第2話 女子奮迅の体育祭
休み明け復習テストで近江が21点を叩き出してから約1週間。
本日はそんな勉強嫌いな彼女にとって待ちに待った日。
「体育祭だぁ。体育祭だぁ」
体操服姿の近江は、同じく体操服姿の春馬の背中へダイブ。首元から手を前に回して抱き着く姿は、さながら木にしがみついているコアラ。
「体育祭かぁ。去年は勝てなかったし、どうせなら勝ちたいよね」
赤色のハチマキをした楓音はほどほどのやる気を見せる。
「ウチの女子勢は元気だな。なぁ、最上」
「いや、僕もそこそこはやる気だぜ。どうせやるなら楽しみたいだろ?」
近江を背負ったままの春馬はやる気なし。最上に同意を求めたが、彼もやるからにはとやる気の様子。
「それにどうせ新田は暇だからいいだろ」
「出る種目は大縄跳びと全員リレーだけ。ではあるけども……」
「あるけども?」
「南のヤツに係の仕事を回された」
2種目出てあとは暇なだけ。かと思わせて、それ以外は生徒会の仕事で忙しいのである。
「はいはい、そろそろ始まるから並びなさい」
学級委員長を差しおいてクラスを仕切り始める生徒会長。
「よくあいつはあそこまで生徒会の仕事に真剣になれるな」
副会長が呆れるように口にすると、その生徒会長が鋭い口調でツッコむ。
「ほら、そこ。早く並びなさい」
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
いかにも「体育祭? そんなガキの遊び、やってられねぇぜ」と意地を張っていそうなガラの悪い不良たち。男女問わずこんな生徒が多い蛍が丘高校だったが、割と面白かったりする。
「おらぁぁ、気張っていくぞ。俺たちのチームワークであんなクズな紅組なんてぶっつぶせぇぇぇ」
「運動苦手なやつもできることやれやぁぁぁ。得意なやつらでカバーしてやるって言ってんだからよぉ」
口調は荒々しいが言っている内容は穏やかである。
どうも蛍が丘高校の生徒たちは、こうしたイベントが大好きらしい。なんなら、
「早く帰りてぇなぁ。昼寝してぇなぁ」
運営本部にいる生徒会副会長の方が不真面目である。
その結果、午前の部・第5種目『タイヤ奪い(3年生・男女別)』の場合。
トラック中央に置かれた大小さまざまなタイヤ。それを紅白両陣営が奪い合い自陣へと持っていく……というゲームなのだが。
「ひぃぃぃぃ」
ガタイのいい白組4人に引っ張られる、あからさまに運動の苦手そうなヒョロヒョロの男子。勝負が見えたかと思いきや、
「テメェラ。あいつを助けんぞぉぉぉぉ」
「「「おぉぉぉぉぉぉ」」」
パツキンの兄ちゃん6人が救援に入る展開。
「早く終わらねぇかな」
要するに生徒会副会長の方が不真面目である。
午前の部・第8種目『大縄跳び(1年生・全員)』の場合
「いくぜお前らぁぁ。せぇ~の、い~ち、はい、に~」
野太い赤髪の野郎が、元気に声を出して縄を振る。
そして10回ちょっとで女子の1人が足を引っかけた時は、
「おらぁぁぁ」
明らかに怒っているかのような物言いから、
「気にすんじゃねぇ。切り替えていくぞぉぉ。おらぁ、せぇ~の」
励ますような物言い。
「ふわぁぁぁぁぁ。ねみぃ」
そしてやはり生徒会副会長の方が不真面目である。
つまるところが割と面白い体育祭である。
さて、そんな体育祭の華とも言えるのが騎馬戦であり、蛍が丘高校は伝統的に全学年合同騎馬戦を行う。だが蛍が丘高校は今年より、日本でも珍しいシステムを取ることとなった。
午前の部・第10種目『騎馬戦(全学年・選抜)』
「春馬く~ん。見ててね~」
クラスメイト男子3人の上に乗り、得点計算係をしている春馬に手を振っているのは女子の近江。
通常の騎馬戦は男子のみである。
しかし女子に向けて門戸を開いた伝統の高校野球。結果はどうであれ初めて男女混合チームで甲子園の先陣を切った。それを機に様々な事について『男女平等』を掲げたこの学校は、騎馬戦への女子参戦を認めたのである。
しかし蛍が丘はただ男女平等を掲げたわけではない。
『機会の平等』
男子も女子も参加は可能。しかしルールにハンデはない。結果の平等を求めるのではなく、機会の平等を掲げたのである。
その結果……
「うぅ、ちょっと後悔かも」
「逃げ回る?」
春馬の親友であるサッカー部主将・鈴木以下2名が構成する騎馬に乗り、そして彼と話しているのは、近江に引っ張られてやむを得ず参戦した楓音。そして、
「生徒会長の力、見せてあげる。覚悟しなさい、白組っ」
同性の近江と楓音が出場を決めた際に、便乗参戦を決めた南。女子2人が出場を決めた以上、彼女のプライドが許さなかったのだろう。
「新田。暇そうだな」
「最上。持ち場に戻れ。副会長の命令だ」
「係の仕事は終わった」
春馬のいるテントにやってきた最上は、適当な場所のパイプ椅子に腰かける。
「じゃあ、クラスのテントに戻れよ」
「女子ばかりでいづらい」
男女混合ではあるがあくまで男子がほとんどの騎馬戦。春馬たちのクラスは男子の8割、女子の1割が参戦しているため、逆に言えば残っているのは男子2割、女子9割。最上がそう言うのも当然ではあると言える。
「男女混合騎馬戦。それも男女のハンデ無し。近江や楓音にはキツイか? ついでに生徒会長さんも」
「南は知らねぇ。けど、近江や楓音にとっては今更だろ」
「それもそうか」
勝負開始を待つ最上と、面倒くさそうにあくびする春馬。
そんな彼らの前で、体育委員長が空砲を掲げ――引き金を引いた。
「始まったっ」
「……」
興奮しながら身を乗り出す最上だが、春馬は腕を組みつつ足を机の上に放り出す。競技が始まっても入れ込み具合は対極的である。
「はい、1人目、討ち取ったりぃぃぃぃ」
真っ先に敵中突破を計った近江騎馬。いきなり紅組の3年生男子騎馬と対峙。リーチの長さを生かして帽子を奪われかけるが、しゃがんで回避。さらに後ろに回り込んでカウンター攻撃とばかりに帽子を奪い取る。
「近江すげぇ」
「よく見えるな。野生のキツネは目がいいのか?」
「野生じゃないけど目はいいぞ」
その動きに最上は感心し、春馬もやや便乗。表向きは興味なさそうだが、少しくらいは興味がある様子。
「きゃあぁぁぁぁ、来ないでぇぇぇぇぇ」
そしてこちらは騎乗者の希望に対し、騎馬の好意で逃げ回っている楓音騎馬。こちらはなんだかんだで生き残りそうである。そして、
「あっ、ちょっと、2対1は卑怯でしょぉぉぉぉ」
こちらはサクッと負けた南生徒会長。いったい、あの威勢はなんだったのか。
近江騎馬、武田騎馬隊のごとき善戦。
楓音騎馬、騎馬の機動力を生かし逃走戦。
南騎馬、瓦解。
女子陣が3人とも楽しい展開を見せる中、競技は刻一刻と進行。次第に騎馬の数が減ってくると、なかなかに強そうなメンバーが目立ってくる。
「おい、あそこの2年をやるぞっ」
「「「おぅ」」」
そしていかにも強そうな白組応援団長の騎馬。2年生の騎馬に果敢に突入するが、
「重戦車ドーン」
「「「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ」」」
敗北。
「え? 何、何?」
そのただならぬ悲鳴に、4人目の帽子を奪い取りながら振り返った近江。そこにいたのは見知った顔だった。
「重戦車猿政、推参」
先頭に巨漢・猿政を置いた騎馬。上に乗っているのは彼のクラスの体育委員で、サッカー部副キャプテン&ゴールキーパーの高宮。体格は近江と桁違いに違い、純粋な正面対決では負けてしまいそうであるが、
「突撃ぃぃぃぃ」
高宮の動きの方が速かった。横を向けている近江に向けて突入。
「か、回転、回転。あっち向いて」
近江にあっち、こっちと言われても分からないのだが、近江騎馬は猿政騎馬と正面対決する構え。一応は戦闘態勢を取った近江に高宮の手が伸びる。
「野球部副将・近江、打ち取っ――」
「や、野球部副将のプライドに賭けて負けられないかも」
高宮の手を自らの手で止めた近江。かっこいい事を言っているが、猿政がツッコミ。
「近江殿。近江殿は主将じゃの。副将は最上殿」
主将 = トップ = 春馬
副将 = ナンバー2 =自分
と彼女は言葉を変換したようで。あながち間違いでもないのだが、あいにく蛍が丘高校は主将の上に選手兼任監督がいるのである。
「悪いけど勝負。手加減はしない」
両方の手で両サイドから来た高宮の腕を抑えていたが、徐々に押され始める。次第に彼の手が自分の頭に近づいてくる。
競技時間は残り20秒。数秒であれば耐えられただろうが、20秒はさすがに耐えられない。
『(ま、負けちゃうっ)』
目を閉じて必死で高宮の手を抑える近江。感情を高ぶらせながら、彼女が押さえていた声を上げた。
「だ、誰か助けてぇぇぇぇぇぇ」
そんな事言っても、こんな勝負に急な救援を寄こせるものなどいない。春馬や最上のような頭脳派がいれば、彼女の動きを想定して助けにきただろうが、ここには誰も――
「は~い」
「「え?」」
近江が目を大きく開き声のした方へ向き、そして高宮もハッと自分の頭に手を乗せる。
白い帽子が無い……それを持っていたのは、
「悪いなぁ、副将・高宮。お前の帽子はサッカー部主将・鈴木と~」
「野球部マネージャー・新田楓音がもらいましたぁ~」
「「俺たちもいるぞ~」」
サッカー部鈴木とゆかいな仲間たちの騎馬に乗っていた楓音。
その直後、
「競技終了ですっ」
大きな笛と空砲がグラウンドに響いた。
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
「4対3で白組。勝った方に100点だったな」
淡々と事務的に得点掲示を替える春馬に、最上は楽しそうに話しかける。
「1騎差。あそこで楓音がいなければ白組の勝利だったな」
もし楓音が助けに入らなければ、近江は九分九厘打ち取られていた。すると3対4で白組の勝利だっただろう。だが楓音騎馬が高宮騎馬を討ち取ったことで近江騎馬の救援にも成功した。それゆえの勝利でもある。
「これでいいのかな。負けた方は加点無しだし」
「興味ないふりしやがってな」
「あまり興味ないし」
「どうだか」
得点係のテントから見える2年4組のテント。そこでは大戦果を挙げた近江と、彼女の救援に成功した楓音。2人の女子が大歓迎を受けている。その円の外では早期に敗れた生徒会長の寂しい背中がある。
「じゃあ、興味のありそうな話をしようか。新田。秋季大会1回戦の話」
「今年できたばかりの野球部だろ。それも夏大と新人戦はドタバタと顧問の不慣れで申請が追いつかなかったとか言うな」
「ついでに今秋季大会もドタバタしてたとか。それに見かねた島根高野連が手を差し伸べて、ようやくの公式戦らしいな。それも初戦の相手がこの蛍が丘。ゆかりはないが縁がある、か」
「縁もゆかりもねぇよ」
冷たく突き放す春馬だが、そんな彼の態度に慣れている最上は一言。
「琴ヶ浜女子高等学校」
初戦の相手を告げた。
高校野球史上初めてであろう女子校の出場。それも幸か不幸か初戦の相手は、男女混合チームで初めて甲子園の土を踏んだ蛍が丘高校。縁もゆかりもないのかもしれないが、運命を感じる組み合わせである。
「勝算は?」
「負ける気しないな」
「大丈夫か? さきほどもウチの男子勢が女子たちに蹂躙されたぜ?」
「別に女子オンリーに負けたわけじゃないから問題じゃない」
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
午前の部が終わって紅組優勢。まだ予断を許さない状況だが、このまま午前のペースでいけば勝ちは間違いない。
「じゅんちょ~、じゅんちょ~」
ここまで2年生女子による玉入れ、全学年選抜の騎馬戦にて猛威を振るったハリケーン・近江。クーラーの効いた昼休憩の教室にて、弁当のフタを開けつつ上機嫌。
「この調子でいけば大丈夫」
そんな彼女に同調して気合を入れなおす楓音。すると近江はVサインをしながら、
「Vやねん」
「「「あっ、優勝が逃げた」」」
今年の逆転負けが確定した瞬間である。
「で~、で~、春馬君。私のゆ~いどうだった?」
「知らねぇ」
そんな3人のツッコミも無視して話を切り替える近江に春馬はそっけない返事。しかし楓音と最上は不思議そうな顔。
「ゆうい……って何?」
「新田。どういう意味だ」
「私の勇士どうだった?」
「そう、その勇士」
「なぜ分かる?」「なんで分かるの?」
「文脈と語感」
近江語通訳検定1級・新田春馬
「ねぇ~知らないってどういうことぉ? 私の来る敵すべてをバッタバッタとなぎ倒していく無敵の姿を」
「近江ちゃん『無敵』って、ちょっと盛ってるね」
「最後、楓音の奇襲に助けられてたし」
敵陣に突っ込みすぎて目をつけられたところは忘れたらしい。すると文句を言う近江に対し、その当時場所を同じくしていた最上が告げ口。
「近江や楓音が戦っている間は、こいつ、他の女の話してたぜ」
「ぬなぁぁ。しゅ、春馬君。私というものがありながら、他のladyの話をするなんて」
「無駄にレディの発音がいいのが腹立つ」
夏休み最終週。宿題を新田春馬家にてやりこんだ成果と思いたいところである。なお英単語の発音に関わる宿題はなかったため、そんなわけはないと否定されるわけだが。
「だいたい、そりゃあ他の女の話には間違いないけどさぁ」
「間違ってないだろ?」
語弊があるだろ? と呆れた目の春馬に、最上は堂々たる態度。
「琴ヶ浜女子。次の対戦相手のこと。最上が変な言い方するからおかしなことになったけどさ」
「琴ヶ浜女子……大田市にある女子高校だね。受験偏差値は60を超えるって言われる」
「偏差値60ってすごいの?」
楓音の言葉に首をかしげるのは模試にて全国偏差値33を叩き出した近江。ちなみに最近の模試では春馬が56、最上が46の楓音が44となっている。なお他校であり学年も違うが、大野山南特進クラスの日野啓二の場合、全国偏差値66と近江とは逆方面での頭の良さを見せている。もちろん母集団等の違いから高校受験偏差値と高校模試偏差値を比べられはしないが、あくまでも参考にすれば日野クラスではないが春馬クラスであると言える。
そのあたりを3人が総がかりで教えてみるも、彼女の頭には理解できないようで。
「なんにせよ、次の相手は女子校って話」
「余裕だね。初出場で女子相手? 負ける気しないよ」
女子だからと油断するのは危険であると春馬は何より知っている。が、その点については近江と同意である。
「新設野球部でそう都合よく人数が集まるとは思えないしな」
「でも、割と蛍が丘野球部は集まったよな。覚えてるか? 新田」
厳密には蛍が丘高校野球部は新設ではない。が、彼らの入部時点では部員が3年生1人であったため、実質的に新設であったと言っていい。
「割と強引なことはしたけどな。強引なスカウトとか」
陸上部へ仮入部した大崎を引っ張ってきたり、「長身で左だからファースト」と適当につれてきた帰宅部・寺越が本当にファースト経験者だったり、「マネージャーになりたい」とやってきた楓音を無理やり選手登録したり。なおこれらはすべて近江スカウトの仕業である。
「ポジション修正もやったなぁ。ピッチャーの僕はやってないけど」
「セカンドの僕と大崎がそれぞれ、ショートと外野に転向。ファーストの猿政をサード。マネージャーの楓音をライトにねじ込んで。な」
「ついでに大野山南2軍戦以降は、新田についてはピッチャーへも挑戦」
「それと私も~、大野山南の1軍戦からキャッチャーと、夏休みからピッチャーも~」
「よくよく考えたらすげぇな。ウチの二遊間」
「守備モンスター」
春馬 正位置:セカンド
その他:ピッチャー・ファースト・サード・ショート・センター
近江 正位置:セカンド
その他:ピッチャー・キャッチャー・ショート・レフト・センター・ライト
これだけの守備位置を平均以上にこなしてしまう2人である。
そして両者、二遊間については平均どころか偏差値70クラスの守備力を見せる。
「それはさておき、まともな野球部がない学校で、まともな野球チームを組めるなんて奇跡に近い。男女共学ですらそうなのに、女子校で野球のできる生徒なんてそれほど多いとは思えない。できるどころか、知っている生徒すら怪しいだろうな」
「夏大とは打って変わって楽な組み合わせだよね。名門クラスはことごとく他グループに入っちゃったし」
運とは怖いもの。1回戦から中堅校、2回戦はシードで、3回戦は甲子園出場校にぶつかった夏大会。一方で秋大会は抽選時点で中国地方大会が視界に入るほどの楽な組み合わせとなっている。
「グループなんて関係ないし。全部勝つし」
午前中は体育祭で大暴れして空腹の近江。話をしながら、弁当を口の中にかきこみ始める。
「ま、甲子園に行くには全部勝つのが原則だわな」
「センバツなら全勝しなくても、特別枠もあるぜ?」
「あんなことがあった蛍が丘を、特別枠で選ぶようなやつがいるとは思えんがな」
揚げ足を取る最上に、春馬が皮肉めいた痛烈な返し。蛍が丘高校は甲子園初の試合放棄と言う前科持ちである。またしても、それも2年連続で選ばれるとは考えがたく、事実上、実力での甲子園出場しか蛍が丘高校には残されていない。
「でも、秋大より先にここで勝たないと」
「だな」
「もひゅ」
楓音、最上、口の中がいっぱいの近江。3人が声を合わせて気合を入れる。
「午後も頑張るぞぉ」
「おぉぉぉ」「もひゅぅぅ」
「お前らノリノリだなぁ」
むしろやる気がないのが春馬くらいのもの。競技はひとまず真面目にやっているのが救いである。
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
昼食をはさんで午後の部。
その先陣を切るのはPTA・保護者や、教員による学生外競技。いい年した父・母がグラウンドを駆け回るさまや、普段は厳しい教員がコスプレしてはしゃぐさまなど。なかなかに珍しい光景も見られるものである。
そして他には……
「猿政、遅い」
「申し訳ござらん」
猿政・寺越・皆月・近江・楓音の5人が出場する部活対抗リレー。
どうせ勝てないと思った春馬は「どうせだからボケてこい」と、足の速さにおいて下から5人を選抜。ところが、他の部活も「どうせ点数にならないし、散々ボケよう」と同じ発想だったもよう。バトン代わりのアイテムで散々アピールを始める。
サッカー部はサッカーボールでリフティングを開始。剣道部は次走者と白刃取りを敢行したものの、失敗して竹刀が脳天直撃。バスケ部はドリブルをしつつリレー。ちなみに野球部は「ボケてこい」と言われたもののボケられず、普通にリレーをして3位という中途半端な終わり方をしていた。
そんなまともに走らない『全力失走』が繰り広げられていた部活対抗リレーの後では、皆が一切手を抜かない『全力疾走』が繰り広げられていた。
「待ぁぁぁてぇぇぇぇ」
「うやぁぁぁぁぁ。おばけぇぇぇぇぇ」
赤いバトンを持って半泣きで走るのは近江。その後ろから怖い声を出しつつ、同時に巨漢を揺らしながら走るのは猿政。
「いや、妖怪はお隣さんの専売特許だし、昼間の島根にお化けがでてきてもなぁ。なぁ、最上?」
砂丘を擁する某県を思い出しつつ、座っている最上に声をかけるは春馬。
「ん? なにかようかい?」
「お~い、近江。こっちだぞ~」
ボケをスルーしておき、近江へと手を振って合図。
クラス全員リレー(2年生の部)である。男女、俊足鈍足問わず出場しなければならないため、走ることが似合わないメンバーも見られたり、そういった人たちをカバーする俊足メンバーの追い上げが見られたり、様々なドラマがある分、盛り上がる競技の1つでもある。
「春馬君、お任せ」
「任された」
妖怪・ポリティクスモンキーから逃げたか弱い女子高生(?)の近江は、万能生徒会副会長へとバトンをパス。受け取る春馬は野球部ではもちろんのこと、しれっとサッカー部でレギュラーをとっているだけある俊足で、長いバトンゾーンを疾走。なお野球部もサッカー部も人数カツカツのため、割と簡単にレギュラーが取れるというのは言ってはダメである。
『(くそっ。次が無能生徒会長だからな。距離が長くて困る)』
バトンをもらう相手が鈍足・近江とあって、長いバトンゾーンのもっとも手前で受け取った。しかしその次はあくまでも女子の南生徒会長。男子の体力的優位と言うやつで、バトンゾーンのもっとも奥で受け渡す予定……つまり、春馬の走る距離は長い。
要するに不真面目な生徒会副会長も、無能な生徒会長も、鈍足野球部員も、妖怪ポリティクスモンキーも、皆が真面目に取り組まなければならない競技である。
「わ、私の役目はこれまで」
「あとは任せなっ」
鈍足・近江 → 副会長 → 生徒会長
と渡ってきたバトンはついにアンカー・最上へ。
4組が圧倒的リードで残り1周となったことで、最上は余裕をもって――
「お、大崎くん」
「しゅっぱ~つ」
2年生最速ランナー 白組アンカー・大崎大明神 出撃
「「「は、はえぇぇぇぇ」」」
クラスメイトの女子からバトンを受け取った大崎は、バトンゾーンの時点で3位の2組、2位の3組をオーバーテイクし、1位独走中の最上を追撃。
「ひ、ひぃぃぃぃ」
周りの歓声から大崎の追撃を悟った最上も、甲高すぎて聞こえづらい悲鳴を上げつつ大疾走。
「マラソンでも、逃げるより追う方が楽とは言うし当然か?」
そして自分の番が終わるなり他人事の春馬である。
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
なんやかんやあったが2年生クラス全員リレーも、最上・大崎がお互いを巻き込みそろってコーナーで転倒したところを、しれっと後ろにつけていた2組・3組が抜き去るという、ドラマのようなコントのような展開を見せて終了。そのあとはいくつかの競技を挟み、そして最後に3年生たちのダンス。もちろんダンスに得点加算はなく、3年生最後の思い出づくりくらいの感覚である。
「もう終わりかぁ」
そのダンスを眺めつつ、落ちていく夕日を背にふとつぶやく楓音。
「疲れた」
そして残るは整理体操と閉会式とだけあって、既に係のメンバーも生徒用テントに集合。係や生徒会役員の仕事で右往左往していた春馬も例外ではない。その彼の背中へとさらに疲れる要因が飛びついてくる。
「でも楽しかったでしょ~」
「重い、汗臭い、暑苦しい」
背中にくっついた近江への素直な気持ちでありウソ偽りはない。
女子に抱き着かれた照れ隠しではなく本気でそう思っている春馬は、近江を引きはがそうと試行錯誤。しかし彼女は両足を春馬の腹に回したり、腕をしっかり首元にまわしたりで、コアラのようにしがみついて離れない。
「僕は楽しかったけどなぁ。仕事だらけの新田はそうでもなかったのか?」
「暑いのは好きじゃない」
「おぃ、野球部」
「サッカー部だし」
「どっちもどっちだろ」
なんならメインは野球部である。
「なぁ、新田。1年後、あそこで踊ってるのは僕らなんだよな」
「そうだな」
踊っていると言えばのんきなものだが、要は最後の体育祭ということである。そしてその時にはもう彼ら彼女らは野球部ではない。
「考えてみれば、今年の秋大も最後の秋大なんだよね」
「そして次の夏が最後の夏と」
思いついたようにつぶやく楓音、そして事務的に答える春馬。その背中では、
「絶対に甲子園に行くぞぉ。おぉぉぉぉ」
情熱的な近江。
「早かったなぁ。僕らの3年間も――いてっ、何すんだよ、新田」
「いや、僕じゃなくてこいつ」
最上へと拳骨を落としたのは、春馬のように見えて近江である。
「まだ終わってないもん。私たちの甲子園の挑戦は、これからが本番だもん」
1年後には野球部も引退。気付いた時にはここまできていたわけだが、残りわずかな期間で逆襲を決められるかどうかは疑問である。そして蛍が丘はなんだかんだで強豪校と拮抗する結果を見せているが、これはあくまで春馬・近江・最上ら一部選手が怪物級の地味能力を有するからでもある。平均的実力で言えば中堅校クラス、選手層で言えばギリギリ野球部成立レベル。そもそもが甲子園を目指せるレベルにはないのである。
それでも、夢と言うものは誰にだって持てる。
日本人の幼稚園児がアメリカの大統領を夢に持てるように、アニメのキャラや、特撮のヒーローになりたいと願うように。
たとえ甲子園にほど遠い高校生でも、甲子園を夢見る権利はある。
死に霊の悪夢。望んだ形と違ったとしても、叶うこともある。
『(きっと僕らに甲子園を目指すだけの力はない)』
それでも春馬は現実的に考え、甲子園を夢見てなどいない。
『(でも――)』
だがそれは甲子園をあきらめたわけではない。
『(目先の1戦に勝てる力はある。もしその1戦1戦を積み上げることができれば――)』
直接甲子園を夢見るだけの力はない。
しかし目先の1勝。その夢を積み重ねた先に、甲子園が手の届く範囲に来る可能性はある。
「私がみんなを甲子園に連れて行ってあげるんだからぁ」
自分の背中で騒ぐ近江の声を聴きつつ、自分は心のうちでそれに応える。
『(僕も、監督としてできることをやって、みんなを甲子園に連れて行ってやらないとな)』
近く迫った秋大会。
それの景気づけとばかりに、春馬たちのクラスを含む紅組は体育祭で優勝を果たした。
なお、白組には野球部がいないわけではない。
先週は病気で投稿できなかったです
今週はしっかり投稿します




