月下の語らい
「源治、あの娘、忍びなんだって?」
「お前が教育係だろ?せこいことすんなよ」
「せこいってなんだ?早く持ち場に戻れよ」
源治が仲間たちに言えば、皆は源治に従ってくれる。
水を他の警護隊に紹介してみたが、水本人には問題はない。どちらかといえば、男達が水を好奇な目で見ていた。
水はどうも目立ちすぎる。異国人の特徴をもち、男に混じって警護に当たる。しかも、美人だ。姫君たちにも引けを取らない美貌はあるのだろう。水は完全に無視しているが、皆が水を意識しているのが分かった。ーー自分も、最初は水の顔をジロジロ見てしまったので、周りを注意すると胸が痛んだ。
数日もすれば、水は仕事を覚えてしまった。一度言えば、ほぼ全て覚えていた。大坂城の敷地内の立地も覚えてくれたようだ。「何か分からないことがあれば聞いてくれ」と言ったのに、何も聞いてくれず少し寂しかったりもする。
基本的に、明るい時間帯の警護の動きは一通りできるようになったので、水の次の課題は夜番だ。それも源治が教えることにはなるが、年頃の娘を夜の警護に駆り出すのは少々どうかと思う。且元は、水が女子であることを忘れているのだろうか。
「源治、水はどうだ」
直接、且元と顔を合わせる機会があったので、源治は気になって聞いてみた。
「あの……忍びといえど、年頃の娘ですし、夜の当番を当てるのは、どうなのでしょうか」
「仕方あるまい。それが警護隊の役目だからな」
且元は「問題ない」というふうに、源治に顔も向けてくれない。
「……覚えも良いですし、他の者と手合わせをしても必ず水は勝ちます。ですが、やはり……」
「源治、あまり女だ女だと言うのは良くないぞ」
「しかし、水は娘ではありませんか」
「ほお、やはりお前、水に惚の字か」
「なっ」
別に、そうではない、気になるだけだしーーと思うが、まあそういうことになるのか。だが、それとこれとは話が違う。
「源治、水が警護隊に当たるのは今だけだ。ゆくゆくは、姫君の護衛に就かせる。今はそのための準備期間だ」
「準備期間?」
「姫たちの護衛なのだから、この城のことはよく知っておくべきだろう。そう思わないか」
「……」
そういうことだったのか。ただの物珍しさだけで、水を連れてきたというわけではないのか。
「なんだ、私が、ただの物珍しさだけで、水を連れてきたとでも思っていたのか」
「いえ!とんでもありません!」
そうです、とは言えないので、深々と頭を下げておいた。おそらく、この思考はバレているだろうが。
問題なく夜番の日を迎え、源治は水に見回りの手順を教えてやった。水は源治が話す時には絶対に口は出さず、返事もいつも必ず頷くだけだった。
昼間と違い、夜は二人だけだ。今は大坂城の本丸と、二の丸を繋ぐ門の間で待機している。満月が水を照らし、顔がよく見えた。私語をしてもあまり問題にはならないのだが、水は全く喋る気配がない。何か話題をと思って考えた。
気になることはたくさんある。しかし、何から聞けばいいのやら……と思っていると、水が木が生い茂る一点に視線を向けた。
「……」
水が大坂城へやって来て少し経つ。その勤め中のほとんどを共にしているが、そこまで鋭い視線は見たことがなかった。どうしたのだろうか。
「水、どうした?」
「し。何かいます」
声を掛ければ、静かに、と形の良い指を立てられた。源治はあたりを見回した。源治が認識できるのは、明るい月、風がザアッと吹いていることだけ。風に揺られて、木々が揺れて音を鳴らす。水は忍足でーー本当に音がないーー背の低い木々たちの間に姿を消した。
まるで、何もないようだ。水の気配を感じることができない。源治は少し、背中が寒くなった。だめだろう、自分が先輩として指導してやらないといけないのだから。
音も、声も、気配もない。少しの時間のあと、源治は恐怖に負けて声を上げた。
「す、水、大丈夫か?」
ガサッ。
源治は、思わず肩をビクつかせてしまった。水が突然現れた。なんだ、驚かさないでほしい。源治は少し呆気に取られたが、水の手元を見れば、黒猫が捕まえられていた。
「すみません、猫でした。どうしたら良いですか?」
源治は拍子抜けしてしまい、息を吐いた。水の気配の周囲の警戒度には驚かされる。源治だって、そこまで鈍感ではないはずなのに、水は源治の上をいっているのだ。
「源治様?」
「あ、ああ。そうだね。猫はそのままでいいよ。離してあげよう」
「そうですか。承知しました」
水は優しく猫を地面に下ろしてやる。水は、猫をひと撫でし、「じゃあね」と声を掛けていた。黒猫は少しだけ水を見てから、トテトテとどこかへ行ってしまった。猫を見送る水は、なんだか可愛らしく見えた。女の子らしいところもあるのだな。
水は猫を見送ると、源治に向き直った。
「すみません、私の勘違いでした」
「いや、そんなことはない。注意深いのは良いことだ。それにしても、私は全く気が付かなかったよ……」
「……それは多分、私がそういった訓練をしたからだと思います」
「剣術意外のこともするんだね」
「はい。私の師匠は、伊賀流の忍術を教えてくれました」
水が饒舌になっているのが珍しい。源治はこれは良い機会かもしれないと思い、話しながら持ち場に戻った。
聞いてみれば、水はもともと農民で、海が近い村で暮らしていたらしい。なんとなく、その立地が異国との繋がりのきっかけになったのかと源治は思った。戦に巻き込まれて母を亡くし、10歳のときに忍びの師匠に拾われたそうだ。それから、生活の術を習ったと源治に教えてくれた。
「でも皆は、私の作ったご飯は不味いと言っていて、それは最後まで変わりませんでした」
「ははは……味は個人の好みだから、気にすることはないさ」
「確かに、師匠は不味いと仰ったことはなかったです」
多分、その師匠は不味いと言わなかっただけなのだろうなと源治は思った。水の剣術は間違いなく男の中でも通用するし、周囲への警戒意識は警護隊一番と言えるだろう。いずれは姫君たちの護衛になると且元は言っていたが、その判断は決して間違っていないと思う。
水がもし男だったら、優秀な武将になれていたに違いない。
いいや、水は女のままでいいのだけれどーー。




