第九十一話 集結
リンダム王国は、戦時には戦士と民兵を合わせておよそ一千人の兵力を迅速に揃えられる体制を整えている。しかし、遠方への外征にこの全兵力を投入するわけにはいかない。
ガレア王国南部と繋がる山道には関所を改築した砦が築かれているが、その砦を守る上で、少数とはいえ兵力を割く必要がある。今回のアクルード王国への加勢をもってガレア王国への敵対姿勢を示す以上、この山道の方から嫌がらせの攻勢を仕掛けられる可能性もあるため、いつも以上に守りを固めておかなければならない。
南のルマノ王国とは良好な関係を築いている上に、かの国は現在ユーゼリア王国と協働し、エリュー王国とランヴェール王国との争乱に臨んでいるため、こちらにまとまった兵力を向ける余裕はない。とはいえ、こちらが国内をまったく守っていなければ、何らかの害を為そうとしてくることもあり得ないとは言えない。
それ以外の可能性として、例えば海の向こうから全く想定外の敵が現れるかもしれない。そうでなくとも、直轄領内の治安を維持して王家の権力や財産を守るためには常に一定の兵力が必要であるし、それは各貴族領も同じこと。
そのため、エドウィンはアクルード王国への加勢として投じる兵力を、総勢五百人と定めた。王家直轄領からは戦士八十人と民兵百二十人を動員し、貴族たちにもそれぞれ領地人口に応じて兵力を出すよう命じた。
戦士団の中から八十人の出征部隊を編成し、必要数の民兵召集も数日中には完了させて王の都を発ったエドウィンは、王国東端のエストラド伯領にて各貴族家の軍勢と合流する。
リンダム王国とベルノニア王国の国境線を成すティリス川は、下流では川幅が数百メートルにもなる大河だが、エストラド領に面する上流まで遡れば幅は数十メートル程度まで狭まり、帝国支配の時代にかけられた木製の橋が未だ使える状態で残っている。
帝国軍が撤退して間もない頃、エストラド家と対岸の地域の支配者との間でこの橋の共同管理について合意がなされ、その合意は両岸の支配者がそれぞれリンダム王家とベルノニア王家に従属した後も、エドウィンとブレドリックによって引き継がれている。ティリス川においてまとまった規模の軍勢を通過させることができる唯一の場所は、しかしリンダム王家とベルノニア王家が互いに争うことを望まないために、この数年間も平和的に利用されてきた。
今回に関してはブレドリック・ベルノニア国王の承諾を受け、この橋を渡ってベルノニア王国領土に入ったリンダム王国軍は、対岸で迎えてくれたブレドリックの家臣の案内を受けてさらに北進し、アクルード王国領土へ進入。そこでもアクルード王家から送られた家臣に案内されて進軍を続け、王家が居館を置いている比較的大きな農村で、友軍との合流を果たした。
集結した軍勢は村内に入りきらないため、その傍らには野営地が置かれ、幾つもの天幕が並んでいる。リンダム王国軍の野営地設営についてはレオフリックやオズワルドたち側近に指揮を任せ、自身はジェラルドとフィオナ、そして護衛の親衛隊戦士たちを引き連れ、エドウィンはまずアクルード王家の館に赴く。
「エドウィン王、お初にお目にかかる。私がアクルード王国国王ファーガス・アクルードだ。此度はよく来てくれた。貴国の加勢、誠に心強い」
館の広間に通されたエドウィンは、これまで書簡などは送り合ったが顔を合わせるのは初めてであるアクルード王国の王から歓迎の言葉をかけられる。名をファーガスというこの王は、エドウィンより一回りほど年上で、長身であること以外はあまり外見的特徴のない人物だった。
「初めまして、ファーガス王。そう言ってもらえて何よりだ。ガレア王国という脅威を共有する国同士、力を合わせて戦おう」
社交用の笑みを顔に張り付け、行儀よく挨拶を返したエドウィンは、広間に居合わせているもう一人の王、エドウィンよりも先に到着しているブレドリックの方へ視線を向ける。彼は落ち着き払った態度で、しかし顔にはどこか得意げな微笑をたたえ、口を開く。
「エドウィン王、遅かったじゃないか」
「貴殿よりも遅くガレアの動きを知り、貴殿よりも遠くから行軍してきたからな。これでも叶う限り急いで参上したつもりだ」
わざとらしく片眉を上げて言うブレドリックを煩わしく思いつつ、表面上は端然として答えたエドウィンは、視線をファーガスの方へ戻す。
「それで、ファーガス王。敵側の様子は如何か? 動向や兵力について新たな情報は?」
「今日帰ってきた斥候からの報告によると、敵軍はガレア王家の拠点から進軍する準備を進めている様子とのことだ。兵力の集結を終え、いよいよ侵攻に乗り出すつもりらしい。兵力は、貴殿に領土内の案内役を兼ねた伝令を送ったときからさらに増えた。最終的におよそ二千人に及んでいるらしい」
「……二千人か。それはまた随分と多いな」
ファーガスの言葉を受け、エドウィンは驚きを表情に示す。
ベルノニア王国とアクルード王国の領土を通行する際にそれぞれの王家から付けられた案内役の話では、今回の戦いにベルノニア王国は六百人、アクルード王国は七百人を動員している。リンダム王国軍五百人と合わせると、総勢は一千八百人。アクルード王国の人口が少ないこと、リンダム王国は戦場まで最も距離がある上に、東と南への備えとしてある程度の余力を本国に残さなければならないことを踏まえると、各国とも妥当な動員規模と言える。
エドウィンの予想では、ガレア王国が他国への侵攻に動員できる兵力はせいぜい一千数百人といったところ。だからこそ兵力の面で明確な有利を得ながら戦えると期待していたが、どうやらその思惑は外れたようだった。
「ガレア王国の今の人口は、大まかに五万人ほどだったはず。そこから二千人もの軍勢を動員するとは……征服地からかき集めたか?」
「私とファーガス王も同じ推測をしている。大方、征服地の支配者層にガレア王家への忠誠を示せとでも言って民兵をかき集めさせたのだろう」
ブレドリックが腕を組みながら語ると、エドウィンは呆れ交じりに嘆息する。
「行儀の良さは別として、賢い手ではあるな。直轄領やその周辺地域で強引な徴兵を為せば後々の不利益が恐ろしいが、遠方の征服地ならば、社会の疲弊や王家への反感をあまり気にせずに民兵を大量に集められるというわけか」
エドウィンの言葉に頷きながら、ファーガスの表情が険しいものになる。
「我々の推測が正しいとすれば、ガレア王国南部、旧ルテラン王国の過酷な扱いは、未来の我が国の扱いだ。もし我が国がガレア王国に征服されれば、私たちはたとえ戦いを生き残ったとしても、ガレア王家の圧政を受けることになる」
「そして、いずれは我がベルノニア王国とエドウィン王のリンダム王国にも、今以上に権勢を増したガレア王家による侵攻や圧政の順番が回ってくるというわけだ。かつてアロナ島統一を果たした古のガレア王家の末裔を名乗るイゾルデ女王が、アクルード王国を征服したところで満足して歩みを止めるとは到底思えないからな……だからこそ私とファーガス王は、当初の予想が外れて敵が多勢の状況になろうと、変わらぬ心持ちで戦いに臨むつもりだ。貴殿はどうだ?」
試すような表情で問うてきたブレドリックに、エドウィンは微塵も動じることなく、むしろ楽しげな態度で応える。
「無論、我が戦意も変わらない。かえって増したくらいだ……元より勝つつもりしかないが、こうなると勝ち方にもこだわりたくなってくるな。多少の数的不利など覆し、誰が見ても明らかな勝利を成し、我々の確固たる意志をイゾルデ女王に示してやらなければ」
「その意気だ。さすがは我が隣人だな」
不敵な笑みを浮かべて言ったブレドリックに、何を偉そうに、と思いながらエドウィンも同じような笑みを返す。
「私は帝国軍人だった頃も、王となった後も、自軍が数的に不利な戦いだろうと幾度も勝利を成してきた。今回も当然に勝つ。我がベルノニア王国軍がいる限り、こちらの勝利は決まっている」
「貴殿もなかなか良い意気込みだな、我が隣人……私も、不利な戦場で勝利を掴んだことは一度や二度ではない。我がリンダム王国軍の強さを敵側に、そして味方である貴殿らにも存分に知ってもらうとしよう」
どちらの自信が大きいか張り合うように視線をぶつけ合うエドウィンとブレドリックを見比べ、ファーガスは呆れと関心が入り混じったような微笑を見せた。
「貴殿らが味方で頼もしい限りだ。世辞でも皮肉でもなく、心からそう思っている……共に力を合わせ、勝利を掴み取ろう」
此度の戦争における最大の当事者の言葉に、エドウィンとブレドリックは揃って力強く頷き、そのやりとりをもって三人の君主による顔合わせはひとまず終了となった。




