第九十二話 ガレア王国軍迎撃①
アクルード王国軍とベルノニア王国軍にリンダム王国軍が合流し、一方でガレア王国軍が王家の拠点より移動を開始した数日後。両軍はアクルード王国とガレア王国の国境地帯で対峙した。
戦場となるのは、国境地帯のアクルード王国側の平原。エドウィンたち三国の王は、自軍に有利な状況で戦うためにこの位置で待ち構える態勢をとり、そこへガレア王国軍が遅れて到着したかたちとなった。
総勢で一千八百人の三国連合軍と二千人のガレア王国軍がそれぞれ布陣し、睨み合う中で、まずは両軍の将が互いの主張を為すために戦場中央で対面する。
「噂には聞いていたが、何とも華のある人物だな。古のガレア王家の末裔だと言われれば、確かにそう見えるかもしれない」
連合軍の戦列から、友邦の王たちと共に護衛を引き連れて前進したエドウィンは、同じく護衛を伴って進み出てきたイゾルデ・ガレア女王を見据えながら言った。
周囲に控える護衛たちにも引けを取らない長身。黄金色の髪を長く伸ばし、顔立ちは遠目に見ても彫刻のように整っていることが分かる。ただ馬上に身を置いているだけで、己の高貴な血統を誇示しているかのような存在感があった。
「私は以前イゾルデ女王と言葉を交わしたことがあるが、あの見た目に似合う勝ち気で尊大そうな人物だった。配下たちにとってはさぞ仕え甲斐のある主人だろうが、隣人としてはどうだろうな」
「尊大な隣人か。それは何とも厄介そうだ」
ファーガスが語ると、ブレドリックが苦笑交じりに言った。それは自分に対する皮肉か、と思いながらエドウィンが視線を向けると、しかし憎たらしい隣人は正面を向いたまま目を合わせてはこなかった。
双方の支配者が距離を置いて止まり、短い静寂の後、まず最初に口を開いたのはイゾルデの方だった。
「ファーガス・アクルード国王! 我が寛大な要求を拒絶したのみならず、周辺諸国の君主たちを語らって我が国に敵対するとは、何と愚かな振る舞いか! これは古のガレア王家の血統を受け継ぐ私への侮辱である! 私は圧倒的な力をもって、お前の愚行に対する罰を与えよう!」
ファーガスを見据えながらそこまで語ったイゾルデは、次いで視線を左右に巡らせる。ファーガスの右隣に並ぶエドウィンの視線が僅かな時間、しかし確かにイゾルデの視線とぶつかり合う。
「無論、ベルノニア王国とリンダム王国の君主たちも、ファーガス王に与した罰を受けることとなる! 群れを成せば私に勝てると考えたのであろうが、それは大きな間違いだ! 私への敵対を選んだこと自体が致命的な間違いだ! お前たちが愚かな間違いを犯したことを、これから思い知らせてやろう!」
敵将の言葉を受け、エドウィンは左を向く。ファーガス越しにブレドリックと顔を見合わせ、互いに肩を竦めてみせる。
間に立つファーガスはため息をひとつ吐くと、さらに数歩馬を進める。
「まったく、好き放題に言ってくれる……イゾルデ・ガレア女王! 罰を受けるべきは私ではなく貴殿の方だ! 大きな間違いを犯しているのは貴殿の方だ!」
どちらかといえば大人しい気質に見えるファーガスだが、さすがは一地域に覇を成して王になった人物と言うべきか、なかなか迫力のある声で己の主張を語り始める。
「領土欲しさに他者へ言いがかりをつけ、力尽くで道理を踏み躙ろうとするその振る舞いを、貴殿は神々に対して恥じるべきだ! 貴殿が真に古のガレア王家の末裔なのであれば、偉大な先祖にも恥じるべきだ! それが分からないというのであれば、貴殿の蛮行への怒りを共有する友邦の君主たちと共に、力をもって理解させてやろう!」
今回イゾルデ女王は、線引きが曖昧なためにこれまで地元民たちが共同で放牧に使っていた国境地帯の一角を、ガレア王国民が日常的に踏み入っているのだからガレア王国の領土だと主張してきたという。ファーガスがその主張を認めなければガレア王国領土を奪う意思があると見なし、王国の脅威であるアクルード王家を力尽くで排除する……というのが彼女の理屈だった。
これは明らかに、アクルード王国侵攻の口実を作るための言いがかり。右後ろで聞いているエドウィンは、個人的にもファーガスの主張に共感する。
その後も言葉の応酬が何往復か展開された後、アクルード王国の降伏やガレア王国軍の撤退で話がまとまるはずもなく、対話とも呼べない言い合いが切り上げられて両軍の将は自陣へ戻る。今回はあくまで援軍として参加しているエドウィンとブレドリックは、自身の主張をすることはなく、ファーガスと並びながら自軍の戦列へ向かう。
「……さて、後はこの陣形が期待通り活きてくれることを願うとしよう」
連合軍の戦列を見回しながら、エドウィンは独り言ちる。
総勢千八百人の軍勢は、アクルード王国とガレア王国を繋ぐ街道の傍ら、緩やかな丘の中腹で、右側面を森に守られるように布陣している。中央では前衛の戦士と後衛の民兵から成る一隊が戦列を組み、その左右には弓やクロスボウ、投槍を装備した遠距離攻撃部隊が配置されている。
この遠距離攻撃部隊は敵陣に向けて、まるで鳥が両の翼を広げるように斜線を描いて並び、それぞれの戦列の前には成人男子の背丈ほどの高さがある木柵が立てられ、敵軍の突撃を阻む。木柵に守られた遠距離攻撃部隊が左右から敵軍へ攻撃を浴びせ、消耗した敵戦列を中央の歩兵が真正面から受け止めて粉砕する……というのが連合軍側の定めた作戦だった。
この作戦の発案者はエドウィンだった。リンダム王国がおよそ三年にわたって戦争のない日々を享受する中で、しかしその安寧に甘えることなく、いずれ起こるであろう新たな戦いで有利を得るために考え出したのが、リンダム王国の強みであるクロスボウを今まで以上に活かしたこの戦術だった。
きっかけは、領土の拡大と税収の増加によって王家の権勢がますます拡大した結果、軍備増強の一環として、これまではあまり数に余裕のなかったクロスボウの矢の量産をより一層推し進められるようになったこと。
一度の戦いで多くの矢を消費できるようになったからには、クロスボウ兵たちが戦いの序盤において一斉射を為すだけでなく、敵味方の戦列が激突する直前や、その後の接近戦の最中にも援護を行えるようにしたい。となると、味方が射線に入らないよう戦列の両翼に、端の方の兵までが敵軍と相対できるよう斜線を描いて並ぶのが最善。クロスボウ兵は接近戦には向かないので、戦列の前には木柵を設置して防壁とするべき。
そのような考えのもとで編み出したこの戦術が確かに有効であることを、エドウィンは幾度か行った大規模な模擬戦によって確かめた。半ば敵軍を包み込むように並ぶ戦列両翼からのクロスボウ射撃は相当に強力で、それら両翼の接近戦における防御力も、木柵に加えて幾らかの歩兵による護衛があれば十分だと分かった。
今ではリンダム王家だけでなく、過去の戦いでその威力を思い知った各伯家においてもクロスボウ量産が進んでいる。リンダム王国軍全体で二百挺ものクロスボウを持ち込んだエドウィンの提言はブレドリックとファーガスにも受け入れられ、三国による連合軍としてこの戦術を用いることが王たちによる軍議で決定された。
接近戦が不得手な遠距離攻撃部隊を両翼に置くこの陣形は、一般的な戦列と比べても側面攻撃に弱い。そのため今回、連合軍は右側面に大きな森がある位置に布陣し、左側面は主にリンダム王国軍とベルノニア王国軍の騎兵を集めた部隊を置いて防御を固めている。
あえてガレア王国軍をアクルード王国の領土内まで進軍させたのは、敵の進路たる街道に近く、なおかつ地形的に有利な陣地を確保し、その上で木柵の設置などの準備を為す猶予を得るためだった。
自身の編み出した戦術は、これまで重ねてきた備えは、この実戦でも必ず期待通りの効果を発揮する。エドウィンはそう己に言い聞かせながら、愛馬ノックスを下りて自軍の戦列に加わる。
従者を務める戦士見習いに手綱を引かれて後方へ下がっていくノックスは、王専用の軍馬としては二代目にあたる。先代のノックスはそれなりに歳を取ったこともあり、今は一線を退いて種馬となり、都の近くの牧場で平穏に暮らしている。
リンダム王国軍五百人のうち多くは両翼の遠距離攻撃部隊に配置されているが、戦士を中心とした百人ほどは、友軍の主力と共に中央の戦列を築いている。エドウィンはこの戦列の最前列に加わり、周囲に並ぶ戦士たちを見回して口を開く。
「王家の忠実なる戦士諸君! 君たちはリンダム王家の誇りだ! 敵軍よりも、そして友軍よりも勇ましく戦い、我々の強さを世界と神々に知らしめよう!」
エドウィンの呼びかけに対して、王家に仕える戦士たちは力強く応えた。エドウィン王万歳、という声が次々に上がり、それを受けてエドウィンは満足げな笑みを浮かべた。
一方で、ブレドリックやファーガス、さらには三国の貴族たちもそれぞれの指揮下の者たちに鼓舞の言葉をかけたのか、連合軍の戦列の各所から雄叫びが上がる。そうして自軍の戦意をかき立てるのは敵側も同じ。敵軍の戦列のうち、職業軍人が多く並んでいるらしい後衛の方から、おそらくは「ガレアは偉大なり」と叫んでいるのであろう声が何度も聞こえた。
両軍の間に緊張と殺気が広がっていくのを感じながら、エドウィンは思案する。
元より戦いが好きなわけではない。リンダム王国の領土を十分に広げた今は、自ら積極的に戦いを巻き起こす理由もない。できることならば、身を危険に曝すことなく、家臣や民の命を失うことなく、王国の平和的な発展にのみ努めていたい。
しかし、現実はそう甘くない。こちらが望まずとも、ときに戦いの方が迫りくる。目の前の戦いを忌避し回避したとしても、それが将来のさらに厳しい戦いを招くこともあり得る。
王として躍進していく中で、守るべきものが増えた。自分の家族や財産、地位や特権は言うまでもない。献身に報いてやると約束した家臣たち、特権を保障してやると約束した貴族たち、生活を庇護してやると約束した民。彼らそれぞれの人生。これまでの戦いで散っていった者たち――サベルトたちの犠牲。ダグラス・バーデンをはじめとした、自分に敗北した者たちの無念。
それら全てがリンダム王国である。自分が王として築き上げた国である。それらを守り抜いてこそ、自分は偉大な支配者で在り続けられる。
これまでの全てを背負い、自分はこれからも覇道を歩んでいく。そのために、今日はここで戦わなければならない。そして勝たなければならない。
戦斧を握る右手に、そして円盾を握る左手に、エドウィンは力を込めながら獰猛な笑みを浮かべる。その肉食獣じみた鋭い視線に映る敵の軍勢が、ゆっくりと前進を開始する。




