届かぬ存在
警護に当たる際、統一された着物を身につけている。しかし稽古となるとそうはいかず、各々の私物の着物となる。水もそうだった。水は焦茶色の忍び装束を身につけていた。髪の色が一人違うのと、一人だけ雰囲気が違っているのですぐに見つかった。源治は水に手を挙げて挨拶すると、水はすぐに気付き、軽く頭を下げてきた。
「なあ源治、今日、なんか女性陣の見物多くないか?」
源治の隣にいる村田が源治にコソッと言う。言われて見ると、遠くの縁側に女中と、姫君の侍女の数名が団体で見にきていた。これまでも女性陣が姿を現すことはあったが、今日ほどの人数が集まってくることはなかった。村田は「頑張らないといけないな!」とグッと拳を握っている。変に力んだら格好悪いぞと思ったが、黙っておいた。
稽古が始まり、最初は全員で木刀で型の練習、それから二人一組になって演習を行った。そして時間が経っていくと、自然と手合わせになっていく。水も何人かに声を掛けられ、相手をしているようだった。やはり、水は誰にも負けず、一度も膝をつくこともなかった。
源治は水と手合わせしてもらおうと足を進めていくと、先に水に声を掛けた者達がいた。
「よう、異国人娘。相手してくれねえかな」
三の丸警護隊の、例の三人組だった。水は反論は一切せず「お願いします」と軽く頭を下げた。源治は野次馬に紛れて水の姿を見守る。気が付けば、横に村田もいた。
「そうだ、一対一では訓練にならなさそうだし、三人で手合わせ願おうかな」
「それはいい考えだ」
周囲が騒つく。源治は声を上げた。
「これは稽古だろう。寄ってたかってするものではないぞ」
「青木様、しかしこの者は忍びでしょう。一体多数も、練習しておかなくては」
「どうだ、異国人、せっかくだし、真剣でやろうじゃないか」
「それは流石にまずいだろう」「一応水は娘だし」と皆が口々に言い出す。しかし、誰も三の丸の連中に反論の声を直接伝えない。水といえば、無表情のまま、その三人を見ているだけだった。三の丸の男たちと、何も言わない周囲に源治は怒りが湧いた。源治は一歩踏み出した。
「おい、お前たちーー」
「分かりました。真剣でやりましょう。ただ、私は……この刀でやらせてもらいます」
一気に静寂が訪れた。水が後を腰に指してある刀を示した。武士が使う刀ーー打刀ーーよりも刃渡が短い長脇差だ。それで戦う武士はまずいない。そんな武器は相手の間合いに入らないと攻撃などできない。それを敢えて選ぶものがいるとすればーー。
「私は武士ではなく、忍びなので。どうぞ、皆さんは打刀を抜いてください」
水の茶色の瞳が、太陽の光でキラリと光る。いつもと表情は変わらないのに、どこか鋭い視線に感じた。水のそんな雰囲気に、皆がピリついた。三の丸の男たちは打刀を容赦なく抜いた。
「お、おおう、やってやるよ!」
「女だからって、手を抜いてやらねえからなあ!」
「いくぞ!」
水が腰を低くした。そして、スルスルと長脇差を抜いた。そして打刀とは全く違う構えをする。まるで、何かの舞を見ているかのようだ。
まずは一人目、踏み込んで水の左脇を真横から狙う。水は後に身を少し引いただけで避けた。そして投げ出された刃を軽く自身の前側に弾き、自分に向けられた背中を刀の柄の部分で突く。二人目は水の右斜め上から刃を振り下ろした。水は腰をもっと低く落とす。その動作に音はないが、地面の砂が少しだけ音を立てた。そして相手の腕に自分の腕を絡め、肩を固定して真下に固め落とす。相手の手首を叩き、刀自体を弾いた。
この間、誰も息をすることができない。
三人目、潔く水に刀を振り下ろす。水は恐れることなく、相手の間合いに入り込んだ。打刀は刃渡が長い分、間合いに入られたらその後はもう対処が難しい。それに、水の動きは早すぎる。身軽で柔軟、そして小柄だからこその動きなのだろうか。水の長脇差の刃は、あっという間に相手の首筋に向けられていた。あと、ほんの少しで首が斬れる。
「ひっ……」
恐怖のあまり、男は怯んだ声を出してしまった。下手に動くと、首が切れてしまう。
「このまま動くと首が切れます。刃を上に向けたら、あなたの耳を切り上げます。もしくは、髪を少しだけ掠める程度です。どれがいいですか」
水の、高すぎず、低すぎない心地の良い声が響いた。
そして、男の震えた声が微かに聞こえた。
「ま……参りました……」
「……」
水は、少しの間だけ相手をジッと見つめると、刃を裏返した。その間は、見ていた全員が「うわっ……」と声を漏らす。そして水は、峰の部分でトンと相手の首をつついた。三の丸の連中は全員腰を抜かし、その場合に崩れ落ちてしまった。水は静かに、刀を鞘に収めた。
少しの静寂のあと、周囲は歓声を上げた。村田も「めちゃくちゃ強いじゃないか!」と喜んでいる。しかし、源治は呆気に取られた。
水は、周りの様子など気にせず、相手が手放した刀を拾うと、返してやっていた。手渡された本人は、水と目を合わせられず、下を向いたまま動かなくなってしまった。
皆がそこに群がり始めるので、源治はその輪から弾き出されてしまった。
ーーなんだか、遠くて、届かない気がする。




