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歪んだ視線

 すいが夜番にも慣れて、一人で行動ができるようになった頃。警護隊の一部で、頻繁に水の話が上がってるのが、源治の耳に入ってくるようになった。


「あいつ、水だっけ?女のくせに警護隊ってなんなんだよ」

「しかも、上から気に入られてるって話だぜ。ま、女だしな〜?」

「ていうか、顔。あれ、異国っていうの?気味悪い」


 朝、身支度をしてるときに聞こえた会話だ。チラリと見てみれば、本丸警護隊ではなく、三の丸の担当の男達のようだ。歳は源治と同じか、少し上くらいだろう。もう元服しているのだから、男の嫉妬などみっともない。本丸警護隊の男たちは、水と仕事を共にする中で、水の実力を認め、歓迎する者ばかりというのに。


 朝の点呼で集まった時の水は、いつもと変わらず凛々しい佇まいで、やはり一人だけ華やかな雰囲気を纏っている。男達と同じ着物と袴を身に付けているのに不思議だ。源治は水に声を掛けた。これも、最近できた新しい日課だ。


「水、調子はどうだい」

「はい、変わりなく問題ありません」


 そう、この感じ。


 源治に対して業務的なやり取りもいつも通りである。何度も会話しているのだから、そろそろ笑顔を向けてくれても良いのになあ。源治は一人虚しく笑い、頷いた。


 この日から、三の丸警護隊からのヤジが酷くなった。すれ違うと、水に向かっていちいち声を掛けるようになったのだ。


「女のくせに刀さして、変なやつ」

「とっととクニに帰れよ」


 ニヤニヤしながらそう言い放ってその場を去った。皆が見ている場といういうのに、どうもあの男達は度が過ぎていないだろうか。本丸警護隊で、源治とは昔馴染みの村田が水に「気にするなよ」と言う。水は「お気遣いありがとうございます」と軽く微笑むだけだった。本当に、気にしていないのだろうか。


 別の日は、水がその男たちに城内で道を塞がれているのを見た。さすがに不味いだろうと源治は足を進めた。そんなこと、且元や他の大名に見られたらお咎めだってあるだろうに。


「お前の顔、ほんとに異国人みたいだな」

「すみません、通してくださいませんか」

「異国人は通せないなあ」


 水は言い返せず、黙っているようだった。男達は水の顔に近寄ってケラケラと笑う。というか、あんな美人をよくもそんな間近で見て平気だなーー。


「ああ?なんだよ、睨んだって通してやんねえぞ」

「おい、通してくれないか」

「あっ、青木殿」


 源治が水の後ろから声を掛ければ、男達は怯んだ。源治に挨拶もすることなく「失礼します!」とその場から逃げて行った。


 やれやれ、こんなことで逃げるのなら、最初からやめれば良いのに。


「……源治様、なぜここに」

「あ、ああ。ようがあってね。それより大丈夫かい」

「はい、私なら、気にしてません」


 水は源治から視線を逸らして言う。何か思うこともあるだろうに、黙っているとは我慢強いのだな、と源治は思った。


「異国人と言われるのは慣れています」

「……」

「私は髪の色も、目と肌の色も、皆と違うから」


 水は「これは当たり前のこと」と言わんばかりだ。


 なんと声を掛ければ良いのか分からなかった。大坂城に来るまでも、いろいろなことがあったのだろう。差別的なことを言われても、仕方がないと思っているのか。


「……でも、彼らのやる事は間違っているよ。水は何も悪いことはしていないじゃないか」

「……源治様は、正義感がお強いんですね」


 水は、大きな目をパチパチさせたあと、源治を見て言った。そういうことを言ってもらって、嬉しい気持ちはやまやまだが、論点はそこではない。


「水、何か困ったことがあれば言うんだよ」

「はい。でも、大丈夫だと思います。ありがとうございます」


 源治はそのまま水と城内を歩いた。途中、珍しく水から話掛けてきた。


「源治様」

「うん、なんだい水」

「さっきのあの方達、源治様を見て恐れて逃げ出していましたけど」

「う〜ん、そうだね」

「刀を持ったら鬼の源治というのは本当なんですね」


 誰だ、水にそんなことを教えたのは。源治は警護隊の中で、一番の剣の腕の持ち主だ。警護隊での稽古のとき、源治がめっぽう強ので、そんなあだ名がいつの間にかついていたのだ。


「よほどお強いんですね。私のときは手を抜かれていたのに」


 ああ、これは愚痴られているのか。


「……初対面の女子に、本気で挑めるわけないだろう」

「では、次はちゃんと相手をしてください」

「分かったよ」


 水は軽く微笑んでくれた。多分、大丈夫そうだ。



 水は、数日ぶりに回ってきた夜番の準備のため、身支度を整えて部屋を出た。何人かの女中に「気をつけて」「頑張ってね」と声を掛けてもらう。大坂城の女性陣は、皆水を受け入れてくれており、水としても居心地は良かった。ただ、これから夜番で源治と一緒だ。男に混じって警護をするのだから、気を引き締めていこう。


「失礼します」


 珍しく侍女が宿舎の敷地内に入ってきた。身なりを見るに、姫君の侍女のようだ。大きな笊にたくさん野菜を詰め込んでいる。とても重そうにしていたので、水は駆け寄った。


「代わります。大丈夫ですか?」


 侍女は水よりも何歳か歳上に見える。水が代わりに持ってやると、侍女はポッと頬を赤らめたようだった。重いものを持って暑くなってしまったのだろうか。侍女は水をジーッと見ている。


「あの……大丈夫ですか?」


 声を掛ければ、侍女はハッと我に帰ったようで、すぐに話し出した。


「ご、ごめんなさい!もしかして、あなたが水様ですか?」

「す……え?」


 聞き間違いだろうか、「様」と呼ばれた気がする。


「女中の皆さんが、あなたの話をして盛り上がっていたので!一度お会いしたかったんです!」


 侍女は満面の笑みで話し続けてくる。


「私は茶々さまの侍女の稲といいます。どうぞお見知りおきを」

「あ……はい、水と申します。よろしくお願い申し上げます。あの、この野菜は」

「はい、私どもで食べきれないので、女中の皆さんへお裾分けです。どうぞ食べてください」


 稲はそういうと、ニコニコと笑顔を浮かべたまま戻って行った。水は、蔵に野菜を入れた後、駆け足で持ち場へ向かった。


 走ってきたからか、まだ源治は来ていないようだった。水は昼番をしていた村田と顔を合わせた。


「源治が来るまで、私もここにいるよ」

「ですが、時間です」

「源治はいつも早いんだけどな。本当に大丈夫かい?」

「はい。お気遣いありがとうございます」


 水は村田と交代し、その場に立つ。同時に、見覚えのある三人が通り掛かった。


「おお、いたいた、異国の警護人さん」

「なんだよ、一人か?」


 三の丸警護隊の者たちだ。相手にするのも面倒だと思い、水は彼らから目線を外した。


「おい、先輩のこと無視するなよ。ここは武家社会だぞ、身分は絶対だ」


 水は三人と目を合わせた。三人はニヤニヤと笑っている。


「……何かご用でしょうか」

「はっはは、日本語上手いねえ」

「伝令だ、今日の見張りの場所、北東の門の警護に当たれ」

「北東……?そこは使われていないと源治様に聞いておりますが」


 水は悪気なく言ったつもりだが、一人が声を張り上げて水に詰め寄った。


「行けって言ってんだろう!上からの命令は絶対だぞ!!」

「……承知しました」


 何も言い返すことができず、水はその場を離れた。

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