表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化決定】我が覇道を讃えよ ~尊大不遜な元傭兵、辺境で勝手に建国して成り上がる~  作者: エノキスルメ
第二章 拡大する版図

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

81/85

第八十話 同じ思いを

 エドウィンの庇護を得て祭司長フィオナのもとで祭司見習いとなったパトリシアは、王の都からほど近くにある神殿でひとまず修行に臨むこととなった。


 元々フィオナが管理していたこの神殿は、彼女が王の都で暮らすようになってからは、彼女をはじめ王の下で働く祭司たちが交代で手入れをしてきた。パトリシアはここで暮らしながら祭司の基本的な仕事を覚え、数年かけて一人前の聖職者を目指す。掃除や祈りといった務めに臨みながら、聖典を学び、併設された畑で自らの日々の糧を作る。

 都は神殿から視認できる程度の距離にあり、ときにはそちらへ足を運び、フィオナたち先達の祭司の仕事を手伝いながら覚えることになる。また、一人前の祭司になったと見なされたら、自身も都に居を移し、フィオナの直属の部下として王家のために働くことになる。なので、王の歩みを近くで見る、というパトリシアの望みは十分に叶えられている。


 数日前から始まった神殿での暮らしは、静かで穏やかなものだった。朝晩の祈りによって神々と向き合い、聖典を読んで真理と向き合い、畑で土に触れて世界と向き合う生活は、多くの混乱と苦難に見舞われたこれまでの日々とは真逆だった。


 ここでなら、父と兄を失った悲しみを受け止め、そして受け入れていける。ゆっくり時間をかけて喪失を乗り越えられる。新たな人生――祭司として社会に貢献しながら、歴史の目撃者として一人の王の歩みを見つめていく、そんな人生を送るための準備を整えられる。

 そんな確信を得ながら、祭司見習いとしての生活に馴染み始めたパトリシアは、思わぬ人物の来訪を迎えた。


 朝の祈りを終え、神殿の周辺の掃除をしていたとき。都から訪ねてきたのは、王妃クレア・リンダムだった。


「ごめんなさい、お仕事の最中に突然訪ねてしまって」

「いえ、そんな、とんでもない……恐縮に存じます、王妃殿下」


 木造の小さな神殿の中に王妃を迎え、ささやかなもてなしとしてお茶を出したパトリシアは、畏れ多い謝罪を受けて首を横に振る。


 クレアの後ろには、護衛の戦士が二人控えている。パトリシアが不審な行動を見せればすぐに動けるよう身構えているらしい彼らとは対照的に、テーブルを挟んでパトリシアと向かい合うクレアは、ごく穏やかな気配を纏っている。その気配を前にしても、パトリシアはどうしても緊張を覚えてしまう。


 パトリシアはリンダム王国軍と共に王の都に到着した際、エドウィンに紹介してもらって王妃とは一応の挨拶を交わした。が、自分の父親がリンダム王家の大敵であったことへの負い目もあり、まともに目を合わせることもできなかった。

 そのときのことで叱責を受けるのだろうか。あるいは、釘を刺されたりするのだろうか。ダグラス・バーデンの娘であるお前は信用できない、今後自分や王子王女に近づいたり話しかけたりすることは許さない、と。彼女が纏う穏やかな気配も、話の途中で態度を豹変させてこちらを怖がらせるためのものなのだろうか。

 そんな想像を巡らせながら不安を覚えるパトリシアに、しかしクレアは優しい面差しを向けて語り始める。


「……私もね、父と兄を亡くしたの。今から五年前の、帝国軍が撤退して島に大変な混乱が広がっていた頃よ」


 王妃の言葉を受け、パトリシアは虚を突かれた表情になる。


「あの頃、この辺りでは大規模な盗賊団が暴れていて、父と兄はそれを討伐しようとして命を落としたの。幼い頃に母を亡くして、その上で父と兄までいなくなってしまって、言葉にできないくらい心細かったわ……母と死別したのは四歳のときで、少しは思い出を作ることができたから、生まれてすぐにお母様を亡くしたあなたよりはましな境遇だったと思うけれど。それでも少しはあなたの気持ちが分かるつもりよ」

「……そう、なんですか……」


 エドウィンか、あるいはフィオナから聞いたらしく、クレアはパトリシアが生まれてすぐに母を亡くしたことまで知っていた。よく似た境遇を経験している彼女に、パトリシアは何と返せばいいか分からず、零れたのはひどく曖昧な相槌だった。


「……あなたにとって国王陛下は、お父様とお兄様の仇。その妻である私からこんな話をされても困るでしょうし、もしかしたら不愉快なばかりかもしれないけれど……」

「いえ、決してそんなことはありません。私は……確かに、最初は国王陛下を恨んでいました。家族の仇として憎んでいました」


 下手なことは言えない、という怖気と、今ここでしっかりと自分の思いを語らなければ、という焦燥。二つの感情を同時に抱きながら、パトリシアは言葉を探し選びつつ話し始める。


「だけど、理性では分かっていたんです。私の父は自分の意思でリンダム王国に戦いを挑むことを決めた。兄もその戦いに加わることを決めた。敗ければ死ぬこともあり得ると分かった上で戦いに臨んだ。勝敗が逆だったら、国王陛下が私の父や兄に殺されていたかもしれない。だから、父と兄の死を家族として悲しむことは当然だとしても、国王陛下を憎むのは筋違い。そう考えるべきだと理解していたんです」


 語りながら、パトリシアの視線はテーブルに置かれた自身の手元へ落ちる。


「むしろ私は、助命していただいて、父に打ち勝った王の歩みを見ていきたいという個人的な願いまで叶えていただいたことを、陛下に感謝するべきなんです。実際、心から感謝しています。今は最初のような、陛下を家族の仇と見て恨む気持ちはありません……父と兄の死や、この先の人生については、これから時間をかけて自分の心に折り合いをつけていこうと思っています。幸い、この神殿での修行中は考える時間がたくさんあるので」


 そう言って、パトリシアは微笑んでみせた。それを見たクレアも微笑を浮かべた。


「あなたがそう思うことができているのならよかったわ……私はただ、私と同じ境遇を経験して、その上で私よりも複雑な状況に身を置くことになったあなたが心配だったの。あなたを心配して気遣っている人間が、ここに一人いることを伝えたかったの。それがあなたの安らぎに繋がるかは分からなかったけど、とにかく伝えたくて……それで、ついおせっかいを焼きにきてしまったの。今になって思えば、きっと出過ぎた真似だったわね」


 困ったような笑顔でこてんと首を傾げてみせたクレアの仕草はとても可愛らしく、愛嬌たっぷりで、パトリシアは思わず笑い返す。


「いえ、お心遣いに心から感謝します……なんだか、すごく安心しました」


 言いながら、パトリシアは胸の前でぎゅっと手を握る。


「自分がリンダム王国の大敵の娘だったっていう事実は、どうやっても消しようがなくて。その過去を抱えてこの国で生きていくことに、最初はすごく心細い気持ちを抱えていたんです。でも、祭司長様も他の祭司の皆さんも、すごく優しく親切に接してくださって、少しずつ心細さが薄れていくのを感じていました……そして今日は、王妃様にこうして寄り添っていただいて、すごく心強く感じました。同じ寂しさを知っている人がいて、その人が自分に寄り添ってくれているんだと思うと、こんなに安心できるんですね」


 パトリシアが語ると、クレアは一瞬泣きそうな顔になる。すぐに微笑に戻りながら、手を伸ばしてパトリシアの頭を優しく撫でる。


「……家族を全て失っても、その先の人生を孤独に生きることを運命づけられたわけじゃない。生きる目的や意義だけじゃなくて、喜びを新しく見つけることもできる。人生が続く限り新しい幸せを得る機会はある。それは神々が私たちに与えてくださった真実よ。エドウィン様は……国王陛下は誠実で公正な御方。このリンダム王国の一員になったあなたの人生を、他の皆の人生と同じように、全力で守ってくださるわ。そのことをどうか覚えていて頂戴」


 優しく頭を撫でられ、慈愛に満ちた声色と表情で語られながら、パトリシアは幼い子供のようにこくりと頷いた。

 パトリシアに母の記憶はない。しかし、母親に慈しまれるというのはきっとこんな感覚なのだろうと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ