【閑話・泡沫記】障子の向こう側
旅から帰った藍之助と直太朗は、紅梅から次の日休みをもらい、自室でゆるりと束の間の休息を楽しんでいた。
藍之助と直太朗の部屋の前で、久々に帰った二人が気になるのか、双子が障子越しに耳を澄ませている。
火緒は身を乗り出し、火弦は今にも鼻を押しつけそうな勢いで障子に張りついていた。
そこへ、朔が通りかかった。
「……何してんの?」
怪訝そうに声をかけると、火緒が慌てて振り返り、口に人差し指を当てた。
「しぃーっ!静かにしぃや!」
「今、ちょっとえぇとこや」
火弦も同じく真剣な顔で囁く。
二人の様子は妙に熱っぽく、何やらただならぬ気配が漂っていた。
そこへ梓が通りかかる。
「みんな、何やってんの?」
問いかけに対し、三人は息をそろえて……。
「しぃー!」
と、人差し指を口に当てた。梓は訝しげに首を傾げるも、結局は彼らと同じように耳を傾けてしまった。
さらに、刹が通りがかる。
「お前ら、何やってんだ?」
すると今度は四人そろって……。
「しぃー!」
と口元に指を当てて向けるが、思わず刹と梓は顔を背けてしまう。
それでも、全員耳を傾けずにはいられない。
障子の向こうからは二人の声が聞こえてくる。どうやら藍之助と直太朗が何やらやっているらしい。
「ねぇねぇ、直くん。早くしてくれないかなー?」
「ちょっと待って! これがこうなって。これを取れば……」
「早く早くー。ぼくもう待てないんだけどー」
「いや、こっちからこう?」
「もーさー、なんでもいいから早くー。ぼく、もう我慢できないー」
足をバタバタと畳に打ち付ける音が聞こえる。
「ふふ。こうすれば……身動き取れなくなるはず……。どうだ!」
「えっ、うそ! あー! それはダメだよ! 無理無理! そこは無理ぃ――! 勘弁して!」
悲鳴と共に、藍之助特有の甘い声で、さらにバタバタと足を打ち付ける音が聞こえる。
「早くって、煽ったのは藍ちゃんでしょ? 俺もこれ以上は……無理っ」
がたんっ
何かが音を立てた。
「ごくり……」
五人が唾を呑み込む。
「あー! 藍ちゃん! だめだよ! 待って待って、ずらさないで! 変にずれちゃうっ! いいとこなんだから」
「だってだって! もうちょっと手加減してよ……。いきなりそんなとこに差し込むなんて……。ぼく、死んじゃう……」
「ごめん。藍ちゃん。俺にできるのはもう……。これでもかなり我慢してきたんだからね?」
藍之助は半泣きの声を出しながら、駄々を捏ねる。
所々聞き取れないが、五人はさらにごくりと唾を呑む。
次の瞬間、寄りかかり過ぎた皆の体勢が崩れ、障子がドサリと音を立てて倒れ込んだ。
『おっ、わぁぁぁぁっ!』
重なり合っていた五人が声を上げ、そのまま部屋の中へなだれ込む。
そこでは、直太朗と藍之助が真剣な表情で将棋盤を挟んで座っていた。
二人の前には、駒が激しくぶつかり合う盤面が広がっている。
藍之助は、間違いなく直太朗に攻め込まれ、大手を取られていた。
「なにやってんの……?」
藍之助が、ものすごく不機嫌そうな顔をして言った。
『……将棋かよ』
全員が床に転がったまま、同じ言葉を呟いた。




