第12話 新作十二着、期日は二十日
翌朝、発注書が来た。
宮内府の書記が広間の真ん中で読み上げるあいだ、針子たちは針を置いて聞いた。
「建国祭式典に供する衣装、新調にて十二着。うち一着は、オーレリア王女殿下の御登壇の御衣装とする。納めは二十日ののち、祭の前日まで」
読み終わっても、誰も動かなかった。
十二着。二十日。
広間の隅で誰かの針山が落ちた。
「恐れながら」
マダム・ジョゼットが進み出た。
「礼装の新調は、一着に針子三人で十日をいただくのが定法。総掛かりで、平常の仕事をすべて止めても、二十日で縫えるのは八着まで。それ以上は、お請けできかねます」
「あら、できないの」
ステラ様は、書記の斜め後ろで扇を鳴らした。今日は昨日と別のドレスだった。
「なら、よろしくてよ。目玉の御衣装と足りない分は、商会の工房が請けてくださるそうですから。王都でいちばん新しい意匠ですって」
マダムの顎が、こわばった。王家の式典衣装を城の外の工房に出す。それが衣装室にとってどういう重さの言葉か、言ったご本人だけが知らないようだった。
「——待たれよ。数の前に、金の話が済んでいない」
声は戸口から来た。
アルヴィン・グレイル式典局長は、書類の束を抱えて、まっすぐ書記の横に立った。指一本で束の角を揃える。
「商会の見積もり、総額で金貨二百枚。袖と裾に同じ真珠飾りが二重に積んである。重複ぶんを削って、百六十枚。これでも先例の倍だ」
「これだから『冷徹の吝嗇卿』は。建国祭ですのよ? 王家の格に関わりますわ」
「王家の格は、金貨の厚みでは立たん。仕立ての確かさで立つ」
局長は見積もりから顔も上げずに言った。
「それと、期日だ。二十日で十二着。金は出せても、日にちは金で買えん。……縫う手の当ては、あるのだな」
「ですから、商会が」
「外の工房の縫い目は、誰が検分する」
短い問いに答えはなかった。ステラ様は扇をぱちりと閉じて笑った。
「細かいこと。殿下の御意向ですのよ」
その一言で座は終わった。殿下の御意向。開かない扉の、錠のような言葉だった。
*
その日から、広間の灯りが消えなくなった。
八着。平常の繕いを止めず、夜なべを重ねて、それでも八着。三日目の夜には、若い針子がひとり、裁ち台に突っ伏して寝入った。コリンヌは指貫の下の指を布で巻いていた。針だこの上に、なお針を握り続けた指だった。
「お直し部屋も、お手伝いできたらいいのに」
ポレットが悔しがる。お直し部屋に回ってきたのは、祭りを控えて増えた繕い物のほうだった。式典の沓の摺れ、旗布の解れ、外套の丈。祭りは、新しいものだけでは回らない。
私は繕いながら、頭の隅でずっと勘定をしていた。
八着。目玉と三着は、外の工房。——検分は誰がする。
*
夜、お直し部屋の扉が叩かれた。
局長だった。従者もつけず、書類の束をひとつ抱えていた。
「夜分にすまん。単刀直入に言う。——そなたの勘定を、借りたい」
裁ち台の上に、商会の見積もりの写しが広げられた。
「生地の量と手間の勘定にかけて、いまの衣装室でそなたより速い者を知らん。この見積もり、生地の質と数字は釣り合っているか」
私は燭台を引き寄せて数字を追った。織の名。反数。糸の口。……引っかかったのは金額ではなかった。
「釣り合いは、取れています。取れすぎているくらいです。——ただ」
「ただ?」
「昨日拝見したステラ様のお召し物は、これと同じ商会の仕立てのはずですが、縫い目が急いでおりました。上等な手が、急がされた縫い目です。あの工房は、いまでも手一杯なのだと思います。そこへ、二十日で四着」
局長はしばらく黙って、写しの数字を目でたどった。
「同感だ。金でも数でもなく、日にちが折れる。……折れた日にちの皺寄せは、たいてい、いちばん目立たぬところに出る」
芯地に。裏に。打ち込みに。声に出さずに私はうなずいた。
「局長。足りない数を、衣装室の内で立てる道が、ひとつだけございます」
言ってから、自分で少し驚いた。考えるより先に口が動いていた。
「聞こう」
「明日、マダムにお話しします。順番を、間違えたくありませんので」
局長は一拍黙って、それから、ほんのわずかに口の端を動かした。笑った、と言い張れるほどではなかった。
「筋を通すか。……よかろう。邪魔をしたな」
扉が閉まる。
私は帳面を開いて、納戸の山の勘定を、もう一度最初からやり直した。二十七着。生地は上物。仕立ての手も、確か。寸法と格の合うものは——。
頁をめくる音が、夜のお直し部屋に、かさりと鳴った。
お読みいただきありがとうございます。
金は出せても、日にちは金で買えない回でした。
次話——お直し係の提案。「捨てるドレスはございません」。
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