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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第5章 春のセンバツ出場校 VS 夏の甲子園出場候補
47/122

第6話 最上義光、ピンチを背負い

 同点であるため良くて延長戦が確定した状況である9回裏。そうなると蛍が丘高校も延長戦に備えて最上を温存して守備を迎える。左バッターの7番から始まる大野山南の攻撃に対して、蛍が丘高校のマウンドは春馬。


「プレイ」


 プレイ再開宣告と同時にサイン交換を済ませた春馬は投球開始。


「ストライーク」


 無駄球を放りたくないためいきなりストライクゾーンへと通す。


『(ウチの投手は僕と化けギツネの2人。最大延長は15回だし、体力温存で行かないと選手層の差でやられる。野手として出場し続ける体力も残す必要があるし)』


 つくづく選手層の薄さは厳しく感じる。


 2球目。インコース低めへと投じたスライダーを詰まらせてショート真正面へのゴロ。不慣れなポジションに入っている近江だが、流麗な動きでその打球を処理してワンアウト。


「よし。ナイス近江」


「えっへん」


 褒められて嬉しい近江は平たい胸を張ってから、おしりを振りながらショートの守備位置へと戻っていく。その姿はどう見てもドッチボールで「キャーキャー」いながら逃げ回るか弱い女子なのだが、いざふたを開けてみれば不慣れなショートのポジションを平然とこなす野球の天才。


『(考えたら近江って扱いやすいよな。野球脳高いけど、基本的にバカだし)』


 野球の才能がずば抜けており野球脳がある一方で、バカで単純であるため御しやすい。世間ではそれをカモと呼ぶ。間違いなく社会に出ていいように使われるタイプである。


「ワンアウト、ワンアウト~」


 皆月に先駆け近江が外野に向けてアウト確認の声掛け。いつものことであるため他のメンバーも編然と「ワンアウト~」と答える。


 これでひとまず先頭を切ったためかなり楽にはなった。それにこれから下位打線。バッターボックスやネクストバッターサークルを見る限りは代打を出す動きも見えず、一呼吸付けそうなあたりではある。


 しかし油断をするには早かった。


 8番の打球は二遊間セカンド寄りの打球。大崎が追いついて捕球も、1塁送球は間に合わずに内野安打。


『(マジかよ。見た感じ、足も速かったしまずかったか?)』


 このバッターは今日2本目の内野安打。それに1本目の安打は近江―春馬の守る二遊間に打ったものであり、かなり足はあるとみていいだろう。しかし、


「セ、セーフ」


 プレートを外さずに1塁へと牽制。春馬は牽制とクイックの上手い投手であり、皆月がせいぜい高校野球では平凡クラスのキャッチャーだとしてもそう簡単には盗めないだろう。ただ球速の遅いスライダーではランナーを刺しにくいため、ストレート主体にはなってしまうだろう。


「ボール」


 アウトコースにストレートが外れてワンボール。


『(今の入ってないか?)』


 春馬は首をかしげながら今の判定に不満を表す。


『(次はもう少し内に入れるか?)』


『(そうだな。ツーボールはきついし)』


 サインに頷いてから第2球。スライダーではなくストレートを入れていく。


 春馬の投じた3球目。


 内側にやや甘く入った球を9番バッターは引っ張りで弾き返す。打球は不慣れなショートを守る近江の横。思い切って飛び込んだ彼女のグローブを弾いてレフト前へと転々。これによって1塁ランナーは2塁まで進み、サヨナラのランナーをスコアリングポジションへと置いてしまう。


「うっわ。やべっ」


 かなり一打サヨナラのピンチに変わり非常に厳しい展開に。


「タイム」


 そうなるともちろんのこと皆月はタイムを掛けてマウンドへ。さらにそこへ寺越、大崎、猿政、近江ら内野陣も駆け寄ってくる。


「春馬。1番の張だぞ。どうする?」


「どうするもこうするも勝負するしかないだろ?」


「いや、そういうことじゃなくてな――」


 わざわざ3塁を埋める敬遠なんてない。そう訴える春馬であったが、皆月の言おうとしていたことはそういうことではなかった。


「こういう時のためにレフトで休んでたんだ。任せな」


 外野から駆け足でやってきたのはエース番号を背負った最上。


 レフトに入っていた最上の再登板か、それとも春馬の続投か。


 そうした意味で決断を迫ったのである。


 1アウト1・2塁。日野・白柳ほどではないにせよ打撃の上手い張。


 純粋にワンヒットでの加点を防ぐなら、強肩の因幡・最上を外野に置いておくのが最もいいだろう。しかしながら最上ならば根本的に外野へのヒット自体を防ぐ力もあるし、春馬自身が内野に戻ることで内野守備力が最高の状態となる。


「新田。エースに任せろ」


 再び春馬に決断を促すような一言。


「皆月」


「お、おぅ」


「守備位置、元に戻すから球審に伝えろ。近江はセカン。大崎はセンター。因幡にレフトへの移動も伝えとけ」


「「「了解っ」」」


 マウンドへの集合から解散まで30秒程度。その円陣が解かれた後にマウンドへと残っていたのは、これまで投げていた春馬ではなかった。


「球審。シフトチェンジ。ピッチャーがショート、ショートが――」


 近江・春馬の二遊間コンビに戻り、センターは大崎、レフトに因幡。そしてピッチャーマウンドには最上。エースナンバーが再びマウンドへと戻ってきた。


「頼むぞ、最上。1点も与えられない」


「分かってる」


 もちろんのこと投球練習はなし。余計な球筋を見られないようにと言った理由と同時に、延長戦の可能性がある以上、無駄な球は投げられないことも理由にある。


「プレイ」


 危機的な状況で後を託された最上。セットポジションからサイン交換なしの投球。


「ストライーク」


 120キロそこそこ。ど真ん中への甘い球。


 バッターは警戒するかのようにそれを見逃し。最上らしい初球の入り方である。きっと次はもうこんな甘い球がこないだろうと考える。


 2球目――


 寸分違わずではないが、かなり甘いホームランコースの球。自分で勝負を決めるべく、とにかくバットを振り抜いた。感覚的にはジャストミート。間違いなく芯で捉えた。が、


『(お、重っ)』


 芯で捉えたはずなのに、芯を外したかのような感触。手に強いしびれが伝わり、また同時に鈍い金属音が耳に飛び込む。


 真芯を外しながらも力で押し込んだ打球。ボールはかろうじて三遊間への速いゴロ。普通の高校生ならば追いつかないものであるが、このバッターからショートは春馬。スライディングしながら逆シングルキャッチ。


『(サードはがら空き)』


 この打球を猿政も追っていたことで3塁はがら空き。そして、


『(セカンも無理)』


 2塁も間に合いそうにない。そこで1塁へと投じようとするが、


「くそっ、間に合わないか」


 ボールを右手に持ち替えたのみ。投げられずにオールセーフの内野安打。


「新田」


「あぁ、すまん」


 軽く謝っておき最上に投げ返した春馬。右手を上げると「前進」と指示を送る。


「ワンアウトランナー満塁(フルベース)。内野捕ったらホームゲッツー」


 その指示通りに前進シフトを敷く内野と、それを確認する皆月。


 この場面、3塁や2塁経由でダブルプレーを取れる以上、わざわざ前進守備を敷く必要性などないようにも見えるが……


『(中間だと、少しミスれば即サヨナラ。そしてなにより……)』


 大野山南の監督へ視線を送る。


『(やはり前進守備。1点を取ればサヨナラだからだが……新田監督、満塁スクイズを警戒したか?)』


 これまでの試合もそうだが、高校2年生に似合わない采配を見せ続ける新田監督。さすがの大野山南側もここは深読み。


『(しかし満塁スクイズを警戒するとはさすがか。大方、2回戦でも見ていたか)』


 ホームフォースプレーとなる満塁において、スクイズが用いられることはかなり少ない。が、大野山南は奇襲作戦の意味でも用いることがある。


『(だが、これが大野山戦術でもある)』


 満塁スクイズの可能性。本当にやるかどうか分からない『それ』がたった1つあるだけで、守備側はそこに注意をしなければならない。そして結果として神経をすり減らすことにもなるし、対応シフトを敷くことでどこかしらに守備の穴を作ってはいる。


『(ま、蛍が丘の強攻戦術にも似ているが、な)』


 蛍が丘はノーアウト1塁や2塁。送りバントであるべきパターンでもバントをしない。が、することもある。定石手順を持たないことで、相手に先を読ませない。


『(果たしてこの搖動が蛍が丘に通用するかな?)』


 セットポジションに入った最上。3塁ランナーに目もくれず、大きく足を上げての投球モーション。


「ストライーク」


 初球からど真ん中へ通していく。


『(最上は気にせず、か。どうせ、堅守の蛍が丘相手にバントは難しいだろう。決めてこい)』


 強気の最上に対して大野山南の選択肢は強硬策。


『(好きに決めてやったらえぇ。けど、ゲッツーだけはアカン。ゲッツーやなければ、そん時はワイが決めたる)』


 ネクストにいるのは日野。


 蛍が丘にしてみればゲッツーを取りたい場面である。


 バッターは監督や日野の期待を背負いつつバットを構える。


 2球目……


 最上の投球は少し甘く入る。


『(インコースっ――)』


 打ち返されたインコースへのボールは、右翼線へ高々と舞い上がる。


「やばっ」


 打球方向を振り返った近江はすぐさま状況を確認。


『(3塁ランナーは俊足ではないけど鈍足でもない。打球はかなり深いし――サヨナラになるっ)』


 楓音の守っていた位置がよかったため、ひとまず彼女は落下地点に入っているもよう。だがその場所は強肩の因幡や最上をもってしても刺せないほどの深い位置。仮に内野にいる春馬や最上を中継に入れたとしても、3塁ランナーの阻止はできない。


『(このままじゃ……)』


 もうサヨナラ阻止は不可能。と、彼女は気付く。楓音の左足が踏んでいるものは白いライン。


「捕るなぁぁぁぁぁ」


 その声に落下地点に入っていた楓音も気付く。


 捕球してしまった場合、犠牲フライによるサヨナラ負けを阻止することは不可能である。ならば犠牲フライを成り立たなくさせるほうに賭ける。


 楓音はすぐさま回避行動。打球はもちろんのこと捕球はされずライン際に落ちた。


「ゴー」


 そして3塁ランナーもスタートを切る。が、


「ファール」


 わずかにラインを割っていた。ファールボール。


「っぶねぇ。助かったぁ」


 このワンプレーに胸をなでおろすは最上。ファールになったのは結果論だが、フェアになろうが捕球しようがサヨナラ負けは変わらない。ならばファールになることに賭けたのは妥当な判断であっただろう。


「近江、楓音、ナイス判断」


 球審から新しいボールを受け取った最上は、セカンド・ライトの方を向いて2人に声掛け。これほどの緊迫した状況下であのような判断を取った近江も、そして近江の声をしっかり耳に入れてその賭けに乗った楓音も。アウトが取れたわけではないが、これはファインプレーである。


「最上。気をつけろよ。外野にもっていかれたら終わりだぞ」


「分かってる。低めに集めりゃいいんだろ?」


 大声で愚痴ってくる春馬に、それ以上の大声で言い返す。


 その最上はサイン交換もなくセットポジションへ。


「ノーボール、2ストライク。プレイ」


 ファールで一旦ボールデッドとなった試合も再開。


 低めいっぱいに構えられた皆月のミット。そこを見つめ続ける最上は、迷わずボールを投じた。


『(た、高めっ)』


 高めの甘いストレート。てっきり低めを突いてくると思っていたバッターは少し遅れて手を出すが、バットの芯を大きく外してしまう。


「上げた、ピッチャー」


 大きく上がったピッチャーフライ。皆月は瞬時に最上を指さす。しかし、


「いや、近江、任せた」


「分かった。どいて」


 マウンド付近もややセカンド寄り。最上も内外野をしているだけにフライ処理は下手ではないも、ここはもっと上手い選手に処理を任せる。


 最上は近江の指示通りにピッチャーマウンドから降り、代わりに上がった近江が落下地点で右手を挙げる。


「インフィールドフライ、バッターアウト」


 と、ここで球審は少し遅れ気味のインフィールドフライ宣告。もっとも審判のコールが遅すぎたわけではなく、守備陣の反応が早すぎるだけではあるが。


「はい、ツーアウト」


 そのフライを近江がマウンド上で捕球。歩み寄ってきた最上に手渡し。


「助かった。あともう1人」


「気を抜いちゃダメだよ。あの人なんだから」


「おぅ」


 ツーアウトながらランナー満塁。背水の陣どころか片足すでに水の中な状況でバッターは、


『3番、ピッチャー、日野君』


 プロ注目のスラッガー。


 北海道あたりのサムライを意識したのであろう日野は、物まねのような8時5分。


『(ラストバトルにしようや、鮭様。近江君にも打たれた。そして新田君にはその直後に歩かれた。せやけど、せめて鮭様には負けへん)』


 3人のランナーを背負った最上は、高校野球最強スラッガーを前にして堂々とした態度での初球。


「ボール」


 インハイへのストレート。あわやサヨナラ押し出しデッドボールと言った投球だったが、最上は決して焦った様子など見せない。


『(球速は118キロ。鮭様のMAXスピードよりかなり遅めや。ということは、コントロールした威嚇球なんやろな)』


 全力投球が抜けたわけではなく、計算づくのブラッシングボール。最上に珍しい初球ボール球が果たしてどのような意味を持つのか。


「ストライーク」


 アウトコース低めへの投球はギリギリストライク。こちらも最上には珍しく、縦横のストライクゾーンを広く使っていく配球である。


 その最上の散らしていく投球は続く。


「ボール、ツー」


 一瞬、高めに抜けた甘い球のように見えた3球目。しっかり外してツーボール。ボール先行カウントが続く。


『(最上。お前なら大丈夫だと思うが……満塁だぞ。押し出しは即サヨナラ。分かってるか?)』


 このいつもらしくない最上に、後ろを守る春馬も心配そうなまなざし。もっとも日野を相手にいつも通りのピッチングをする方が無茶な話であり、また彼はいつも通りでは抑え込めないと思っているのか。


「ストライク、ツー」


 ここまで1球も振らずにツーストライク。


「ナイスピッチ。その調子、その調子」


 追い込んだことで皆月は高調子で返球。


「チッ」


 しかし最上は不満そうに舌打ち。その態度は決して相手バッターを追い込んだ時のそれではない。


『(じっくり見られた。相手方にとってはサヨナラのチャンスなんだが、堂々としたもんだぜ。超高校生級)』


 見せ球はストレート。シンカーを勝負球にしている最上にとって、先ほどのシンカーを見られたのは不満である。


『(ホンマ、なんなんやろなぁ。投球フォームやクセ球言うほどやないんやが……手元でわずかにムービングしとるんやろか?)』


 日野相手に勝負球をじっくり見られるのは非常にマズイ。最上は考える間を与えまいと、すぐさま投球モーションへ。


「ファール」


 インコース低めのストレートを、3塁側フェンスに当てるファールボールに。


 最上は悪夢の舞台を目指して、日野は夢の舞台を目指して。


 両校のエースの一歩も引かない激闘が続く。


「ファ、ファール」


 次の球は思いっきり引っ張られるも、1塁線を割るファールボール。


「ふぅ」


 マウンド上で最上が深呼吸しながら額の汗をぬぐう。一方の日野も頬に流れる汗を袖で拭う。


 両方ともチームを背負い、この夏の炎天下でマウンドを守ってきたエース。お互いに本日は2番手へと引き継ぎはしたが、彼らがエースであることに代わりはない。


『(これで――決めるっ)』


 次の投球は全力の一投。


『134㎞/h』


 今までよりも遥かに速いストレートが高めへ。急なことに対応できなかった日野であったが、球審の手は上がらない。


「ランナー、フルカウントだぞ。分かってるな」


 大野山南のベンチ入り選手から声が飛ぶ。


 2アウト満塁フルカウント。ランナーは自動スタート。1点取られればサヨナラの場面であるため、2人目のランナーを気にする必要はない。しかしスタートを切られると、他の塁での封殺が奪えない。言ってしまえば内野の深いところに打たれた場合、1塁でアウトが取れなければサヨナラを意味する。


『(最上。三遊間はマズイ。日野さんはさほど足が速くないとはいえ、打球によっては刺せないぞ。できれば引っ張らせろ)』


 一二塁間ならば1塁までの距離が近い分まだなんとかなる。しかし日野相手に引っ張らせるのはリスクが伴う。


「うわっ。やばっ」


 フルカウントからの投球直後、ライトを振り返った最上。インコースに入ったストレートが弾き返され、打球は痛烈なライトへのフライ。楓音が一歩も動かずに見送ったその打球は、ライトポールの右へと切れるファールボール。


『(こえぇ、こえぇ)』


 あわやサヨナラ満塁弾。この際、1点も4点も結局はサヨナラ負けなのだが、だからと言ってもちろんのこと打たれていいわけではないのである。


『(さぁ、鮭様。ホームランの打ち直しとさせもらうで)』


 近江に打たれたホームランはここで打ち返す。強い意志を持って左打席で構え直し。


『(三振前のバカ当たり。これで決める)』


 エースの意地を持ってプレートに足をかける。


 フルカウントと代わってからの2球目。


 最上の投球モーションに合わせて、もちろんのこと全ランナーがスタートを切る。


 日野もバットを引いて待ち受ける。


 サヨナラか延長戦か。


 勝負を分ける投球を、


『(っ――これは、アカン)』


 日野の手がでない。


 いや、日野が手を出さなかった。


「ボール、フォアボール」


 アウトコースいっぱいに投じた最後の1球。


 勝負所でのその1球がボールと判定され、最上がゆっくりと膝から崩れ落ちる。


 スタートを切っていた3塁ランナーは悠々ホームイン。フォアボールの日野もバットを放り投げて1塁へ。


「ホームイン。ゲームセット」


 悪夢の甲子園へと再出場を狙った蛍が丘高校。


 しかしその野望を、超高校生級・日野を擁する大野山南が打ち砕いた。


 総力戦となった激闘を制した大野山南高校の選手たちは、ホームベース付近で盛り上がる。一方でマウンドに崩れ落ちた最上を中心として、蛍が丘のナインは力なく選手礼のためにホームまで引き上げる。


「最上」


 2つの雰囲気が入り乱れる中、春馬はマウンドに手を突いて微動だに最上を起こそうとする。だがかなり重い。完全に両手足から力が抜けており、彼の体重がもろにかかってきているのだ。この重さは蛍が丘の甲子園再出場を背負ったエースとしての重み。肩を貸してその重さを強く感じている春馬だったが、ふとその重みが軽くなる。


「ほら。最上くん(・・・・)、しっかり立たな」


 本当はチームメイトの輪の中へと入って共にはしゃぎたいはずの日野啓二。彼はマウンドに来るなり、春馬が抱えた方とは反対の腕を支えてホームまで引く。ここ数時間は敵として死闘を繰り広げてきたが、その本当の間柄は野球を通じた球友である。


 その後、遅れてやってきた皆月に彼を任せて整列。


「蛍が丘高校対、大野山南高校の試合は、大野山南高校の勝ちです。選手、礼」


「「「ありがとうございましたぁぁぁぁぁ」」」


 蛍が丘ナインの中には涙声混じりのものや、かすれたものが混じりながらも、元気のいいあいさつにて激闘は幕を閉じる。


 頭を下げて例の後は双方のチームのナインが握手を交わす。


「最上くん」


 日野は俯いて元気のない最上を背に腕をまわしつつ、彼の耳元ではっきりと告げた。


「最上くんらの重み、ワイが背負って戦ってくる。甲子園優勝してくるで」


久しぶりに『負け試合』を意識して書いた気がします

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