その少女、忍び・水
「源治、お前と同じ本丸警護隊になる者を紹介するから、心しておけ。教育係はお前に任せる」
片桐且元直々にそのようなことを言われるのは珍しい。本丸警護隊は確かに重要ではあるが、下級武士の集まりで、ここから出世ができたらまず良い方だと思って良い。そんな団体に、豊臣家の重鎮がわざわざ深く関わるとは、どんな人物なのだろうか。
大坂城のすぐ近くに建てられている片桐家の屋敷に、源治はその者を迎えに上がらされている。人使いが荒い上司だが、親の世代から世話になっているし、文句は言えない。且元は大変頭が良いし、人としての振る舞いも尊敬できる。
一室に通され待っていると、まずは且元が姿を表した。その後ろに、小柄な人影がある。もしやこの者か。なんだか気配が薄い。
「源治、楽にして良い。水、お前はそこに掛けよ」
「失礼いたします」
「……」
男にしては高い声、そして女にしては少し低めな心地の良い声が響いた。
且元に挨拶をすることも忘れ、源治はその者に見惚れてしまった。
艶のある声色、日本では珍しい茶髪、特徴的な白い肌。目は大きく鼻筋がはっきりしていて、頭は人より一回り小さい。装束を見るに、どうやら忍びのようだが、着物の隙間から見える首、手首はとても細い。
これではまるで女子のようなーー。
いいや、まさか、これはーー。
「えっ!?女子ですか……!?」
「無礼者、第一声がそれか」
且元にジトリと睨まれる。その間に、女子は指定された場所に腰を下ろす。恐ろしく足音も立てない。これが忍びなのか。
よく顔を見てみれば、顔立ちは少し人とは違うようだ。特徴的な肌の白さも、それに何か関係しているのかもしれない。それにしても、忍びにしてはどうも目立ちすぎるのではないだろうか。
「源治、この者は水。北の山の忍び集団出身だ」
水、というのか。なんだかあまり馴染みのない名前だな。源治は水の存在が珍しく、水から目が離せなかった。同じ人間とは思えないほど、水は異質に見える。
「こら、聞いておるのか」
「はっ……、も、申し訳ございません、つい……。あ、青木源治といいます。どうぞよろしく」
「青木様、水と申します。至らぬ点があるかと思いますので、ご指導いただきますようお願い申し上げます」
いいや、至らぬ点などなさそうだが。容姿も佇まいも完璧ではないか。なぜ忍びなどしているのだろう。
「源治、水は異国人との混血だ」
その言葉を聞いて、不思議な気分になった。何か複雑な事情があって、忍びになった可能性もあるのかもしれないな。こんなに綺麗な娘なのに、なんだか勿体無いーー。
「源治、水。そこの木刀を使って良いから、一度手合わせしてみよ」
「はい」
「……え!?」
且元は源治の気持ちなど知らず「余興を見せろ」くらいの温度感で言い放つ。水は素直に腰を上げ、木刀を手にすると縁側へ足を進める。源治はすかさず且元に言った。
「東市正様!嫁入り前の女子相手に、そのようなことはできません!」
「何おう、水は忍びだ。教育係はお前なのだから、彼女の実力は知って置いたほうが良いだろう」
「しかし……」
「水、源治はこのように言っておるが、お前はどうだ」
水はすでに草履を履いていて、源治と且元を見据えていた。
「青木様、お相手をお願いいたします」
源治は「えー……」と不満を漏らしながら、木刀を手にした。
源治は庭で水を前にして木刀を構える。水も構えた。隙がなく本当に完璧だ。女にしては長身なのだろうが、源治も男の中では背丈があり体型に恵まれている。そのため、水は武術向きかもしれないが、女子としか見えない。どうも、本気にはなれない。
少し、手を抜きながらやってみよう。
先に動いたのは源治だった。とりあえず、分かりやすく頭上を狙って木刀を振り上げ、下ろす。水は華麗に身を捌いた。後ろで縛っている茶髪がフワリと靡いた。太陽の光でそれがきらりと光る。あ、瞳も茶色いのかーー。
カンッ、カンッ。
源治の隙を突いて、水が攻撃を仕掛けてきた。なるほど、打ち込みの角度が正しすぎる。これをまともに食らうと骨にまで打撃が響きそうだ。男の筋力には劣る分、技の完成度が高い。
互いに様子を見ながら仕掛け合い、捌き合う。そのうちに、至近距離で水の顔を見た。
まるで芸術品のように美しい造形だ。こんなに綺麗な女子を相手に、剣を振るう気にはどうもなれない。
そんなことを思っていると、水の目つきが一瞬変わったのが分かった。
「失礼します」
「え」
水が心地の良い声で言ったのが聞こえた。その瞬間、元々薄い水の気配が完全に消え、どこにいるのか分からなくなった。気付いた時は、源治の首に水の木刀の刃の部分が向けられていた。
なんと、さっきの動きはなんなんだーー。
目で追うことができなかった。一瞬そのままの体勢で動きを止めた。それを眺めていた且元は「止め」と言ったので、源治と水は構えを解いた。且元は少しおかしそうに源治に言う。
「源治が一本取られるとはな。水、よくやった」
源治は罰が悪く、何も言えなかった。水は源治の様子を見たあと、且元に答えた。
「ありがとうございます。しかし、青木様は私に対して手加減なさったのだと思います」
しかも、見破られている。なんとも情けない。
「そうなのか、源治」
「……申し訳ありません」
且元は、二人に大坂城内の宿舎に戻るよう伝えた。水の住まいになる女子の宿舎に案内するように源治に言うと、屋敷の奥に下がってしまった。
片桐家の屋敷を二人で出て、並んで歩く。水は何も言わず、源治の後ろをついてくる。何か話さないとと思い、源治は水を振り返った。水は笠を深く被っていた。源治が立ち止まって水を振り返っているのに気付くと、水は顔を上げた。
源治と歳はあまり変わらないように見える。なんで忍びなんかになろうと思ったのだろう。どんな事情があるのだろうか。
「……水」
「はい、青木様」
「はは……そう畏まらなくて良いよ、源治と呼んでくれ。横に並んで歩いてくれないか、どうも君は気配が薄くて後ろに立たれると少し不安だ」
「?承知しました」
水は首を傾げたあと、素直に言うことを聞いてくれる。かなり真面目なのだろう。横顔も綺麗だな、と源治は横に並ぶ水を見て、また歩き出した。
「水は、剣の才能があるね。手加減をしてしまってすまなかった」
「……お褒めに預かり光栄です。青木様は、警護隊の中でも随一の剣才をお持ちと、東市正様に伺いました」
「源治でいいぞ」
そう押してみれば、水は黙って源治を見る。警戒されているのだろうか。
「良いんだ、源治と呼んでくれ」
水は少しの間の後、頷いた。
「……源治様、今日はお手合わせありがとうございました」
「こちらこそ」
そのあと、水はすぐに前を向いてしまった。何か話そうかと源治は口を開きかけだが、話題が見つからず、その口は閉じてしまった。




