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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第5章 春のセンバツ出場校 VS 夏の甲子園出場候補
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第3話 三代目ジャイロボーラ-

『6回の表、大野山南高校、選手の交代です。ピッチャーの日野くんがライト。ライトの前川くんに代わってピッチャーに屋島くん。8番、ピッチャー、屋島くん。背番号10』


 春馬のエラーとセカンドへの内野安打で1アウト1・2塁のチャンスを招きつつ、最後はサードへの併殺打で5回の裏を無失点に切り抜けた直後のこと。ピンチの裏にチャンスありと意気込む蛍が丘ナインの元へと大野山南高校のエース降板のアナウンス。


「日野さんが降りたか」


「やったね。日野先輩ほどの球じゃないし、簡単に打てるよ。思い切っていこう」


「そうだな」


 円陣を組んでいた、先頭バッター・大崎、ランナーコーチの楓音・皆月を除く6人。春馬の独り言に近江が答え、さらに春馬がさらに同意する形で勢いを得る。


「勝ち越しするぞぉ~」


「「「おぉぉぉぉ」」」


 キャプテン・近江を中心に気合を入れてベンチに下がる。


「で、新田」


 その矢先にタオルとスポーツドリンクを手に声をかけてきた最上。


「近江は簡単に打てるとは言ってたけど……どうよ?」


「幸か不幸か日野さんほどのピッチャーじゃないのは確かだと思うな」


「その心は?」


「打者3巡目。先発の球に目が慣れつつあるところで替えられた。さらに言えば、後半戦に向けて日野さんの球への慣れをリセットされる可能性がある」


「よくない。ってわけか」


「さぁな。言っただろ。日野さん以下だってのは確かだと。ならば、格落ちした投手を相手にするメリットと、目の慣れがリセットされることのデメリット。どちらが大きいか。もしも後者が大きいなら良くないけど、もしも前者が大きいのならもしくは……」


「蛍が丘にとって好機になりうる、と」


 一休みしながら春馬の意図を悟った最上は頷く。


「そういうことなんだけど……仮に気付いてもちょっと黙ってろよ。僕だってチームの雰囲気を良くしようと気を配っているんだから」


「悪かったよ。ただ気になって仕方ないんだ」


「お前も少しくらい気を使えよ。副キャプテン」


「分かりましたよ。監督」


 裏話のようなものをしている監督・副キャプテンをよそに、早くも先頭バッターの大崎は左バッターボックスへ。


『(好きに打って行け。初球からでも甘けりゃな)』


 プレイ再開にあわてて春馬の出したサインは『初球から行け』と積極的なもの。


 先頭バッターはじっくり球を見ていくのが常套手段。しかしじっくり球を見ていたせいで追い込まれ凡退するくらいなら、初球からでも積極的に打っていく手段をとる。ボールを見るのは何番バッターでもできるが、イニング始めの出塁は先頭バッターしかできないのだ。


「ボール」


 初球はインコース低めのボール球。はっきり外れる球ではなく際どいものであったが、待ち球と違ったのであろう大崎はあっさり見逃し。


『(球速はそれほどでもない。新田君より少し速いくらい……最上君のベストピッチよりも遅いくらいかな?)』


 バックスクリーンに表示された球速は127キロ。だいたい大崎の体感と同じくらいであろうか。


『(変化球は何を持ってるかな? 基本、大野山南は1人が投げ切るチームだし、リリーフはほぼノーデータなんだよね)』


 次の投球も見逃しワンストライク。同じような球速でのストレートが飛び込んでくる。


 並行カウントからの3球目。大崎は追い込まれる前に打とうと、積極的なスイングにシフトするが、


『(し、沈んだっ)』


 低めに沈む変化球。流し打ちのタイミングで合わせるも、中途半端に真芯に当たってしまいサードゴロ。球足の速いゴロに俊足・大崎も1塁へは間に合わず凡打に倒れる。


「大崎が出塁できずか……因幡。任せたぞ」


 春馬は次打者の因幡に期待の声を向けたあとに、凡退して帰ってきた大崎を出迎える。


「大崎。どうだった?」


「持ち球は把握できた限りでは、130くらいのストレート。それとフォークボール」


「ふ~ん。フォークボール……」


 もちろんそれ以外の球種を隠し持っている可能性はあるが、大崎がそれから言うにはかなりのキレであったとのこと。もしそれレベルの変化球をほかに持っていれば、日野ほどではないにせよ有名になっていてもいいだろう。そうでもないということは、フォーク一本の投手であると考えるのが妥当である。


「な~んか、嫌な予感がするな」


「嫌な予感って?」


 独り言を口にした春馬に、隣で逸る気持ちを抑えきれず打席に立つ準備を整えていた近江が反応。彼は少々悩みながら続ける。


「あくまでも予感だけどな。あの人に教えるのが大好きな日野さんが、次期エース候補に何の技術も教えていない。とは考え難い」


「じゃあ、ほかの変化球も持ってる可能性があるってこと?」


 野球に関しては頭の回転の早い彼女の返事に、春馬はまた一呼吸詰まる。


「教える可能性があるとすればジャイロボールか」


「じゃあ、フォーク以外にも……」


 近江は気付かない。ここまで日野や自身の得意球を『スライダー』と言ってきた春馬が、わざわざそれ(・・)を『ジャイロボール』と言ったことに。


「あくまでも多重の仮定に基づく、もはや妄想だけどな。さらに妄想を言ってしまえば……」


「言ってしまえば?」


「純度100%のジャイロボールは、『フォークボール軌道』を描く」


 6回の表の蛍が丘高校の攻撃は、先頭の大崎に続いて2番の因幡も凡退。3番の寺越がヒットで出塁を果たした一方で、4番・猿政も凡退と無得点に終わった。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


「ヤッシー。ナイピッチや」


 日野が降板したことで流れが変わりかねなかったイニングを抑えたヤッシーこと屋島。ベンチに帰るなり、遅れてライトから戻ってきた日野に賞賛の声をかけられる。


「ありがとうございます。日野先輩のおかげです」


「何言うてるんや。ヤッシーの実力や。ワイはなんもしとらへん。ライトに立ってただけや」


「いえ。変化球を教えてくれたことです。あのままでは補欠どころか、1軍にすら入れないかもしれなかった。そんな自分をここまで引き上げてくれたのは、日野先輩から授かったこの球のおかげです」


 屋島が握ったボール。その指の配置は日野や春馬のそれと非常によく似ている。


「もう今となっては、ワイや新田君以上にきれいな球やけどな。ヤッシーのジャイロボールは」


 その球は日野や春馬がスライダーと呼ぶジャイロボール。しかしリリースや腕の使い方の違いから、2人以上に『ジャイロボール』に近い回転をしている。結果、揚力を含むマグヌス力が一切働かず引力によって落下する、いわばフォークボールとなっているのだ。


「この球で蛍が丘の上位打線を抑えられた。なら、次のイニングもしっかり抑えて見せます」


 6回を抑えた結果から自信を持って決意表明をする屋島に対し、日野は打席に入る準備を整えながら苦言を呈す。


「気は抜いたらあかんで。5番以降は打率がかなり低い打順やけど、一癖二癖ある打線や。特に1人化け物がおる。練習試合、春季大会、夏大。全試合を通じて今季唯一、ワイのジャイロボールをスタンドに叩き込んだ化け物が」


 そしてただでは倒れない選手兼任監督。知識をフル活用したプレーを見せる野球博士。最終打順に住まう頭脳派のキツネの妖怪。日野の挙げた彼女以外にも、成績は悪いがここぞで何かをやりかねないメンバーが並ぶのが蛍が丘高校下位打線である。


「もしも高校野球に魔物がおるとすれば、それは甲子園に住んでるんとちゃうと思うで。ワイにしてみれば、蛍が丘高校にこそ住んでると思うわ。ジャイアントキリング。本当に強者を殺しにいく恐怖の魔物や。油断してたら、その魔物に殺されるで?」


「は、はい。油断してすみません」


「分かればええんや」


『(もっとも――)』


 先頭の張がライト前ヒットを放つのを目にしながらネクストバッターサークルへ。


『(油断せぇへんでも、そう簡単に抑えられる相手とちゃうけどな。あのバッターは)』


 彼の向ける視線の先にいるのは、一二塁間を破る打球に飛び込んで砂まみれのセカンド。一見すれば小柄だが、非力を補うだけの技術を併せ持つスラッガー。油断していても抑えることができるが、油断していなくても打たれることがある奇妙なバッターだ。


 ゆっくりサークルに入って準備を整える日野。すると間もなく2番はきれいな流し打ちで三遊間に速いゴロを放つ。打球はレフト前へと抜けるかと思われたが、毎度のごとく春馬が逆シングル捕球からのジャンピングスロー。上体だけを生かした2塁送球を近江が受け、さらに近江も1塁ランナー・張のスライディングを避けながら1塁送球の構え。しかし間に合わないと見て偽投に留める。


「ほんま、点を取るにはスタンドに叩き込まなあかんチームやな……もしくは、新田くんをショートから引きずり降ろすか」


 本来であればノーアウト1・2塁のチャンスも、ランナーが入れ替わり1アウト1塁。


 ここで3番の日野が左バッターボックスへ。


 次のバッターが白柳であることを考慮すれば、できればゲッツーで切って落としたい。しかし日野相手にベストの結果を求めるのは酷なところ。なにせシングルヒットでも十分に勝ちと言うレベルの打者である。


『(最上。なんとか……なんとか抑えてくれ。ピッチャーが交代したとはいえ、ウチの打線でこのイニング。そのうえでの2点差はかなり大きい)』


 むしろ1点ならば取れるかもしれない。しかし2点は難しい。つまるところがホームランを打たれれば、その瞬間に敗北が決まる。


「ストライーク」


 初球はど真ん中への緩い球。いかにもなホームランコースを日野はじっくりと見送る。


『(いまいち分からへんけど、なんとなく違和感ある球や。単純に考えればムービングなんやろうけどなぁ)』


 ムービングボールの使い手は日野も、高校3年間であまり巡り合ったことはない。それもそのはず。芯の広い金属バットを使う高校野球においては、少し真芯を外す程度のムービングボールなど誤差でしかないのである。だからこそ普通のムービングボーラ―なら大炎上間違いなしである。しかしながら最上は弱くはないはずの総合鈴征打線、強豪・信英館打線、そして春に続いて今の大野山南打線も封じている。


『(はまりすぎやろ。今の蛍が丘は)』


 その原因。セカンド・近江、ショート・新田春馬の盤石二遊間。アマチュア最強二遊間の前には、芯を外した当たりは凡打も等しいのである。


『(やったら、ボールの下を叩く感じやな。なんとかして外野に打ち上げな)』


 内野に打てばヒットにはできない。気持ちボールの下を叩く感じで――最上の2球目。


『(アカンっ)』


 ボールの下を叩きすぎてサード方面へのフライ。定位置にいるまま手を挙げる。


「猿政、任せろっ」


 しかしそこへ割って入る春馬。猿政は決してフライ処理が下手なわけではなく、また捕りにくい位置ではない。だが名手・春馬に「任せろ」と言われた以上、自分で捕るより彼に任せた方が安心である。


 猿政はサードファールゾーンに回避。春馬は手を挙げつつ打球が落ちてくるのを待つ。と、1歩下がって横目に確認。


『(近江は……よしっ)』


 さらにもう一歩下がった春馬は、まさかの落球。


「あっ? 新田が落とした?」


「に、新田殿?」


 プロでも捕れない打球を捕る名手・春馬が、小学生でも捕れる打球を落球。意外な事に驚くマウンドの最上、サードの猿政だったが、春馬はいたって冷静。ボールがワンバウンドするなり素手で拾い、一連の動作で2塁へと送球。そこには2塁ベース上で送球を待っていた近江。


「アウト」


 もちろん内野フライだと思っていた1塁ランナーは進塁しておらず。2塁封殺でツーアウトとなる。


「ツーアウト、ツーアウト」


 近江も特に不思議がることなくピッチャーの最上へと返球。


『(なるほど、ね。さすが新田か。それを一瞬で思いついて実行に移すとはな)』


 最上はその春馬の判断力と実行力、そして近江の理解力に感心するのみ。


 ノーバウンドで捕ろうが捕らなかろうが、ツーアウト1塁には変わりない。むしろ内野フライは変な回転がかかっている分、余計なプレーでミスが起きる可能性もあった。それでも今のプレーはするだけの価値があったのだ。


『(ランナーに日野さん。これは大きい)』


 先ほどのランナーに比べれば日野は足が遅い。もちろんそれも理由にあるのだが、ピッチャーである以上、大野山南としては無理な走塁を仕掛けさせることはできない。そして再登板の可能性があるピッチャーをベンチで休ませず、それどころか走塁で疲れさせることができる。


『(走らずとも、この日差しの下は体力を使う……それは蛍が丘も同条件だけど)』


 ランナー入れ替わりツーアウト1塁。4番・白柳を迎えてセットポジションに入った最上は、まずは刺す気のない軽めの牽制球。無視はしないことを日野に示し、牽制球を警戒させることで精神力を奪う算段だ。


「ストライーク」


 ただ最上も自覚はしているが、相手のピッチャー1人の体力を削る間にも蛍が丘高校は最上と春馬、ピッチャー2人の体力を削っている。ならそれほど時間を無駄に使う必要はない。


『(さっさと勝負を決める。ウチの守備、信頼してるぜっ)』


 2球目のアウトコース低めストレートを白柳はバックネットに叩きつけるファール。


『125㎞/h』


 表示される球速はMAXではないものの、彼の常時球速に比べればやや速い部類か。その微妙なスピード調整で白柳を詰まらせる芸当を見せるも、それだけ細かい調整は精神的に疲弊するものである。


『(あと1球、あと1球)』


 軽く一呼吸置いた最上の頬に汗がいくつも浮かぶ。さっきまでちょっかいを出していたランナーを忘れていることからして、実際のところ疲れが出ている様子。


 ほとんどストライクゾーンにしか投げない最上にとってはラストボール。彼の投じたボールはアウトコース低めへのシンカー。


『(打て、打ってみろ。そこを打てばセカンド真正面だっ)』


 勝利を確信した最上だったが誤算が起きる。先ほどのやや速い球を意識してか、次の投球にタイミングを崩した白柳。微妙にバット軌道が狂い――


「お、近江っ」


「無理ぃぃぃぃ」


 背の低い近江の大ジャンプも届かず。かえって会心打となった打球が近江のグローブをかすめて右中間へ。


「やべっ。最上、中継入れっ」


「分かった。近江はセカン、寺越はホームバックアップ」


 近江は無理なジャンプを見せたせいで背中から落下。すぐに起き上がるのは難しいと見た春馬は、彼女の肩も考慮して自らがライト・センターからの中継へ。さらに肩の強いピッチャー・最上も2枚目の中継に回す。


『(日野さんならホームまでは難しいか? いや)』


 先ほどの春馬のプレーが功を奏し、日野の一挙生還はないと一瞬思った春馬。しかしながらそうとも言えなかった。


『(ライト楓音か)』


 春馬・最上と2人の強肩が中継に入ったとはいえ、ライトの楓音は弱肩。そして何よりまだ打球と彼女の間に距離はある。


『(2塁回ってる。これは――あるっ)』


「楓音、中継。ボールバックあるぞ」


 手を挙げてボールを待つ春馬に楓音が送球。受けた春馬はさらに最上へ。


「ボールバックっ」


 ここでホームにて待つ皆月がバックホーム指示。気付けば日野も3塁を蹴っている。堅守の蛍が丘相手なだけに、ここで勝負しなければならないと判断したのだろう。


「させっか」


 セカンド後方で送球を受けた最上が全力送球のバックホーム。130キロを超える送球が皆月の構えたミット一直線。彼はしっかり左足でホームベースを塞いでブロックするが、日野は回り込みながら左手をベースへと伸ばす。


『(くっ。回り込まれるっ)』


 捕球後すぐさま追いタッチ気味になりながらも日野の背中にタッチ。日野はスライディングの勢いそのままにホームベースをオーバースライド。


 日野はホームベースにタッチした。しかし皆月も日野の背中にタッチした。


 どちらが早いのか。球審の判定は、


「セーフ、ホームイン」


 やや日野の左手が早かった。


 6回の裏。ついに大野山南高校が勝ち越しの追加点を挙げた。


ジャイロボール(要するにただのフォーク)

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