第九十六話 ガレア王国軍迎撃⑤
連合軍の戦列は、右側面を森に、そして左側面を騎兵部隊によって守られている。
リンダム王家の戦士団はおよそ四十騎の騎兵を保有し、そのうち二十騎がこの戦いに投入されている。また、王家との戦いとその後の交流を経て鐙の存在を知った各伯家もこの五年ほどで騎兵の育成に努めた結果、六家の合計で五十騎に満たない規模だが、実戦に耐えられる練度の騎兵を抱えている。そのうち二十騎ほどが動員されているため、リンダム王国の騎兵戦力は合計で四十程度が揃っている。
一方でベルノニア王家の軍団には、ブレドリックが元帝国騎兵としての威信をかけて育て上げた虎の子の騎兵およそ二十五騎があり、そのうち十五騎が参戦している。ベルノニア王国の「元老院議員」たちや、ファーガス王と傘下の貴族たちが有する若干の騎兵も合計すると、連合軍の騎兵戦力の合計は七十騎ほど。
この七十騎は開戦時より連合軍の戦列の左側面に控え、ガレア王国軍が側面攻撃を狙ってきた場合に迎撃できるよう備えていた。
結果的に、敵軍は側面攻撃は行わず、こちらの両翼には民兵を肉薄させて牽制しつつ、中央に後衛の主力をぶつけることで突破を成すことを目指している様子。その様を見て、リンダム王国軍の騎兵たちの指揮を王より任されているレオフリックが口を開く。
「敵軍にこれ以上の動きはないようだし、攻勢に出るか」
敵の戦列から別動隊などが出て側面攻撃を仕掛けてくる可能性は、もはや極めて低い。そして連合軍の戦列の左側にはまとまった数の軍勢が隠れられるような地形はないため、伏兵による急襲もまず心配しなくていい。
敵側が側面攻撃の素振りを見せないようであれば、逆にこちらの騎兵部隊が敵側への側面攻撃を敢行し、本隊への援護を為すべし。開戦前に主君エドウィンからそのような命令を受けているからこそ、状況を確認した上でレオフリックは言った。
その言葉に隣で頷いて同意を示したのは、ベルノニア王国軍の騎兵指揮官――ブレドリックの最側近であるヒューバートだった。
「そうだな。こっちの中央に対する敵主力の攻撃はなかなか熾烈なようだから、援護を急いだほうがよさそうだ……まずはあれを粉砕するとしよう」
言いながらヒューバートが顎で示したのは、ガレア王国軍の戦列の右側面を守るように布陣し、連合軍の騎兵部隊と対峙している敵側の騎兵部隊。その数はおよそ四十騎弱。
おそらくは、大陸で傭兵をしながら騎馬戦闘を覚えた者や、その指導を受けた者をかき集めて編成した部隊と思われる。数としては連合軍側の騎兵の半分程度だが、ガレア王国の人口規模はこちらの三国の合計よりも少ないこと、敵側は鐙の存在を知らず元帝国軍騎兵の王も有していないことを考慮すると、よくぞそれだけ集めたものだと評すべきだった。
とはいえ、両軍の騎兵部隊が激突すれば、数の上でも、そしておそらく練度の面でも連合軍が有利なのは間違いない。
「互いの主君が征服競争をしたように、俺たちも戦果を競うか?」
「……いや、自分たちの任務に集中しよう」
冗談めかして言ったヒューバートに、レオフリックは微苦笑交じりに返すと、彼と共に指揮下の騎兵たちを振り返る。
「突撃するぞ! エドウィン王万歳!」
「訓練の成果を見せろ! ブレドリック王に栄光あれ!」
そう呼びかけた上で前進した二人に、騎兵たちが続く。アクルード王国の騎兵を中核とした二十騎ほどが念のための備えとして連合軍の左側面に残り、その他の五十騎ほどが敵軍目がけて加速していく。
それに対抗して、ガレア王国軍の騎兵たちも動き出す。敵騎兵の全騎が、連合軍の騎兵部隊を迎え撃つべく突撃してくる。
両軍の騎兵たちは瞬く間に距離を詰めると、真正面から激突。馬体がぶつかり合い、馬上の軍人たちが武器を振るい合い、激戦をくり広げる。
数年前に主君から報酬として下賜された剣をレオフリックが振るうと、その直撃を受けた敵騎兵の首が飛び、地面に転がる。その付近では、ヒューバートが巧みに軍馬を操って体当たりをくり出し、それをまともに食らった敵騎兵が乗っている馬ごと転倒する。
別の場所では、敵騎兵から戦斧の一撃を放たれ、リンダム王国軍の騎兵の一人が落馬して地面に叩きつけられる。馬首を巡らせて次の狙いを定めようとする敵騎兵に対して、しかしベルノニア騎兵の一人が槍を振るって柄をぶつけ、馬上から叩き落とす。
そこからやや離れた位置では、それぞれ乗っていた軍馬と手にしていた得物を失ったガレア騎兵とベルノニア騎兵が、予備の武器である短剣を握って泥沼の戦いを展開する。その隣では、落馬して足を負傷したガレア騎兵が、敵味方の入り乱れる場から離れようと這いながら、しかしリンダム騎兵の移動に巻き込まれて頭を兜ごと蹄で踏み潰される。
血と脳漿が撒き散らされ、臓腑の臭いが広がり、罵声と断末魔の叫びが響き渡る壮絶な死闘は、しかし間もなく終わる。ガレア王国軍の騎兵部隊が、指揮官らしき戦士の命令を受けて一斉に戦闘を止め、後退していく。敵の騎兵たちは馬首を巡らせ、軍馬を失った者は自らの足で走り、戦場の後方へと逃げ去る。
「深追いはするな! その場に留まれ!」
そう命令を下しつつ、レオフリックは周囲に視線を巡らせて彼我の損害を確認する。死傷あるいは軍馬の喪失によって無力化された騎兵は、ガレア王国軍側が十騎ほど。対する連合軍の側は六、七騎といったところ。両軍の騎兵たちは、それぞれの主家にとって極めて貴重な戦力であるために兜や鎖帷子といった高価な鉄製防具を全員が与えられており、そのため派手な戦闘をくり広げたわりには、味方はもちろん退いていった敵側の損害も限られる。
敵側の方が損害が大きくなったのは、ただ運の差か。あるいは、鐙を使うレオフリックたちや、ブレドリックに鍛えられた者たちを擁する連合軍の騎兵部隊の方が、雑多な騎兵戦力をかき集めているのであろうガレア王国軍の騎兵部隊よりも、やはり精強であったということか。答えは神々だけが知る。
「……貴重な騎兵をここで全滅させはしないか」
「多分、あまり不利な戦況なら下がるようガレアの女王から命令を受けているんだろうな」
敵側の動きを見て言葉を交わしたレオフリックとヒューバートは、次いで視線を敵軍本隊の戦列へ向ける。
「邪魔な連中は消えた。側面攻撃に移ろう」
「ああ、派手にかましてやろうじゃないか……その前に、後ろの予備兵力から少し数を足すか。できるだけ突撃の破壊力を増したいからな」
ヒューバートの言葉にレオフリックは頷き、後方で待機していた予備兵力の方を振り返る。
「アクルード王国の騎兵は前に来てくれ! 突撃に加勢しろ!」
その指示を受け、ファーガス・アクルード国王よりレオフリックたちへ指揮権が預けられたアクルード騎兵たちは素早く前進し、騎兵部隊の前衛は先ほどの激突で損耗した兵力を回復する。
それを確認したレオフリックたちが、再び攻撃命令を為そうとした、そのとき。
戦場の敵側後方から、よく通る角笛の音が鳴り響いた。戦闘に巻き込まれない位置に控えている数人の敵、そのうち軍馬に騎乗している指揮官らしき一人が、角笛を何度も吹き鳴らしているらしかった。
その音が合図となったようで、ガレア王国軍の本隊は後退を開始する。それまでの激しい攻勢を即座に中止し、迅速に下がっていく。
「……周辺警戒のための見張りかと思ったが、いざというときに後退の機を見極めるために配置されていたのか」
本隊から離れ、戦場を俯瞰できる位置から角笛を鳴らす敵を睨みながら、レオフリックは呟くように言った。




