第6話 最強二投間
8回の表の蛍が丘高校は、先頭の最上が空振り三振。大崎がレフト前ヒットで出塁するも、因幡の打席。カウント3―2からランエンドヒットを掛けるも、外のカーブに空振り。さらに大崎も2塁で刺されて三振ゲッツーでチェンジ。チャンスメイクも実質3人で終わってしまう。
迎える8回の裏は、5番から始まる打順。東山を抑え込んでしまえば、下位打線なはずだが、最上の言葉を考えると下位打線こそ怖く感じてしまう。
投球練習はせいぜいマウンドの感触を確かめる程度。7割、8割の力で既定の投球数を投げ終えると、皆月がセカンドへと送球。それを内野がボール回し。
「8回の裏ぁぁぁ。バッター5番。がっちり守っていこうぜ」
皆月の声掛けとほぼ同時に春馬へとボールが返ってくる。
『(さぁて、春馬。上手い事、最上が策を張っておいてくれたんだ。東山に関してはストレート押しでいこう。ただし甘いコースはさすがにやめようぜ)』
とにかくど真ん中は回避。そして、球筋に慣れさせないため、無駄球は投げない。
「ストライーク、ツー」
1球目、2球目の厳しいコースを共に見逃して追い込む。
3球目。
『(さ。これで打ち取ろう。あわよくば三振)』
皆月の指示通り。低め狙いから一転、裏をかいた高めのストレート。
ノーワインドアップからの3球目。
『(よし、打ち取った)』
春馬は周りに分からないほど小さなガッツポーズ
最上の言っていた通り打ち損じ。打球は右中間浅目へと舞い上がり――
『(はっ?)』
楓音・大崎・近江の中心に落ちた。
風の影響をわずかに受けたポテンヒット。
8回裏。ついに継投ノーヒットノーランが崩される。もっとも春馬にも、そして最上にも、ノーヒットノーランなどどうでもいい事。それより苦しいのが、打ち取った当たりがヒットとなり出塁されたこと。
これから最上の話していた、警戒すべき下位打線。6番の2打席目はショートライナー。多少の修正能力はあったと考えるべきか。それとも偶然か。
この試合、初めてのヒットが生まれた信英館。一気に畳みかけようと、信英館からサインが飛ぶ。
『(新田。これはどう考える? バントか?)』
『(エンドランと見た。外すぞ)』
ウエストのサインを送った春馬。皆月もその考えに従い、相手方にウエストがばれないよう、しかし大きく外すことを考慮してアウトコースに構える。
初球。春馬は1球だけ1塁へと牽制。
「セーフ」
間一髪。相変わらずのプレートを外さない牽制に、東山はあやうく牽制死するところ。
春馬は最上に対して劣るピッチャー。だが守備の上手さゆえ、こうした小技がどうしても上達する傾向にはある。
先ほどの牽制で東山のリードを極端に小さくすることに成功。春馬のモーションが始動。東山はスタートを仕掛ける。が、
「ボール」
アウトコース高めにウエスト。これを皆月が2塁送球する素振りを見せるが、偽盗であったもよう。すでに1塁へと戻っている。
『(ま、春馬相手に盗塁は無いかな?)』
牽制もそうだが、クイックも恐ろしく上達した春馬。いくら強豪の信英館と言えど、彼から盗むのはそう簡単ではない。少し判断を誤れば、即牽制で殺されるだろう。
『(これでバッター集中できる。どうだろう。アウトコース低め。流し打たせれば、近江の網に引っ掛かるかもしれん)』
『(OK。お前のリード信じるぜ。なんだかんだで、東山も実質的に抑えてるしな)』
2球目。春馬の足が上がると同時に、1塁ランナー東山がスタート。
「「「ランナー走ったぁぁぁぁ」」」
ランナーを背にしているため動きが分からない春馬は、内野の声にスタートを知る。
『(マジかよ。もうひとつ牽制を入れるべきだったか?)』
ボールをリリース。
するとバッターは、コントロールミスでアウトコースから少し外れたボールを強引に引っ叩く。
『(エ、エンドラン、近江っ)』
振り返る春馬。だが、近江は1塁ランナーに釣られてのセカンドベースカバーで不在。そもそも彼女がいても処理不能なライナー性の打球。
ライトの楓音が、まだバウンドしていない打球に猛進。大崎のバックアップが間に合うと信じ、落ちそうな打球へと飛びつく。そこから2度、3度と回転して制止。
「と、捕ったか?」
春馬は不安そうに見つめ、1塁ランナーの東山はハーフウェイ。1塁審判も彼女の捕球を確認しに駆け寄る。すると、
「ファーストっ」
審判の判定より先に、楓音がそう言いながら立ち上がる。
「やべっ、取ってる。東山、バック」
1塁コーチはすぐさま東山を1塁へと戻す。そして楓音が1塁ランナーを殺そうと送球――2塁へ。2塁ベースカバーの最上が捕球。だいたいの経緯を理解し、2塁ベースを踏む。
「えっと、2塁審。これは?」
最上に問われた2塁審は1塁審へと目を向ける。するとそのプレーに気を取られ、誰も目を向けていなかった1塁審は、とっくにフェアの判定を下していた。
「アウト」
よって、1塁ランナーの東山には進塁の義務が発生する。これを2塁で封殺しライトゴロ成立。
「楓音って、頭いいのな」
「実は僕や新田以上に影の軍師なんじゃね?」
ボールを手渡しながら、言葉を交わす春馬と最上。
「新田、ここから要注意な」
「分かってる」
そして最も重要な案件も忘れない。
ノーアウト1塁から転じて1アウト1塁。さらにランナーも変わる。だが、東山と比べてさほど足の速いように見えないバッター。牽制で様子を見る必要こそあれ、そこまで気にするほどでもなさそうだ。
『信英館学院高校、選手の交代です。バッター、相島君に代わりまして、糟谷君』
ここでピッチャーに代打が送られる。背番号12を付けた左バッターだ。
見た目はスラッガーのような大柄体型。左の猿政と言えば言い得て妙なところだが、ランナーも合わせて、見た目で判断するのは危険だ。そのことは春馬が一番よく分かっている。
まずは初球。バッターへの投球ではなく、1塁牽制。ここは東山の牽制に警戒してたか、さほど大きなリードではない。
『(こいつもあまり気にするほどじゃないな)』
『(バッター勝負。サインは?)』
ぜひこのバッターもしっかり抑えていきたいところである。
しかしいかんせん相手は信英館。そう簡単に抑えられるわけもない。カウント2―2から1塁線を破られる。それで1アウト1・3塁にされると思いきや、猿政クラスの巨漢が、最上クラスの足の速さを見て2塁まで到達。
『(な、なんだ。あの動けるデブ)』
心中とはいえ、相手チームの3年生をデブ呼ばわりする春馬は大物である。その前に、相手チームの3年生を口に出して呼び捨てにしているわけだが。
「タイム」
ここで間を取ったのは近江。キャッチャーの皆月ではなく、近江の判断が早かったところは、やはり春馬の相方はポジションに関わらず近江なのだろうと思い知らされる。
「春馬君。大丈夫?」
「案ずるな。僕はむしろいつもより調子のいいくらいだ。僕どうこうじゃなくて、ここは相手が強いんだよ」
一言だけ会話を交わしたのち、最上や皆月もマウンドへ。
「で、新田。どうするよ。満塁策か?」
「いや、満塁策は危なかろうて」
さらに猿政と寺越も遅れてくる。
「まだランナー2人からのドカンなら同点じゃが、全部埋めてのドカンは逆転じゃぞ?」
「じゃあどうするよ。新田」
埋めるか、埋めないか。悩むべきところで頼るのは、やはりみんなのリーダーたる春馬。彼の判断は。
「埋めないでいこう。埋めれば9番だけど、相手方のベンチには代打の用意もできているみたいだ。満塁での代打もありうる。そうなれば、猿政の言うように、満塁逆転もあるからな。」
「そうか。じゃあ勝負として春馬、シフトは? 俺たちはどう守るべきだ?」
「内野前進守備。猿政は3塁に付いていてもらうが、それ以外は1点を防ぐシフトを取ろう。ただし、スクイズは100%やってくるって時以外は警戒しないでいこう。歩かせる方が怖いからな」
寺越の質問にそう答える。
相手は信英館。1点はやること前提でシフトを敷くのもありだが、強豪相手にやる点など1点もないのが実情。多少のリスクを背負ってでも、防げる点は徹底的に防ぐべきであろう。
「よし。リードは俺に任せろ。この場面。なんとかお前を引っ張って言ってやるよ。で、だ。春馬」
「ん?」
「後ろ」
皆月の指示に振り返ると、開いた右手を出している近江。
「春馬君。手」
「はい」
なんとなく手を合わせる。面倒ではあるが、もっと面倒なのを避けるため、彼女の話は聞いておくが吉だ。
「春馬君。リードは皆月君がしっかりしてくれるけど、私の事も忘れないでね。ポジションが違っても、春馬君の相方として、しっかりアピールするから」
「近江。アシスト」
「しっかりとアシストするから」
最上の素早い指摘に、こちらも素早く訂正する近江。
「分かった。任せたぞ。近江。てか、みんな」
「「「おぅ」」」
これにて解散。全員が内野へと散らばり、打ち合わせ通りの内野前進守備シフト。皆月は座っており、勝負であることがその場の全員に知れ渡る。
「プレイ」
球審によってプレイ再開が宣告される。
『(この場面。とにかく内野ゴロに打たせて取るべし。低めを突いていこう。自信を持って来い、春馬。多少の暴投なら、全部捕ってやるさ)』
自分の正面にいる3塁ランナーを目で牽制。実際には牽制を放ることなく初球。
「ボール」
外れこそしたが、初球から通していこう。そんな気持ちの伝わるストレートがアウトコース低めへ。
『(2―0は避けたい。けど甘いコースには投げられない。これでどうだ)』
『(分かった)』
ど真ん中からアウトコース低めへと落とすスライダー。同じコースを2度続けることにはなるが、なによりスライダーをインに投げて変化がかからなかった時、デッドボールになるのが怖い。
春馬の2球目。暴投になるのを恐れずに放った投球は、要求よりややアウトコース。そこから沈みながら逃げていく球。それをバッターは、センター返しを意識して打ち返した。
「くそっ」
春馬の足元を襲う球。持ち前の打球反応を生かして処理しようとするも、ホーム・ショート間と、ホーム・マウンド間は明らかに距離が違う。春馬のグローブをかすめて二遊間へ。
「絶対に止めるっ」
そこへ近江が横っ飛び。強引に打球をもぎ取る。
「近江、ボール1つ」
皆月が突っ込んでくる3塁ランナーを確認、彼女の体勢を考慮し、1塁送球をするよう指示する。春馬がショートならスイッチトスもできようが、この状況では少しでも判断を誤れば、バッターも生かしかねない。
信英館もアウトこそ取られるかもしれないが、点を確信して一足早めの盛り上がりムード。
しかしその中で、得点阻止を諦めていない者もいる。
言ったはずである。
ポジションが違っても、春馬のアシストをする――と
近江は少しだけ体勢を起こし、全身を使ってバックトス。それを素手でキャッチしたのは、
「皆月、バックホーム」
マウンド上の春馬。内野前進守備であり、セカンド―ピッチャー間が短いからこそできる、変則型スイッチトス。
「おまえ、春馬、マジかよっ」
春馬は反時計回りに回転しながらホーム送球。皆月は急な送球に膝を落としてランナーの突入をブロック。送球を受け、ホームに突っ込んできた3塁ランナーにタッチした。
「アウトぉぉぉぉぉ」
球審の腕が上がり、声高らかにアウトコール。3塁スタンド、そして敵方であるはずの1塁スタンドからも爆発音のような大歓声。
「はぁ、ったく。なんであんなのが蛍が丘にいるんだか。いや、俺がセレクションで落としたのも一因だが」
あのプレーを見せられては悔しい以上に呆れるしかない信英館サイド。監督もタイムマシンがあれば2年前に戻り、あの2人を落とそうとしている当時の自分を、全力でぶん殴りたいところだ。打撃や投球に目が行きやすい野球だが、優れた守備力は、時にホームラン王や最優秀防御率よりも力を持つ。それこそ今の蛍が丘のようにだ。
『(はっはっは。お手上げだよ。これは)』
完全に気力を削がれつつある信英館。
しかしその突破口は割と簡単に開かれた。続く代打がレフト後方へ会心打。
内野を破れないなら外野を破ればいいじゃないと、あっさり外野を破り、3塁ランナーが生還。そして1塁ランナーも一気に3塁を回ってホームを狙うが、
「因幡、中継」
外野の深くまで中継として追っていた最上が因幡の送球を中継。そして春馬が中継に手を上げているが、
『(悪いな、新田。お前の中継なんざ――)』
「必要ねぇぇぇぇぇ」
リミッター完全解除。蛍が丘ナンバー1の強肩となった最上の全力のバックホームが、皆月のミットへ一直線。
「よっしゃ、ナイボー」
「アウトぉぉぉぉ」
因幡より優れた送球で、1塁ランナーの突入を阻止。これでスリーアウトチェンジが成立する。
楓音のトリックプレー。近江―春馬の変則型スイッチトス。最上のリミッター解除。
これらでアウトを取り、点を防いだ蛍が丘は、最少失点である1点で8回裏を乗り切った。このイニングの守備に、蛍が丘ナインの士気は上が――
「最上殿が前々からあの送球をしておればのぉ」
「……呆れて物も言えない」
「ほんと、最上はなぁ」
「相方としてすまない」
「監督としてすまん」
「キャプテンとしてすみません」
「えっと、マネージャーとしてごめんなさい?」
「ねぇ、みんなに謝らせるなんて最上君はまったく……」
――らなかった。むしろ最上の全力を見て呆れる一方である。
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
9回の裏。信英館は3年生のサウスポー・板原を投入。3番の寺越をショート真正面のライナー。4番の猿政は見逃しの三振。5番の近江はキャッチャーファールフライに抑えて無得点。
「しかしこの流れ、辛いわなぁ」
バックネット裏で試合観戦中の大野山南高校。白柳は試合を見ながら静かにつぶやく。
「なんでや?」
「8回は結果として1点には抑えていたけど、綱渡りのような抑え方だった。この調子だと、9回の、信英館上位打線に打ちこまれるぞ」
「確かに、この調子なら、ひっくり返されてサヨナラやろな。けど、シラナンに分かることくらい、あの賢しい新田監督なら分かっているはずや。無策やと思うか?」
「けど、ここで打てる手なんて……」
「簡単な手や。プロでは滅多に使われない。けど、高校ではよく使われる一手」
9回の裏。ベンチから出てきた春馬はマウンドへと向かわない。
「一度降りた投手が、再登板してはいけないルールなんてないやで」
『蛍が丘高校、守備の交代です。ピッチャーの新田春馬君がショート。ショートの最上君がピッチャー。以上のように代わります』
ウグイス嬢の声が鳴り渡る。
「ま、蛍が丘高校、最強のクローザーやな。セーブは付かへんけど。なんにせよ、信英館はこれでチェックメイトやろうな」
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
ピッチャーが最上に代わった9回の裏。順調に抑えるかと思いきや、そう簡単にはいかなかった。先頭の1番がショート・春馬の本日3つめのエラーにより出塁。続くバッターのセカンドライナーを、近江がグローブに当てて落球。それから4―6―3のゲッツーを完成させる好判断を見せた。かと思いきや、これを『故意落球』と取られて、1アウト1塁。その次のバッターに、力が入りすぎたのか、最上には珍しいデッドボール。
1アウト1・2塁となって4番のジェンキンスへと打席が回ってしまった。
「タイム」
そしてタイムを掛けてマウンドに駆け寄る春馬。他の内野陣も走って集まってくる。
「なんなんだろうな。春の大野山南戦、前の総合鈴征戦、今日の信英館戦、全部9回に一発逆転サヨナラのピンチで4番に回ってるぞ」
「これは次の試合も9回に一発逆転サヨナラのピンチを作るって前振りか?」
「振りじゃねぇよ。てか、そんなこと言っている余裕はねぇ」
春馬から言い出したのに怒られるとは、最上にとってはとんだ理不尽だ。
「で、どうするよ。最上。ジェンキンスを抑える手は?」
「さすがに僕自身も3打席目。新田でも2打席目だし、そろそろ球になれているころ。まともに勝負したら一発を食らいかねないな。かといって敬遠も危険だ」
もしその一発を食らえば逆転サヨナラ。歩かせれば満塁で東山。前門の虎、後門の狼だ。
「まずいな。2点リードとは思えない緊張感だ。外野の間を抜かれたら同点だろうし」
「まぁ、外野の間を抜かれない方法はあるけどな」
「そっか。外野の間を抜かれ……うん、それを先に言おうか」
普段は近江に落とす拳骨を最上へ。それを見た近江は、まるで自分にやられたかのような恐怖感を覚える表情。
「簡単な話だ。間を埋めればいい」
―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――
蛍が丘高校が変則シフトを敷いてきた。地元新聞社には格好のネタである。
ジェンキンス相手に敷いたシフトとは、ファースト・寺越が定位置。セカンド・近江はやや2塁寄り。ショート・春馬は二三塁間よりやや3塁寄り。ライト・楓音が右翼線へ寄り、センター・大崎が右中間。因幡は左中間へ。では残った猿政はと言うと……
「猿政ぁぁぁ。不慣れかもしれないけど、任せたぞ」
「う、うむ。善処しよう」
外野、左翼線寄り。外野4人、内野3人シフトである。
「タイム」
そのシフトに、焦ったのはジェンキンス。蛍が丘のタイムに続いて、自身もタイムを取ってベンチへと駆け寄る。
「か、監督」
「まさかあんな守備シフトを敷いてくるとはなぁ。これまた新田監督は面白い策を」
「どうしましょう?」
「エヴァン。普段やっている、狙った方向に打つ練習、覚えているな」
「はい」
「できるか? 内野の間を抜くこと。外野に打つのは、相手の思うつぼだ」
「分かりました」
ジェンキンスは返事をしてバッターボックスへ。さらに監督は、ネクストの東山も呼んでその作戦を教える。
信英館のスタメンレベルともなれば、狙ったところへの打ち分けもできる。もちろんベースに当てるとか、立てた缶に当てるとか、そんなコントロールはない。ただし、引っ張る・流す・センター返しと言った程度、さらに言えば、ゴロを転がすくらいならば造作もない。
『(最上。本当に大丈夫かよ)』
一応は信用してこのシフトを敷いた春馬だが、やはり信用ならない点はある。
変則シフトの中、プレイがかかり、最上の初球。
「ストライーク」
ど真ん中へのストレート。これを見逃してワンストライク。何の変哲もない投球。わざわざ見る必要もなかったか。そう思いながら監督のサインを確認するも、やはりヒッティング。ボックスに入り直し、テンポよく投球動作に入る最上を見据える。
2球目。またもど真ん中。そして球種はストレート。
これをジェンキンスは内野守備の少ないレフト方向へ流すタイミングで、そしてゴロを打つ感覚で弾き返す。すると打球はピッチャーの足元を襲う速いゴロになる。
『(やべっ。これはマジで裏をかかれた)』
外野の間は抜かれない。最上の策は成功した。しかしこのままでは内野の間を抜かれる。春馬はいつもより3塁寄りに守っているのだ。さすがの彼でも間に合わない。
「させるかっ」
すると最上は右足を打球へ。彼の足に当たった打球は春馬の真正面へと向きを変える。
『(勝ったぁぁぁぁぁ)』
「新田ぁぁぁぁ。任せたぁぁぁぁぁ」
野球とは投手力が8割である。実際、この試合、最上がいなければここまでリードすることはなかった。だが、その一方でもうひとつの真実がある――
「よくやった、最上」
春馬は素手でキャッチして2塁にジャンピングスロー。2塁にベースカバーに入った近江が捕球。強豪のプライドを捨てて、女子の近江にゲッツー崩しを仕掛けるランナー。それを回避しながら近江は1塁送球。
「アウトぉぉぉ」
――残り2割。最上以外、8人の力が無ければ、最上の力を生かしきること、そしてこの試合に勝利することはできなかった、と。
真夏の空に、下剋上を、そして1チームの夏の終わりを告げる声が上がる。
「蛍が丘高校対、信英館学院高校の試合は、3対1で蛍が丘高校の勝利です。選手、礼」
「「「ありがとうございましたぁぁぁぁぁ」」」
最後に蛍が丘へと見せた、信英館の強豪らしさ。
それは、勝者にも勝る、元気のいい礼であった。




