第27話 焼失、と書いた手
商会の蔵検めには私も呼ばれた。式典局の検分に、縫い目と布の目利きがひとり要る、というのが表向きの理由だった。
バルトルド商会の店構えは、王都の一等地で堂々としていた。主人は揉み手で私たちを迎えた。
「式典局様、御自ら。ようこそお運びで。手前どもの帳は、いつなりとも」
「では、いつなりとも、を今日にする」
局長は挨拶を最短で切り上げて、帳場に座った。表帳簿が運ばれてくる。局長は頁を繰る。速い。数字の川を目が上から下へ流れていく。
半刻で局長は顔を上げた。
「帳は綺麗だ。……綺麗すぎる。仕入れと売りの利の率が、十年間、毛ほども揺れていない。生き物の商いは、こうは揃わん」
「恐れ入ります。手堅いのが、手前どもの家風で」
「揃った帳には、揃えた帳が別にある。蔵を検める」
蔵は三つあった。反物の蔵、道具の蔵、そして奥の、古い蔵。
反物の蔵は壮観だった。天井まで、色の層。この一棚で衣装室の五年分はある。バルトルドは自慢の指で棚を撫でてみせた。
「王家の御為に、常から備えております」
「結構なことだ。品切れの断り状を三通書かせた店とは思えん」
局長の声は平らで、バルトルドの指が、一拍だけ止まった。
私の仕事はそこで始まった。反物の山や長持を目で読んでいく。そして、奥の蔵のいちばん奥、古い長持の前で、足が止まった。
「局長。この長持、掛けてある布の畳み皺が、浅いです」
「……つまり」
「三十年物の長持に、毎日触る者がいます。埃の積もる暇が、ないのです」
バルトルドの揉み手が、止まった。
錠を開けさせた。中には、帳面がひと山。表帳簿と同じ装丁で、背に何も書いていない。——蔵帳。表の帳と対になる、内側の帳だった。
そしてその下から、革表紙の古い綴りが出た。表に、宮内府の印。
『東翼焼失品目録』
紛失したはずの、正本だった。
頁を開くと、焼けた八領の礼服の、品目の細目がびっしりと並んでいた。真珠の飾り、金の飾り紐、七宝の釦。そして品目の半分ほどに、朱で小さく、同じ字が入っていた。
「済」。
「……売り終えた品に付ける印だ。商人なら、誰でも知っている」
局長の声は低いままだった。
「焼けた品の目録が、なぜ商会の蔵で、売り台帳になっている」
長持の底には、油紙の包みがいくつか残っていた。売り残りの細物。真珠の粒、金の飾り紐の切れ——そして、藍と若草の七宝の釦が、一粒。
納戸の夜会服の、空いた糸跡。十二粒目は、三十年、ここで眠っていた。
*
詮議は、大礼を七日後に控えた日に開かれた。宮内府の広間。上座に宮内府卿、脇に王太后様が臨席された。
私は証人の席に着いた。針箱は持ち込めない。膝の上の手が所在なくて、それから気づいた。裁きの場に針を持たずに座るのは、うちの家系では、これが二度目だ。……一度目の人は弁明をしなかった。今日は、する。針子の側の言い分を、三十年ぶんまとめて。
広間の長机に物が並んだ。裁ち台に布を並べるようにひとつずつ。
庫側の納入記録の控え。火事の前日の『商会より荷三箱、東翼へ。宛先違いにつき、翌朝引き取りの由』の一行。
宮内府の納入台帳。春の丁の、綴じ直しの痕。二重に開いた穴。
七宝の釦、十一粒と、糸跡ひとつ。
焼失品目録の正本と、朱の「済」。
バルトルドは最初のうちは弁じた。誤配は手代の粗相、綴じ直しは書庫の修繕、釦は似た品、目録は「拾い置いたまで」。低い、艶のある声だった。
崩れたのは蔵帳の一行からだった。局長が、三十年前の頁を開いて読み上げた。
「『綴じ替え手間、口止め料共、金貨十枚』。……几帳面な家風だな。三十年前の口止め料まで、帳に付けてある」
広間が、静まり返った。
「台帳の頁を差し替えさせた手間賃だ。名を塗らせた駄賃もこの中か。あんたの帳が、あんたの仕事を憶えていた」
次に崩れたのは番頭だった。三十年前は手代だったという初老の男は、震える声で、荷三箱の中身を言った。
「……壺で、ございました。灯りの、油の」
誰もしばらく口を利かなかった。
事故ではない。火は運び込まれたのだ。金目の細物を抜き終えた衣装庫に、油の壺を置いて、夜業の失火に見せかけて。盗みを灰で隠し、灰で新調を売り、罪は筆頭針子に着せた。
「バルトルド」
王太后様が、初めて口を開かれた。
「なぜ、燃やしたのです。抜いて売るだけなら、まだ商いの汚れで済んだものを」
バルトルドは、長い沈黙のあとで、顔を上げた。開き直りとも、疲れともつかない顔だった。
「……直して使い続けられては、商いになりませぬ。百年も同じ礼服を着回されては、手前どもは、何を納めればよいので」
「新しい物を憎んだことは、一度もありません。私が許さないのは、古い物を殺すことです」
王太后様は、それきりバルトルドを見なかった。
沙汰はその場で下りた。御用差し止め。身柄は法務方へ。三十年前の付け火と盗みは、あらためて裁きの場へ。
拘引されていく男は、戸口で一度だけ振り返って、私を見た。値踏みの目ではなかった。早く視界から消したい物を見る、あの目だった。私は目を逸らさなかった。
*
その晩、西離宮に戻る渡り廊下で、局長が言った。
「蔵帳は、まだ全部は読み終えておらん。だが、貸しの側の筆頭は、もう分かった」
局長は写しの一枚を差し出した。貸し方の筆頭の行にこうあった。
『殿下御用立て。五年、都合金貨三千枚余』
殿下。——セドリック殿下。
「商会の金が、殿下の浪費を支えていた。……いや、逆だな。殿下の浪費が、商会の商いを支えていた。四日のち、御前で沙汰が出る」
夜の西離宮では、マダムの起こしの針が、金糸を一輪、咲かせ終えたところだった。
鋏の音が、ちん、と軽く鳴った。
お読みいただきありがとうございます。
几帳面は、悪事に向かない性分です。
次話——御前の沙汰。「針子にでもなれば」の返事を、する日が来ました。
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