第10話 春馬への宣戦布告
近江を炎上させて大量リードを得た大野山南高校2軍。試合は優勢かと思われたが、そうとも言い切れなかった。
「ドッカ~ン」
蛍が丘高校打線with日野啓二。大爆発。
春馬・皆月・最上を各塁に置いて日野の満塁ホームラン。それを筆頭に大崎はランニングホームラン、猿政もレフトスタンドに叩き込んで猛追撃。さらに、
「はい、もう一丁ドッカ~ン」
日野が春馬・楓音を塁に置いてスリーラン。
さらにさらに、
「はい、もう一丁ついでにドッカ~ン」
最上を塁に置いてツーランホームラン。かれこれ本日4本目である。
「日野さん……味方に容赦なさすぎでしょ」
「新田君。越えるべき壁は高い方がええんや」
「それ、ベルリンの壁どころじゃないんですけど……」
暴力が原因で別れた彼女に会いに行く以上に越えにくい壁である。
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
そうしてなんやかんやで蛍が丘高校打線+日野にボコボコにされた二軍メンバーは、その試合で得た課題を克服するために練習に励んでいた。その姿を見ながら3塁側ベンチに腰かけた日野と監督。
「張宗憲は上位打線で間違いなしやろ。けどホームラン量産できるタイプちゃうから、出塁率残せるバッター欲しいやろな」
「そうだな。しかし日野に代わるピッチャーも欲しい所。見た感じは全体的に小粒だし、継投策で割り切るという方法も――」
次世代の戦力について暇つぶしに話をしていると、ベンチへと大野山南高校の選手ではない者が入ってくる。
「日野先輩……」
「近江くんやん。お疲れ様やで」
本日先発登板で大量失点、初回KOを喫した近江。いつものリミッターが外れた能天気な元気はなく暗い雰囲気。
「いっぱい失点しちゃった……打ちやすかった?」
「打ちやすかったで。バッティングピッチャーとしても心もとないくらいやったなぁ」
「ちょっ、日野」
本音を包み隠さずに言い切る日野を監督が小声で制するが、その発言が聞こえないわけもなく近江は落胆。
「近江くんはピッチャーやりたいんか?」
「やりたい」
「これだけボコられて、なんでまだやりたいんや?」
「野球が好きだから。それに、みんなの力になりたい。最上君や春馬君にだけ負担がかかってるから……」
「近江くんは特に新田くんが好きやからなぁ」
日野が煽るように口にすると近江は迷いなき頷き。
「けど、近江くん。ピッチャーは大変やで。最上くんや新田くん、なんならそこにワイも含めてええわ。見てたら分かるやろ。それでもやりたいんか?」
「やりたい……努力もする」
近江は顔を上げて鋭い目を向ける。
「日野先輩」
「なんや?」
「ピッチャーのやり方、教えてください」
野球好きゆえの真面目で真摯なお願い。本来なればそんな敵に塩を送る真似はしないところだが、日野は断るつもりなどなかった。何よりもその塩を送るような真似が、自分を成長させるにいたるライバルを作り出したとも言えるのだ。
1年前、4月。
3年生1人、1年生8人とほぼ1年生で大野山南高校二軍に挑んだ蛍が丘高校野球部は、その堅牢な守備を武器に終盤まで優位に試合を運んでいた。しかし先発の最上に疲れが見え始めたことで、中学時代に『変化球の才能がない』という事を理由に投手を諦めた新田春馬が終盤に緊急リリーフ。もっとも二軍とはいえストレート一本で抑えられるほど甘くなく、大量失点で試合をひっくり返され負けを喫した。
その試合後の事だ。
勝ったとはいえ、むしろ『勝たせてもらった』と言った方が的確な試合展開。試合直後の二軍相手にビシビシとノックを放っていた監督の元へある人物が現れる。
「変化球を教えてください」
彼の目の前で頭を下げている少年は、その日、大野山南打線に打ち込まれて負け投手となった蛍が丘高校・新田春馬。頼まれたら断れない監督が紹介したのが、当時2年生にしてエースと呼ばれていた日野。そして監督の紹介に日野が春馬へ授けたその球こそ『ジャイロボール』と自称するスライダーであった。
『(本当に野球に真摯なんは、新田くんも近江くんも一緒やな)』
昔の事を思い出しながら、近江に1年生時代の春馬の姿を重ねてしみじみ感じる。
「よっしゃ。それやったら早速ブルペンいこうや。ピッチャーとしてレベルアップして新田くんの度肝抜かしたれ」
「はい」
今までの落ち込み様から一転して表情を明るくした近江。カバンの置いてある1塁側ベンチへとグローブを取りに向かう。
「そしたら、1塁側ブルペンで練習しよかいな。ほな、監督。行ってくるわ」
「おぅ。甲子園も近いしほどほどにな」
日野と近江を送り出してしばらくすると、2人は投球練習を始め出した。
「しかし日野は敵味方分け隔てなく技術を伝えるな。それほど野球が好きってことか」
「好きじゃないならあれほどの怪物にはならないでしょうね」
1塁側のブルペンでの投球練習を3塁側ベンチからみつめる監督。フェンス越しかつ距離があるためハッキリとは見えないが、日野の真剣な指導だけはしっかりと見える。そうした状況でふとつぶやいた監督に、背後から何者かの低い声が相槌を打つ。
「それにしてもありがとうございます。ウチの近江に指導してくれまして」
「気にすることはない。俺たち大野山南高校も君たち蛍が丘高校から多くの事を学んだことは間違いない。なぁ――」
監督は直接その彼を目視はせずとも誰かは分かっていた。
「――新田監督」
「そう言ってもらえると助かります。もっとも、僕らが受けたものはスライダーと投手技術。明らかにこちらの方が受けた恩は大きいですけどね」
「何を言うか。こちとら君たちがライバルとしていたからこそ、今年の甲子園に繋がった。むしろこちらの方が大きいくらいだ」
監督はそう春馬の言葉に反論する。
「そんな大げさな」
「4番を打つ3年生・白柳。1番を打つ2年生の張。彼らは1年前の練習試合・蛍が丘高校戦にて好勝負を繰り広げた選手でもある。そしてすでにエースを張っていた日野にとっても近江の存在が大きかった。そしてこういうのは何だが、あれだけ堅牢な守備を誇る蛍が丘が甲子園にて崩壊したこと。それは大野山南高校にとっては大きな教訓となった。そちらから直接的に教えを受けたものはないが、こちらは多くの事を学ばせてもらった。何も大げさなことはない」
多少はこじつけのようなところもあり、また好意で教わったことと勝手に学んだことを一緒にされても、大野山南側としてどうであれ、春馬としては不釣り合いに思って仕方がない。
それよりもどうして春馬がここにいるのかであるが、
「しかしまぁ、これから甲子園に行こうという者に対して『近江にピッチャーのやり方を教えてくれ』なんてよく頼んできたものだ。勇気ある」
春馬が日野と監督に近江の指導を依頼したためである。
「甲子園大会の前は緊張するもの。日野さんにとってはちょうどいい気持ちの切り替えの機会かと」
「モノは言い様だな」
「春のセンバツで得た経験則です」
「なるほど。先輩の意見として、頭の片隅に置いておこう」
全体的には強豪校とは言い難いレベルの大野山南高校野球部。むしろスポーツのそれほどでもない勉強集団を鼓舞しここまで率いて来ただけある。監督―選手間にそれほど壁を作ろうとはしないノリのいい監督である。
「さて、それじゃあこれからどうする? そちらの近江はできる限り指導して帰らせるから、先に帰っていてもいいが……」
「ですか。では、一足先に失礼します。これから学校で練習しますので」
「ほぉ。これから練習と」
「今日の試合は近江を一回殺すのと、課題を見つけるための試合ですから。これから課題克服に打ち込まないと」
「近江を一回殺す。そのまま殺して生き返られなかったらどうする気だった?」
危ない会話をしているように思えるが2人が言わんとしているのは、春馬にしてみれば近江を野球人として殺すと言う事。監督はそれに対し、死んだ近江が野球から離れてしまったらどうするのか。そうでなくともスランプ・イップスなどになったらどうするのか。と言う事である。しかし春馬はそんな心配は一切なかった。
「あいつの野球への思いは人一倍。いえ、人百倍ですから。きっと野球で挫折すれば、次は大きく成長して帰ってくれると信じています」
「そんな怪物の指導を任されていたか」
「日野さんも同じ類かと」
「確かに」
監督はそれまで座っていわけだが、ノックバットを手にグラウンドへ足を踏み出す。
「では今秋、そして来夏。蛍が丘高校を打ち破るためにこちらもしっかり次世代の育成に努めなければ」
「蛍が丘は引退者無し。全員が1年生から主力として試合にでていただけに、来夏が全盛期ですよ。そう簡単に負けません」
「悪いが夏の甲子園出場校の意地がある」
「こっちには春の甲子園出場校の意地があります」
「ふん。ま、こんなところで舌戦してもしかたない」
「確かに。野球に生きる者同士、勝負は試合で決めましょう」
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
甲子園にて熱い戦いが繰り広げられている8月中旬。大野山南高校は3番エース・日野啓二や主砲の白柳。そして2年生核弾頭・張。彼らが大暴れして神の国・出雲旋風を巻き起こしている中、本拠地たるここ島根県でも1週間後に始まる新人戦に向けて各野球部は動き出していた。
「さて、次は新田か」
いつものように外野はほぼがら空きで打撃練習を行っていた蛍が丘ナイン。打席へ向かう春馬を横目に「ひとまず僕の分はラストか」と最上がつぶやいていると、マウンドへと近江が全速で駆け寄ってくる。
「最上く~ん。か~わって」
「あ?」
こいつ何言ってんの? とバカを見る目を向ける最上。
そんな最上からボールを奪った近江はマウンドに上がる。
「春馬君、勝負」
「はぁ? 勝負?」
ボールを持った右手を突き出す。
「1打席だとバッター不利だから3打席あげる」
「バッターの打率を3割と仮定すると、2打席で勝敗は5分5分だけど?」
「良く分からないけど、だったら2打席勝負。全力勝負だよ」
「2打席全力勝負。いいけど、僕を抑えられるかな?」
「春馬君は守備の人だから大丈夫」
今年度になってまともにヒットを放ってはいない春馬。純粋に打率と言う点では近江にアドバンテージがあるが、春馬はそうはさせない。
「2打席の内、1打席でもエラー以外で出塁できたら僕の勝ちな」
「じゃあ2打席連続で抑えたら私の勝ちね。負けた方は勝った方の言う事を聞くっ」
「マジで?」
「マジで」
近江の嬉しそうな表情に恐怖を感じる春馬。
「あ、計算間違えた。3打席で5分5分――」
「2打席勝負、ぷれいぼぉぉる」
自分が不利になると感じた近江は春馬のセリフに大声を被せて押し切る。
『(まぁ、近江なら打てると思うけど……)』
それにどうせ罰ゲームも「撫でて~」とかそういうものだと予想ができなくもない。
春馬は本気の目を近江に向けて集中。
マウンド上の近江はプレートに両足を掛けた構えから、
『(おや? これは――)』
右足を引きながらワインドアップモーション。腕をしならせながら投球。
「ボール、かな」
アウトコース低めの近江にしては速い球。皆月のジャッジはボールとなる。
「投げ方、日野さんか」
「エッヘン」
日野に教えてもらった結果、投げ方がまるまる日野投法になってしまったもよう。右の近江
は左の日野とまさしく鏡写しの様な投げ方である。
大きなワインドアップモーションからの第2球。
「はい。ボール、ツー」
球のキレは良くなった。スピードも上がった。決して棒球と呼ばれる球ではなく、これならば簡単に打ち返されることもないだろう。しかしとにかくストライクゾーンへと入らない。
皆月のサイン――と言ってもコース指示に頷いた近江は3球目。
内に構えられたミットだったが、投じられたのは逆球アウトコース。ややストライクくさい球を春馬が引っ叩く。
痛烈な打球はファースト・寺越の頭上を越えて、
「ファール、か?」
「ファールでいいよ。今のは」
皆月の問いに春馬は妥協。わざわざ練習程度でラインは引かない。そのためややフェアかファールか際どい打球にどちらとも判断できず、ファールとの判断。
『(カウント2―1。正直、近江の球なら振り遅れることもないし、『来た球を打つ』で対応できる)』
今のはやや振り遅れたようにも見えたが、あれはアウトコースを流しただけ。ややタイミングがずれたのは、ボールが少し手元で伸びたためである。
「ボール、スリー」
しかしストライクが入らない。
『(う~ん。日野さんは割と制球のいい方だと思うんだけど……コントロール不足は近江の才能の問題か?)』
もし近江のピッチングが日野譲りとするならば、これほどのノーコンをそのままにしておくとは思えない。もしくは……
『(まさか、これでコントロールが良くなった方とか?)』
スペシャルノーコンがノーコンに進化したのだとすれば、そこは成長を認めざるをえない。しかし野球は成長で勝つものではなく成長した結果で勝つものである。
『(さてそれじゃあ、勝負を決めようか)』
春馬は右バッターボックスのホーム寄り、ピッチャー側いっぱいに立つ。
『(これは春馬、遅い球のアウトコース警戒か?)』
皆月はインコースにストレートを要求。大崎のように柔軟なバッティングができれば分からないが、春馬のような打撃下手にここからインコースの球を打つ手段はないと読む。
頷いた近江はワインドアップモーション。と、
『(バ、バントっ)』
近江のリリース寸前で春馬が右足を引いてセーフティバントの構え。内野守備の上手い近江に対して愚策のようにも思える行為。だがしかし、
「はい、残念」
アウトコースへと大きく逸れた球は皆月のミットをかすめてバックネットへ。もちろんその球をわざわざバントするわけもなく、バットを引いてフォアボールを選ぶ。
「この勝負。フォアボールで僕の勝ちな」
「えぇぇぇ、そんなぁ。フォアボールはノーカンだよぉ」
「言っただろ? 『エラー以外で出塁できれば僕の勝ち』だって。フォアボールだって立派な出塁」
「うぅ、フォアボール製造機……」
「うるさい。つーか、フォアボールなら僕より最上の方が多いぞ。多分」
まさかのフォアボールで春馬の勝ちが決定。春馬らしいと言えば春馬らしいが、勝負にしては味気ないあっさりとした決着であった。
「しかし、近江。成長したな。球の質は凄く良くなってた。ノーコンだけど」
「えへへ。日野先輩と頑張ったんだよ? 毎日100球ずつ投げ込みもしたし」
嬉しそうに笑いながらマウンドを降りて春馬の目の前へ。
「100球?」
「100球」
春馬の頭には少し嫌な予感がよぎった。
「お前、アイシングってした?」
「肩冷やすの? やってないよ?」
「馬鹿野郎」
「ひゃうっ」
近江の頭に拳骨ひとつ。
「日野さんの事だから忠告してくれたと思ってたけど……あの人は」
日野は体を1度壊しているだけに、リハビリや怪我防止などの知識に関しては人並み以上にはある。そんな人がアイシングの事を教えないわけがないのだが。
「うぅ、肩冷やす事教えてくれたけど、良く分からないから……」
「って、聞いてたんかい」
「ひゃうっ」
さらに拳骨2つめ。
「お前、体ぶっ壊したらどうすんだよ」
「うぅ、ごめんなさい……でも、最上君も春馬君も、投球練習のあとにアイシングしてないよ?」
「僕は家帰ってからやってる。最上もだろ」
「コン」
最上語講座 『コン』=YES 『キュ~ン?』=NO
「そういうこと。お前、本当にピッチャーやりたいんなら、ちゃんと肩や肘を労わることも考えろよ?やり方が分からないって言うなら、誰かに聞けよ。僕なり最上なり。多分、一番詳しいのは日野さんだけど」
「ごめんなさい……」
「肩とか肘とか、どこか痛くないか?」
首を横に振る近江。
「だったらいいけど。怪我とかしたらシャレにならないからな」
「9人ピッタリだから?」
「蛍が丘の野球部が100人の部活だとしても、一番上手い奴だとしても、一番下手な奴だとしても、僕はそう思う。怪我して野球できなくなるの嫌だろ?」
「そんなの嫌だぁ」
「分かったか? 怪我しないように慎重にな」
「うん」
「あれな。さっきの勝負の約束。勝った方は負けた方の言う事を聞く。だったら僕のお前への要望は、無茶をするな。体は労われ。以上」
「分かった」
「分かったら、今日はもう投げるな。ここ最近ずっと投げてたんだろ? 今日はノースロー。疲れ切った肩と肘を休めてやれ。そしたら、はい、外野でボール拾い。GO」
「うん。行ってきます」
彼女は元気に外野へと猛ダッシュ。すると代わりにマウンドに上がるのは最上。
「さて、じゃあ代わりに僕が投げるか。それとも僕もノースロー指示?」
「任せる。てか、ピッチャーに関してはお前の方が詳しいからな。できれば僕や近江のピッチング管理もしてほしいくらいだ」
「あっそ。だったら投げることにするか。皆月。後でちょっとだけ投球練習させてくれ」
最上は近江が荒らしたマウンドを足で整える。その間に皆月が春馬を横目で見ながら
つぶやく。
「ほんと、春馬っていい性格してる。神様って卑怯だなぁ。不公平だ」
「なんで僕がいい性格? 相当ひねくれてるし、最上ほどではないがズルいと思うけど?」
「近江との勝負に勝ったのに、『勝った方の言う事を聞く』って賞品を敗者の近江のために使ってんじゃん」
「肩とか肘を壊されたら困るだろ?」
「それも結局は春馬自身のためじゃなくて、近江のためだろ」
問い詰める皆月の前へ最上が腕を出して制する。
「まぁまぁ、皆月。それ以上は言うなって。新田も実は近江の事が好きで好きで仕方ないんだから」
「何を根拠に?」
「ふっふっふ。実はだな、お前が夜中に抱き枕を抱えて近江の名前を連呼しながら騒いでるの知ってるんだ」
「もしもそれが本当なら大問題だな。僕が警察に被害届を提出すればお前、盗撮容疑あたりで逮捕られるぞ? 因みに最上の言っているのは嘘な。そもそも抱き枕とか持ってないし」
騒いで過敏反応をせずにいつものような冷静反応をとっているあたり、その春馬の言葉には説得がある。そもそも最上はこうした冗談が大好きな人間である。
「な~に、冗談冗談。それじゃあ新田。打撃投手頼むぜ」
「へいへい」
近江の置いて行ったボールを春馬に手渡し、最上は打撃練習のための準備にファールグラウンドへ。
『(しかし、|僕や近江のピッチング管理もしてほしい。か)』
その途中で最上は先に春馬が言ったセリフを思い出す。
『(近江をピッチャーとして認めてやった。ってことかな? なんだかんだ言ってやっぱりいい奴じゃねぇの。あいつ)』
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
「春馬君。春馬君」
練習後。着替え終わってそろそろ解散かと言う時に、こちらも着替え終えた近江が走り寄ってくる。
「どうした?」
「あのね、さっき『あいしんぐ』の仕方を日野先輩に電話で聞いたら、今度教えてくれるって」
「よかったじゃん」
「それでね、さっき日野先輩が言ってたんだけど、私がピッチャーをできるように、春馬君が裏でいろんなことしてたのって本当?」
「あの人はまったく余計な事を……」
「本当?」
「まぁ、ほとんど近江の努力と日野さんの指導力があっての結果だし、大野山南の監督さんの助力もあったけど、否定はしない」
「春馬君、優しい」
「そうか?」
2度3度と頷く近江。
「前は無理って言ったのに、やりたいって言ったらやらせてくれたぁ」
「そりゃあ、僕はあくまでチームをまとめる監督でしかなくて、人がやりたいって言うのをダメって言える立場ではないから……」
「えへへぇ。春馬君、大好き~」
「お、おい、抱きつくな。暑い」
「暑くなかったらいいの? クーラー効いてる時とか、冬とかならいい?」
「たしかに冬とかは寒いから……っていやいやダメ。そんな事言ったら、冬とかめっちゃ抱きついてきそうな気がする」
「うん。めっちゃ抱きつく。寒い時は春馬君にぎゅ~ってやる」
「やるなよ?」
「ううん。絶対にやる。春馬君、大好きだも~ん」
「あぁ、もう、鬱陶しい。離れろぉ」
「嫌だぁ~。春馬君、大好きだから離れない~。ずっとぎゅ~ってする~」
「分かった、分かった。冬場の寒い時は抱きついていいから、夏の暑いときくらいは離れてくれ」
抱きついて離れない近江と、なんとか引きはがそうと四苦八苦する春馬。その光景を眺めるは、1匹のキツネとその相方。
「いやぁ。日常ですなぁ」
「義光って、ちょくちょく傍観者Aの立ち位置にいるな」
「僕としては傍観者Cか、もしくは台本なきエキストラ的ポジションだと思うけど?」
「いずれにせよ傍観者ポジションには違いないのか……それにしても」
「新田がうらやましいか?モテませんもんね。オヤジ顔」
「お、俺だってな、大学に入ったら自然と彼氏が……」
そんな淡い希望を胸に秘めた皆月の後ろに、希望を絶望に変える悪魔が現れた。
「僕の兄貴、大学3年生だけど彼女できなくて、週2くらいで彼女欲しいって言ってるよ?」
「言うなぁぁ。大崎、頼むから現実を俺に言わないでくれぇぇ」
「僕の兄貴、月2くらいで合コン行ってるけど、まったく彼女ができなくて~」
「やめろぉぉぉ」
わざわざモテない兄貴の話を続ける大崎と、耳を塞いで意地でも聞くまいとするおっさん顔の皆月。背後には盗聴をしていた結果、聞きたくもないリアルの大学生活を聞いてしまってショックを受けた寺越。そして横で笑っているのは、ワケあり失恋経験者の最上。さらにその横で近江と春馬の夫婦漫才をうらやましそうに眺めているのは楓音。
さしずめ5人合わせて欲求不満戦隊フラストレンジャー(主に恋愛事)である。




