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第2話 信英館打線攻略法

『1回の表、蛍が丘高校の攻撃は、1番、センター、大崎君』


「お願いします」


 大崎が一礼して左バッターボックスへ。


「先発は東山なんだよな。もしかしたら2番手を先発させるかと思ったけど」


「なんで? エースだからそうじゃないの?」


 春馬のつぶやきに疑問を持った近江だが、彼女へと補足したのは最上。


「Aシードの信英館は、前評判通りに各チームが勝ち進んだ場合、石見高校、蛍が丘高校、大野山南高校、天陽永禄高校、松江水産高校とぶつかる。それも後半になるに連れて、試合間隔が短くなる。そうなると、勝ち進むうえでどこかでエースを温存したい。だったらどこで温存るかと言うと、石見高校は実際に完投した。甲子園出場候補の大野山南戦での温存は自殺行為。天陽永禄は、大野山南に次ぐ甲子園出場候補だし、松江水産の重量打線の前に、エース温存は打ち負ける可能性がある。よって……」


「温存するのは、超守備型チームの蛍が丘戦以外に無い。けど、そうはしてこなかった。向こうはウチを本気で潰す気だな」


 春馬と最上の双方がそう分析する一方で、野球に関しては恐ろしく賢しい近江が疑問を生む。


「じゃあ、石見高校戦で温存すればよかったんじゃないの?」


「おそらくあれは調整登板。と、僕は予想するけど、新田はどう思う」


「同感。1回戦でブルペンを見ていたけど、早いイニングから次を用意していた。要は、早いイニングで降ろす準備があったってこと。ま、試合としては、降ろす前にコールドで決着がついたわけだが……」


 話がひと段落。その時だ。


「ストライクバッターアウト」


 カウント1―2から1球粘り、5球目。大崎が低めのボール球に手を出して空振りの三振。先頭バッターが切って取られる。


「大崎。最後は?」


「多分、フォークかなぁ。凄く落ちた気がする」


「そっか。大崎でバットに当たらないのは厳しいか」


「でも、打てない気がしないことはなかったよ。正直、それより凄いのを見た事あるし。あれは消えたように見えたし」


 悪い結果の一方で、自信のある大崎。その原因は春馬には、いや、春馬だからこそ安易に予想が付く。


「日野さんのジャイロボールか」


 日野のジャイロボールは、意外に楓音がヒットにはしているが、人によっては消えるように急激に変化する。しかし東山のフォークは、大崎には見えていた。そこは大きな差であると言えるだろう。


 だが、いくら日野啓二よりも打ちやすいボールだ。と言っても、じゃあ簡単に打てるボールかなのか? と言われると話は別である。


 続く因幡はカウント2―2からのアウトローへのストレートを流し打つも、セカンド真正面のゴロに倒れる。そして初回にして東山のフォークを捉えたのは、意外にもこの人。


 初球。浅いイニングでの調子確認のつもりで投げたのであろうフォークボールを、寺越はまるで待っていたかのように打ち返す。これをショートが飛びついて捕球し、1塁に転送されてアウト。結果としてはショートゴロでスリーアウトだが、当たり自体はセンター前。希望の持てるイニングとなった。


「よし。ナイバッチ、寺越。切り替えてしっかり守っていこう」


 帰ってきた寺越にも声をかけるのを忘れずにしておき、グローブを手にグラウンドへと飛び出す。これから蛍が丘高校の神髄たる守備である。この分野で相手を圧倒できなければ、今日の試合は負けが確定するようなものである。


 マウンドに上がった最上。足場を軽く自分用に整えたのち、皆月へとOKサインを出す。すると皆月は、球審の方を振り返った。


「審判。投球練習はいらないそうです」


「え?」


「ぶっつけ本番で、試合に行きましょう。と、エースが言ってます」


 高校野球どころか、プロ野球、引いてはメジャーでもまず聞かれないその主張に、信英館の選手、スタッフ、スタンドの観客は耳を疑った。


「本人がそれで構わないならいいが……本当にいいのかい?」


「はい。どうぞ」


 皆月はマスクを被って最上の方へと目線を向ける。


「それでは、バッターラップ」


 バッターはまともに監督からのサインを見る間もなく、審判に急かされて右バッターボックスへ。監督もろくに考える暇もなかったため、見たところでどうしようもなかったが、これで主導権は最上へと握られる。


「ストライーク」


『114㎞/h』


 絵に描いたようなど真ん中ストレート。球速は非常に遅く、信英館の投手であれば、1年生でも投げられる球速だ。


 2球目。


「ストライーク、ツー」


『117㎞/h』


 またも同じようなコースに、ただ今度はほんの少しだけ外に寄り気味のど真ん中ストレートが決まる。1回の裏が始まって1分も経たない間に追い込まれる。


 そして3球目。


『(なめるなっ)』


 またもど真ん中への投球に、これをバッターはしっかりバットを合わせて振り切る。その打球は痛烈な三遊間への打球。普通であればレフト前に抜ける打球だが、


『(残念。そこは新田の守備範囲だ)』


 自信満々に最上が振り返る。すると案の定、驚異的な反応速度で打球に追いついた春馬が、逆シングルキャッチからの1塁送球。途中でワンバウンドする低く速い送球を、ファーストの寺越が難なく処理。


「アウトっ」


 あり得ないプレーを日常かのように、平然とした顔でこなす。


「ワンアウト、ワンアウトぉぉ」


 皆月も平常心を乱すことなく、守備陣に対してアウトカウント確認。最上のリズムを崩さないよう、すぐに定位置へとしゃがみこんで投球を待つ。


 相手に主導権を渡さないよう、淡々とした自分のリズムで皆月へ投げ込む。その術中にはまってしまった2番の左バッターは、三塁線を襲う打球を放つ。だかそれは、元々3塁線を閉じて守っていた猿政の真正面。あっさりとサードゴロに打ち取られる。


 もちろん、ただやられ続けるわけにはいかない信英館。すぐさま対策に出る。続いて右の3番のバッターボックスへ。2球続けて最上の投球を見送った後、3球目の甘く入ったボールを、ワンテンポ遅らせてヒッティング。狙いはライト方向だったが、最上のボールが遅すぎたか、打球はピッチャー足元を襲う。マウンド中央よりやや1塁寄りの位置でバウンドし、打球は二遊間へ。十分にセンター前へ抜ける打球だが、


「はい、春馬君」


「よし、任せろっ」


 あいにくここは黄金二遊間の守備範囲。逆シングル捕球の近江が、走り込んできた春馬にバックハンドトス。送球が少々逸れてしまうも、それを修正する様に、春馬が1回転しながら捕球。回転は殺さず勢いそのままに、1塁方向へと振り返りながら送球。


「アウト、チェンジ」


 初回からスイッチトスをいとも簡単に完成させ、アウトを成立させる。


「本当はかなり難易度の高い連携プレーのはずなんだが……よくまぁ、簡単そうにできるもんだ。よっぽど練習したんだろうな」


 そのプレーを始めて目の前で見た信英館の監督は、三者凡退に対する衝撃や憤りよりも、近江―春馬の超連携について感心を表す。


「ほら。スリーアウトだぞ。今度はお前らもしっかり守ってこい」


「「「はい」」」


 監督に喝を入れられてベンチを出ていくナインたち。総合鈴征から6点を奪った蛍が丘と、初戦コールドの信英館。大きく動き回る試合になる可能性もあったが、初回から既に投手戦の様相を呈していた。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 4番からの攻撃と言う事で、なんとか突破口を開きたい蛍が丘高校であるが、そう簡単にもいかなかった。


 先頭の猿政は、甘く入った1―0からの2球目をジャストミートも、センター真正面の痛烈なライナー。続く本塁打王兼三振王の近江は、3球すべてボール球で空振りを取られて三球三振。ようや生まれたこの試合、最初の出塁は春馬。


「ボール、フォアボール」


 カウント2―2から、低めのフォークを見送ってフルカウント。そこからインコース高めのストレート、アウトコース低めのカーブをカットし、迎えた8球目。三振を狙った低めのフォークをまたも見逃し、フォアボールで出塁に成功する。


『7番、ライト、新田楓音さん』


 ツーアウトながら1塁にランナーを置いた蛍が丘。難しい状況ではあるが、なんとかランナーを生かしたい場面だ。


「セーフ」


 いきなりの牽制。足からのスライディングで帰塁し、これは悠々セーフ。


「リー、リー、リー」


 マウンド上の東山がセットポジションに入ると同時。ランナーコーチ・寺越の声と共にリードを広げる。


「リーリー」


 東山の左足が微妙に動く。


「ゴー」


 寺越の声も早い。だが、春馬の判断はもっと早い。完全に盗んだモーションで2塁へとスタートを切る。これは総合鈴征・立花道雪級の肩でも間に合うか際どいところだ。しかし、


『(まずっ、読まれてた)』


 キャッチャーは予想通りと言わんばかりにウエスト。楓音が明らかなボール球にも手を出し、空振りでアシストするがほぼ意味なし。春馬の2塁到達より先にボールが転送され、ショートがタッチして盗塁失敗となる。


 最後は自殺ではあるが、結果的にはこの回も3人で切って取られる。


『(あわよくば2アウト2塁のチャンスだったんだが。やっぱり信英館はそう簡単ではないか)』


 駆け足で2塁から3塁ベンチまで戻りながら、自分の浅かった考えを悔やむ。その一方で、仮に動かなかった場合も得点できなかった。成功失敗はともかくとして、動いたのは間違いではなかったとも納得。


「はい」


 ベンチ前まで帰ってきた彼に、近江がグローブを手渡す。


「はいどうも」


 ヘルメットはベンチに入ってすぐの所へと置いておき、すぐさま自らの守備位置へ。最上が投球練習をしないせいで、攻撃終了から守備への移り変わりが早いのだ。


「審判。この回も投球練習は無しで」


「皆月。せめて全員が守備に付くまで待てよ」


 急いで守備位置につき、球審へと目で合図。


「プレイ」


 その意図を悟ってくれた球審は、他のポジションにも選手が付いているのを確認してからプレイ開始宣告。


『4番、レフト、ジェンキンス君』


 この回の先頭は、主砲のエヴァン=ジェンキンス。さらにネクストバッターサークルに片膝付いてしゃがんでいるが東山。この2人を抑えられるか否かが、今試合の結果を左右すると言ってもいい。よってこのイニングが、この試合を占うものとなるだろう。


『(任せるぜ。みんな)』


 いつものセットポジションからの投球。いつも通りのはずなのに、力んでしまったのかすっぽ抜けるど真ん中ストレート。


『(まずい、抜けた。けど、まさか初球からは……)』


 問題ない。そう直感が訴えた直後、聞きたくなかった金属音が目の前から響く。バッティングセンター並の絶好球を弾いた結果、ボールはライトポール際へ。


『(楓音ならいけるかっ?)』


 最上としては彼女のポジション取りと打球反応に期待したいところ。ところが彼女には分かっていた。


『(無理。間に合わない。ってか、越えるっ)』


 ジェンキンスの打球は、落下地点へと全力疾走していた楓音の遥か先を通過。スタンドへと飛び込んだ。


「ファール、ファール」

 1塁審の両手が大きく上がる。距離にして1メートルも左なら、間違いなく入っていたであろう弾丸ライナー。それがギリギリでファールとなった。


『(っぶねぇ。抜けたのが幸いしたか。いつも通りならスタンドインだったなぁ)』


『102㎞/h』


 球速表示を見て一安心。最上にしては珍しく足元のロージンバッグに手をやり、心を落ち着かせるように手のひらで転がす。


「最上」


「あぁ、悪い」


 皆月から新しいボールを受け取る。


『(ほんと、あっぶねぇ。あの勢いなら、次も打ってくるか?)』


 ストレートの握りからシンカーの握りに変えてモーション始動。打たせて取ることができるように、そして痛打されないように、あえてど真ん中は回避する。


『(いつもは打ってもらえるようにど真ん中だけど、こいつ相手にど真ん中は危険。真ん中以外でも打ってくれると信じるぜっ)』


 ボールを抜くようにひねりながら、右腕を振り下ろす。投げ出されたボールはインコースいっぱい。


『(さぁ、打て。内野になっ)』


 最上の狙い通り、ジェンキンスの打球はファースト方向へ。しかしながら、少し最上の狙いとは違った。


『(ちょっと速いか?)』


 打球が速すぎる。


 真芯を食ったボールは、痛烈なラインドライブ。ファースト真正面ではあるが、これはいくらなんでも捕球できない。寺越も反応自体はするも、グローブで弾いてしまう。


『(やっちまったぁぁ)』


 先頭バッターの出塁。それが脳裏に浮かんだその瞬間。


「近江。間に合うっ」


 春馬の声。それにハッとしてセカンドの彼女を見ると、方向の変わった打球になんとか追いついていた。そこから一回転し、立ち上がった寺越へと送球。ジェンキンスと寺越の競争となり、ほぼ2人同時に1塁ベースを踏んだ。


「アウトっ」


 間一髪。ギリギリで間に合いワンアウトだ。


「っしゃ、ナイス近江ぃぃ」


「えっへん」


 最上のガッツポーズに、近江は無い胸を大きく張る。


「よくやった。きっと、後で新田が頭を撫でてくれるぞ」


「本当に?」


「オイこらキツネ。勝手におかしな事を言うな」


「ぎゅ~もしてくれる?」


「きっとしてくれるさ」


「殺す」


 嬉しそうな顔の近江にサムズアップする最上。そしてサムズダウンする春馬。


 緊張するはずの試合にも、割といつも通りの蛍が丘高校。むしろこれくらいの余裕があるくらいが、ちょうどいいのではないだろうか。


「新田。試合中だぞ。キレるな」


「あのなぁ……」


『5番、ピッチャー、東山君』


 油断している暇はない。4番のジェンキンスに匹敵する打撃センスを持つのがこの東山だ。


『(このバッター。どう料理しようか……)』


 前打者との対戦で、1ミス=1点の可能性を感じた最上。見せ球を使うのではなく、ここは初球から勝負と見る。


『(こいつで、勝負)』


 左バッターボックスに入った東山に対して初球。


「ストライーク」


 アウトコース低めへと決まる。東山からワンストライクを取った事で、3塁側スタンドからは歓声が上がり、中には最上を褒め称える声も聞こえる。


「チッ」


 しかし最上は不満そうに舌打ち。


『(シンカーを見られた。ハッキリ沈むわけじゃないから、1球見られたからと言って即問題ではないだろうけど……信英館の奴らのスペックは計り知れないからな)』


 できることなら初球打ちしてほしかった。


 むしろ見送られたことで、今後の配球に困ってしまう。


 そんな中投じた2球目。


 悩みながら選んだシンカーを、東山はきれいに弾き返す。会心の一打はピッチャー最上の頭上を越え、そして春馬・近江の間を簡単に打ち破りセンターへ。


『(捕れる)』


 センター前になりそうな打球へ、大崎が全力疾走で突っ込む。そして落下する寸前。滑り込みながら打球に手を伸ばした。


「捕ったか?」


「大崎君。捕った?」


 近くにいた二遊間が彼のグローブを注視。すると彼は左手を上げた。


「アウト、アウトぉぉぉ」


 抑えた。ジェンキンスに続いて、東山を抑え込んだ。


「っしゃあ。やっぱ好きだぜ。蛍が丘守備陣、最高ぉぉぉぉ」


 ハイテンションで拳を突き上げる最上は、まるで自分がファインプレーをしたかのような歓喜っぷり。この2人を抑え込んでしまえば、これ以上に危険な選手はいないはず。ノリに乗った最上は、6番をショート真正面のゴロに打ち取りスリーアウト。


 完全に試合がこう着。信英館の試合に関わらず、2回が終わって両チームノーヒットかつ、3人ずつでイニングが終わっている。


『(勝負は2巡目となる4回。と、言いたいけど、この回、誰か1人でも出ると、大崎が2巡目の打席に立つ。そこで先手を打ちたいところだな)』


 春馬はベンチに帰ると、クーラーボックスからマイコップを取り出し、ウォータージャグからスポーツドリンクを注ぐ。そして一気飲みをした後、遠いライトから遅れて帰ってきた楓音を見つける。彼女は既にヘルメットを被り、エルボーガード、バットと準備万端。これから打席に向かおうと言うところだ。


「楓音」


「ひゃ、はい。な、なにかな?」


「緊張してる?」


「べ、別にしてないよ?」


 ただ後ろから声をかけられ驚いただけなのだが、少し疑り深いの春馬。「まぁいいか」と間を置いてから、ベンチ付近まで呼び寄せる。駆け寄ってきた楓音に対し、首元へと腕を回し、自分の方へと寄せる。


「楓音。あのピッチャーだけどな――」


「う、うん」


 状況が状況だけに、顔が近くなっている両名。春馬は説明に必死になっていて気になっていない。が、楓音はそんなことなどない。なんとか彼の説明に入り込もうとするが、やはり気になってしまう。


「――だけど、OK」


「う、うん」


「よっしゃ、頑張ってこい」


 最後にヘルメットの上から頭を2回叩き、ついでに背中を押して打席へと送り出す。楓音は顔を赤くなっているのをごまかすように、ほぼ全力疾走で打席へ。春馬はやりきった様子でベンチに戻る。


「どうした、最上。なんかすげぇ笑顔だぞ」


「楓音がな……いや、なんでもない。言うのはよそうか」


「?」


 意味深な事を言いだす最上に、春馬の頭は疑問符で氾濫状態。だが、今の彼にはそれ以上の疑問があったようで。


「なぁ、最上。ここまでなんだかんだで3者凡退を続けているわけだが……」


「だな。ま、2本、いや、それ以上にヒット性は許しているがな」


「それでも、信英館相手に長打性を許していないのは上々だろよ。で、だ。そろそろ聞かせてもらおうか。試合開始前に言っていた、『総合鈴征より楽』の意味を」


 その事か。と、最上は緑色の天井を見上げる。


「バットコントロールは高校生離れと言っていた。にも関わらず、総合鈴征より楽。どう考えても矛盾発言にしか聞こえないんだが?」


「なるほど。ま、賢明な新田なら分かるか」


 自分に問いかけ納得するような言い方をしてから、正面へと向き直り、試合を見ながら説明を始める。


「少し、質問しようか。1桁+1桁の足し算100問。1問1点。別に2進数とかじゃなく、純粋な10進数の小学1年生レベルだ。新田ならこのテスト、どのくらい点数取れる?」


「まず100点取れる。てか、近江でも満点だぞ」


「だろうな。じゃあ、次の質問だ。この問題の正解は、正しい正解に1を加えたものとする。要するに、1+1なら3であり、2+2なら5だ」


「5+5なら11か?」


「そ。ただし、この法則は、テストに明記されておらず、出題者および、採点者しか知らないものとする。つまり、受験者はそんな法則を知らず、普通の1桁+1桁の計算を解かされていると思っているわけだ」


 最上の言っている意味が分からないわけではない。ただ、今の春馬には、彼が言っている事と、自分の疑問点の共通点が分からない。


「で、僕の質問の答えは?」


「いいから。急いては事を仕損じるぞ。続いて質問だ。その法則下で出されたテスト。お前が解いたらいくら取れる?」


「僕はその法則を知らないんだろ? そんなん、点取れるわけないじゃないか」


「だな。東大、京大、日本の最高集団でも無理だ。だが、このテストで点を取れるかもしれない奴が、法則を知る出題者と採点者以外にもいる」


「だ、誰だよ。それ」


「算数を習ったばかりの小学校1年生。厳密には『正しい答えを答える』のではなく、『間違った答えが結果的に正解する』だけどな。要するに、間違う可能性があるからこそ、この法則下においてまぐれ正解する可能性があるんだ。例えば、7+8を間違えて16と書いた。もちろん普通なら不正解だが、この法則下では正解」


「そりゃ……そうだな」


 そろそろ待てなくなってきた春馬。既に試合は再開しており、スタンドからは楓音の応援歌である、ドラマの主題歌が演奏される。それだけ時間が過ぎているのだ。そろそろ正解を教えてほしいところだ。


 しかし、答えは出ていた。


「新田。よくよく考えてみろ。この算数の問題。お前はおろか、東大や京大の学生でも点を取ることができない。しかし、それらに比べて圧倒的に学力の劣る小学1年生には点を取れる可能性がある」


 彼は春馬の目を見据える。


「これは、さっきお前の言った矛盾だ。さぁ、僕の発言にはどこに矛盾があった?」


「それは……」


 ない。どこにも矛盾はない。


「そう言う事だ。おそらく信英館も総合鈴征も、シンカーに気付いていない。だからこそ、ストレートと言う本来の正解を打ちに行く。しかし法則下における正しい解答はシンカー。分かるな。総合鈴征という小学1年生には、偽正解(ストレート)を打ち損じて、真正解(シンカー)をジャストミートする可能性がある。だが、信英館と言う天才には関しては、偽正解(ストレート)を打ち損じる可能性がないからこそ、真正解(シンカー)を打つ可能性はない」


 楓音が低めのフォークを見切ってフォアボール。皆月に打順が回ったところで、最上はネクストバッターサークルに入る準備をする。


「新田。皆月に指示」


「あ、あぁ」


『(皆月。ここは送れ。1アウト2塁なら、最悪、最上が凡退しても大崎に回る)』


 送りバントのサインを送ってから、最上へと意識を戻す。


「だったら、お前が投げる限り最強なんじゃ」


「それはどうかな。1つ。信英館が天才とは言っても完璧じゃない。2つ。シンカーを投げ続けていれば、いつかは慣れられる。3つ、慣れないようにストレートを投げれば、それを痛打される可能性がある。ジェンキンスの初球みたいにな。そして4つ。ジェンキンス、東山、立花道雪、そして猿政に近江。共通点は?」


「長距離打者」


「長距離打者は元々、ボールの下を打って、打ち上げる意識がある。つまり、シンカーの存在を知らずとも、シンカーを捉える可能性が高い」


 皆月が初球。高めのストレートをバント。これがファーストに送られてワンアウト。楓音は2塁に進み、1アウト2塁のチャンスメイク。


「ボールの下を叩くのは阻止してるから、ホームランの可能性は少ない。だが、先のイニングのジェンキンス、東山みたいに、まともに捉えられる可能性がある。総合鈴征よりは楽だがな……」


『9番、ピッチャー、最上君』


 最上は振り返らず、まるで捨て台詞のように一言残して打席へと駆けていく。


「信英館はそう、簡単な相手じゃねぇよ」


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