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まほろば  作者: amagaeru617
探り之段

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第拾話 伊那の風

 街の隅々まで朔が見たいというので、反対側の門まで来た。

 ここから先はもう店もなく、全くと言っていいほどの別世界が広がっていた。

 朔はじっと門の外を見つめていた。


「刹。伊那……いこう」


 朔が刹の衣の裾を引っ張り、門の向こう側へと誘う。

 だが、刹は視線を落とし、そっぽを向いた。


(今さら、俺の伊那(こきょう)に何しに行くってんだよ……)


「せっかくここまで来たんだからさ。行こうよ」

「しつこいぞ、朔」

 

 せがむ朔を諫め、刹が(きびす)を返し道を戻ろうとするも、朔が袖をひっぱって止めに入る。


「刹。お願いだから。行ってみたいんだ。どうしてもっ!」


 あまりのしつこさに見かねた刹は、朔が納得するように聞き返した。


「なんでそんなに伊那に行きたいんだよ。お前はあの村とは何の関係もないだろ? それにな、自分の故郷の近くまで来たけど、あるかないかもわからない村へ行きたいと思うか? しかも、戦で焼け落ちたんだぞ? たぶん、もう……ねぇよ」


 刹のあきらかに諦めさせようとする態度に、朔は拗ねたように口を膨らませて見せる。


「――僕、自分の村がどこにあるかわからないんだ。つれてこられたのは覚えているんだけど、記憶がすっぽり抜け落ちているから。だから……代わりに刹の故郷が見たい!」

「俺は、嫌だっ!」

「見たい!」

「いーやーだっ!」

「見たい! 見たい! 見たい! 見たいっ! 見たいーっ!」


 朔は急に駄々をこねだし、その場に座り込んでしまった。

 

「あー、もうっ! わかったよっ! なんだよお前のその頑固さ。でも、こっから伊那までは行って帰って半日かかるから、もう一泊ここに留まることになるからなっ! 庵に帰ったら、一緒に言い訳してくれよっ!」

「うんっ! わかったっ!」

「絶対だからなっ!」


 刹は朔に固く約束をさせた。

 思わず、梓の怒り狂う様子が目に浮かぶ。

「はぁ~……」と深い溜息をつき、上機嫌になった朔と共に、故郷”伊那”へと向かう事になった。


「楽しみだなぁ♪」


 朔は一人、上機嫌で門の外へ飛び出して行った。


 

  ――城下町を出て、伊那へ向かって二人は歩き出す。

 朔は足取り軽く、刹はその真逆で、足取りが重く、とぼとぼと後をついて歩いた。

 門から出てしばらく行くと、急に視界が開け、だだっ広いススキ野原が広がっていた。

 風が吹く度にススキが波打ち、まるで海のようになびく。

 朔は、「うわぁ」と喜びの声をあげ、はしゃぐようにして駆け出した。よすがも朔の懐から、ひょっこり顔を覗かせる。


「刹! 綺麗だね!」

「しゅーっ!」

「ほんとお前は、ご機嫌でいいな……」

 

 刹は目の前に広がる美しい景色を見ても、朔のようには楽しめなかった。

 朔は飛び跳ね、くるりと舞うと、合わせるように風が吹き抜ける。

 よすがも朔の肩からふわりと飛び、ススキの波間に着地すると、走って朔に駆け寄って来る。それを楽しむように、何度か繰り返した。

 ススキ野原を抜けると、今度は森が現れた。街道は森の中へと続き、道なりに進むと、道が二手に分かれていた。

 その丁度境目に、石でできた道標が立っていた。


 『左 伊那』

 

 その文字を見た途端、刹の足取りはさらに重くなり、胸の奥がざわつき始めた。


(この先に……伊那の村が……。本当にあるのか?)


 刹はぎゅっと拳を握りしめ、一つ深呼吸をし、気持ちを整える。

 道なりに歩いていくと、やがて、遠くに小さな集落が見え始めた。


(ここか? ここが伊那か……?)

 

 ――伊那。

 

 村の遥か手前で、刹の足が止まる。


「あそこが……刹の故郷、伊那?」


 朔が、村の方を指さして、刹の顔を見て尋ねる。

 刹は半信半疑に小さく頷き、しばらく立ち尽くす。

 村の周辺を見ると、記憶に残る者が目に入る。村の子供たちと魚を取った小川。あの大きな木には、よく登って遊んだ。


(間違いない。伊那だ)

 

 刹は確信した。村は再び立ち上がっていた。村人たちは田畑を耕し、子供達が走り遊ぶ。村の規模は、子供の頃自分が暮らしていた頃よりも、幾分か大きくなっているように見える。

 あの幼い頃の炎に巻かれた村など、どこにもなかった。


「七年も経ちゃ……、そりゃ、こうなるか」

 

 刹は安堵したように、そっと目を閉じる。

 あるはずもないと思っていた村が立ち上がっていたからなのか、それとも、自分の全く知らない村へと変わり果てていたからなのか、わからなかった。

 

 風が頬を撫で、昔のなつかしい声を運ぶ。

 母の優しい笑い声、父の力強い教え、家の屋根を叩く雨音、温かい焚火の灯。

 すべて過ぎ去った幻のように。


「刹、村へは行かないの?」


 朔の問いに返事もせず、ただ静かに頷いた。

 二人は村へは入らず、しばらく遠くの小高い丘の上から、座って村を眺めていた。


「刹もこの村が焼かれた時、玄瑞に拾われたの?」

「……あぁ」


 それ以降、二人は会話を交わすことなく、ただ黙って村を見ていた。

 どれほどの時が流れただろう。

 空は段々赤く染まり始め、刹と朔は村を離れた。

 村から立ち去る時、朔が刹に聞いた。

 

「村、立ち直ってたね。刹は、伊那には帰らないの?」

 

 刹は息を大きく吸い込んだ。

 そして、ふっと空に向けて吐き出すと、自分に確認するかのように朔に告げた。


「俺の居場所は、庵にしかねぇよ。あそこが俺の家。俺の故郷。俺の()()がいる場所だからな。伊那には、帰らねぇ」


 刹の言葉に朔は、少し照れくさそうに笑い、「そうだね」と言った。

 刹は立ち止まると、一度だけ振り返り、村を見た。


「……あの日。俺は、ここで死んだんだ」


 誰に言うでもなく、独りごちる。

 故郷の風は、刹の言葉をここに留めた。

 少し冷たく、そして懐かしさを残し、刹は伊那を後にした。


 ――城下町に帰ると、真っ先に昨日立ち寄ったうどん屋へ顔を出した。

 すると、女将さんにえらく喜ばれ、色々と品をつけてくれた。どうやら二人とも気に入られたようで、その日は昨日の油揚げに続き、煮込んだ野菜を入れてくれた。その優しさが染みたうどんは、伊那への疲れも吹き飛ばし、元気をくれた。

 帰り際、「明日、常葉に帰るんです」と刹が女将にお礼と共に告げると、寂しそうに「また、いつでもおいでね。でも、戦が終わってからだよ」と笑って送り出してくれた。

 宿も、昨日と同じ所にした。昨日とまったく同じ部屋に通され、昨日と同じように畳に寝転ぶ。

 よすがは疲れて丸くなって寝ていた。その背を朔が優しく撫でる。

 朔は伊那の事を思い出したのか、刹に昔の事を訪ねた。


「刹ってさ、どんな子供だったの?」


 刹は寝転がりながら天井を見上げ、自分がどんな子供だったか、記憶を辿ってみる。

 

「そうだなぁ。お前みたいに、よくびーびー泣いてたよ」


 朔を見て冗談めいて、「ははっ」と笑う。

 

「僕は、そんなにびーびー泣いたりしないよっ!」


 ぷいっとむくれてそっぽを向く朔の方へ、刹はごろりと転がり、朔の傍まで行くと、ぷにぷにと膨れた頬をつついた。


「ほれほれ、その顔。俺もこんなだったなぁ」

 

 笑いながら茶化し、つつくのをやめない。

「もうっ!」っと刹の手を払い退けた。


「じゃぁ、いつからそんなに強くなったの?」

「そうだなぁー」


 刹はしばし考えこむ。すると、脳裏にあの酒臭い髭面が真っ先に浮かぶ。

 

「あの”ばあさん”と"玄瑞"に出会って、鍛えられてからだな」


 朔は手をぽんと叩き、相槌を打った。


「そうなんだね。僕も刹みたいに強くなれるかなぁ」

「なれるさ。毎日ちゃんと鍛錬すればな」

 

 刹は朔の頭をわしゃわしゃと撫でると、「厠!」といって部屋を出て行った。

 静かに閉めた襖の向こう。廊下で刹は立ち尽くし影を落とす。

 胸の奥がズキリと痛み、思わず手で押さえる。


(朔。俺が強くなったのは、それだけじゃねぇんだ……。あの村で玄瑞に拾われた訳じゃねぇ。すまねぇな。知らなくていいことだって、ある……よな)


 刹はうしろめたさを抱えたまま、静かに厠へと足を運んだ。

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