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蛍が丘高校野球部の再挑戦 ~悪夢の舞台『甲子園』へ~  作者: 日下田 弘谷
第3章 関ヶ原の戦い in 出雲 開戦  ~最上義光 VS 立花道雪 ~
28/122

第6話 意地のキャッチャーフライ

 ラッキーセブン。7回の表の攻撃は、9番の最上が打つ気を見せず見逃し三振。大崎がセンター前ヒットで繋ぐも、因幡がサードゴロ併殺打でチェンジ。コールドどころか、無得点で終了してしまう。


 一方で総合鈴征の4点を追う、7回裏の攻撃。


「ボールフォアボール」


 先頭の6番にセンター前ヒットを許し、7番に出された左の代打にはセーフティ気味の送りバントを決められ、ワンアウト2塁。さらに8番にフォアボールを出してしまい、1アウト1・2塁のピンチを招いてしまった。


『9番、ピッチャー、立花宗茂君』


 ここで打席に入ったのは、途中出場の立花宗茂。4点差を考えると、強行策で繋ぎたいところではあるが。


『(バント、みたいだね。右だとセーフティも考えづらいし。春馬君。どうする?)』


 打席に入るなり送りバントの構え。


『(6回。クリーンアップに繋がる打順で、ノーアウトなら送りバントはあった。けど、7回で4点差。送ればチャンスで上位だけど、ツーアウトになるから送りバントは考えづらい)』


 バントシフトのサインは出ない。


『(バスター。もしくはただのゆさぶりと見た。万が一に送ってきたら、その時は僕か近江で処理しよう)』


 高校野球の場合、打撃が良ければ、本職投手でも野手起用されることは珍しくない。にもかかわらず控えスタートだとしたとすると、打撃はそれほどでもないか。もしくは守備が壊滅的か。


『(じゃあ、ヒッティングを考えて……ここはインハイのストレートで。バスターだとインを投げても長打はない)』


 つくづく野球に関しては頭の働く子である。的確なサインを送った近江は、内に入って構える。ひとまず2塁ランナーから視線を外さず、セットポジションに入った春馬。大崎が2塁ランナーの牽制がてら、2塁に入る素振りを見せた瞬間にモーション始動。


 その結果、


「「バ、バント?」」


 無いだろうと思われた送りバントを宗茂は敢行。キャッチャー前でワンバウンドし、高く跳ね上がった打球。そのボールにいち早く反応した近江は、打者走者に接触しないよう、宗茂が走った後に前へと出る。


「近江。ボール1つ」


「3つは無理だねっ」


 春馬の指示を信用し、3塁方向に目線すら向けず。まさかのバントに前に出た後、がら空きの1塁に慌てて入った寺越に送球。ダンスのような足遣いを見せながら1塁を寺越が踏み、ツーアウトでランナー2・3塁と替わる。


 非常に厳しい状況が2イニング連続。なおかつ打順は1番へと回ってしまった。


『(春馬君。このバッターは3の2だから、無理に勝負する必要はないと思うよ。むしろ、次の2番は2の0だから、最悪歩かせよう)』


 外へ外れるストレートのサイン。やはり首を横に振らない春馬は、ただちにセットポジションへ。


「ボール」


 大きく外れてワンボール。続く2球目も、高めに外れてボール。3球目の置きに行った球をバットに当てられるが、これはバックネット方向へのファールボール。


『(春馬君のボールに、合ってる気がする。ここは無理しないようにしよう)』


 的確なものを感覚で読み取った近江は、今まで以上に大きく外す要求。これは実質的な敬遠と受け取ってもいいだろう。


「ボール、フォアボール」


 4、5球目ははっきりと外し、フォアボール。これで1塁が埋まり、2アウトながら満塁で右の2番へと回る。


『(近江。ここは歩かせたけど、次は三藤さんと兄貴立花。下手な攻めはできねぇぞ)』


『(……これ。大丈夫。きっと抑えられる)』


 正直、しっかりとしたリードの理論もなく、経験も少ない近江。前のイニング以上にプレッシャーがかかり、そして自信のないリード。しかしそれがピッチャーへと波及しないように、あたかも自信があるかのようにサインを出すのは、彼女の意外なスキルである。


『(そう来るか。ま、ここは近江の超感覚的なフィーリングに託す)』


 そして近江への信頼ゆえ、あっさりと騙される春馬。近江のサイン通りに放ったその初球は、


「ストライーク」


『(っと、あぶねぇ)』


 ショートの最上もその配球に驚愕。逆に山陰の狐が裏をかかれたリードでもあるわけだが。


『(ど真ん中に入るスライダー。失投か? いや、でも近江が動いていなかった。まさかサイン?)』


 真ん中に入る変化球は危険だと言われる。ゆえにわざわざ投げることは滅多にしないのだが、その油断を突いたリードだ。


『(次は、これ。思い切って来て)』


 第2球。


「ボール」


 スライダーを意識したバッターに対し、逆に腰を引かせるためのブラッシングボール。これで相手にインハイとスライダーを意識づけさせ、1―1と平行カウント。ここをどうするかで大きく変わる3球目。追い込むか、それともバッティングカウントにするか。


『(……マジでそれ?)』


『(きっと、このコースは読んでない。だってそれが野球の常識だもん)』


 近江の考えている定石。それは、


『(インコース高め。ストレート。ナイスボールだよ)』


 同じ球種、同じコースを2度続けるのは危険。


 裏の裏をかいたような作戦ではない。単純に裏をかいただけの作戦。だが、そこには近江の超野球感覚と言う根拠が存在する。


「あっ、打たれた」


「あっ、当てられちゃった」


 とはいえ、完ぺきではない。あっさりバットに当てられてしまった。近江のフィーリングが優れているとはいえ、キャッチャーとしては経験不足だ。


『(いや、でもこれはファール)』


 いかにも危機的な反応をした春馬・近江の両名だが、打球はせいぜい3塁側ベンチ手前のファールフライ。これでツーストライクに追い込んだと考えればいい状況だが、


『(間に合うっ)』


 マスクを放り捨てた近江。一応は邪魔にならないように移動した審判、その足につまづいてバランスを崩す。しかしここは近江の驚異的バランス能力。ただちに体勢を立て直してボールを追い掛ける。


「やめろ、近江。無理すんな」


「近江殿。追うでない」


 春馬は自身が名手ゆえに分かる。そしてサードの猿政も角度的に分かる。


 この打球は危険すぎる。


「聞け。近江。追うな。止まれぇぇぇぇ」


 彼の声。確かに彼女の耳に届いた。しかし無視するのが彼女のベスト選択肢。


『(せっかく、春馬君が打ち取った打球)』


「突っ込んでくる。避けろ、立花」


 ネクストの三藤も、ネクストバッターサークルから回避。さらに三藤の次と言う事で準備していた立花兄、さらに付近にいた監督や、他の選手も。


「よせぇぇぇ。無理すんなぁぁぁぁ」


『(ごめん。でも……)』


 ボールしか見えない。


『(このピンチを乗り切るために、絶対に捕るっ)』


 必死に伸ばした左手のミット。その先にボールが確実に引っかかる。


「捕れ――」


 だが、その直後。踏み出した先に地面が無かった。


「――た?」


 けたたましい音が3塁側ベンチから響き渡った。


「あの馬鹿」


 いち早く動いたのは春馬。さらに最上や大崎、寺越、猿政ら内野陣も続く。


「ボールデッド、ボールデッド」


 あえて両手を上げてアピールし、3塁側ベンチに駆け寄る球審。さらに3塁審判も駆け寄る。


 ボールは明らかに捕っていた。しかし、捕球場所は3塁ベンチ手前。急いでブレーキを掛けても、あの勢いでは止まれるわけがない。そのまま頭からベンチ内に突っ込んだのだ。


 蛍が丘のメンバーは彼女の無事を信じて、総合鈴征のメンバーはチームメイトの無事、そして敵でありながら彼女の無事も同時に信じて駆け寄った。


 しかし最も近かった猿政がベンチ前に到着したとき。


「……ふぅ」


 息を吐きつつ、球審にミットの中を見せる近江。


「ア、アウト、アウトぉぉぉぉ」


 ボールはしっかり握っている。こんな状況でも、意地でも離さなかった。


「あ、えっと、近江さん?」


 そのワンプレーを、最も間近で見た立花道雪。バックスクリーンで彼女の名前を確認してから問いかける。


「け、怪我は?」


「ありがとうございます。大丈夫。だって、キャッチャーだし」


 頭にはヘルメット。体にはプロテクター。足にはレガース。確かにユニフォームと帽子以外、体を守る術を持たない投手・内外野手よりはマシだが、危険なプレーであったことには変わりない。


『(あ、あんな無茶な事をするのか。女子なのに)』


 自分がキャッチャーであるから分かる。今の打球、自分ならば絶対に突っ込まない。正しくは、自分の中の危険信号が突っ込ませない。突っ込めないと。


「審判。少し時間もらっていいですか。一応、救護班に見てもらいたいです」


「分かりました。ただし無理はしないように……分かっているね」


「はい」


 審判の言葉。それは非常に重い一言だ。それは主力を代えると言ったレベルではない。なにせ蛍が丘高校には、代える選手がいないのだ。彼女の要交代は、それすなわち試合放棄を意味するのである。


―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――・―――


 8回表。近江に打順が回るのは少し時間があると言う事で、試合は止めないことに。よって、彼女の打順までに診断が行われたのだが、どこにも怪我は無かった様子。厳密に言えば1か所だけあったようなのだが……


「おい、近江。本当に大丈夫だよな。今は痛まないってだけであとから」


「大丈夫。大丈夫。別に痛くもなかったし」


 診断が終わり次第、ヘルメット・バットを手に打席に入る準備をする野球バカ。すると彼女は、ふと何かを感じたのか、口を不自然に動かしたのち、ベンチに備え付けられた手洗い場につばを吐きだした。


「うん。大丈夫、大丈夫。それじゃあ、行ってきます」


 いろいろやり取りしている合間に、寺越が空振りの三振。ネクストバッターサークルへと飛び出していく。


「ほんと、あいつタフだなぁ」


「そうでもないみたいだけどな」


「へ?」


 最上が春馬に分かるように指さし。そこは先ほど近江がつばを吐いた手洗い場。


「血。多分あいつ、口の中を切ってる」


「あの馬鹿。近江」


 ネクストにしゃがんでいる近江に声をかけると、


「ふにゅ?」


 何事かと首をかしげる。


「お前、口の中切ってるだろ」


「このくらい、怪我の内にははいらないもん。血くらいで騒ぐのは小学生まで」


「この前、転んだって言って、血も出てないのに大泣きしてなかったか?」


「気のせいじゃない?」


 もちろん気のせいではない。曰く移動教室から帰る途中、階段でつまづいたそうなのだが、10分ほど泣き止まなかったのである。一方で今の彼女は、ベンチに頭から突っ込んで、口の中を切ってなおケロッとした表情。


「なぁ、最上。こいつってあの近江美優だよな」


「僕は、2年4組の近江と、野球部の近江は別人だと考えているけど?」


「そう考えるのが普通なんだよなぁ」


 二重人格にも近いもの。もし血液型で性格を判断したがる人がいれば、間違いなく「彼女はAB型だ」とも言いだすレベルだ。因みに近江の血液型はB型で、春馬がAB型である。


「アウトっ」


 フルカウントからの猿政の打球は、サードの頭上を破り、レフト線を破る長打コース。と思われたが、結果としてはサードがジャンプして捕球しサードライナー。近江の好守に刺激を受けた総合鈴征側が、好守で返した形となった。


 そして打順は、


『5番、キャッチャー、近江さん』


 本塁打王かつ三振王の近江。意外にも今日は2打数1安打1犠打無三振と、割と好調な様子である。しかしいずれも打球はゴロであり、彼女らしくないと言えば彼女らしくはない。


「近江さん。怪我はどうだった?」


「大丈夫。怪我なんてしてないから」


 道雪と近江は一言だけ交わす。本来なら審判も私語は止めるところだが、内容から見逃してくれたようである。


「じゃあ、遠慮なくいくから。兄弟バッテリーの底力。とくと見てもらおうか」


「別に怪我してても全力でいいよ。いずれにしてもスタンドに入れちゃうから」


「私語は慎むように」


「「はい」」


 それに続く言葉は見逃してくれなかったようだが。


『(スタンドに叩き込む、か。本当に威勢のいいバッターだこと。割とこういう子、好きなんだけどなぁ)』


 近江に恋しつつある立花。彼女の本当の性格を知ったら、どんな顔をする事であろうか。

『(さ、全力で来てもいいらしい。だったら――本気でいかせてもらおうか)』


 近江に向けた初球。


「ストライーク」


 高めに浮いたボール球。これを全力でフルスイングして空振りワンストライク。

『(……フリースインガー。そういえば春季でも、三振を3つだったか、4つだったか喫しているとか)』


 あのハッスルプレーから彼女が気になり、このイニングの直前にマネージャーに聞いていたことを思い出す。いかんせん、大野山南と善戦したことで注目を浴びたため、それ以前のデータは存在しない。よって春季大会のデータしかないのだが、そうしたデータ、そして今日の対戦から彼女の性質を読み取った。


『(こいつなら抑え込める。ストライクはいらない。全部ボール球で空振り三振を取れる)』


 すぐにサインを送る。ボール球なら打たれる心配もないし、当てられても飛ばないだろうから、楽に配球を考えられる。


「ボール」


『(少し外しすぎかな?)』


 2球目。外に外れるストレートを放ってみたが、これは見切られてワンボール。いくらフリースインガーと言えど、悪球に手を出すほどではない。あくまでも常人より少し自分のストライクゾーンが広い程度だ。


『(さ、次はこれ。どうせだから1球。練習がてらためしてみよう。どうせ甘く入っても、最初からボールゾーンめがけて投げれば、絶好球にはならない)』


 続く道雪のサインに、頷いたマウンド上の宗茂。カウント1―1からの3球目。彼の右腕を離れたボールは、アウトコースいっぱいの緩い球。


『(いいぞ。宗茂。このコースは打てない)』


 バッターボックスの近江。上げていた左足を降ろしながら、体重を左側に移動。それに合わせてバットを振り下ろしてくる。そうして振ってくることを見透かしたかのように、ボールは外へと逃げていく。


 アウトコースへのカーブだ。


『(よし、空振りっ)』


『(届けっ)』


 届かないと確信する道雪。だが、近江は強引に腕を伸ばしてバットの芯で捉える。


『(あ、当てられた。でも、このコースなら飛ばない。せいぜい内野フライだっ)』


 左足が地面に食い込む。体の中心を軸として腰を回転。そして手首を鋭く返した。


 金属音が2度、聞こえる。1つは金属バットがボールを捉えた音。そして2つ目は、


「ホ、ホームラン、ホームランっ」


 ライトポールに硬い硬式球が直撃した音。1塁審判が右腕を大きく回してホームランを示す。


 道雪はミットをアウトローに構えたまま、そして宗茂はライトを振り返ったままで硬直。当てられないであろうコース。仮に当たっても、外野に飛ばすことすら難しいコース。それを、追い風に乗ったとはいえ、ライトポールに直撃させたのだ。


『(うそ……だろ。今の球を、あんな小さい女子が)』


 かっこつけているつもりだろう。あえてはしゃいだそぶりを見せず、小さく右手を掲げる程度の反応で1塁ベースを回る近江。その様子を見ながら、道雪は目の前で起きた奇跡的な事象を信じられなかった。


「ナイバッチ」


 歓声とため息の中、ダイヤモンドを一周してホームを踏んだ近江は、ネクストバッターの春馬とすれ違いざまにハイタッチ。


「えへへぇ」


 表向きはクールを気取っていたが、いざ褒められると嬉しかったようで、いつもの様子にあっさりと戻る。


「撫でて、撫でて~」


「試合中だから後でな」


 近江によるホームランの直後。相手を切り崩すためにも、ここはなんとしてでも立ち直るのを防ぎたいところ。だが、総合鈴征もそう簡単に崩れるようなことはしない。


「ストライクバッターアウト。チェンジ」


 春馬が空振りの三振に切って取られスリーアウト。蛍が丘高校の追撃は1点に止まる。


「さぁ、ひっくり返しますよ。三藤先輩。出てください。絶対に返しますから」


「任せろって。新田君はしっかり打ちこんで見せるさ」



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