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【書籍化決定】我が覇道を讃えよ ~尊大不遜な元傭兵、辺境で勝手に建国して成り上がる~  作者: エノキスルメ
第三章 諸国群立の時代

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第八十八話 発展と安定の日々②(アロナ島地図あり)

挿絵(By みてみん)


アロナ島の最新の勢力図です。

数字は各地の大まかな人口、水色の線は主要な河川、茶色の三角形は主要な山脈、赤い点線は平地の国境です。

 広間は、日常生活と社会活動の双方において重要な意味を持つ空間とされている。リンダム王家においても、館の広間はエドウィンと家臣たちの政務の場として、王族の居間や食卓として、ときには客を迎える宴や謁見の場として、常に中心的な役割を担っている。


 ある日。エドウィンが広間で政務に臨んでいると、側近オズワルドの弟であるウィトレッドが正面の扉から入ってきて、そのまま主君のもとへ歩み寄ってきた。


「国王陛下、大陸から商人が来訪しました。これまでに見たことがない顔です。陛下への謁見を求めていますが、いかがしましょう?」


 足が悪いために戦士ではなく文官となる道を選び、既に見習いではなく一人前として活躍している彼の報告を受け、エドウィンは小さく片眉を上げる。


 アロナ島からのロドニア帝国軍撤退と時を同じくして、大陸西部の北側一帯においても帝国支配の崩壊は急速に進んだ。この十年ほどでアロナ島に小国の群立する新たな社会が築かれたように、大陸の旧帝国北部でも、新興の王国が幾つも誕生して新時代の秩序が築かれつつあるという。

 そのような大陸側から、アロナ島へ来訪する商人も増えている。大きな港のある南東部のみならず、こうして南西部のリンダム王国までやってくる者も少なくない。


「そうか、また新しい商人が来たのか……ウィトレッド、報告ご苦労。早速会うとしよう」


 エドウィンは今行っていた政務――徴税記録の確認作業を中断すると、補佐を務めていた家令のドーラに命じ、謁見の用意をさせる。

 ドーラの指示のもとで家臣や使用人たちが中央の大テーブルを片付け、親衛隊戦士たちが左右の壁際に並び、広間が政務の場から謁見の場へと様変わりした後。エドウィンは玉座に堂々と構えて威厳を演出しながら、大陸から来訪した商人を迎えた。


「エドウィン・リンダム国王陛下。並びに王妃殿下。突然の訪問にもかかわらず、謁見の御時間を頂戴し、誠にありがたく存じます」


 丁寧な所作で一礼し、エドウィンとその隣に座るクレアに挨拶を述べたのは、身なりからして裕福な大商人だと分かる初老の男だった。

 元よりアロナ島と比べて人口が桁違いに多い大陸側から見れば、この数年で増えた分を加味しても三万強の人口しか持たないリンダム王国はごく小さな国。それでもこの地においてはエドウィンこそが絶対権力者であり、そのことをよく理解しているらしい商人は、あくまでへりくだった態度で王への敬意を示す。

 商人のその態度に満足しながら、エドウィンは鷹揚に応える。


「はるばるよく来てくれた。大陸から来訪する商人は、我が国にとって貴重かつ有用な存在だ。この国の王として諸君を歓迎しよう」

「歓迎の御言葉、光栄の極みにございます……リンダム王国の豊かさと陛下の偉大さにつきましては、同業の者たちより常々伺っております。私どもも是非、この地で商売をさせていただければと思い、こうして訪問させていただきました。此度のご挨拶に際して、お近づきのしるしに贈り物をさせていただければ大きな喜びにございます。どうかお納めくださいませ」


 商人が手振りで合図をすると、彼の後ろに控えていた部下たちが贈り物を差し出す。装飾品やワインや香辛料など、いずれも高価そうな品がエドウィンの前に並べられる。

 土地の支配者から商売の許可と滞在時の庇護を得るために、商人が贈り物で機嫌をとろうとするのはよくあること。こうした贈り物を受け取ることは、支配者層にとって役得であると同時に、馬鹿にならない臨時収入となる。


「良い品々ですね、陛下」

「そうだね。質も優れているようだし、アロナ島ではなかなか手に入らないものばかりだ」


 楽しげに贈り物を見回しながら言ったクレアに、エドウィンは微笑して返す。二人の傍らではエゼルウルフとアリスがきらびやかな金細工を見て目を輝かせ、一方で家令のドーラに抱きかかえられたセレンは、何か動物をかたどっているらしい木彫りの置物に興味津々の様子だった。


「贈り物はありがたく受け取ろう。諸君には宿を用意するので、まずは休んで旅の疲れを癒すといい。今宵はこの広間で宴を開く。食事と酒を楽しみながら大陸の近況を聞かせてくれ」

「それはそれは、寛大なおもてなしをいただき、大変恐縮に存じます。お言葉に甘えさせていただきます」


 再び丁寧に一礼した商人は、ウィトレッドの案内を受けて部下たちと共に広間を出ていく。それを見送った後、エドウィンは玉座で足を組み、頬杖をつき、気を楽にする。

 その隣では、クレアがエドウィンの方へ寄るように身を傾けながら、笑顔で話しかけてくる。


「大陸商人の来訪も、すっかり珍しくなくなりましたね」

「ああ。大陸の品々が流入すれば我が国の経済は刺激され、社会の再興が進む。商人の来訪が増えれば大陸の最新の情勢も知りやすくなる。まったくありがたい限りだよ」


 大陸からは、贈り物にもあった装飾品や酒や香辛料のほか、砂糖、香油、布や服、元は帝国軍のものであろう武具など、多様な品が商人たちの手で持ち込まれる。一方でこの地からは、羊毛や羊皮紙、蜂蜜や薬、リンダム陶器などが輸出されている。アロナ風の金細工なども、帝国支配の時代にそうであったように、大陸の富裕層の間で通な品として需要があるという。


 大陸との交易によって、リンダム王国は国家として着実に成長を続けている。そのことに確かな手応えを覚えながら、エドウィンは上機嫌に笑む。


・・・・・・


 王の都からほど近い神殿で、三年にわたって祈りと学びと社会への奉仕に努める修行を行った末に、パトリシアは見習いの立場を終えて正式に祭司となった。


「国王陛下があなたをお呼びですよ。あなたが修行を終えたことを祝福して、これからのことを少しお話ししたいそうです。早速行ってらっしゃい」


 統一暦四一七年の晩秋。幾人もの祭司たちが証人として見守る中で儀式を執り行い、パトリシアを一人前の聖職者と認めることを神々に向けて宣言してくれた祭司長フィオナの指示を受け、パトリシアは急ぎ王の館へ向かった。

 すぐに広間へ通され、そこで国王エドウィンに迎えられる。玉座に向かって跪く謁見のかたちではなく、テーブルを囲んで語らう私的な面談が行われる。


「こうしてゆっくり話すのは本当に久しぶりだね。今日、正式に祭司身分になったと聞いている。おめでとう」

「ありがとうございます、国王陛下。恐縮に存じます」


 修行中、パトリシアはフィオナの仕事の手伝いも行い、都にも度々足を運んでいたが、エドウィンと会う機会は多くなかった。数か月ぶりに対面したパトリシアに対して、エドウィンが向ける表情は優しい。


「安らぎは見つけられたかい?」

「……はい。今は全てを受け入れて、乗り越えて、前を向くことができています」


 王の問いに、パトリシアも微笑を浮かべて答える。

 時間は多くのことを解決してくれる、という真理を、身をもって知った三年間だった。亡き家族への愛を忘れることは生涯ないが、家族を失った悲劇に苛まれることももはやない。与えられた平穏な日々の中で正面から過去と向き合ったからこそ、今は未来を見ることができる。


「国王陛下の歩みを見ていきたい、という思いは変わりません。ですが、今はただ陛下の歩みを見るのではなく、家臣の一人としてリンダム王家をお支えするために微力を尽くしたいと、心から思っています……陛下が偉大な王であらせられることは、この三年でよく理解しました。陛下の御為に尽くすことは、祭司として意義深く、一個人として誇るべきことだと思っています。そして、陛下にお仕えすることが父と兄のためにもなると信じています。かつて偉大な王と戦った偉大な敵として、父と兄の名が後世に知られてほしい。だからこそ、リンダム王家の栄光が末永く続くよう微力ながらお力添えをさせていただきたい。そう考えています」


 自分はこの国の敵の娘だった。その事実は変えようがない。だからこそ、リンダム王家の家臣として主君の信頼を得たいのであれば、飾ることのない本心を明かすべき。そう考えてパトリシアが語ると、エドウィンは嬉しそうに笑みを深める。


「さすがはダグラス殿の娘だ。素晴らしい……君が私の覇道に望みを託してくれたことを誇りに思おう。決して君の期待を裏切りはしない。安心して私に仕えるといい」


 その言葉を受け、パトリシアは安堵の表情を浮かべる。


「確固たる信念を持ちながら仕えてくれる家臣は貴重だ。そして頼もしい。君を信頼し、君のこれからの働きを楽しみにしているよ」

「……心より感謝いたします、陛下」


 心の内を希望に満たされながら、パトリシアは言った。


・・・・・・


 穏やかな冬が過ぎ去った、統一暦四一八年の春。エドウィンは御用商人のロイドより、重要な報告を受けた。


「南東部で争乱が発生する模様です。ランヴェール王国とユーゼリア王国が、国境線を巡る係争をきっかけに衝突するようで、エリュー王国がランヴェール王国に、ルマノ王国がユーゼリア王国に助力するものと思われます。此度の交易の際、ルマノの商人たちに教えてもらいました」

「……なるほど。四か国が参戦する争乱とは、何とも賑やかな話だ」


 冬が明けて最初の交易から帰還し、都の船着き場に到着してすぐさま館を訪れたロイドからそう語られると、エドウィンは片眉を上げながら呟く。


 アロナ島南東部は、南西部と同じく三年ほど前より勢力図が固定されている。東にはエリュー王国とランヴェール王国が並び、二国の南西にはユーゼリア王国が、さらにその南西側にはルマノ王国がある。リンダム王国から見れば、このルマノ王国は湾を挟んで向かい合う南の隣国ということになる。

 大陸に近いアロナ島南東部は、島内の他の地域に比して人口密度が高く、面積においてはおそらく南西部と大差ないものの、推定人口は南西部の二倍以上に及ぶ。人口規模ではリンダム王国やベルノニア王国と同等以上の国々が、狭い地域に四つ並んでいる。


「確か、エリューとランヴェールの王家は昨年に婚約関係を結んだのでしたね?」

「はい、王妃殿下。エリュー王国の王女と、ランヴェール王国の次期国王たる王子が婚約し、両国の結びつきは大きく強化されました。今回両国が協働しているのは、この婚約関係が理由と思われます」


 エドウィンの隣に座るクレアが問うと、ロイドは首肯を返す。


「ルマノがユーゼリアに手を貸すのは、かの国を防壁として利用したい意図があってのことだろうな。ユーゼリアの方も、ルマノの支援を受けられるのであれば防壁扱いされても文句は言うまい……東のエリューとランヴェール、西のユーゼリアとルマノ、これが南東部の新しい勢力図というわけか」


 腕を組みながら思案を巡らせたエドウィンは、ロイドの方へ視線を向ける。


「山脈と海で隔てられた地の争乱となれば、我が国へ直接影響を及ぼすことはないだろうが、とはいえ推移は気になるところだ。ロイド、その一件について、引き続き情報を集めてほしい」

「かしこまりました。優先的に情報収集を行ってまいります」


 王の指示を受けた忠実で有用な御用商人は、揉み手をしながら恭しく頭を下げた。


 この春は南東部の争乱の結果について報告を待ちながら、これまでの三年間と同じように平穏な統治を続けることになるだろう。エドウィンのその予想は、しかし数日後には新たな報せによって覆されることになる。

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