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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第5章 春のセンバツ出場校 VS 夏の甲子園出場候補
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第9話 近江美優VS日野啓二

「ど、どうしても、ピッチャーはダメ?」


「そりゃあなぁ」


「誰にだって得手不得手はあるから、な?」


 気まずそうに目を向ける最上と、なんとかフォローしようとする春馬。しかし近江は諦める気配はない。


「どうしても?春馬君が言った事、全部直してもダメ?」


「全部直したら……いや、直せるかなぁ?」


「頑張るから。努力するからぁ」


 春馬に訴え続ける近江に他のメンバーの視線が集まる。


「新田。近江がここまでやるって言ってんだから、いっそやらせてみればどうだ?キャッチャーだって、なんだかんだでちゃんとできてるわけだし」


 最上の援護を耳にした近江は、春馬に判断を仰ぐように見つめ続ける。


「仕方ねぇな。やるだけやってみろや。お前ならもしかするともしかするかもしれないし」


「ほ、本当?」


「本当。でも、中途半端なピッチャーは試合じゃ使わないぞ。万が一の時は最上、僕で繋いで、最上再登板もあるくらいだからな」


「うん。絶対に頑張る」


「約束。中途半端なくらいなら諦めろ。それと、本職が野手であることを忘れるな」


 春馬がそこまで警告すると、近江は右手の小指を立てて彼へと突き出す。すると彼も意味を察したように同じように小指を出すと、彼女がそれに自分の指を絡める。


「指切りげんまん、嘘ついたら……嘘ついたら?」


「嘘ついたら?」


「春馬君が決めて」


 春馬はできる限り近江が嫌がりそうなものを考え、最終的にあっさりと導き出す。


「嘘ついたら、テスト勉強12時間」


「嫌だ」


「指き……」


「嫌だ。切っちゃやだぁぁ」


「いやいや。嘘つかなかったらいいんだから」


「うぅ、頑張る」


「はい、指切った」


 嘘をついた時のペナルティが不満な近江は、ピッチャー挑戦許可を得たものの未だに喜べずにいる。


『(そもそも、使う使わないの問題であって、勝手にやる分には僕も口出しする気はなかったんだけどなぁ)』


 要するに春馬は今のままでのピッチャー出場を否定しているわけで、練習の結果ピッチャーとして十分すぎる力を付けた場合まで否定はしていない。にも関わらず春馬と約束までしたというのは、1人での挑戦が怖かったのか、最上・春馬と言う現役ピッチャーの後ろ盾が欲しかったのか、それともシンプルにアホなのか。


「あ、最上。今何時?」


「オヤジ、いてっ。10時過ぎ」


「もういい時間だな。さて、打撃練習すんぞ。打撃投手は……お前な」


「へいへい、って僕じゃないのか?」


 つい自分が指名されるものだと思って立ち上がった最上だが、指名されたのは彼ではない。


「当たり前だ。この流れでお前を出すかよ。と言うわけで投球練習に行って来い」


「い、いいの?」


「いいのも何も、さっきピッチャー挑戦するって言ったろ? 30秒で諦めるか?」


「ううん。頑張る。それじゃあ、行ってきます」


 近江は勢いよく首を振ると、グローブ片手に飛び出していく。春馬もそれに続いて打撃練習の準備へと向かうが、最上は彼女の背中と春馬の背中を交互に見ながら視線を落とす。


「中途半端なくらいなら諦めろ、か。さすが新田は近江思いな奴だな。嘘ついたら自分と結婚でもよかったんじゃないか?」


「本気で言ってるなら今すぐしばき上げてキツネそばにするけど本気か?」


「お、お前は冗談も分からないのか。いや、待て。話せばわかる」


「問答無用」


 最上の頭に一発だけ拳骨を落とす。


「近江の場合、下手にピッチャーに挑戦すれば、投手野手共に崩れかねなかったからな。僕としてはやめてほしかったんだけど」


「たしかに、な。僕や新田の場合は投手投げと野手投げを切り替えられるからいいけど、近江の場合はそれをできるかどうか。アホだし」


「だから条件を出した。諦めるなじゃない。無理なら諦めろって」


「諦めろ、か。近江が諦めると思うか? 意外に諦めさせたくないから、あえて諦めろって言ったのかもな。あいつ、意地になって諦めねぇぞ?」


「さぁな。すべてを知るのは数分前の僕だけ。もうほとんど忘れた」


「記憶力ねぇな。蛍が丘高校生徒会副会長で成績優秀な優等生とは思えねぇ」


「あいにくな。僕は授業をサボって屋上で昼寝したり、門を乗り越えて昼食の買いだしに行ったりするよ

うな不良なもんでね」


 そう考えると春馬は裏表の大きい学生だ。


 片や成績優秀な生徒会副会長で、野球部選手兼任監督。


 片や授業をサボって不良グループとつるんでいるサボり魔で、校則破りの常習犯。


 根は真面目で優秀な学生なのだが、蛍が丘高校の中では優秀すぎて皆のレベルからはかけ離れすぎている。結果として暇を持て余し、好き勝手していると言ったところである。


「どっちが本当の新田で、どっちが演じた新田なんだろうな?」


「どっちもだよ。まぁ、数学みたいなヤツと言っておく」


 最上が意味深な問いかけをしてみると、春馬もひねった返答。


「その心は?」


「真でも偽でもある命題が存在する」


「よく分からねぇや。理系偏差値42.6の僕は馬鹿らしく素直に近江の指導でも行ってくるよ」


「行ってこい。こっちは打撃練習の準備をしとく」


 春馬は面倒くさそうな顔で後頭部をかきむしると、他のメンバーを携えて打撃練習の準備を始める。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「やっぱり、近江は打撃投手にもならないか」


 大崎・因幡・寺越・猿政ら上位打線に快音を響かせてしまった打撃投手・近江。それどころか、春馬・楓音・皆月・最上にまで滅多打ちにされるほど。


 春馬自身も自ら打ち込んだからこそ分かる近江の投球センス。あの貧弱な身体であれだけの実力を誇るだけに、彼女が持ちうる技術力はプロレベルとも言える。だがそれは野手としての技術に偏っており投手としての力は皆無。


「どうすんだよ。新田。他のヤツでも投手に仕立て上げるか?」


 練習後。近江と楓音が部室で着替えている間に、監督と副キャプテンで今後のチーム戦略について話し合う。


「だとすれば、近江をキャッチャー固定にして皆月。もしくは左を生かして寺越」


「僕や新田以外に投手が欲しいのは事実だけど、無理して作らない。って選択肢もないではない」


「それは考えにくいな。蛍が丘高校が持つ欠点。日野さんも勘づいていたみたいだけど、選手層の明らかな薄さ。そして、特定選手への疲労の集中。元から短期集中を見据えて練習をしていたせいか、スタミナ不足は他校以上の問題。連戦が進むにつれ、そして日程が詰まるにつれてその問題はより深刻になる」


「日野さんが?」


「あぁ。大野山南戦の後にアドバイスをな」


 実際問題、春馬や最上も対大野山南高校戦ではパフォーマンスが落ちていたのは事実。それも2人は蛍が丘が有する数少ない投手であり、春馬に至っては内野守備の要でもある。もし彼らが万全であったならば、3回戦の結果も変わっていたかもしれない。


「その問題を解決するためには2つ。新入部員を募るか、疲労を特定メンバーに集中させないようにするか」


「新入部員か。一応、ポスターでも出しとくか?」


「それをするにしても2学期だな」


「ただ、時期外れの部員集め。生徒会からポスター掲示の許可が下りるかどうか……」


「案ずるな。今の生徒会は南政権だが、実質は新田政権だ。そこはなんとかする」


 頼もしい生徒会副会長である。


「大変だな、南の奴も。さしずめライオンを番犬代わりにしようとしたら、自分が食われちまった。ってとこか?」


「無能なトップはすぐに下剋上を起こされるからな。さらに無能だと、下剋上を起こされたことに気付いていないし」


 優秀な人材を配下に集めるのも考えものである。


 今の南はさながら、竹中半兵衛に稲葉山城を奪われた斎藤義龍か。


「で、具体的にはどうするんだ? 新田」


「そうだな……ひとまず、一策を講じさせてもらおうか」


「一策を?」


「あぁ。そこは任せろ」


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 7月下旬。大野山南高校グラウンド。


 多くの野球部は地方大会で敗れて新世代のチーム作りに勤しんでいる。しかしまだ夏の終わっていない大野山南高校も、甲子園後の秋季大会に備えて新チーム作りに動く必要がある。春のセンバツを目指す上でも出遅れるわけにはいかないのである。そこで二軍選抜試合を行いたいという思惑があった。


 一方で蛍が丘はとある事情から適度な強さの高校と練習試合を組もうと考えていた。が、これまたとある事情から『手抜き』をせざるを得ないため、相手に悪いとの思いで対戦相手に悩んでいた。


 この結果、新田監督は大野山南の監督にダメ元で相談。すると大野山南と利害が一致し、『非ベストメンバー練習試合』が決定となった。


 さて、そして蛍が丘高校の手抜きとはこれである。


 1番 セカンド 大崎

 2番 センター 因幡

 3番 ライト 寺越

 4番 ファースト 猿政

 5番 サード 新田春

 6番 レフト 新田楓

 7番 キャッチャー 皆月

 8番 ショート 最上

 9番 ピッチャー 近江


 いつもとはポジションも打順も異なるラインナップが、バックスクリーンの電光掲示板に表示される。それを見ながらベンチの最上は明らかに春馬に問いかけるような独り言。


「しかしまぁ、二軍とはいえ甲子園出場校に挑むようなオーダーじゃないよな」


「大野山南は日野さんと白柳さんの2人で甲子園に行った、マンガみたいなチームだからな。正直、強豪校とは言え2軍は……な」


 大野山南には切り込み隊長の張宗憲(2年)のようにいい選手もいるが、全国クラスと言えるのは日野と白柳くらいのもの。あとはほとんどが地区大会2~3回戦レベルであり、総合力と言う点では信英館・天陽永禄にも劣るほどである。言い換えれば、日野と白柳、『両・3年生』が引退した次世代は大きく戦力が落ち込んでしまうのだ。


「本気で相手したら蛍が丘には勝てないと思うぞ。最上の前には無失点。1点さえ取ればそれで勝ちだ」


「他校にはあまり詳しくないんだけど、そんなにか」


 とにかく大野山南高校は次世代の人材育成に悩みが多いところなのである。


「けど、きっと僕の期待を叶えるだけの力はあると見た」


「期待?」


「ウチの先発をノックアウトさせるだけの力。そのためにではないけど、それも理由のひとつとして、守備もガタガタにしたからな」


「ノックアウト。近江(あいつ)の心を折って、ピッチャーを諦めさせるつもりか。けど本気で力になりたいと思ってやってるのに、諦めさせるようなことをするなんてお前、鬼だな」


 最上はベンチから身を乗り出しつつ、1塁側ファールグラウンドにてピッチング練習中の近江を見つめる。彼女は皆月からのアドバイスを受けつつ真面目な表情で初登板に向けて練習中。


「悪いな。それでも僕はあいつがさっさとKOされて欲しいと思う。本気だろうが、努力してようがそこは関係ない。気持ちや努力があろうと、結果が伴わなければ勝てないのが野球だ」


「本当に鬼だなぁ」


 最上はわざわざ「よっこらせ」と声を出しながら起き上がる。


「トイレか?」


「いいや。近江にアドバイスしてくる。僕は鬼の新田と違って心優しいキツネだからさ」


「はいはい。勝手に鬼退治でもなんでもしてろよ」


 春馬は近江にまったく関心を示さず、暇つぶしに今夏大のスコアブックに目を通し始めた。その冷酷な春馬を横目に最上は近江の元へ向かおうとしつつ、その途中で楓音にふと口を開く。


「新田って存外、好きな子はいじめたくなるタイプだったのかもな」


「春馬くんに限ってそんなことないような気がするけど……」


 近くで作業していた楓音は話の流れを聞いていたようで、状況は理解しているもよう。


「まぁ、楓音はそう思って当然か。イジメられてないどころか、優しくしてもらってるもんな。認めたくはないか」


「そ、そういうわけじゃないけど……」


 ほんのり頬を赤らめる楓音。


「あぁ、そうか。イジメられていないってことは好かれていないってことになるもんな」


「違うぅぅぅ」


 楓音の恋心を知っている最上は割と思い切って楓音をいじる。


「最上くんの方が鬼だよぉ」


「僕は人を騙しておちょくるキツネ。鬼とは違います。ま、心折れ気味なら新田にでも慰めてもらってくれ~はっはっは」


「キ」


「キ?」


「キツネそばぁぁぁぁぁぁ」


「あ、ちょっと、ボールペンはダメ。その鋭利なペンはダメぇぇぇぇぇ」


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 1回の表、蛍が丘高校の攻撃は良好。練習着姿の1年生ピッチャーから1番・大崎がセンター前ヒット。2番・因幡がランエンドヒットで出塁し1・3塁。寺越の犠牲フライで1点を加点。そのうえで猿政がレフトスタンドへと叩きこむ。


 こうして3点をあっさり奪った直後の守備。


 1回の裏、大野山南高校の攻撃は1年生の右バッター。体格はかなりいいようだが1年生としてはと言う程度だ。


 近江は春馬に似たノーワインドアップモーションから、皆月の構えたミットに向けて第一球。


「ストライーク」


 アウトコース低めへと決まるストレート。なかなかコントロールはいいようで、コーナーぎりぎりいっぱいに決まる。


『(コントロールはいいんだけど……)』


 春馬としては疑問の残る中で第2球。


「フェア」


 近江のインコース低めを1年生バッターは弾き返す。打球は名手・春馬でも間に合わないほどの会心打で三塁線を破った。楓音が引っ張りを読んだシフトを敷いていただけに外野は抜けきらないが、楓音の弱肩とバッターの足によってツーベースに。


 早くもノーアウト2塁の大ピンチ。


「近江、楽に楽に」


「う、うん」


 声掛けすらせずにユニフォームの砂を払う春馬。対して最上はそんな彼に代わって近江に声を掛けてやる。しかし近江にとっての悪夢はこれからであった。


 左の1年生バッターは初球を叩いてセンター前へ。センターは強肩の因幡であったが、2塁ランナーはノンストップでホームイン。わずか3球で1点を奪われる。


 さらに3番の一打は春馬―最上の三遊間をまっぷたつにしてノーアウト1・2塁。


 さらにさらに4番の一打。


 センターの頭上を越えた一打で走者一掃の逆転2点タイムリーツーベース。


 まだ大野山南高校の攻撃は止まらない。


 5番の打球はレフト前へ。楓音が処理をもたついたことで2塁ランナーが生還。1点を追加してノーアウト1塁と依然チャンスは続く。


「ま、まだまだ気にするな。ここから、ここから。切り替えて」


 最上は近江への声掛けを続けるが、5連打を浴びて4失点した彼女はらしくない血の気を引かせた暗い表情で、バックスクリーンに浮かぶ『4』を見つめる。


『(そうそう。まだまだこれから。まだまだ、な)』


 春馬はピッチャーを替える様子を見せない。


 続く6番の打球はライト前へ抜けて1点を追加。そして7番の打球は右中間を破って1塁ランナー生還。


「タイム」


 6失点してなおノーアウト2塁。マウンドで自信喪失し俯き暗い表情の近江を横目に、春馬はようやくタイムをかける。しかし彼が向かった先は大野山南高校のベンチ。敵方の監督がなんのようかと不思議そうな顔を浮かべる選手たちの一方で、監督は戸惑う素振りもなくベンチの外へ彼を迎えに出る。


「何か用かな?」


「6失点もしちゃいましたけど、もう少し付き合ってもらえますか?」


「こっちも一軍の選抜テストに付き合ってもらうわけだし、そこは持ちつ持たれつで構わないが……まだ本気で?」


「本気でお願いします」


「そっか……分かった。いくらでも付き合う」


 落ち込んだ近江を目に良心の呵責を覚えてしまう監督だったが、春馬から「本気で」と言われたからには手を抜く理由もない。むしろそこを本気でやらないと失礼に値するだろう。


「ありがとうございます。ひとまず確認だけ」


 言うだけ言って振り返り、駆け足で元の守備位置へ。そしてマウンドに集まった近江と内野陣に向けて一言。


「近江。続投」


「ぞ、続投……」


 もう代えてくれと言いたそうな表情を浮かべる近江。マウンドにしがみつきそうな性格の彼女がこれほどの顔をすると言う事は、よっぽど心が折れつつあると見える。


「近江。無理なら無理って言えよ。新田は僕が説得するから」


 そして見ていられない表情の最上は彼女に確認。無言であるにせよ頷いたところからして、少しくらいは責任感が残っているようだ。


「新田。本気か?」


「本気だけど?」


「さすがの近江でも耐えられねぇぞ。これは」


「……だろうな」


「じゃあ、どうして?」


「最上。試合が始まるぞ」


 前を向け。と球審を指さす。


 ここから再開する大野山南高校二軍の攻撃。


 打たれたくない思いからボール連発。スリーボールになってから歩かせるのを恐れてど真ん中へ。それを痛打されると、そのサイクルを繰り返す。


 途中、レフト前ヒット間違いなしの痛烈な打球を春馬が好判断で捕球。回転しながら体勢を整えての1塁送球でサードゴロ。不慣れな守備位置(サード)でも普段並みの守備能力を見せる春馬の活躍でワンアウトを奪う。しかしそれ以外は皆が普段と違う守備位置であることもあり、面白い様に打球が抜けていく。


 そして……


『10』


 打者一巡以上の攻撃で大量10失点。


 さらにヒットやデッドボールも絡んで1アウト満塁の大ピンチ。


 そのタイミングで大野山南方の監督がベンチから出てくる。


「新田監督」


「はい。なんでしょう?」


「本当に、本気でやってしまっていいんだな」


「もちろん」


「では、臨時の代打を出してしまってもいいかな? この1打席限定でな」


「臨時代走の代打版と言ったところですか。もちろん、いいですよ。わざわざ確認にくるからにはよっぽどいい代打なんでしょうし」


 承認した春馬の目の前で監督は球審とアイコンタクトし、ベンチの選手を指さした。


「よっぽどええ代打やで? プロ級のな」


『大野山南高校。臨時代打です。バッター、日野』


 巨漢を揺らしてグラウンドに現れたのは日野啓二。大野山南高校を甲子園まで連れて行き、日本のプロ球団のみならずメジャーリーグからも注目される変化球投手。優れた投球技術もさることながら、プロでも通用する言われる打撃能力を誇る。


「日野さん。いったいこんなところで何やってるんですか?」


「1軍は甲子園前の休養日なんやけどなぁ。軽めのトレーニングと暇つぶしに来たんや」


「だったらちょうどいいや。ちょっとお願いを聞いてもらっても?」


「なんや?」


 日野に耳打ちしてあることを伝えr。


「本気かいな」


「本気ですよ」


「せやったらしゃあないなぁ。やったるわ」


 春馬からの依頼も受けた日野は手加減無用の本気の構え。1軍スラッガーが醸し出す威圧感によって手足が震えだす近江。


「プレイ」


 それでも球審は無情にもプレイ再開宣告。


「近江。早く投げろ」


 春馬からの最速の声も飛び、日野も早く投げろと鋭い目線。


 2人から背中を押された、もとい蹴飛ばされた近江は投球動作始動。


「う、う、うあぁぁぁぁぁ」


 錯乱状態に近い心情でセットポジションから投じた1球。


 日野はその近江の大声にも惑わされずバットを振り切った。


「……」


 その直後、膝からマウンドに崩れ落ちる。


『(あんな近江君、近江君らしくないで?)』


 打球はバックスクリーンに叩きつけられる推定飛距離130メートルオーバー。3人のランナーが楽々ホームに帰る満塁弾。


「ナイスバッティング」


 そしてこちらも駆け足でダイヤモンドを一周する日野に、春馬は手を出してハイタッチ。


「相手の監督が『ホームランを打て』なんて正気ちゃうで?」


「正気じゃないですから」


 日野と並んでホームまで向かった春馬はそこで球審に選手の交代を告げる。


「球審。選手交代。レフトがセンター、センターがサード、サードがピッチャーでピッチャーがレフト――」


「ちょい待ちぃや、新田君。近江君はあれで守備付けるんかいな」


 日野の指さす先にいるのは、マウンド上で膝をついて項垂れる近江。内野陣から必死の励ましを受けるも、立ち上がる気配すらも見せない。


「ウチ、9人しかいないんです」


「練習試合なんやし、それくらいシビアにならんでええやろ。監督。助っ人に入ってええか?」


 確認をとる日野に、監督は「勝手にしろ」と返事。


「そういうことや。せやからワイがレフトに入るわ。ちょっと準備するから待っててな?」


 と言うわけで、センター・楓音、サード・因幡、ピッチャー・春馬と変更し、さらに近江に代えて大野山南高校・日野がレフトで助っ人参戦。


「それじゃあ、日野さん。9番レフトでお願いします」


「任せとき」


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