第八十一話 冬が明け
各貴族の領地まで含めればティリス川以南の大半を支配下に収めたエドウィンは、自身の権勢の急拡大に合わせ、王家に仕える戦士団のさらなる増強を決断した。
新たに定める戦士団の定員は二百人。拡大した直轄領からの税収に加え、各貴族家から上納される税も活用することで、これだけの規模の軍勢を常備兵力として維持できる見込みとなった。
戦後処理が終わってすぐに直轄領の民に向けて募兵が行われると、農家の次男以下や、大陸から渡ってきたキラケス人移民など、多くの若者が都に集結。戦士長ジェラルドの監督のもとで志望者たちの腕力や体力、命令を理解できるだけの頭があるかどうかが確認され、晩秋には必要な人数が揃った。
「……思いのほかそれらしく動けているな。志願兵上がりの連中が多いとこうも違うか」
「まあ、あくまでも素人戦士のわりにはって程度だけどな」
新参戦士たちの基礎的な訓練が始まって数週間が経ったある日。訓練場の一角で彼らが励む様を眺めながら言ったのは、自分たち古参戦士の定期訓練を先ほど終えたレオフリックとオズワルドだった。
戦士団の定員が大幅に増えたことで、これまで戦士階級になることを夢見て戦争に志願していた民兵上がりの者たちが、揃って念願の戦士団入りを果たした。平時の民兵訓練にも参加し、集団行動の基礎程度は身につけている彼らが多くを占めることで、百人以上もいる新参戦士たちは案外まともな動きを見せている。
彼らの教官役を務めるのは、戦傷などを理由に一線を退いた元戦士たち。指や手足を失ったり足を引きずっていたりしても、新参戦士や民兵の訓練を指導することはできる。そのため彼ら元戦士は、このようなかたちで活躍の場を与えられている。
「この調子なら、まともな戦力に育つのも意外と早いか?」
「そう願いたいねぇ。つまるところ四年前と同じだ。冬明けからは、軍務でこいつらを下っ端として使いながら鍛えていくことになるだろうさ」
同じく新参戦士たちの訓練を見物しているジュリアンの言葉に、オズワルドが頷く。
「そうなれば、新参の連中を世話する苦労はあるが、人手の面ではかなり楽になるな」
騎兵部隊の副隊長ウォルフガングが言うと、皆が同意するように頷く。この一年ほどで王家の直轄領が倍増したこともあり、たとえ見習い同然だろうと戦士の人手が増えることは、誰もが歓迎するところだった。
「おいお前たち。大勢で連れ立って新参者たちを眺めてるってことは、暇なのか?」
古参戦士が何人も連れ立って新参戦士たちを見物していると、戦士長自ら訓練を監督しているジェラルドが歩み寄ってきて言った。それに対して、オズワルドが首を竦めながら答える。
「そりゃあ戦士長、暇ですよ。何たって今は冬ですから」
「そうか、それならひとつ仕事をしてもらおう。新参戦士たちも基礎的な訓練ばかりで少し退屈してきたようだからな。気分転換も兼ねて、少し実戦的な訓練をさせたいと思っていたところだ。あいつらに盾の壁を組ませるから、お前たちは攻め手を務めろ」
それを聞いた古参戦士たちは、丁度良い暇潰しの仕事を得て沸き立つ。
「おおっ、そりゃあ楽しそうだ!」
「先達の威厳を示すいい機会になるな」
「それじゃあ、ウォーレスを戦列の真ん中に立たせようぜ」
「ええ、俺ですか?」
楽しそうに言うオズワルドにジュリアンが頷く隣では、ウォルフガングの提案に最年少の親衛隊戦士であるウォーレスが驚きながら自身を指差す。
「お前は誰よりも見た目の迫力があるからな。いちばん目立つ位置に立てば、新参者たちに度胸をつけさせる役にぴったりだろう」
「そ、そうっすか……じゃあ、頑張ります」
レオフリックに言われたウォーレスは、少し嬉しそうに笑いながら返した。
「まったく……あくまで攻撃を受けることに慣れさせる訓練だ。ほどほどに攻めるようにな。本気の攻勢を受けさせるのはもう少し鍛えてからだ」
「了解です戦士長! 俺たちに任せてください!」
オズワルドが意気揚々とジェラルドに答え、そして古参戦士たちは素早く戦列を組む。一方の新参戦士たちは、教官たちの支持を受けておよそ二十人ずつに分かれ、順番に敵役の古参戦士たちの攻撃を受け止めていく。
「……」
古参戦士たちとの会話中とは打って変わって、ジェラルドは真剣な表情で訓練の様子を睨む。
精強な二百人の常備兵力を作り上げることは、現在の王国の軍事における最優先事項。完成に近づきつつあるリンダム王国を守るためにも、貴族たちを相手に王家の威信を保つためにも、一日も早く戦士団を万全に仕上げなければならない。
今はまだ、二百人という数だけが揃っている状態。そのうち半数以上は未熟な新参戦士。戦争が一段落して情勢が安定している今のうちに、新参戦士たちを鍛え上げなければならない。これから当面は、地道な訓練の日々が続く。
・・・・・・
年が明け、統一暦四一四年。社会が徐々に動き始めた晩冬のある日。エドウィンは王妃クレアと子供たちを伴い、都の北側、新しい王の館の建設地に足を運んでいた。
「わあー、ちかくでみると、やっぱりすごくおおきいね、ちちうえ!」
「そうだね、エゼルウルフ。とても立派な館が完成しそうだ」
既に骨組みが立てられ始めている館を見上げ、昨年で四歳になったエゼルウルフは感嘆の声を上げた。エドウィンは腕に抱えている息子の言葉に頷きながら、少しずつ完成形の見えてきた館に自身も視線を向ける。
新しい館も縦に長い構造で、しかしその横幅は現在の館の五割増し、奥行きに至っては倍以上となる見込み。それに伴って広間も大きくなり、部屋の数も増える。
これまで館の中に同居していた側近たちや、王家の近くで暮らしていた方が都合の良い祭司長フィオナなどは、館の敷地内に個別に家屋を用意される。さらに、独身の親衛隊戦士たちや、フィオナの部下である祭司たち、家令ドーラの部下として雇われる予定の使用人たちが寝起きする家も置かれる予定となっている。
ここに客用の家や倉庫などの各種設備が加われば、館の敷地面積は小さな人里に匹敵する規模となる。エドウィンは職人や労働者が働く建設現場を眺めながら、全ての建物とそれを囲む木柵までが完成した光景を想像し、悦に入る。
「ほぉー」
「ふふふっ、アリスも興味津々ね。あなたは建設現場を見るのは初めてだものね」
「これだけ大きなものを見ること自体、アリスにとっては人生初だろうからね。珍しがるのも無理はない……今からこれだけ驚いてくれるなら、館が完成したときの反応も楽しみだよ」
クレアの腕に抱かれているアリスが目を丸くしながら声を上げると、クレアも、そしてエドウィンも笑いを零しながら言った。
館が広くなる分、その屋根と壁を支える骨組みはより強固になる。柱は太くなり、その根元には石材も支えとして用いられる。材料となる木材は、昨年エドウィンが貴族たちを従属させた時点で館の新造を見越して用意が始まっており、秋から冬にかけて伐採と加工と乾燥が行われ、この晩冬から本格的に建造が進められている。
「この調子なら、早ければ今年のうちに館自体は完成するだろうね。柱や壁の装飾は少しずつ作り進めることになるが、暮らす分には問題ないはずだ」
「すごく快適で豪華な新生活になるんでしょうね。とっても楽しみです」
エドウィンが満足げに語ると、その隣に寄り添って腕を触れ合わせながらクレアが返す。
その後は興味津々のエゼルウルフとアリスに建設作業の様子をしばらく見物させ、そして館へ戻ろうとしたとき。逆に館の方からやってきたのは、オズワルドの弟で、今年に入って正式に文官に任命されたウィトレッドだった。
「わ、若様……国王陛下……! 急ぎの報告です……っ」
幼少期の事故の影響で片足が悪いが、急ぎ足で歩く程度ならば問題ない彼は、エドウィンたちの前に到着すると、息を整える間も惜しんで口を開く。
「ぐ、グリフィズ・エストラド国王の一行が、王の都に来訪するそうで……先触れの使者が、ついさっき来ました……」
それを聞いたエドウィンは、少しの間黙り込んだ後、片眉を上げる。
「ただの使者ではなく、先触れの使者なのかい? グリフィズ王が自ら都へ来訪するつもりで、その先触れが来たと?」
「……は、はい。仰る通りです……」
ウィトレッドの首肯を受け、エドウィンは驚きを表情に示しながら、同じような表情を浮かべているクレアと顔を見合わせた。




