


「新田。着替え終わったか?」


「おぅ。今、終わったところ」


 これから打撃練習をするのであろう、バットを片手にした最上。彼は軽くあたりを見回すと、セカンドを向いて手招き。


「楓音。新田のストレッチ手伝い」


「へ?」


 指名された彼女は「え? 私?」と急すぎることに目を丸くする。


「ず~る~いぃぃぃ、私が手伝うぅぅぅぅ」


 それに反論するようにマウンドから駆け下りてくる近江だが、最上がバットを彼女の方に向けて一言。


「おっと、僕との勝負に逃げてもらっちゃ困るぜ。一勝負、受けてもらおうか」


 普段ならやらない最上による突然の宣戦布告。すると野球バカで好戦的な彼女は足を止め、回れ右してマウンドに歩いていく。


「私と勝負なんていい度胸だと思う。三振に取る」


「上等。かかってこい」


 投手経験数か月 VS 9番バッター


 額面的にはいい勝負である。


「そういうこった。楓音、任せた」


 そういって楓音を春馬に付き合わせようとしたところで、春馬はそれを制する。


「いや、楓音、いいから練習しとけ。僕はひとりで大丈夫だし」


「ストレッチはケガの防止に重要。誰だっけな。ケガ防止のために近江へ説教した奴は」


「そ、それは……な」


 しかしその春馬を最上が封殺。


「分かったか」


「はい」


 キツネ強し。


「さぁ、やろうか。近江」


「勝負」


 最上は近江を引き連れて勝負へ。


 そしてライトファールグラウンドにてストレッチを始めた春馬のもとへ、楓音が小走りで寄ってくる。


「えっと、背中、押した方がいい?」


「ゆっくりな」


「は~い」


 座ってストレッチをする春馬に対し、楓音は背後に回って背中を押す。


「い~ち、にぃ~」


 普段は春馬&近江コンビでやっているだけに、この組み合わせでストレッチするのは意外と久しぶりである。


『(こういうのいいなぁ。近江ちゃん、いつもこうしてるんだね)』


 つくづく近江のような積極的な行動ができれば楽だろうとも思う。しかし近江は恋心を持っていない、男女の『究極的な友人関係』であるからこそあのような行動ができるのかもしれない。その点では近江並みの度胸を楓音が持ち合わせていたからと言って、近江のような行動ができるかどうかと言えば難しいと言っていい。だからこそこうした何気ない行動にうれしさを覚えているのだろう。


 彼女は春馬の背中を押しながら、近江の投球をセンター前に運んだ最上へと目をやる。


『(最上くん、ありがと~)』


 つくづく最上は楓音に気を使ってくれる友人だ。彼女にしてみれば恋愛対象としての一番は春馬だが、友人としての一番は最上なのではないかと思わされる。


「じゃあ次は」


 春馬は皆の練習に参加すべく、淡々とストレッチを続ける。


 普段、不眠時にひざまくらで昼寝させてもらっている楓音だが、今回は今回でせっかくの機会。何もしないのもどうかと思い、適当な話題を振ってみる。


「そろそろ秋大会だね」


「そうだな」


 話の繋がらない事務的な受け答え。


「春馬くん、女子校相手ってどう思う?」


「どう思う、か」


 それを聞いた途端、ここまでストレッチを進めていた春馬の動きが止まる。


「あまり気が進まないな」


「進まないって?」


「女子相手は慣れない」


「近江ちゃんや私と普段から一緒にいるのに?」


「高校野球に入って、女子を敵にするのは初めて」


「あっ、なるほど」


 春馬は少年野球にて近江と対戦した経験がある。


 そして高校以降はその近江、そして楓音と一緒にプレーしてきた。


 しかし高校入学以降、女子を敵にして試合をするのは初めてなのである。


「でも、いつも通りやればいいんじゃない? 私たちと練習するみたいに」


「身内でプレーするのと外でプレーするのは違うからな。お互いに分かり合ってる分なぁなぁだし、多少の危険プレーもさらっと流せるし」


「春馬くんは、女子と一緒にプレーをしたくないの?」


 自分は近江によって半ば無理やりに選手にされた立ち位置。しかしこの1年半を通じて、見ることの楽しさとは違う、プレーすることの楽しさも覚えた。圧倒的実力差の男子にいかに対抗するか。そうした点での面白さも感じた。彼女自身は決して現状に不満があるわけじゃない。しかし春馬の顔は晴れない。


「楓音。近江には――いや、みんなには絶対に言うな。不和の原因になる」


「う、うん」


「僕は別に女子が嫌いなわけじゃない。実力を認めていないわけじゃない。けど、高校野球に関しては女子と一緒にプレーしたくない」


「え……」


 最後の言葉に衝撃を受ける。


 春馬は明らかにいい放った。


 女子と一緒にプレーしたくない、と。


「楓音。別にお前や近江が嫌いなわけじゃない。味方にいる分には構わない。けど、敵としてプレーをしたくないってことだ」


「そ、そういうこと?」


 てっきり自分たちが否定されたかと思った。


「でもなんで?」


「やっぱり女子相手はやりにくいんだよ。デッドボールを当てようものなら、そしてプレー上の不運でも怪我をさせようものなら。なんならただ全力で勝負することや、インコースの厳しいコースを放ることも。何を言われるものか分かったものじゃない」


「そんなこと気にしなくてもいいと思うよ。怪我だって誓約書すら書いているんだし。それに私たちもプレーするうえで、怪我することも、全力勝負されることも覚悟してるし」


 高校野球の公式戦参加において怪我した場合のトラブル回避のために、「プレー上の怪我は故意のものを除き、連盟・選手は一切の過失を負わない」との誓約書を書かされている。そもそも法律的にもスポーツ上の怪我は違法性が棄却されるのだが、その上でその誓約書である。それでも春馬は納得が言ってはいない。


「法的な問題はないだろうよ。それに楓音の言う覚悟も疑いはしない。でも、うるさい馬鹿どもがいるんだよ」


「プレーする側が文句を言わないのに?」


「甲子園で起きた主力打者の全打席敬遠。文句を言ったのは誰だった?」


「全打席敬遠って言えば……」


「選手もちょっと口は開いた。でも相手方にまで影響を与えるほどに文句を言ったのは、まぎれもなく『世間』であり『マスコミ』なんだよ。分かるだろ? 女子相手にプレーするとき、敵になるのは『世間』なんだよ」


 男女不平等に文句を言うのは世間である。しかし男女平等を最も阻む原因となっているのもまた世間である。


「近江や楓音と一緒に高校野球でプレーできたのは楽しかったし、この非常識に挑むのは面白いと思う。でも、女子相手にプレーをするのなら話は別……女子の高校野球参加。相当ろくでもねぇ改革だろ思うな」


 春馬は堰を切ったような毒をはきつつもストレッチを再開する。


「世間の顔色を(うかが)いながら野球しないといけないなんて。いったい高校野球って、誰のための高校野球なのかなぁ?」


「少なくとも選手のためのもの……ってのは理想論だな。結局のところ、美談やら感動やらドラマ性やら、そうしたものを求める世間のためのものなのかも」


 もちろん春馬の主張は極端なものでもある。が、死に霊の悪夢にて世間からの反響を受けた立場としては、『選手のための高校野球』は理想論にしか見えない。なんだかんだ言っても所詮、高校野球は世間にとっての興業・娯楽なのではないかとも思えてしまう。


 たかだか20にも及ばない高校2年生が悟ったような口調だが、選手兼任監督としてそれだけ苦労しているのである。


「そう考えると今までの相手、本当に容赦なくぶつかってきてくれたよな。特に日野さんなんて、近江相手は特に容赦なく」


「ふふふ。近江ちゃんは別格だもん」


 ドラ1でプロ入りを決めた左腕が、女子を本気でねじ伏せに行ったのである。それでいて何度かホームランを打っているのだから、近江は本当に女子として別格だ。


 少し気持ちが緩みつつあるところで、楓音は静かに話しかける。


「いいんじゃない? 強気で行っても。どうせ世間で文句言っている人って、私たちに比べれば格下ばっかりだもん」


「格下って何をもってだよ?」


「え? だって、私たち甲子園に出てるし。世間の人で甲子園に出て、なんなら試合に出ていた人って一握りじゃない?」


「ふっ。違いないな」


 21世紀枠での出場であり、2回途中試合放棄ではあるが、甲子園の試合に出ていたことには違いない。


「それに春馬くんがどうしてもって言うなら、近江ちゃんをマウンドに上げればいいんじゃない?」


「よし、近江登板決定」


 楓音の一声で近江投手マウンドへ。


「どうせ女子相手に投げる機会なんてそう滅多にないよ。今回はレアケース。割り切っていこう」


「そうだな。今回は割り切ろうか」


本当につくづく思うことです

いったい高校野球って誰のための高校野球なんでしょう?

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