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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第5章 春のセンバツ出場校 VS 夏の甲子園出場候補
48/122

第7話 勝利へと繋げるために

 この球場では本日3試合が行われる予定とのことで、着替えただけでベンチやロッカーを次のチームへと明け渡す。球場外へと出て陰に集まったナインであったが、ほとんどは元気なく項垂れたまま。


 普段ならば空気を読まないまでに盛り上げまくる近江すらも俯き、時に盛り上げ、時に気を引き締めるムードの調整員たる最上も言葉1つ発しない。

たしかにこの試合、ほぼ100%の力を出し切ることができた。だが、『ほぼ100%』であって、『完全な100%』を出しきれたわけではない。選手各々に、もっといいプレイができたのであないかと後悔があった。


 これが高校野球である。優勝旗を手にする学校の裏では何千校と言う敗者が存在する。


 去年1年間はまともに1回戦突破もできなかったためにこの思いはなかった。春のセンバツでは、甲子園に出られたという喜びと、壁の高さへの驚愕で、哀しみが打ち消されていた。今回の敗北は、本気で甲子園を目指し玉砕したという負け。


 これほど悔しいのは蛍が丘高校野球部ナインにとって初めてであった。


 春のセンバツ・『死に霊の悪夢』とはまた別の『負け』だ。


 静かながらも唯一元気のなさは感じ取れなかった春馬は、ここまでずっと誰かを待っている様子であった。するとその待ち人が現れたことで立ち上がり、一旦ナインの輪を外れる。


「春馬、おつかれさま」


「父さん。頼んでたもの、持って来てくれた?」


「これでいいか?」


 春馬の父親である。彼はどこかの百貨店のものと思われる紙袋を渡す。その中を確認した春馬は頷く。


「これでOK。ありがとう」


「絶対に返せよ。会社の備品だから」


「それ、大丈夫なのかな?」


「ウチの社長、野球好きだから」


「そう言えば、春のセンバツの寄付も出してもらったっけ」


 地元では有名程度の企業に勤める春馬父。ゆえに社長と平社員でも割と顔見知りであるほどで、課長である春馬父であればその交友関係の深さは言うまでもない。


「じゃあ、ありがたく使わせてもらおうかな」


「これから練習か?」


「いや、少し時間がかかるけど、終わったら解散。父さんは?」


「ちょっと仕事の合間に抜けさせてもらっただけだから、もう会社に戻るよ。それは家に帰って返してくれ。明日にでも会社に返しておくから」


「は~い」


 父親と別れるなり、みんなの方を向いて視線を集めるように手を叩いた。負けたショックから立ち直れない近江はほんのり俯き気味だが、それでもとりあえず全員の視線が春馬へと集まり、座ったままでいびつな円陣を組む。


「それじゃあ、これから反省会的なものをやるぞ。ひとまずこのボードを回せ」


 春馬が取り出したのはそれぞれ紙とボールペンの挿まれたクリップボード。


「なぁ、新田。これ、名前の欄に大崎の名前が書かれてんだけどいいのか?」


「いいんだよ。それで」


 最上の問いに素早く答える春馬。


 クリップボードに挟まれた紙には、最も上に野球部員の名前が書かれており、下には9つの大きな枠。その枠の中には名前記入欄のつもりだろうか、小さく『( )』が書かれていた。


「全員に回ったか?」


「うむ。だが、春馬殿。これは何に使うのだ? それに、ワスのところに回ってきたのが近江殿のものなのだが……」


「今から説明する」


 春馬は上に『新田楓音』と書かれた紙を手に解説を始める。


「今日、大野山南に負けたことで今回は甲子園の道が断たれたわけだ。だけども、僕らは2年生。まだ秋に1回。夏に1回。甲子園のチャンスがある。だから今なすべきことは、負けて悔しがることじゃなくて、今日の負けを今後の勝ちにつなげることだ」


 春馬の大きな声に、偶然来ていた他の野球部の人たちや通行人も目を向ける。


「そこで、だ。今日の試合。至らぬところ、ダメだったところ、これから練習すべき点、なんでもいいから気付いたことがあったら書くこと」


「だったら自分の名前が書かれた紙じゃないとダメなんじゃ……」


「だから最上、早まるな。今から説明するから」


 最上に話を中断された春馬は、咳払いを間に挟んでから話を再開。


「おそらく自分の至らぬところって言うのは自分自身が分かってると思うけど、他人から見ているから分かることもあると思う。だから、そう言う事を書くんだよ」


「例えば?」


 大崎が手を上げると、春馬が素早く問いを返す。


「大崎は今回の試合で自分の至らぬ点は何があったと思う?」


「僕の……少し1番にしては早打ちしすぎだったかもって思うかな。それと新田君や近江さんの守備が上手いからって、少し内野カバーが遅れたかも……」


「だけ?」


「えっと……いきなりだったから今は……」


「僕が思うに、内野のカバーだけではなくて外野のカバーも遅かったと思う。そりゃあ、普通の野手なら十分なカバーだけど、お前の足の速さを考えるに物足りない感はあったな」


「う、うん」


 確信を突かれて驚き半分、落ち込み半分の大崎。


「みたいに、自分の気付かない事を他人が気付いていることもあるだろうからな。だからこそここに書くんだよ。ただし、ひとつ忘れんなよ?」


 春馬は人差し指を立てて1を示す。


「緩いこと書いても仕方ないぞ。罵倒しろって言ってるわけじゃなく、ただただ『こう思う』みたいなことはしっかり書け。手の抜いた意見はその人のためにならないからな。それと、チーム全体の問題として何かある時は、『新田春馬(ぼく)』の紙の裏にでも書いといてくれ。ついでに名前もな」


「名前、いる?」


 楓音が少し小さな声で質問。


「いる。これってどういうことだろう? って思った時に、それに答える必要があるから。弱点を洗い出すのが目的なのに、弱点を洗い出せなきゃ意味が無いしな。他に質問は?」


 春馬は質問が無いのを確認すると、ペンを抜いて記入の準備。


「それじゃあ、紙は時計回しで渡していこう。誰のを書いたか分からなくなるし。それじゃあ始め」


 春馬は手を叩き開始の合図をしてからその場に座り込む。遅れて他のメンバーも各々にペンを手に取って自分の紙に向き合う。


「春馬、質問」


「おぅ因幡か。どうした?」


「自分の紙には何を書けばいい?」


 見ると因幡の持っている紙には彼の名前。


「それは自分で気付いた自分の事を書けばOKな。もし自分は完璧だ。問題なんて何1つとして無いって言うなら、自信を持って『無し』って書いとけ……あ、それと、みんな。聞きながらでいいから聞いてくれ。それに追加で書くことな。その人の『良かったと思う点』もあれば書くこと。ただし問題点の方を優先な」


 それを伝えておいてから再び、紙へと向かう。


『(さてと。まずは楓音か……)』


 まずは右下の括弧に自分の名前をフルネームで記入。


『(そうだな……楓音はポジション取りがウチの外野陣の中でも格段に上手いんだよな)』


 ポジション取り。いわば打球の読み。打球が来る前に、打球方向を予測してそこへと守備位置を変えることである。例えば右バッターの引っ張り警戒ならレフト寄りシフト、左バッターの引っ張り警戒ならライト寄りシフトのようなもの。


 春馬はペンを2回ほど回して書き込み始める。


『(だけど、自信が無いんだろうな。ポジション取りの変化が小さすぎてあまり効果が無いんだよな。さて、なんと書こうか……)』


 春馬は途中まで書いてからペンを止め、少し悩む。


「……こんなもんかな?」


 終わった後、確認の意を込めて読み直す。


『ポジション取りは上手いけど、変化が小さすぎてあまり意味がなさそうに見える。ミスの責任は監とくが負うから、自信を持ってプレーする事。 (新田春馬) 』


『(……うん。これでOKだな。漢字をド忘れしたところがあるけど)』


 監督の『督』がひらがななのはそれゆえである。


「最上、足元に置いとくぞ」


「了解」


 最上は目線を外さずに書き込み続け、春馬は隣の近江が書き終わるまではとにかく待ち。そうしてしばらく待っていると、書き終えたのであろう彼女からボードが回ってくる。


「はい」


「どうも」


『(さ~て、次は……自分かよ)』


 意外と早く自分のものが回ってきた。一瞬、何を書こうかと迷ったもののよくよく考えれば、選手として、そして監督としての改善点が限りなくあった。


『(そうだな、とにかく自分はコントロールが――)』


 と、先に書いていた近江の自分への総評が目に入る。


『もっと打ってほしい (近江) 』


『(無茶言わんで欲しい)』


 今大会でヒットを放っていないのは春馬・楓音・皆月の6~8番バッター。一方で最もヒットを放っているのは大崎。次点で意外にも近江。しかも近江に至っては日野からマルチ安打をしているのだから、大した日野啓二キラーである。


『(で、裏は何か書いてあるかな?)』


 新田春馬シートの裏。つまりチームの課題を見てみると、


『もがみくんと春馬くんの2人でピッチャーがんばってたし、仏ももっとがんばればよかったです。 (近江) 』


『(……小学生の読書感想文かな?)』


 おそらく『私』と書きたかったのであろう『仏』や、『さいじょう』と書くべき『もがみ』など文そのものにもツッコみどころあり。しかしそれ以上に、チームの課題と言うべきものかどうか怪しいところである。


『(まぁ、いいや。近江には期待しないでおこう)』


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「ナイスゲーム。新田君」


「日野さんもナイスゲームです」


 反省会も手短に終えたところで、帰る準備を済ませた日野があいさつに来た。さすがに敗者の前とあって落ち着いた声ではあるが、発音からしてどことなく勝って嬉しそうな気が消え去ってはいない。


「新田君」


「あ、日野さん」


 春馬へと声を掛けたのは、先ほど自分を下した相手でもある日野啓二。


「さっきなんかやっとったから、よぉ声かけれへんかってんけど、何しとったんや?」


「『フクシュウ』です」


「復讐⁉」


「なんとなく字面が分かるんで言いますけど、往復の『復』に習字の『習』の方の『復習』です。仮に日野さんの考える復讐だとして、誰に復讐するんですか?」


「大野山南とかやない?」


「まぁ、そこに関しては今秋にでも叩き潰します」


「やっぱり復讐やん」


 復讐だった。


「そう言えば、練習試合も含めて大野山南には今まで1回も勝ててないんですよね」


「そやっけ?」


「去年の2軍戦も負けましたし、今年の春先も白柳さんにサヨナラスリーラン打たれて負けましたし、今日も負けましたし」


「いずれも1点差なんよなぁ。それも全てウチが負ける寸前でなんとかひっくり返したって言う展開の」


「いいじゃないですか。勝ってんですから」


「ワイにとっては試合に勝って勝負に負けたようなもんやで? 結局、近江君にまたホームラン打たれたし、最後の最後で新田君にも歩かれたし、バッターとしても鮭様に抑え込まれたし」


「と、言いながら最上からホームラン打ってますけどね。今年度に入ってあいつの初被弾ですよ?甲子園は一応、去年度ですから」


「せやけどなぁ……」


 日野は釈然としない様子。そこでふと日野は思い出したように、春馬の後ろにいた最上へと視線を向けた。


「ところで鮭様に聞きたいことがあるんやけど……」


「僕に、ですか?」


「せや。鮭様のストレートってクセ球やろ?」


 日野の核心に近づく質問に春馬の表情が凍てつき、どう答えるつもりなのかと、期待と恐怖を込めて最上の顔を睨む。


「クセ球ってどんな?」


 あくまでもしらばっくれるつもりの最上。「なにそれ?」と言いたそうな顔で聞き返す。


「う~ん。ワイにもよ~分からんのよ。今年の春や1打席目では沈んでたような気がしたから、多分、普通のストレートよりも伸びが無い球なんやろな、って思ってたんやけど」


「だったら伸びがないんじゃないんですか?」


「けど、よぉ見たら普通のストレートなんや。鮭様、クセ球とストレートを使い分けとるんちゃうか?」


 頭がいいこともさることながら動体視力も含めて運動神経のいい日野が、蛍が丘が誇る山陰の狐を追い詰める。


「高く評価してもらえてありがとうございます。けど、僕のストレートは(・・・・・・・・)、何の変哲もないストレートですよ」


 しかし彼は動揺する様子すら見せずに真顔で回答。


『(まぁ、嘘は言ってないな。ストレートは(・・・・・・)、何の変哲もないからな)』


 その嘘は言っていないが真実とも言い難い回答に春馬は心中で感心。


「じゃあ、なんでそんな純粋なストレートしか投げられん奴がエースなんや? 普通なら変化球を投げられる新田君がエースやろ。悪いけど、純粋な球の質から言うたら、鮭様より新田君の方が格上やで?」


「新田は変化球が投げられるっていっても、せいぜい地区大会の1回戦レベルですから。ピッチャーとして出場するより、内野の要たるショートとして試合に出た方が都合はいいんですよ。日野さんみたいに圧倒的な投手がいるならまだしも、僕らのチームでは『投手に向かない選手』はいても『投手に向く選手』はいないんです」


「悪かったな。地区大会1回戦レベルで」


 120のストレートと少しキレのいい程度のスライダーのみ。あえて言うなればフィールディングが人間離れしているくらいのもので、それ以外は大したピッチャーではない。


「じゃあ、さらに疑問や。なんでスピード抑えとるんや? MAX135が出るのに、120台までセーブすることもないやろ」


「抑えないとノーコンなんです。それに、あまり全力投球を続けると9回までもたないんです。ウチ、僕と新田以外にはまともなピッチャーがいないもんで」


「なるほどなぁ。じゃあ、完全にワイの見間違えやろか。やたら強い所が鮭様に抑え込まれてるからなんかあると思ったんやけど」


「偶然です。それと守備がいいからです。そんな簡単に強豪打線を抑え込める魔球を持ってるなら、甲子園で使ってます」


「それもそうやな。……勘違いかぁ」


 不思議そうに頭をかしげる日野だったが、ふと思い出したように春馬を呼ぶ。


「新田君」


「なんですか?」


「ちょっとええかな? 新田監督に聞きたいことあるんや」


 他の部員から10メートル程度の距離を取らせるようにし、それからやや抑えめの声で問い掛ける。


「正直なところや。仮に蛍が丘が大野山南(ウチ)を破っていたとして……甲子園に行けたやろか?」


「……その心は?」


「これから天陽永禄戦、松江水産戦を控えているワイもそれほど上から目線では言えへんけど、蛍が丘は甲子園に行けへんかったんやないか?」


「でしょうね。蛍が丘には――」


「致命的な欠点がある。やろ?」


「ですね」


 そこまで意味深に伝えた後、腕時計を見て思い出したように背を向けた。


「せや。チームメイト待たせてるから、そろそろ行くわ」


「はい。じゃあ、頑張ってください。目指せ甲子園」


「ありがとな。新田君。じゃあ、また」


 日野はチームメイトがいる方向へと駆けて行く。春馬はそんな日野の背中を見送り姿が見えなくなってから、大野山南の特進クラスを騙しきったトンデモギツネに目を向けた。


「嘘ばっかり並べやがって」


「嘘は言ってねぇよ? 少なくとも僕のストレートは(・・・・・・)、何の変哲もないストレートだし」


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 蛍が丘高校2年目の夏大が終わって1週間。1学期も既に終わって夏休みに入っているわけだが、既に敗戦から気持ちを切り替えて練習に打ち込んでいた。


「大野山南高校、凄いな」


 練習開始前のちょっとした空き時間。最上は新調したタブレットを片手に高校野球島根県大会の結果を確認。あれから日野は準決勝・天陽永禄戦を9回1失点完投&3打点。明日の松江水産戦を控えて今日は休養日と言ったところである。


「そりゃあ、日野さんの実力は尋常じゃねぇよ。秋からあの人と戦わなくていいのは一安心だな」


「そっか。次は秋なんだよなぁ」


「あえて言うならその前に新人戦があるけどな」


 最上と春馬の言うように夏の大会が終わった蛍が丘高校。次なる試合は8月の新人戦。そして秋からは春のセンバツを賭けた秋季大会が行われる。


「うむ。時に新田殿。この夏はどうするのかの?」


「夏はって?」


 2リットルのスポーツドリンクをがぶ飲みしていた猿政が急に話へと介入。


「うむ。新人戦までの1ヶ月は学校も休みゆえ、課題克服やチーム全体の変革と言った集中練習には丁度いい時間であろうと思うのだが」


「合宿、合宿、合宿」


 さらに話を聞きつけた近江も入ってくる。


「そう簡単にいうけど予算がないと思う」


「春のセンバツで集めた金は?」


「あれは学校の予算であって野球部の予算じゃない」


 最上は『死に霊の悪夢』こと春のセンバツ時に集めた遠征費用を思い出すが、あいにくあれは野球部が勝手に手を付けられるお金ではないのである。さらに言えばあのお金は、学校設備の修繕費として用いることがほぼ確定しているとか。


「ま、学校で練習だろうな。ただ平日の練習と違ってグラウンド独占だから、しっかりと練習しようや。去年みたいな感じじゃなくて、しっかり気合い入れて」


「甲子園目指す」


 小さくガッツポーズの近江。


 そもそも蛍が丘高校野球部は1回戦敗退の常連校であり、春馬らも春のセンバツに出場するまでは「1回戦突破するぞ~」「「「お~」」」と言うような緩い感じであった。せいぜい遊び程度にやっていたのが去年なわけで、『甲子園』を一応は視野に入れ始めた今年以降は去年と違うのも当然である。


「ただなぁ。今年、めちゃくちゃ暑いからなぁ。あまり長い練習は嫌だぜ」


「意外と最上って体力ないもんな」


 長距離走のタイムは春馬・大崎に次いでかなりいいのだが、暑さへの耐性があまりないのである。去年はそれで「寒い東北出身だから仕方ない」とネタにされていたとか。


 春馬はカバンの中から『蛍が丘高校 部活予定表』なる紙を取り出す。野球部やサッカー部など体育系、吹奏楽部や囲碁将棋部などの文化系も含めた夏休みの部活予定表。固有の活動場を持たない体育系に関しては、つまるところがグラウンドや体育館の使用割り当てである。


 そして少しだけ読んでから顔を上げる。


「楓音。ちょっと僕と一緒におつかい頼める?」


「えぇ、嫌だなぁ。暑いし陰から出たくな――」


「因みに目的地は職員室」


「うん。行こう」


「待って、楓音。私が行く」


「ちょうど宿題のことで聞きたいことがあるんだ。僕が行く」


「うむ。ワスはちょっと進路相談があってのぉ」


 動きたくなさそうな4人であったが、目的地が職員室と知るなり手のひらを返す。


「第1回。職員室同行権争奪じゃんけん大会~」


「「「いえぇぇぇぇい」」」


 その挙句、皆月、寺越、大崎、因幡も巻き込んでじゃんけん大会を始める楓音。


 職員室と言えば夏場でもクーラーの効いた快適空間である。一休みがてら行きたいのはもちろんのことである。


 その結果……



「なっはっはっは。全国1億8000万人の近江ファンのみなさんお待たせいたしました。私の勝ちだぁぁ」


「アメリカかな?」


「楓音、たしかアメリカは3億くらいだったと思うぞ」


 地理選択なだけはあるがそれにしては知識の深い春馬。


 因みに人口1億8000万に近い国はパキスタンである。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「おかえり~」


「ただいま」


「あれ? 近江ちゃんは?」


 日陰でおつかい組を出迎える楓音だったが、そこには彼に同行したはずの近江の姿はなかった。


「クーラー効いた職員室で生徒指導中」


「ウチの部は生徒指導対象が多いもんだぜ」


 春馬が答えると最上は呆れ顔。


「成績不良&宿題踏み倒し常習犯の近江だけだろ?」


「授業サボり&素行不良常習犯の新田もいるがな」


「いいんだよ。この前の模試でも国立第1志望A判定だったし、留年しない程度の成績は取ってるから」


「ったく。神様って不公平だよな。真面目な僕より、サボり魔の新田の方が学力上なんて」


「勉強効率がいいと言え。それに不公平なんて言ったら、神から二物をもらってる人もいるだろうが」


「まぁなぁ」


 県下屈指の進学校でもある大野山南高校の特進クラスに属し、それでいてプロ大注目の左腕&スラッガーとされているH氏もいるくらいである。


「時に新田君。職員室に何をしてきたのかな?」


 ぬるくなったスポーツドリンクを手に問いかける大崎。すると、


「水泳部の使っていないタイミングで、プールを借りてきた」


「おっ、新田。トレーニングか?」


「いや。暑いじゃん」


「「「遊び?」」」


「遊び。なんでただでさえ練習時間を確保してるのに、さらに練習時間を増やさなならんのか」


「……あのさぁ、今更だけどさ」


「なんだよ。義姫なら知らんぞ。近所の政宗にでも聞いてくれ」


「僕も知らん。そうじゃなくて、ウチって一応は野球部だよな」


「一応も何も、紛うことなき野球部だぞ。硬式の」


 彼らの属している部活は『蛍が丘高校硬式野球部』である。


「一応、甲子園を目指してるよな」


「まぁ、どうせだし再挑戦はしたいよな」


 そして甲子園を目指しているらしい。


「不真面目すぎね?」


 日野や白柳ら一部の力で勝ち進んでいる進学校・大野山南はさておき、信英館、天陽永禄と言った名門校は練習漬け。一方で曰く甲子園を目指す蛍が丘は、隙あらば休みにするらしい。


「だから効率がいいと言えよ。それにさぁ、野球馬鹿ならいいよ。けど、誰もかもが近江なわけではないし――」


「あっ、しれっと野球馬鹿と書いて近江と読んだな? こいつ」


 何が間違っているのか。


「勉強だけとか野球だけもつまらないじゃん。来年度には受験だし、野球部員かもしれないけど、青春真っ盛りの高校生。そんな楽しい時期は満喫しないと。甲子園行きたければ、信英館なり天陽永禄なり行けばいいし。僕らにとって甲子園はあくまでも『夢』だから」


「近江がいたら怒るな」


「近江がいないからいいじゃん。いたとしてもあいつシンプルに馬鹿だから、僕がちょっと舌戦すれば折れると思うぞ」


「らしいぞ、近江」


 と、後ろを指さす最上。春馬がため息まじりに振り返る。


「うやぁぁぁぁ。今日という日は怒ったぞぉぉぉぉぉ」


 職員室でこってり絞られてきた近江。いきなり春馬にかみついた。



 ……1分後



「やっぱり、息抜きは大事だと思う」


「「「弱っ」」」


 近江美優 大敗


 実際のところ蛍が丘高校野球部は「甲子園」を目指してはいるものの、果たして何もかもかなぐり捨てるような執着をしているわけではない。そのため春馬の言っていることも最もなのだが、こんなのに負けたとあっては信英館も報われないだろう。


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