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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第5章 春のセンバツ出場校 VS 夏の甲子園出場候補
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第4話 春馬の聖域

 日野が控える大野山南の前に決定打となりかねない勝ち越し点を許しながら、後続を辛くも打ち取った最上。ベンチに引き揚げるなり、後列のベンチへと勢いよく腰かけ、背もたれに体重を預けつつ天井を見上げる。


「楓音。すまん、タオルとスポドリ」


 普段らしくないやや強い口調の最上。彼の顔へとタオルが投げるように被せられ、隣にスポーツドリンクのボトルが置かれる。


「新田違いで悪かったな。ただあいにく、楓音(あいつ)は外野から帰ってくるから時間かかるんだよ」


「別に、そっちの新田でもいいさ」


 ひとまずマネージャー兼任でもある楓音に任せただけのようで。


「さすがの最上もキツイか」


「さすがにキツイね。ちょっと一休みしたいところだけど……」


 かなり悩ましいところである。


 最上は暗に春馬への継投を頼んでいるが、1点が大きく勝敗を分けるこの試合で最上を降ろすべきなのか。多少無理させてでも残り3イニング投げさせるべきではないのか。大野山南は日野を一旦降ろす作戦に出たが、大野山南と蛍が丘ではチーム事情が異なる。


「……最上。ショートいけるか?」


「ちょっと厳しいね」


「考えとく」


 春馬の中で自分がマウンドに上がることは決まった。


 だが難しいのは守備位置をいかに変えるか。自身はセンターラインを守る野手なだけあり、一定の守備力を維持したまま投手交代させるのは非常に手間がかかる。そして何より最上をショートに回すことができない。


『7回の表。蛍が丘高校の攻撃は、5番、セカンド、近江さん』


 ひとまずその事は置いておき、ネクストバッターサークルへと入る。とにかく今すべきは7回の裏の守備の事を考えるのではなく、いかに同点に追いつくかである。


『(なんにせよ、ここで近江が出ないことには何も始まらない)』


 右バッターに入った近江を期待の眼差しで見つめつつ、バッティング用手袋とヘルメットを準備する。


『(日野さんが降りている間に同点に追いつかないと)』


 準備万端。ネクストバッターボックスに入ろうとした春馬の前で快音が響く。


 2番手・屋島の投じたアウトコース低めのフォークボールを捉えた近江。フルスイングから繰り出された鋭い打球は、一二塁間をまっぷたつにして日野の守るライトへ抜ける。


「らしくねぇなぁ。近江がシングルなんて」


 シングルヒット以上にホームランと三振が多いような印象の近江である。その珍しいような気がする近江のヒットに続けるか。


「もう少し休ませろよ」


『6番、ショート、新田春馬くん。背番号6』


 文句を言いながらバッターボックス付近まで駆け足。


『(ま、大したサインはねぇよ)』


 バットを小脇に挟んで近江へとサインを飛ばし、その上で右バッターボックスへ。


『(さぁ。屋島。てめぇはどんなピッチャーだ?)』


 ここまでの投球や前イニングの4人から聞いた限りでは、『一部選手を除けば中堅~弱小校程度の大野山南高校』にしてはかなりいい投手と言ったところである。


「ボール」


 初球。アウトコースに外れたストレートは大したものではない。


『(総合鈴征の佐伯さんと立花、信英館の東山さん、そして大野山南の日野さん。今まで戦った中の主力級に比べると格落ちするな……これなら)』


 自分でも打てそうな気はする。だがここはその打ち気を抑える。


 屋島は1塁に1球牽制を挟んでランナーを制し、その後でクイックモーションにて春馬へと投球。そこで春馬が取った策は、


『(これなら、楓音や皆月でも打てる)』


 最悪はランナーを進める事を意識したセーフティバント。


 打球はサードの真正面。ひとまず最低限、送りバントとしての意味を成したと言った転がり具合。あとはセーフティバントという+αの意味を成せるかどうかだが、


『(おや?)』


 春馬の視線の先。1塁へは送球がこない。それどころか視野の隅にある2塁へと送球が飛び込んでくる。たしかに近江がスライディングで2塁に進む程度には余裕のないタイミングではあるが、果たして2塁に投げる価値があったのかどうかと言われると否である。


『Fc』


 近江はもとより春馬も1塁にてセーフ。フィルダースチョイスを意味する『Fc』のライトがバックスクリーンに点灯する。


『(くそぉ。きつい。きついが、日野はまだ使うべきじゃない)』


 ノーアウト1・2塁。立派な大ピンチだが、大野山南方の監督は動かない。疲労の蓄積している彼をここで使うには厳しいところがあり、なによりここから下位打線。彼でも抑えられるのではないかと期待もある。


『7番、ライト、新田楓音さん。背番号9』


 バッターは7番の楓音。ここで新田監督は、


『(送らせるか。このピッチャーなら皆月、最上、大崎で十分に1点を奪える。とにかく同点。あわよくば逆転を狙う)』


『(うん。分かった)』


 バントのサインを受け取った楓音。左バッターボックスに入るなり送りバントの構え。白柳はその楓音の動きに対して警戒。まず屋島に対してアウトコースのウエストボールを要求。九分九厘バントをするであろう状況でバントの構えまでした結果、最終的にバスターを仕掛けてくることがあるから守り手は困る。


 屋敷がセットポジションに入るなり、2塁ランナー・近江、1塁ランナー・春馬とリードをとるが、特に怪しい動きはない。


「ボール」


 初球はアウトコースに外すボール球。バットの引き方にバスターのようなところはなく、素直に送りバントのように思える。


『(2塁ランナーは足の遅い近江。なら、屋島の守備でも3塁で刺せるか?)』


 ネクストバッターは皆月・最上。最上はやや怖いところはあるが、楓音の抑え方次第では十分に無失点で抑えることができるだろう。


 ネクストボール。白柳はバント警戒シフトの指示を出して、バントをやらせようと高めのストレートを要求。屋島は先輩のサインに首を振ることなどできず、了承してミットめがけて右腕を振り下ろす。それと同時に内野は猛チャージをかける。


「あっ」


 ここで楓音は大失態。バットに当てた高めのややボール球は、ホームベース付近に上げてしまった。ノーアウトでありランナーの近江・春馬は野球の常識通りに元の塁へ戻る。


 落下地点付近に入った白柳はそのランナーの動きを確認して次なる行動に移ろうとした。その時である。


「捕ってください。白柳さん」


「え?」


 見ると一旦は1塁まで戻った春馬が2塁へとスタートを切っている。落として3塁、2塁と続けて封殺しようとした白柳だが、ランナーが走っているとあっては捕らなくてはならない。


 白柳はノーバウンドで捕球して1塁へと送球。


「アウト」


 1塁審判は少し唖然としながらも機械的にアウトコール。


「だよなぁ」


「しゅ~んまく~ん? 野球のル~ル知ってるぅ? ノーアウトでフライが上がったら元の塁に戻らないとダメなんだよぉ?」


「勉強になった」


 2塁付近まで走って来ていた春馬は、近江に煽られながらにベンチに戻る。その彼をさらに待ち受けていたのは、白柳の落球に備えて1塁まで走って来ていた楓音。


「失敗した私の責任だけど……野球の初歩だよ?」


「悪かったよ」


 さらにランナーコーチの寺越や、ベンチの大崎などいろんな人から文句を言われた春馬。間違えるようなアウトカウントなわけでもなく、少年野球の子供たちでもなかなかやらない珍プレーだけに総叩き。だがしかし今の春馬の判断を賞賛する者が1人。そして理解した者がもう1人。


『(新田君、今のプレーがすぐに思い浮かぶなんてさすがやな)』


 ライトを守っている日野。そして、


「新田。ナイス判断」


 ベンチにて休んでいた最上。最上にいたっては右手の拳を突き出してのハイタッチまでしてくる。


「どうも。やっぱり分かるのは最上だけか」


「そりゃあな」


 さすがの最上には分かっていた。仮に分からずとも、春馬のプレーは勘違いで済まされないほど明らかに不可思議なものである。であれば『何かある』と感づくのは容易い。


「好判断……かなぁ?」


 いまいち好判断に見えない楓音。納得いっていないところに最上が解説を入れる。


「楓音。もしも新田がスタートを切らなかった場合、相手方が取っていたであろう行動は?」


「わざと落として3塁、2塁で封殺かな? バントならインフィールドフライは適用されないし、直接落とせば故意落球にもならないし……」


「だな。じゃあ、仮にエラーが発生せずにその通りに行動を起こした場合、迎える状況は2アウトで1塁に楓音で間違いないな」


「そうだけど……」


「では確認しようか。今の状況は?」


「今の状きょ――あぁぁぁぁぁぁっ」


 ついに楓音、それ以外の周りにいたメンバーもそのことに気付く。


 春馬が動かなかった場合、ツーアウトで1塁に楓音。


 春馬が動いた結果、ツーアウトで2塁に近江。


 アウトカウントが同じでランナーが1塁か2塁か。どちらが攻撃側にとって好都合だったかは言うまでもない。


「新田がスタートした時点で守備側は新田を殺すしかない。ワンバウンドさせて近江を殺しても、2塁はスタートを切っている新田が到達。1塁も楓音は殺せず。つまるところがバント失敗における被害は大きかったものの、最悪の事態は防いだというところかな?」


「私のせいには違いないんだよね……。春馬くんはそんな私の尻拭いをしてくれたと」


「さすがの新田にも拭いきれなかったわけだが」


 と、なると楓音は春馬に平謝り。


「ごめんなさい。さっきはそうとは知らず、あんなひどいこと言っちゃって」


 野球の初歩とまで言い放ったが、それは春馬の発想に楓音が追いついていなかっただけの話であった。それもその失敗は自分の失敗のフォローなのであった。


「気にするな。失敗したことを悔やんでも仕方ない。切り替えていこう」


 その楓音の頭に手を乗せて撫でる春馬。その心優しい行動に顔を赤らめる楓音であるが、春馬はどうも険しい顔。


『(しかし、今のバント失敗は大きいな。成功なら1アウトで2・3塁。よっぽどヘマしない限りは最上、良ければ大崎に回ったんだが――)』


「ストライクバッターアウト。チェンジ」


 打順は皆月。三振してスリーアウトとなってしまう。


 1アウトでランナーが3塁にいればセーフティスクイズなりなんなり打つ手があったものの、それすらも打てずに終わる。結果論からすれば楓音のミスは1点を左右するほど大きいものであった。だが、今はそのことをとやかく言うべき時じゃない。


「楓音。切り替えていくぞ。勝負はここからだ」


 右手でハイタッチを待つ春馬に、楓音は気持ちを切り替えてハイタッチ。


「うん。頑張るから、この試合、勝とう」


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 7回表も同点には追いつけず。1点ビハインドのままで7回の裏の守備へ。


「皆月、選手交代」


「春馬、マウンドか?」


「あぁ、ただちょっと待った。近江」


「イエッサー。キャッチャー? Am I キャッチャー?」


「No, you aren't. Can you play shortstop?」


「?」


 半端な英語で返してきた近江に、受験レベルの高校英語で返してやる春馬。しかしながらまったく意味が分からないようで、彼女は首をかしげて何も答えない。そこで春馬はため息をつきつつ、


「ショートできる?」


「春馬君がいない時に練習したことある」


 胸を張る近江。


 春馬は監督兼任実質顧問、および生徒会副会長、さらにしれっとサッカー部兼部とおかしなことをやっているため、会議や試合などで不在となることが多々ある。その時、近江はショートで守備練習をしていることが……ないわけでもない。


「皆月。最上がレフト、因幡がセンター、大崎がセカンドでショートに近江。マウンドは僕」


「あいよっ。交代は告げとくぜ」


 と、するとこうするべきであろう。元セカンドの大崎をショートに回す手もないではないが、内野経験と言う点では近江の圧倒的優勢。肩の強さも大崎がほんのり強いかもという程度である以上、ここはその内野経験に、そして彼女の天才的野球センスに賭ける。


「近江。ショートは任せた。ちょっと無理させるかもしれないけど、頼むな。本来なら最上にショートさせるべきだけど、今のあいつはボロボロだしな」


 無理をかけることのご褒美の前払いとして、彼女の頭を撫でてやる。と、彼女は満面の笑みでガッツポーズ。


「頑張る。春馬君の聖域は私が守る」


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 守備の交代が告げられた蛍が丘高校。


 その交代は大野山南高校にとっても、そして観客たちにとっても予想外にものであった。


 マウンドに上がったのは春馬。それは問題ではない。


 最上はレフトへ。ひとまず休ませるために、負担の少ない守備位置に回すのは妥当だ。


 しかし、


「ショート」


 寺越が内野守備練習にボールを投げる。やや逸れた打球を片手で捕球し投げ返したのは、近江。対外試合で初となるショート守備である。


「ラストっ。ボールセカン」


 投球練習のラストボール。クイックモーションから投じられた球を受けた皆月は、2塁ベース上の近江へと送球。受ける近江はベース手前をタッチ。


「ナイスボール」


「7回の裏、ノーアウトぉぉぉ。気張っていこうぜ」


 皆月の気合いと全員の返事が聞こえる中、近江はボールをマウンド上の春馬へと投げ渡す。


「春馬君、頑張ってね」


「近江もな。今日はこっちだぞ」


「あっ」


 つい習性でセカンドに戻りかけた近江は笑ってごまかしながらショートの守備位置へ。


「今はいいけどサインを間違えるなよ。言っても2塁牽制くらいだけど」


「大丈夫。いける」


 近江の守備力があれば、ショートの打球は問題なく捌くことができるだろう。しかし春馬に懸念があるとするならば、三遊間の打球である。彼女は肩が弱いためショート深くから1塁送球ができるようには思えない。普段のセカンド守備において二遊間の打球を処理する時は、春馬の並外れた守備力でスイッチトスを完成させているが、その役割をサードの猿政に託すのはかなり厳しい。


『(三遊間だけはNGだな)』


 大崎は1年生の時に外野へと転向したものの、本職は二塁手。センター・因幡は割と卒なくこなし、外野の最上も上手いものである。と、なると本当に気になるのは三遊間だけである。


『7回の裏、大野山南高校の攻撃は、6番――』


 救いなのはこの回の攻撃が下位打線であることか。日野・白柳、しいて言うなれば張。実質的にその3人で甲子園出場候補の地位を得ている大野山南高校は、それ以外の選手は信英館・天陽永禄・松江水産と言った名門校には遠く及ばないレベル。春馬であっても十分に抑え込める程度の実力だ。


「プレイ」


 プレイがかかると春馬はノーワンドアップから投球開始。


「ボール」


 初球はアウトコースに外れるボール球。そうは言ってもかなりきわどいコースにいい球がきている。エンジンのかかる早さと、荒れたマウンドへの適応能力は非常に優れたもの。曰く『野手はいつでもどこでも投げられないと仕事にならない』そうなので当然だが、その理念はマウンドでも通用するようである。


『(内に曲げるか?)』


『(任せる)』


 皆月のインコース・スライダーのサインに頷き、投球モーションへ。彼の2投目は、


『(少し外いったか? どうだ、皆月)』


 本当は真ん中から膝元に落とすつもりだったが、投球はアウトコースいっぱいから真ん中低めに落ちる球。許容範囲内のコントロールミスも、バッターは逃さずスイング。と、


『(来たっ)』


 春馬はミート前に守備姿勢へ移行。


「よっと」


「ア、アウトっ」


 真芯で捉えられた打球はピッチャー返し。春馬の右肩やや上あたりを襲うライナーを、彼はすかさずグローブを出して対応。難なく捕球してワンアウト。


「あぁ、今の捕るんやなぁ。なんなんやろ、あの新田君の打球反応」


 普通ならば抜けていてもおかしくない球である。それもギリギリ捕ったファインプレーと言うよりは、彼の表情には余裕すら感じ取ることができる。ベンチで見ていた日野も感心5割、残念さ5割の反応を示す。


「今のが抜けないか。だが、今の蛍が丘は要がマウンドに上がって守備力は低下している。今こそが攻め時だぞ」


 大野山南の監督はネクストバッターに喝を入れ、背中を叩いてバッターボックスへ送り出す。


 相手エースを降ろしながらも3者凡退で終わりたくない大野山南高校。ワンアウトから7番バッターへの初球。


「くっ」


 2打者連続のピッチャー返し。今度も春馬が素早い反応を見せて捕球に行くも、わずかにグローブが届かずに二遊間へ。ショートが春馬ならば、その常軌を逸した守備力でアウトにしているところだが――


『(追いついたっ)』


 近江は春馬ほどの余裕がないものの、左腕を伸ばしてグローブの先で捕球。ここからの送球は難しいと見た彼女は、反時計回りに一回転しながら体勢を立て直し、振り返り際に1塁へとサイドスロー送球。


「セ、セーフ」


 ただここは春馬との守備力と送球能力の差が出た。ランナーの方が1塁到達は早くここはセーフ。このワンプレーに皆月も唖然。


『(はぁ、今のがアウトにできないのかよ)』


 別に近江を馬鹿にしているわけではない。今の打球は、ショート・春馬ならばしれっとショートゴロにしているもの。それが名手・近江をもってしても内野安打となってしまうのだから、春馬の守備力はやはり馬鹿げているということである。


『(やっぱり、あいつの守備ってうめぇんだなぁ)』


 つくづく春馬の守備力に感心するばかり。これで打撃力があればプロ間違いなしなのだが、あいにく持ち合わせていないのが残念なところ。そう簡単に神様とやらは都合のいい才を与えてくれないものである。


「ワンアウト、ワンアウト。内野捕ったらゲッツー。近江。普段と動きが違うから注意な」


「は~い」


 皆月のアウトカウント確認&注意に、近江は手を振って返事。


『8番、ピッチャー、屋島君』


 1アウトで1塁にランナーをおいて、左バッターボックスにはリリーフで途中出場の屋島。


 ここはもちろんのこと送りバントでランナーを進めたいところではあるが、


「ボール」


 アウトコースに外れるボール球に、送りバントの構えすら見せず。


 屋島は送りバントの下手な選手ではないが、得意というわけでもない。そんな選手にバントをさせるのは、ピッチャー・春馬の桁外れの守備力を考えるとリスクが高すぎる。ベストではない蛍が丘内野守備を考慮すれば、まだ強行策の方が安全なくらいである。


 その作戦が功を奏した大野山南。屋島の打球はセカンドやや1塁寄りのゴロも、セカンド・大崎は2塁に送球できず。進塁打となりツーアウトでランナー2塁。


「さすが、日野さん1人のチームとは言え、他の選手もやるなぁ」


 リリーフしてすぐピンチを背負った春馬は、ロージンバックに手をやりながらため息。たしかに日野・白柳ら中軸を除いた大野山南打線はそれほど打つわけではない。甲子園出場候補と言われていながら、その打力は総合鈴征と同レベル、もしくは以下とも言われるほど。しかしそもそも今マウンドにいる春馬も、それほど高いレベルの投手ではないのである。


「ボール、フォアボール」


 それだけにかなり苦戦を強いられる。ワンヒットで試合が決まる1点が入りうるため、慎重になりすぎてフォアボール。ツーアウト1・2塁で先頭へと打順が回る。さらに、


「やばっ」


 インコースのストレートを捉えた1番・張の一打。守備の上手い春馬であれど、さすがに三遊間を襲う打球は処理できず振り返るにとどまる。


 その打球を代わりに処理しようと試みる猿政・近江の三遊間だが、飛びつく2人の間を打球が抜ける。


「まずい。ボールバック」


 下手すればランナーが帰ると判断した皆月はすぐさまバックホーム指示。3塁ランナーコーチはランナーを突入させようと腕を回しかけるも、ここは無理せずストップの指示。その結果、レフト・最上からの返球はノーバウンドでホーム・皆月へストライク返球。突っ込んでいれば九分九厘アウトだっただけに、大野山南にしてみれば好判断であった。


「く、苦しいな。これは」


 ホームのバックアップからマウンドに戻る道中、球審から汚れたボールに変えて新しいものを受け取る。


「ヒットはおろか、暴投も、四死球でもダメか」


 ただでさえ1点のビハインド。終盤に備えて日野を控えさせている大野山南高校相手には、次の1点がダメ押し点ともなり得る。気持ちを落ち着かせながら、人差し指と中指を軽くロージンバックに触れさせる。


『(僕には、最上みたいな打たせて取るピッチングができるわけでもない。かといって、日野さんみたいな三振を奪うピッチングができるわけでもない。さぁて、どうしたものか)』


 セットポジションに入った春馬。目線だけで3人のランナーのリードを確認。


 彼の武器は高校野球界ナンバー1と言われる守備力。そして牽制。しかし前者は自身の守備範囲に打たせなければ意味がないし、後者は大野山南も理解しているのか。あまり大きなリードは取っていない。


『(となれば――)』


 高く足を上げての投球モーション。


 春馬の選んだ選択肢は、


「ストライーク」


『(――あとはバックに託すだけ)』


 ストライクゾーンにとにかく投げ込む。打たせて取ることも、三振を狙うこともできない彼にしてみれば、そんな博打くらいしかできることはないのだ。


『(吹っ切れた?)』


 春馬の表情や投球モーション、コースなどが手に取るように分かるショートのポジション。そこを守る近江は、彼との親交もあって考えがなんとなくだが分かる。とにかく後先を考えずに投げているような印象である。


「ボール」


 2球目は少し高めに浮いてワンボール。抜け球ではあったが、受けるのはキャッチャー経験の長い皆月。少々危なっかしさはあったものの、ひとまずバッテリーエラーにはつながらず。


『(ボールはダメ。絶対にストライクゾーンに――)』


 1―1の平行カウント。コントロールに自信のない春馬は、ストライクゾーンに投じる事を強く意識しての3球目。


『(まずっ。甘いぞ。春馬)』


 受ける皆月が嫌な予感を覚えるほどの甘いストレート。そんな球をバッターが見逃すはずもなく、


「ショート行ったぞ」


 高く跳ね上がった打球はショートへ。春馬ならばしれっとベアハンドで処理してアウトにしてしまうタイプのものだが、今のショートは近江。ハラハラしながらショート指示を出した皆月だったが、果たして彼女のフィールディングは、


「はい、いち、にっ、さ~ん」


 真正面の打球に対して逆シングルキャッチし、そこから軽快なテンポを口にしながら1塁へと転送。ボールはファースト・寺越へのストライク送球となる。


「アウトっ、チェンジ」


「おっ、すげぇ」


 近江の守備を信用していた春馬ではあるも、彼女の動きを見てさらに感心。本格的にショートをやったのは今日で初めてな割には、春馬に負けず劣らず無駄のない動き。しいて言うなればややステップが多めなのと、弱肩ゆえの山なり送球くらいだが、逆に言えばそれだけである。


『(こいつ、本当にどこでもできるなぁ)』


 寺越から受け取ったボールをマウンドに置いてベンチに戻る春馬は、改めて近江の凄さを思い知る。高校入学時点での守備位置はセカンドと外野手。さらに入学後にはキャッチャーもできるようになり、今はショートで安全な守備を見せている。つくづく野球に関してだけは天才的な才能を見せる子だ。


「ナイスショート」


「頑張ったぁ」


 そして、その子は春馬に駆け寄ってくる。


「撫でて、撫でて~」


「はいはい」


「えへへぇ」


 近江の頭を撫でてやりながら、バックスクリーンのオーダーへと目をやる春馬。


『(次の回の先頭は最上か。あいつならなんとかしてくれると思いたいけど、頼むぞ)』

久しぶり(3か月ぶりくらい?)の投稿ですね

というわけで、蛍が丘高校野球部の再挑戦・再始動です


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