第九十四話 ガレア王国軍迎撃③
数に任せた敵軍の突撃を受け、しかし連合軍は崩れない。戦列中央の前衛には三国の王家と貴族家に仕える職業軍人ばかりが並んでおり、彼らは練度の高さを存分に発揮して敵民兵の群れを殲滅していく。
王家に仕える戦士たちに囲まれながら、エドウィンは相対する敵の突き出した農具を盾で冷静に受け止め、戦斧による一撃をくり出す。腕に刃の直撃を食らった敵は情けない悲鳴を上げながら武器を取り落とし、エドウィンの頭越しにウォーレスが振り下ろした槌で無防備な頭を割られ、後ろ向きに倒れた。
その右隣では、ジェラルドが鋭く剣を振るい、目の前の敵を斬り刻む。五十代半ばにさしかかった今も戦士団最強と謳われる彼に、無理やり動員されて戦わされている民兵が叶うはずもない。瞬く間に一人が倒れ、それから間もなくもう一人が斬り伏せられる。
一方で左隣では、オズワルドが逆手に構えた槍をくり出す。まともに防御の体勢をとることもできない敵は、胸のど真ん中を貫かれ、倒れ伏す。
「ったく、これなら戦士団の模擬戦の方がまだ滾りますね! この雑魚どもじゃあ訓練相手にもならねえ!」
陽気な側近の大仰な嘆きを受け、エドウィンは可笑しそうに笑う。
「同感だが、彼らもこれで真剣に戦っているようだからな! こちらも誠意をもって殺してやろうじゃないか!」
「はははっ! さすがは国王陛下! 慈悲深いですね!」
オズワルドは主君の言葉に爆笑で応えながら、新たに進み出てきた敵へ向けて槍を振るう。
そうして王とその家臣たちが奮戦する横では、各貴族家の擁する戦士たちも負けじと果敢に戦っている。
「相手はたかが民兵の群れだ! 後れを取るんじゃねえぞ!」
叫びながら荒々しく戦斧を振るうのは、アルフォス伯だった。盗賊から一地域の支配者に転じたという奇特な経歴を持つ彼に、周囲を囲む家臣たちも雄叫びで応え、自分たちの勇猛さを見せつけるように暴れる。
「落ち着いて戦えば敗けはしない! 盾の壁をしっかり維持するんだ!」
同じく中央前衛で戦士たちを率いるディラン・キドウェル伯も、盗賊上がりの貴族仲間ほど乱暴な口調ではないが、味方への鼓舞を発する。
伯であると同時に祭司でもある彼は、基本的には穏やかな気質の持ち主だが、必要とあらば勇敢に戦うことができる。今の立場を手にするまで、実際にその勇敢さを発揮したのは一度や二度ではない。今も鋼鉄製の剣を振るい、支配者層の義務を懸命に果たす。
二人の伯に付き従って、両者の家臣である戦士たちや、さらには彼らに預けられた他の四伯家の戦士たちが猛々しく戦う。彼らは戦列において自分たちが任された一角を堅く守り、小軍勢の集合体である連合軍をひとつの大軍勢として成立させるために十分な貢献を成す。
連合軍の中核戦力たる中央前衛が敵の弱兵を殲滅していく一方で、両翼の軍勢も肉薄してきた敵を撃退すべく勇戦している。
「一兵も通しては駄目よ! クロスボウ兵と槍兵は柵に取りついた敵から倒しなさい!」
戦列左翼側の一角で手勢に命じるのは、リンダム王国貴族の一人であるエルメン伯。旧時代には地主家の家長であった彼女は、その頃からの特技である弓の腕を発揮して敵軍の只中に矢を曲射しながら指揮をとっている。
同じくこの左翼側で戦うコールフォード伯は、自ら槍を振るい、護衛の戦士や指揮下の民兵たちと共に目の前の敵を迎撃する。
「まったく、面倒な攻め方をしおって……」
木柵越しに敵民兵がくり出してきた農具を円盾で受け流し、戦斧による一撃を返しながら、口を突いて出たのはそのような言葉だった。
敵軍はどうやらこちらの戦列中央を打ち破るつもりのようで、肉の盾となる前衛の民兵は左右に長い横隊のかたちをとっているが、職業軍人を多く擁しているのであろう後衛は明らかに中央に戦力が寄っている。すなわち連合軍の両翼は、前衛の民兵さえ殲滅すれば敵後衛の両側面に斜め方向から攻撃を浴びせ、味方の中央を援護することができる。
が、敵前衛の民兵たちがしつこく攻めかかってくるため、味方の援護の段階になかなか移ることができない。後ろに監視役の職業軍人たちが並んで逃亡を封じているようで、敵民兵たちは必死の形相で戦い続けている。彼らは敵後衛の主力を守る肉の盾として、未だ役割を果たしている。
敵ながら哀れなものだ。コールフォード伯がそう思いながらも、だからといって手加減するわけにはいかないので容赦なく敵を攻撃している付近では、こちらもリンダム王国貴族の一人であるグローサー伯が護衛の戦士や指揮下の民兵たちと共に奮戦している。
「あっ! この野郎!」
木柵の向こうへくり出した槍を敵の一人に掴まれ、そのままもぎ取られてしまった彼女は、怒りを露わにしながらさらなる反撃を為す。敵の攻撃を受けて倒れていた民兵のクロスボウを拾い上げると、既に弦が引いてあったその台座へ矢を乗せ、先ほど槍を奪った敵目がけて引き金を引く。一メートルもない距離からの直射を受けた敵は、胸のど真ん中に矢を生やして倒れる。
「はははっ! ざまあ見ろ!」
報いを受けた敵を前に、グローサー伯は勝気な表情で言い放つ。今より五年以上も前、支配域を確立して間もなく病没した父から立場を受け継いだ彼女は、元はただの地主家の娘だったが、家臣や民を守るため、そして若輩を理由に周囲から舐められないために全ての戦いで自ら先頭に立っているうちに、このように強気な気質になった。
三人の伯とその手勢、そして彼らに預けられているアルフォス伯家とキドウェル伯家の民兵たちが果敢に戦う周囲では、ベルノニア王国やファーガス王国の遠距離攻撃部隊も、木柵の防衛線を堅持しつつ弓や投槍による攻撃をくり広げる。同じ光景が、連合軍の戦列右翼側でも当然にくり広げられる。
・・・・・・
ガレア王国軍の民兵による前衛が、連合軍の戦列を前に磨り潰されていく。そのような戦況は、しかしそう長くは続かなかった。両軍が直接激突し、白兵戦をくり広げる戦列中央にて変化は起こった。
イゾルデが自軍の前衛として据えた民兵は、一昨年に征服された王国南部からかき集めたおそよ八百人。イゾルデはこれを、戦列中央には薄く、そして左右には厚く配した。敵軍に肉薄するまで後衛の主力を守る盾となればいい中央よりも、敵軍と肉薄した後にその両翼を牽制する役割を担う左右の方が多くの兵力が必要と考えたが故の采配だった。
南部民兵による肉の盾は、イゾルデの狙い通りに機能した。敵軍両翼からの遠距離攻撃は熾烈だったが、ガレア王国軍が敵陣に辿り着くまで、肉の盾は中央と左右ともに持ちこたえた。
戦列が厚い左右の南部民兵たちは、そのまま敵軍の両翼が防壁とする木柵に取りつき、そこで激しい攻防をくり広げている。敵側も強固な抵抗を見せているようで、木柵を突破するのは困難なようだが、イゾルデとしてはそれでも問題ない。彼らの役割は、敵軍両翼がこちらの後衛の側面を斜め方向から攻撃できないよう、木柵に張りつく肉の盾であり続けること。逃亡することなく、目の前の敵の牽制に努めていてくれればそれで十分だった。
そして中央の南部民兵たちは、前進の時点で敵軍両翼の矢や槍を食らって大きな損害を受け、激突後の白兵戦では敵中央の前衛として並ぶ精鋭の職業軍人たちによって次々に無力化されているようだが、これもイゾルデの予想通りだった。
敵軍の戦列への肉薄を果たした後は、中央前衛の存在意義はもはや薄い。壊滅するまで戦うことで敵中央の前衛を幾らか疲弊させながら、前衛に追いついた後衛の主力が戦闘態勢を整えるまで多少の時間を稼ぐ程度の働きしか、イゾルデは彼らに期待していない。
完全な捨て駒として戦わされる南部民兵たちには気の毒な話だが、この変革の時代においては強者に使い潰されるのが弱者の定めと諦めてもらうしかない。
ガレア王国軍の後衛の戦列は、王家と各貴族家の戦士から成る主力の数列と、予備兵力としてその後ろに並ぶ民兵から成っている。イゾルデは主力である戦士たちの最先頭に立ち、前衛として正面に並ぶ南部民兵の戦列が削られていく様を見据える。
元よりあまり戦列の厚みがなかった中央前衛の南部民兵たちは、瞬く間に数を減らされてますます薄くなり、その向こうに並ぶ敵中央の前衛が見える。その様を認めるたイゾルデは、獰猛な笑みを浮かべて口を開く。
「盾の壁!」
イゾルデが吠えると、ガレア王国軍の戦士たちは一斉に左手の円盾を構え、そして右手の武器を敵戦列に向ける。
「前進しろ! 邪魔な民兵は殺していい!」
続く女王の命令を受け、まずはその周囲に並ぶ王家直属の戦士たちが、主君に勝るとも劣らない獰猛な応答を為しながら前進を開始する。彼らは眼前で生き残っている南部民兵たちを突き飛ばし、あるいは斬り伏せ、地面に転がってまだ息のある負傷者たちを踏み潰しながら進む。王家の戦士団の左右に並ぶ各貴族家の家臣たちも、懸命にその後に続いて敵戦列へと迫る。
そして今、盾の壁を堅持する連合軍の中央前衛と、その目前まで前進を果たしたガレア王国軍の後衛主力の戦士たちは、近距離で攻撃的な表情をぶつけ合う。緊張の糸を極限まで張りつめさせたような一瞬の静寂が、戦場の中央を支配する。
「突撃しろ! 敵の戦列を食い破ってやれ!」
女王の鋭く力強い命令を合図に、ガレア王国軍の精鋭の軍勢が突き進み、連合軍の精鋭がそれを受け止める。二つの盾の壁の間隙、狭い空間に残っていた僅かな南部民兵たちを挟み潰しながら、それぞれの盾と得物を、そして喊声に込められた殺意を壮絶にぶつけ合う。




