最終話 信英館の読み
蛍が丘高校が信英館に偵察に来た翌日の夕食後。信英館も、来るべき蛍が丘高校戦に向けてミーティングを行っていた。
ミーティングルームの前に引っ張り出されたスクリーンには、対大野山南の練習試合、春季大会、そして先日の対総合鈴征学院出雲共和戦の4試合について、注目すべき点がそれぞれ抽出されて表示される。それだけの情報が揃うのは、甲子園を狙う強豪ゆえか。
「蛍が丘高校ですが、全体的に見て守備的なチームであると考えられます。特にエースの最上が登板している時の失点は少なく、4試合で1失点となっています」
メガネを掛けた、いかにもな情報通なマネージャーによって、蛍が丘高校の解析が行われている所だ。
「マネージャー陣で考察してみたところ、鍵を握るのはショートの新田春馬かと」
「ほぉ。ショートか」
横で腕組みしていた厳つい監督が頷く。
「はい。こちらをご覧ください。これが、本日試合を行いました、主要4チーム。信英館、蛍が丘、総合鈴征、大野山南の、通常時の守備シフトです」
映し出される4枚の写真。いずれもバックネット裏の最上段から撮られた、最も全体が分かりやすい写真である。
「ふ~ん。で?」
「この4枚を重ねて見ます。何かお判りでしょうか?」
無駄に上手い情報処理技術で4枚の写真を重ね合わせる。
「……分かった」
「東山さん。どうぞ」
「蛍が丘だけが内野が全体的に広がったシフト。と言えばいいのかな?」
「そうです。個別に見ていきます」
まずはサードを指す。
「サードを守るのは猿政泰治。巨漢に似合わず、意外と打球反応の優れた選手ですが、他の3校のサードに比べ、三塁線を狭めて守っています。続いてファーストが寺越信也。守備型のファーストと言う珍しいタイプであり、多少の悪送球は処理してしまう選手です。こちらも一塁線を狭めて守っています」
「ふむ。だったら、三遊間、一二塁間が狙いどころ。と?」
監督がそう提案するが、メガネのマネージャーは首を横に振る。
「こちらをご覧ください。春季大会、2回戦の映像です。まずは一本目」
詳しい状況は不明だが、ランナーは無し。バッターは右だと分かる。そんな中バッターは、エース最上のボールを引っ張って三遊間へ。サードの右を抜けた痛烈な打球は、勢いそのままにレフト前へ――
「ふ~ん、なかなかいい打球――なっ」
抜けない。飛び出したショートが逆シングルでボールを捌き、不安定な体勢から1塁へと強引に送球。これが悪送球になるのだが、それをファーストが難なく捕球する。それを見て監督は空いた口がふさがらない。
「続いて2本目。こちらは春季大会1回戦です」
次の映像もランナー無しでバッターは右。今度のバッターは、最上のボールを流し打って一ニ塁間へ。打球は飛びついたファーストの横を抜けてライト前へ――これも抜けない。近江が体を伸ばして捕球。ここから送球するのは難しいと考えたのか、1回転して体勢を立て直し、1塁ベースカバーに入った最上へと送球。ランナーを刺す。
「あいにく、三遊間と一二塁間の打球は、いずれもこのセカンド・近江、ショート・新田春馬の広大な守備範囲によって処理されてしまいます。また三塁線および一塁線も、それぞれ野手が開いて守っているため、抜くのは難しくなっています」
「つまり、二遊間を抜けと?」
「監督。それがそれも難しそうです。こちらを」
さらに続ける映像は、ランナー無しでバッターが左。バッターの打ったボールは、ピッチャーの足元を抜け、二遊間を破る。かと思わせて破れない。ショートが捕球後一回転して、1塁へとスローイング。並みのショートなら仮に捕っても内野安打のところを、見事に刺して見せる。
「な、なるほど。だが、セカンドの近江は女子。大方、弱肩だろう。ならば二遊間、セカンド寄りには弱いのでは?」
「あいにくそれも。むしろこれが蛍が丘の真骨頂でしょうか」
その次の映像が流れる。
「蛍が丘と大野山南の練習試合。バッターは日野です。本当は大野山南側の偵察だったんですが、これが意外な形で生きましたね」
最上の投球を弾き返す日野。最上が自身の足元を襲う打球を処理しようとグローブを差し出すが、間に合わず。センター前に抜けそうな打球であったが、これを近江が不安定な体勢から逆シングルキャッチした。
「ほぉ。よく追いついたな。だが、ここからの1塁送球は――え?」
またも監督の空いた口が塞がらなくなる。
近江が倒れ込みながらも、無人の二遊間へボールをトス。そこに飛び出してきた春馬がそれを捕球し、1塁へとランニングスローでストライク送球。
「以上です。ショートの新田春馬の守備範囲が恐ろしく広いため、彼に任せる形で広くシフトを敷けるのでしょう。またセカンドの近江に関しても、新田春馬ほどではないにせよ、守備範囲は広大で、その2人によって守られた二遊間は、先ほどのスイッチトスにより堅牢です。抜くのは難しいでしょう。また、映像は流しませんが、左右だけではなく、前後の動きも早く、蛍が丘の守備能力の高さを物語っています」
「じゃあ、外野に打てと言うのか?」
「内野よりは希望があるでしょう。ただ、センターの大崎は外野版・新田春馬と言うべく、俊足を生かした広大な守備範囲、ライトの新田楓音は、肩も弱く守備範囲も狭く、一見すると穴なのですが、打球の読みが鋭いという特徴も。レフトの因幡も同様に打球の読みに優れ、また蛍が丘高校屈指の強肩と言う特徴があります」
高校野球では「全員で守り抜く野球」をモットーにしているチームが、それこそ掃いて捨てるほどある。ところが、蛍が丘高校の場合は、本当の意味で守りに特化した高校であろう。
「それはつまり――」
東山は静かに手を挙げる。
「外野スタンドに打てと?」
「できることなら」
それができれば苦労はしない。しかしこれを抜く手段が信英館の選手たちには見当たらない。
「しかし、総合鈴征、大野山南、それと春季の浜田工業。いずれも蛍が丘から点を取っていたはず。どうやって取ったんだ?」
監督から1つの疑問が浮かぶ。あれだけ堅牢な守備から点を取るのは簡単ではない。では実際に勝った高校、点を奪った高校は、どうやって点を取ったのか。
「先日の総合鈴征はエースの最上から奪った点が1点だけありましたが、それ以外のケースでは、いずれも2番手の新田春馬を打ち崩しています。ストレートは120前後とエースと変わらないのですが、エースと違ってスライダーを持っています。なんでも、これは例の『ジャイロボール』とか」
「日野啓二か。余計な事を」
どうして敵に塩を送るような真似をしたんだと、監督は頭を抑える。
「ですが、それほどの球ではないですし、新田春馬がマウンドに上がると言う事は、蛍が丘高校内野陣の守備力を、額面以上に落とす効果もあります。純粋な投手能力は最上以上の新田春馬をエースとしないのは、そうしたところがあるのでしょう」
やはり非常に面倒なのは、新田春馬で決まりそうである。
「では、続いて打撃に入ります。結論から言えば、こちらは上位が純粋な打撃能力の高さで勝負。下位はクセモノぞろいと言えばいいでしょう。1番の大崎は俊足。2番の因幡は、やや攻撃的なところがありましょうか。今季の4試合、一般的に送りバントを行うであろう機会でバントをしたことは1度もありません。また、3番の寺越は、ミートバッティングを得意とします。さらに4番の猿政は、ホームランこそ今季はありませんが、春季大会で打率8割と大暴れ。2塁打が4本と、言わば中距離バッターです」
2番の因幡が『送らない2番』であることを除けば典型的なチーム構成のはず。ところが面倒なのはこれ以降との事。
「続きましてこちら。5番の近江。女子ながらパワーバッティングに定評があり、大野山南の日野投手、さらに総合鈴征の立花宗茂投手から一発を放っています。一方で、三振数もチーム屈指で、三振かホームランか。のような打者です」
この分析には度胆を抜かれる。日野啓二は言うまでもなく、プロ入り確実な超高校生級投手。一方で立花宗茂は、兄の道雪とバッテリーを組みたいとの希望で総合鈴征に進学したが、信英館がスカウトに向かっていた選手の筆頭である。
「そして選手兼任監督、守備にも定評のある新田春馬。実は今季、唯一のチームノーヒットです。が、フォアボールが4つ、デッドボールが1つ、犠牲フライ1つ、スクイズ1つ、盗塁が3つと、クセのある選手です。続いて新田楓音。バスター、セーフティ、隙を突いた盗塁にスクイズ。なんでもありの、下手すると新田春馬以上のクセモノです。最後に最上義光ですが……とにかく9番だからと気を抜かないでくださいとしか言えません」
「……あれ? 1人足らなくないか?」
「8番は安全牌です」
「なるほど。よく分かった」
たしかに蛍が丘高校は、甲子園出場候補の大野山南と善戦し、ベスト8常連の総合鈴征を打ち破っただけの素質はあることが分かった。その一方で、信英館ならば九分九厘負けることはないであろうという、力の差もハッキリと見えることとなった。
だが、監督の頭には何かが引っかかる。
『(なんだ。この蛍が丘に一杯食わされそうな予感は……)』
優れた情報収集力、解析力、分析力、説明力。野球以外にも強豪校ゆえに持ちうる力を発揮した信英館。ところがその強豪校にも掴み切れなかった蛍が丘の2つの影がある。
お互いがお互いの陰に隠れ、見えづらくなっている存在。
キツネと軍師の影を。
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大会と丸被りとなった蛍が丘高校期末テストもなんとか終了。野球部における理系エース春馬や、文系エース因幡の活躍により、逆エース近江も赤点はおそらく回避。後顧の憂いも断ったところで、ぜひとも信英館戦に向けて練習に打ち込みたいところだが、蛍が丘の頭脳たる春馬は、意外な事を行っていた。
「さて、今日はここまで。早く片付けろよ。1時からはサッカー部だからな」
試合を明日に控えた土曜日の練習は、朝の8時から開始したかと思えば昼前には終了。
「楓音。明日の試合は9時からだったな」
「うん。9時に市営球場だよ」
「それじゃあ、6時にここへ集合。予定通り、猿政のところのトラックに荷物を積ませてもらって、それであとは保護者の車に分乗して球場入りな。準備は今日中に済ませて、しっかり休むことな」
練習終わりにいつも通りの明日の予定を告げ、それで本日は解散。
「な、なぁ、新田。本当にこれで終了か?」
「なんで?」
「明日は試合だぞ?」
「長々とやっても疲れるし、だったら明日に備えてしっかり休もうぜ。肩だって消耗品だぞ」
最上の右肩をノックするように軽く叩く。
「はい。解散。さっさと片付けして、着替えて撤収」
もう一度、声高らかに宣言。おそらくは信英館や大野山南と言った、甲子園を狙う強豪校は今も練習をしている事だろう。ところが同じく甲子園を狙う蛍が丘は、練習を本当に打ち切って明日へ備える所存。
「さぁ、待ってろよ。信英館。僕らの準備は万全だぜ」




