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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第5章 春のセンバツ出場校 VS 夏の甲子園出場候補
43/122

第2話 人間万事塞翁が馬

 堅牢な守備を誇る蛍が丘高校。


 絶対的エースを有する大野山南高校。


 口だけではなく本当の意味で守り勝つチームである2校の対決は、上位打線ですら動かせるかも分からないのに、貧打の下位打線によって動かせるわけがない。


 ……かと思いきや、蛍が丘高校の下位打線には妖怪が住んでいた。


「セーフ、セーフ」


「なんや。あんな虚を突いたセーフティ。アウトにできるわけないやんけ」


 日野が投げた後の体勢を見て、2球目にてすぐさまセーフティバントを敢行した化け狐・最上義光。キャッチャー・白柳が処理して1塁へと送球するも間に合わず。3回の表。ワンアウトから1塁にランナーを出してしまう。


『1番、センター、大崎くん』


 1アウトながら足の速い最上を1塁に置いて、1番のリーディングヒッター・大崎。下位打線からでも点を取る可能性があるところが蛍が丘打線らしさだ。


「新田。行っていいか?」


「いけるなら勝手に行けよ。ただ、お前のポジションを確認しておきたい」


「I'm pitcher」


 人数的な問題でやむを得ずランナーコーチに入った春馬。彼に確認を取った最上だが、「お前はピッチャーだろ?」と暗に釘を刺されてしまう。


 もっとも、


「白柳。走った」


「分かってるよっ」


「セーフ」


 釘を刺されても、走れる時は走るのが最上である。


「あいつは本当に攻めるなぁ。あれだけ釘を刺しておいてよ」


 走れる時に走ってくれるのは得点機会を広げる点では非常に有益である。一方で数少ない投手が体力を消耗するのは、守備と言う点では無益有損であると言える。言い換えれば最上の盗塁が体力消耗の対価を支払っている以上、このチャンスは必ずものにする必要がある。


 スコアリングポジションにランナーを置いた状況。ランナーが最上であることを考慮すれば、十分にワンヒットで先制点を奪う事ができるだろう。ただ問題なのが日野相手に大崎がヒットを放つことができるかどうかであるが。


「ストライクツー」


 外のスライダーを空振りしてツーストライク。2ボールながら2ストライクと追い込まれてしまう。


『(マズイ。このままじゃ……)』


 大崎は決してバッティングの下手な選手ではない。何も足の速さだけで1番に抜擢されているわけではないのである。しかしながら日野クラスの投手を打ちこめる選手ではない。それでも攻略できるように全力を尽くすのが今の彼にできること。


『(とにかく当てる)』


 バットを短く持って小さく構える。当てようと言う思いが強く見せる構え。


『(そんなに短く持っていると、外のスライダーには対応できないと思うけど。ケイ)』


『(分かってるで。明らかに大崎君の構えが小さすぎや)』


 アウトコースに寄って構えた白柳に向けて日野の5球目。


 ど真ん中からアウトコース低めに沈んでいくスライダー。


『(届けっ)』


『(届かない)』


『(三振や)』


 腕を縮こませ、短く持ったバット。それで外へと逃げていくスライダーに対応できるわけがない。そうバッテリーは思っていたが、そういうわけにもいかなかった。


 バットの先に当たったボールはショート正面の弱いゴロ。2連続のスライダーとあり、球筋がやんわりとはいえ頭に染みついていた。だからこそギリギリだが対応できたのだ。


『(けど、この打球なら)』


「ボール1つ」


 最上は3塁にスタートを切っているが、タイミング的に刺せるとは考えがたい。ショートは捕球後1塁へと送球。だが弱い打球であったのが功を奏した。


「セーフ」


 足の速さは大崎の専売特許。最上以上の快足で内野ゴロを内野安打にしてしまう。


「タイム」


 まだ3回表であるがたった1点という存在。それは打撃のチームではない双方にとっては試合を大きく左右するものとなる。白柳はすぐさまこのピンチにタイムを掛けてマウンドへと向かう。


「どうする。ケイ。2塁は空いてるけど埋めるか?」


「難しいところやな。フォースアウトが無いとなると、蛍が丘はスクイズしかけてくるかもしれへん。けど、ここで埋めれば寺越君に猿政君。近江君に比べると危険やないけど……」


「危険でないとは言えない」


「寺越君はあれでも初回にして信英館・東山のフォークを捉えてる。猿政君は近江君以上には率残しとるし、ホームランもそこそこはある」


「なら、長打力と巧打力に劣る因幡か」


 対して因幡は寺越・猿政に比べると劣る点があるのは否めない。それでも新田監督が強行策を多用するタイプであるため、バント専門の貧打者ということではないため安全ではない。


「新田君はどう出るやろか?」


「スクイズか。強行策か」


 小粒な選手が多い割にスモールベースボールにこだわらない。かといってビッグベースボールにこだわるわけでもない。その時、その時で遊撃的にスモールにもビッグにも立ち位置を替える変動型戦略野球オールレンジベースボール


「……監督は?」


「現場の判断に任せると。新田監督の放任主義の影響でも受けたか?」


「現場には現場だからこそ分かる空気がある。ってことやなぁ」


 長々と考え続けていると、球審が駆け足でマウンドまで近づいてくる。


「そろそろいいですか?」


「ケイ」


 判断を急く白柳に日野は決断を下す。


「分かった。勝負や。内野は超前進守備でスクイズ警戒」


「強行策なら?」


「バットには当てさせへん。つまり相手の取るべき策はスクイズ一択や」



 相手の動きに近江と猿政がいち早く反応を表す。


「スクイズ警戒」


「そうみたいだのぉ」


 2番の因幡を打席に置いて1アウト1・3塁。ここで内野陣は思い切った前進守備。サードは3塁ランナーを牽制する目的でベース近くにいるが、ファーストも1塁から離れている。


『(この守備体系から見てスクイズ警戒&バックホーム体勢。1塁ランナー大崎相手に1塁を空けるってことは、いっそ守りにくい1・3塁は放棄か)』


 1塁ランナーを自由にするデメリットよりも、ファースト方面へのスクイズを封じるメリットを取ったということである。1塁ランナーが大きくリードを取れるこのシフトでは、ただでさえ足の速い大崎を刺すのは不可能。つまり1塁ランナーの存在はそもそも無視したと見ていいだろう。


『(新田くん、走る?)』


『(できれば走らない方がいいだろうな)』


 2塁を指さしながら首をかしげる大崎に、「やめとけ」と指示を出す春馬。


『(左投げの日野さんは、セットポジションだと1塁ランナーと正対する構えになる。仮に無視すると決めていても、ランナーの動きは気になるもの。だったら視界から外れる2塁よりも1塁にランナーがいた方がいい)』


 ひとまず初球は大崎に走らないよう指示した以外はサインを出さない。相手の出方が知りたい。その一言に尽きる。


「ストライーク」


『(初球から通してきたか。スクイズ警戒か)』


 こちらは敬遠の可能性を考えて相手の出方を見たい。すると初球は見逃してくる。ならば後々でスクイズがしにくいよう、ボール先行にはさせないように初球は通す。春馬としてはなかなか辛い手である。


『(そっか……けどなぁ)』


 春馬からサインが出る。


『(了解だよ)』『(あいよ)』『(……了解)』


 大崎、最上、因幡と全員、ヘルメットのつばに指を当てて了解サイン。


『(何かサインが出た。あれはなんだ?)』


『(初球もサインは出ていたけど、何もしてけぇへんかった。待ちや自由(ノーサイン)のサイン。走れ走るなって言うランナー方のサイン。場合によってはブラフかもしれへん。惑わされたらあかんで、シラナン。それにどうせ、このシフトやったらスクイズなんてできへんさかいなぁ)』


 足を大きく上げて投球モーションへ。と、


『(大崎くん、スタートや。単独スチール)』


 大崎がスタートを切るのが見えた。2・3塁としてゲッツーを無くすつもりか。そう判断した日野だった。しかし、


「「「スクイズだっ」」」


 3塁ランナー・最上もスタートを切っている。そして因幡もバントの構え。


 あからさまなスクイズ警戒。だからこそ蛍が丘が選択したのはスクイズ。


 自分たちが超警戒している作戦。それもアピールしているのをわざわざ相手が選んでくるとは考えない。その考えの隙を突いた心理作戦。


『(させるかいなっ。シラナン)』


『(よし、こい)』


 その動きに日野・白柳の動きは素早い。白柳はすぐさまアウトコース高めにウエスト。日野も無理な投球モーションからボールを意図的にすっぽ抜けるようにして外す。


『(外された……)』


 投球は外されたが最上が突っ込んできている以上、最低でもファールにする必要がある。因幡はせめてバットに当てようとウエストされたボール球に飛びついた。


『(当てたっ)』


 なんとかギリギリでバットに当てた因幡。打球はバックネット前のファールフライになってしまったが、少なくとも空振りでの最上憤死は防いだ。また大きめのフライとなったことで、最上、そして大崎の帰還の時間が稼げたことになる。


「シラナン。捕れるでっ」


 十分間に合うキャッチャーファールフライ。白柳は振り返り球審を避けてから打球を追う。その間に最上と大崎は元の塁まで帰還する。


『(千載一遇のチャンスだったんだけどなぁ……楓音は?)』


 3塁ランナー・最上は白柳の捕球寸前に3塁ランナーコーチ・楓音を確認。するとその目は、


『(ある、か)』


 そしてこちらも、


『(いけるな)』


 1塁コーチ・春馬もそのタイミングを待ち受ける。


「アウトっ」


 白柳の捕球。その直後である。


「ゴーだ、大崎」


 ワンテンポ置いてからの春馬によるゴーサイン。てっきり2塁は空けておいた方がいいと思い、スタートの意思は見せていなかった大崎はさらに遅れてスタート。


『(なめるな、蛍が丘)』


 体勢が崩れている捕球時点ならまだしも、体勢を整え直す時間を得た白柳。いくら俊足の大崎と言えども、スタートが遅れただけあって十分に2塁で殺すことができる。このピンチを切り抜けるためにランナーを殺そうと送球動作に入った白柳。


 しかし、


「アカン。投げたらアカン。シラナン」


「え?」


 カバーに入ったホームベース上で叫ぶ日野だったがもう遅い。白柳は完全にリリース直前。そうなればあとは蛍が丘のもの。


「最上くん。今っ」


『(策は成った)』


 続く楓音のゴーサインと同時に最上もスタート。そして途中で止めることができない白柳はボールを投じてしまい、大崎は最上の生還までの時間稼ぎに一二塁間で停止。ようやく大崎もその作戦に気付いたようである。


「アカン」


 日野はホーム付近で無理に白柳の送球をカットしようとするも、さすがの彼も反応が遅れてしまってカットできない。そこでセカンドが前に出て捕球しバックホーム。だがバックネット前―2塁と経由してのバックホーム。


『(間に合うわけねぇだろ)』


「セーフ、ホームイン」


 3塁から突っ込んできた最上は日野の足下へスライディングをかまして悠々と生還を決める。


「マ、マジかよ……」


「シラナン、ちょっと冷静になろうや……」


 白柳は2塁送球をした時と同じ場所で、日野はホームベース上で2塁からの送球を受けながら落胆。


 蛍が丘高校のことである。日野を打てないと見るやいなや、2塁への盗塁阻止の隙を突いたホームスチール。いわゆるダブルスチールを仕掛けてくるのは安易に想像ができた。もしも大崎が普通に盗塁を仕掛けたならば、ピッチャーの日野がカットし最上のホームスチールを阻止する。そのつもりであった。


 だがしかしキャチャーファールフライ。その瞬間に『ダブルスチール』の可能性が頭から消え、また春馬の遅れたゴーサインに大崎のタッチアップからのリスタートがそれ以上に遅れた。その結果、ピンチを切り抜ける可能性が頭をよぎったことで白柳の心が揺らいでしまった。その心の揺らぎを狙われた。


『(嘘やろ。あんなん、シラナンが釣られへんかったらこの回は無得点やで。やから、攻めたんかもしれへんけど……蛍が丘高校。思った以上に強敵やな)』


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 寺越をセカンドゴロに打ち取り3回の表はそれ以上得点できず。


 ただせっかく奪った先制点。下位打線であることもあり、山陰の狐がそう簡単には点を与えたりしない。


「よし、新田」


「余裕」


 8、9と連続で内野ゴロに打ち取り、1番の張もショートゴロに抑えて無失点。


 そして4回表、蛍が丘高校の攻撃。


『(よし。ランナーは出させへん)』


 主砲の猿政をレフトフライに打ち取りワンアウト。


『(さぁ、勝負やで。第1打席目の借りはここでしっかり返したる)』


『5番、セカンド、近江さん』


 先ほどツーベースを打たれたことの仕返しはここですべしと、日野は近江と対峙。


 初球。


「ボ、ボール」


 力んだ日野はボールが指に引っかかってしまった。その結果、140キロ近いストレートが近江の顔面を襲った。ただ彼女の反射神経は蛍が丘野球部ナンバーワンと言ってもいいほどのもの。豪快なしりもちを突いた程度で事故は免れる。


 もちろん故意ではないのだが、危害を加えかけたのは確か。素直に帽子を取って頭を下げる日野に、近江は微笑みながら立ち上がり構えなおす。


 下を向きながらバットを握りなおしていた近江、頭を下げていた日野。


 2人ともゆっくり顔を上げると――


『(勝負は手加減せぇへん)』


『(ホームランで復讐する)』


 お互いにその目は勝負師のものに。


「ストライーク」


 アウトコース低めに沈むスクリューで空振りワンストライク。


 さらに3球目。


「ス、ストライクツー」


 インコースへのスライダーで空振りツーストライク。先ほど頭部デッドボールになりかけたにも関わらず、日野は容赦なく近江のインコースを狙い、近江も恐れることなく踏み込んでバットを振り切る。


 そして最後には、


「ストライクスリー、バッターアウト」


 近江は空振り三振。1打席目のツーベースの借りをしっかり返す。


 その上、


「ストライクバッターアウト、チェンジ」


 春馬は言わずもがな。


 日野曰く『日野キラー』である近江ですら日野啓二を打ち崩せず。このまま試合が蛍が丘高校優位のままで進むかと思われたが、そう簡単に事は進まなかった。


「ちょっ、マジかよ。そりゃねぇぜ」


 4回裏。『最上キラー』の日野が最上のストレート……に偽装したスクリューをライトスタンドに叩き込んで同点。内野ゴロに打ち取る、運悪くとも外野への長打で封じ込めるはずだった最上はマウンドにしゃがみこむほどの落ち込み。


 さらに直後に白柳へとレフト前ヒットを許したが、続く5番をショートへの併殺打に抑えてそれ以降は崩せず。不運な事故の1点のみに抑えて大炎上とならないのがさすが最上ではある。


 お互いに1点を失いながらも、意地とプライドにかけてそれ以上の失点を許さない両エース。

ところが5回の表。


 楓音・皆月を連続三振、最上をピッチャー真正面へのセーフティバント失敗に抑えた日野。ここまで失点は度重なる奇襲作戦で奪われた1点のみで、正面からの真っ向勝負では点を奪われているわけではない。言わば好投を続けているのだが、ここにきてかなり厳しくなってきた。


「さすがにキツイ気ぃするわ。もうちょいしっかり休んどけばよかったなぁ」


 夏の大会に備えて練習試合や練習を重ねてきた大野山南高校。しかしそれによって疲労も蓄積されている。さらに大会に入っての連戦連投や、3番打者としての負担。そして本日の対蛍が丘高校戦における精神的疲労。それらが大きく蓄積されつつある日野は5回にして疲れが目に見えつつある。


「日野。代わるか?」


 ベンチへと帰ってきた日野へと監督が声を掛ける。


「せやなぁ。できれば変わりたいところやけど……」


 蛍が丘高校は守備偏重のチーム。一部選手の存在を除けば純粋な打撃能力で点を奪える力はない。本来、この程度のチームならば日野が投げずとも勝てる可能性はあるのだが。


「ちょっとくせ者が多すぎやからなぁ。下手すれば試合がひっくり返されかねんやろ?」


「それは自分も考えた。だが、お前はそれで9回まで投げ切れるのか? いや、この状況。9回までとは限らない。もっとも、延長戦となれば事実上こっちのものではあるが……」


「点を取り返せる機会があるうちに休むってことかいな?」


 監督は無言で頷く。


 監督の判断としては投手の交代。すでに投球練習場では次期エース候補であり2年生の屋島が準備を整えている。つまりあとは日野が「降りる」と言えばそれだけである。


「……やったら、次からライトやな」


「あぁ。まだ後半戦に登板することもあるだろうし、なにより打者としての仕事が残っている」


「分かったわ。せやったら、屋島(ヤッシー)によろしく頼むで」


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