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プロローグ

 夏のある日。午前中はそれでもまだ涼しかったのだが、午後になると、焼けるような日差しが降り注いでいた。高校野球はまさにシーズン中であり、こんな中でも甲子園を目指す球児たちは、滝のように汗を流して練習に励んでいる事だろう。


 ところが、強豪校との試合を明日に控えた蛍が丘高校のエース・最上は、練習をしてなどいなかった。たしかに選手兼任監督の春馬が、「明日の試合に備えてしっかり休め」と言っていたが、おそらく近江あたりは、広場なり家の庭なりで自主トレに励んでいる事だろう。それでも彼は練習をする予定などない。それよりもやることがあったのだ。


 やって来た場所は地元にある寺。最上は敬虔なる仏教徒。と言うわけではなく、ここに彼女がいるのである。


 境内の掃除をしていた顔見知りの住職に、無言の会釈であいさつ。向こうも無言の会釈で返してくる。



 石畳の通路を進み、境内を抜ける。そして建物の横に付随されたある場所へ。


 その入り口にあったバケツと柄杓を借り、近くの蛇口で水を入れて目的の場所へと向かう。

「あ、いたいた。今日は暑くて大変だなぁ」


 話しかける最上。彼女からの反応はない。それも当然だ。何せ彼女はこの場にいるが、生きてはないない。そう、彼が今いる場は寺院境内の墓地である。


「悪かったなぁ。最近、来れなくて。テストがあったのと、試合前でさぁ」


 日差しを受けて熱くなった墓石に柄杓で水をかける。


「ほら。報告だぞ」


 カバンからボールを取り出し目の前に掲げた。総合鈴征戦のウイニングボールだ。


「夏の大会初勝利。甲子園に一歩近づいた。もうすぐ、甲子園に連れて行ってあげるから。待っていてな」


 そしてカバンにボールを入れつつ、吹き出すように微笑む。


「悪い。1失点だけしちまった。けど、それでも新田や近江たちが必死に守ってくれての1点だから、相手がそれだけ強かったってことさ。ほんと。新田も凄かったけど、近江も凄かったなぁ。守備もそうだけど、終盤のホームランなんか――って、オイオイ、怒るなよ。別に浮気なんかじゃないぞ。好きなのはお前だけだよ」


 声なんて聞こえるわけがない。傍から見れば、独り言をしている危ない高校生。しかし当の本人にはそんな事を気にすることなどなく、あぐらをかいて座り込み話し続ける。


「ほんと。あいつすげぇよ。もしかしたら、本当に女子でプロ選手に……って、だから怒るなって」


 彼には、本当に天から声が聞こえているのかもしれない。もしかすると、勝手に彼の脳が無意識的に返事を補完しているだけかもしれない。それでもよかった。彼にとっては、この時、この状況こそが、彼女と一緒にいられる数少ない時間だから。


 遠くから、誰かが近づいてくる足音が聞こえる。彼女との会話が聞かれるのが嫌なわけではないが、丁度、言いたいことも言い切ったあたり。


「また来るよ。今度は強豪の信英館を破って。期待して待っていてな。柚希(ゆずき)


 そう言い残し、今来た時とは逆の方向にある出口から去って行った。

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