第八十九話 加勢(アロナ島地図再掲)
「東のガレア王国が、アクルード王国への侵攻を企んでいるようです。我が主君ブレドリック・ベルノニア国王陛下のもとに、アクルード王家より情報提供がなされました」
玉座に座っているエドウィンを前に語ったのは、北隣のベルノニア王国から来訪した使者。ブレドリック・ベルノニア国王の最側近で、エドウィンとの会談時にはいつもブレドリックの傍らに控えているヒューバートという壮年の男だった。
「……それはそれは、また物騒な事態だな」
頭の中で思案を巡らせつつ、エドウィンはひとまず無難な応答を為した。
ガレア王国は、リンダム王国とベルノニア王国の東隣、カレド山脈の向こう側に位置する国。アロナ島中央部のほぼ全域を占めており、人口は推定で五万人と、現在のアロナ島諸国の中では最も多い。
一方のアクルード王国は、ベルノニア王国の北側に位置しており、ガレア王国から見れば北西の隣国ということになる。人口はアロナ島諸国の中で最も少なく、およそ二万人。ガレア王国の半分にも満たないものと思われる。
「未だ兵力集結などの具体的な動きはありませんが、ガレア王家からアクルード王家に対して、おそらくは侵攻の大義名分作りとして、国境地帯の係争に関する難癖じみた要求がなされているとのことです」
「一昨年のルテラン王国征服のときと同じやり口か。これからアクルードに攻め入ると予告しているようなものだな」
ブレドリックの帝国軍時代の副官で、今はベルノニア王家の武装家臣団「ベルノニア軍団」の長を務めているというヒューバートの言葉を受け、エドウィンは頬杖をつきながら鼻で笑う。
現在のガレア王国の南部、リンダム王国の東隣には、元々はルテラン王国という国が存在していた。その国が北のガレア王国の侵攻を受け、征服されたのが一昨年の秋のこと。ガレア王国はルテラン王国侵攻に際し、事前に王家に対して難癖じみた要求を為し、当たり前のように拒絶されると報復を大義名分として攻め込んだという。
その前例から考えると、アクルード王家への強硬な態度は、侵攻の前触れであると当然に見なすべきだった。
「アクルード王家からはこの報せと併せ、ガレア王国に対抗するための共闘の提案がなされ、我が主君はこれを受け入れて加勢の軍勢を送り込むことを決断なさいました。ガレア王国がアクルード王国を征服して権勢を拡大し、ベルノニア王国にとって間近の脅威となる事態を防ぐという確固たる御意思のもとに」
「理解できる話だ。カレド山脈という天然の防壁なしで、今以上に強大化したガレアと睨み合うなど、想像するだけで煩わしい。私がブレドリック王の立場でも同じ決断をするだろう」
リンダム王国とガレア王国は山脈を貫く山道で結ばれているが、さして広くもない山道に大軍が展開することは不可能。おまけにリンダム王国側の入り口には、山道管理を担っているエストラド家が関所を改築した砦を築いており、数十人も兵を置けば堅く封鎖することができる。一方でベルノニア王国とガレア王国の間には軍勢が通行できるような山道もなく、直接の侵攻は不可能。そのため現状では、リンダム王国にとってもベルノニア王国にとっても、ガレア王国は直接的な脅威にはならない。
しかし、もしガレア王国がアクルード王国を征服すれば、その領土はベルノニア王国領土と接することになる。ベルノニア王国とアクルード王国は河川が国境線となっているが、この河川には徒歩で容易に渡れるほど浅い箇所があるため、カレド山脈のような頼れる防壁にはなり得ない。
ベルノニア王国からすれば、強国ガレアと接しないための緩衝国として、アクルード王国が存在し続ける方が好都合。となれば、ブレドリックがアクルード王家に加勢するのは妥当な成り行きだった。
「此度のガレア王国との戦いに関して、リンダム王国も参加することを、我が主君は勧めておられます。人口規模に相応の大兵力を動員するであろう敵国に対し、その軍勢を上回る兵力を揃え、より確実な勝利を成すために。そして、西の三国がガレアの脅威に共同で立ち向かうことで、以降のかの国の武力行使を抑止するために」
「……なるほど、面白い」
ヒューバートが表情を引き締めつつ本題を切り出すと、エドウィンは薄く笑みながら呟いた。
アクルード王国が単独でガレア王国の侵攻に対抗するのは容易ではないだろうが、そこにベルノニア王国の援軍が加われば勝算は十分以上。リンダム王国まで参戦すれば、危なげない勝利を期待できる。ただ勝利するだけでなく「この三国は共闘関係にある」と敵側に意識させ、以降の侵攻を躊躇わせることもおそらく叶う。
ブレドリックが最側近であるヒューバートをわざわざ使者として送り込んできたのは、戦争への参加という重要な提案をする上で、こちらへの礼儀を示すためか。
王妃や側近たちと話し合った上で正式な返答を為したい。そう語ってヒューバートを一旦下がらせたエドウィンは、隣に座るクレアと、周囲に並ぶ側近たちと顔を見合わせる。
「南に並ぶ諸国が争乱に突入しようとしている様を見て、ガレア王国が大胆に動き出した、ということでしょうか」
「だろうな。南東部諸国の争いは今のところ他人事と思っていたが、まさかこんなかたちで南西部にまで影響を及ぼしてくるとは」
戦士長ジェラルドの語った見解に同意を示しながら、エドウィンは肩を竦める。
南東部諸国が互いに争い合うために兵力を割いていれば、その北に位置するガレア王国は動きやすくなる。本来は南の国境防衛に充てるべき兵力まで動員し、全力でアクルード王国侵攻を為すことができる。
「一昨年のルテラン王国征服では飽き足らずにアクルード王国まで狙うあたり、ガレアの女王は本当にアロナ島統一を目論んでるのかもしれませんねぇ」
「ああ、その可能性は大いに高まったと言うべきだろう……まったく大した野心家だよ。さすがは古の王族の末裔ということか」
祭司長フィオナの言葉に頷き、エドウィンは皮肉交じりに語った。
帝国支配の時代よりも以前、アロナ島に小王国が群立していた大昔。それらの国々の中に、ガレアという国があったと言われている。このガレア王国はある時期に勢力を急拡大し、今より三百年ほど前には、短期間だがアロナ島全域を支配下に収めた。その逸話もあり、アロナ島の歴史における最初の統一王国として、アロナ人の間で伝説的に語り継がれている。
今より二百数十年前、帝国軍がアロナ島へ侵攻した頃には既に弱体化し、島内に幾つも並び立つ小王国のひとつとなっていたガレア王国は、他の国々と共に滅亡した。
時は流れ、この新時代になってアロナ島南東部に興った新たなガレア王国、その建国者である女王は名をイゾルデと言い、かつて帝国による抹殺を逃れたガレア王家の生き残り、その末裔を自称している。今のガレア王国の統治においても、自身の血統を王権の根拠として掲げており、新しい王国を建てたのではなく古の王国を再興したのだというのが彼女の主張だった。
エドウィンよりもさらに若く、未だ二十代半ばほどだというイゾルデは、元はエドウィンと同じく大陸の傭兵だった。アロナ島出身の父親の跡を継ぎ、十代半ばにして百人規模の大傭兵団の長となった彼女は、エドウィンがアロナ島南西部に渡った同年に島の南東部へ上陸。付き従った配下たちの武力を頼りに、現在のガレア王国を築いたという。
彼女が本当に古のガレア王家の末裔なのか、確かめる術はない。自分がそうであると彼女が本当に信じているのか、あるいは意図的に詐称しているのかも分からない。
一昨年にルテラン王国を征服したガレア王国は、しかしカレド山脈で隔てられたリンダム王国に対しては友好的な態度をとってきたため、支配者の替わった山向こうとの交易は継続されてきた。その一方で、エドウィンは内心ではイゾルデを警戒していた。かつてアロナ島統一という偉業を成し遂げたガレア王家の末裔を名乗る彼女は、再びその偉業を成すことを企んでおり、ルテラン征服もその企みの一環なのではないかと想像していた。
彼女がさらなる野心を示している現状を受け、この想像は確信へと変わり始めている。
「だが、古のガレア王国の栄光も遠い過去の話だ。仮にイゾルデ女王が本当に王族の末裔だったとしても、このまま独り勝ちすることを許してやる義理はない。彼女にはこのまま、アロナ島中央部に留まってもらわなければ」
自身とよく似た流れで一国の支配者へと成り上がったイゾルデに、エドウィンは個人的に親近感を抱いている。が、それは彼女との敵対を避けることを意味しない。彼女と己の境遇が似ていたとしても、警戒すべき仮想敵の一人であることに変わりはない。
仮想敵が真の敵になろうとしているのであれば、相応の対処が必要となる。
「認めてやるのは癪だが、ブレドリック王の考えは正しい。ここでアクルードを守り、ガレアが間近の脅威となる事態を未然に防ぐのが最も賢明だ。ガレアに対して最大限の勝算を得るために、我が国も加勢するべきだ。そうだろう?」
ついでに言えば、自国の命運をあのブレドリックに委ねるというのは受け入れ難い。奴が敗北したせいでガレアの脅威に迫られる未来よりも、自分も参戦して敗けた上でそうなる未来の方がまだ納得できる。そのような本音は内心に留めつつ、エドウィンはジェラルドに視線を向けた。
「同感です。人口規模で見れば、こちらの三国の合計はガレア王国を上回っています。アクルードがガレアの手に落ちれば逆転される。こちらが有利な状況を維持するためにも、参戦した方がいいでしょう……この三年の間も、戦いの準備は常にできていました。新参の戦士たちにも訓練は十分に積ませています。命令があれば今すぐにでも動けます」
最側近の頼もしい応答に満足して頷いたエドウィンは、隣に座るクレアを振り返る。
「……クレア。できることならば僕も戦いたくはないが、我が国を守る上で、おそらくこれが最善の決断だ。どうか分かってほしい」
愛する伴侶の手をそっと握りながらエドウィンが語ると、彼女は微笑を浮かべて頷く。
「ええ、理解しています。国を守るために決断なさるあなたを、妻として誇りに思います。今回もリンダム王国が勝利して、エドウィン様が御無事でこの事態を乗り越えられると信じています」
おそらく内心では不安を抱えながら、しかし彼女の声と表情は落ち着いていた。
「……さすがは我が王妃だ」
王妃として、そして母として年月を重ねたことで、彼女は強く頼もしくなった。エドウィンはそう思いながら微笑を返す。
健気な伴侶を抱き締めてやりたい気持ちを今は堪えつつ、側近たちを見回して不敵に笑む。
「ブレドリック王の提案を受け入れる。ガレア王国の強大化を防ぐため、我が国はアクルード王国とベルノニア王国に加勢して戦いに臨む。直ちに出征の準備を始めるとしよう」




