第七十五話 苛烈な報復
戦士と民兵に休息をとらせた後、エドウィンがリンダム王国軍を率いて侵攻したのは、旧バーデン領の北に位置するファーマス王国だった。
ファーマス王国の人口はおよそ二千人なので、併合すればエドウィンの支配域の人口は一万人に達する。この人口一万人というのは、エドウィンが直轄領拡大の目標として掲げていた規模。現在の統治体制で十分に支配を行き届かせられるであろう最大限に、いよいよ到達することになる。
また、地理的に見ても、ファーマス王国の支配域は奪うのに丁度いい。現在のリンダム王国領土の北東部に位置しているので、征服し併合すれば、直轄領の境界線は歪に突出することも凹むこともなく、概ね綺麗に引かれることとなる。
ティリス川以南の人口と面積の両面において、西側の三分の一ほどを直接支配し、残る三分の二においては各勢力の支配者たちを従属させて傘下に置き、間接的に支配する。それがエドウィンの考えているリンダム王国のひとまずの完成図だった。
ついでに言えば、土地の肥沃さも注目に値する。ファーマス王国の支配域は地勢もなだらかで豊かな牧草地や森が多いため、農耕はもちろんのこと、家畜の飼育が盛んに行われている。その農業生産力は面積や人口規模に比して高く、王家が直接支配して税を徴収する上で魅力的。
政治と経済の両面で征服する利益の大きい土地へ、総勢二百人を超える残存兵力を率いて侵入したエドウィンは、そのままファーマス王家の拠点へと進軍し、その目前に布陣する。
「ファーマスの王もその家族も、逃げる素振りは見せていません。全員があの拠点に留まっているはずです」
「無理もないことだ。家族を連れて私財を抱えながら、騎馬の追撃から逃れることはできないだろうからな……ご苦労だった、ウォルフガング」
本隊に先行して騎兵の半数を連れ、ファーマス王家の拠点を見張っていたウォルフガングの報告を受け、エドウィンは言った。
その傍らでは、オズワルドが拍子抜けしたように嘆息する。
「それにしても、王の都とは比べ物にならないですね。館の方も貧相なもんだ」
「まあ、こんなものだろうさ。元が小地主の館だったにしては、むしろ立派な方だろう」
若き側近の言葉に、エドウィンは鼻で笑いながら返す。
王を名乗っていても、所詮は人口二千人の支配域の主。おまけに元の身分は、零細自作農よりは多少裕福な程度の小地主。そんなファーマスの王の拠点は、平均より多少大きい程度の農村で、居所は村の一角にある館だった。
付随する建物の数はなかなか多く、そのうち幾つかはおそらく国を建てた後に増やしたものだろうが、母屋と思われる建物はリンダム王家の館よりも明らかに小さい。敷地は木柵で囲まれてはいるが、百人単位の軍勢による攻勢に耐えられるようには見えない。
戦力の面でも、ファーマス王家はもはやエドウィンには敵わない。先の戦いでファーマス王国の軍勢は壊走し、その際に民兵は散り散りとなった。彼らは故郷の人里に勝手に帰ったか、戦場の周辺で未だ彷徨っているはず。目の前の農村にある戦力は、元々の防衛兵力と生還した家臣、総勢で数十人程度と思われた。
「あの拠点と戦力では、どうせろくな抵抗もあるまい。手っ取り早く片付けてしまおう……ウォルフガングたちは引き続きファーマス王家の逃亡を防ぎ、本隊は一斉に突撃。逃げる敵は無視して村と館を制圧し、館の中には私と親衛隊で踏み込む」
エドウィンの命令で、リンダム王国軍は農村に向けて前進を開始する。
野営地の警備として残した兵力を除く二百人が攻めかかると、案の定と言うべきか、ファーマス王家からの抵抗はほとんどなかった。
白旗を掲げながら近づいてきた降伏の使者らしき敵を、戦士たちが問答無用で殴り倒して手早く捕らえ、軍勢が足を止めることなく村へ迫ると、三十人程度いた敵側の民兵たちは戦うことなく無力化された。元より戦意などなかったのか、彼らは戦士たちが盾の壁や騎馬の疾走で威嚇しただけで簡単に壊走した。村の出身らしき者たちは各々の家に逃げ込み、残りは村の外へ去った。
村の住民たちが下手に動かないよう、オズワルドに半数の兵力を預けて見張らせつつ、残りの半数を連れてファーマス王家の館を取り囲むと、やはり本格的な戦闘は起こらなかった。十数人ほど残っていた武門の家臣の大半は無抵抗で降伏し、忠誠心の高いらしい数人が抵抗したが、多勢に無勢であっさりと殲滅された。
もはや完全に無防備となった館の中へ、親衛隊を先陣にエドウィン自らが踏み込むと――広間にはファーマス王家の一同が揃っているようだった。
エドウィンは数年前に一度だけ、支配域を並べる隣人としてロドリ・ファーマス国王と会ったことがあるので彼の人相を知っている。そのロドリは完全装備で屹立して侵入者を迎え、傍らには彼の伴侶らしき上等な身なりの女性と、彼の息子であろう顔立ちのよく似た青年がいた。
御用商人ロイドから事前に聞いていた話では、ロドリの家族は妻と独身の一人息子のみということなので、ここにいる三人がファーマス王家の全員ということになる。
「ロドリ・ファーマス国王。手荒な登場となったが、謝罪はしないぞ。先に敵対してきたのは貴殿の方だからな……ファーマス王家はダグラス・バーデン将軍と共謀して連合軍の結成を主導し、我が国の滅亡を企んだ。私から全てを奪おうと試み、失敗した以上、覚悟はできているはずだ」
「……ああ、できている」
エドウィンが真っすぐに見据えながら呼びかけると、ロドリは鋭い視線を返しながら、低い声で答える。
「だが……黙って殺されると思うな!」
ロドリが戦斧を掲げて迫ってくると同時に、王子も戦斧を振りかざして襲い来る。
その決死の攻撃は、しかしエドウィンまで届かない。ロドリにはジェラルドが対峙し、瞬く間に彼を斬り伏せ、一方で王子には親衛隊戦士が二人立ちはだかり、数でも実力でも敵側を上回ってこちらも難なく勝利を収める。
「さすがは小地主から一地域の支配者に成り上がった男とその継嗣、勇ましい最期だな……貴殿らの名は優れた敵として我が国の歴史書に記録し、後世に伝えよう。安心して旅立つといい」
ロドリたちが事切れる前に、エドウィンは冥途の土産として保証を与えた。
ダグラスも彼の嫡男も、何だかんだで自ら戦場に立っていたタイウェルやガレスも、この時代に成り上がりを果たした者たちは皆が人並み外れた気概の持ち主。ロドリもその例に漏れず、そして彼の一人息子も父親の度胸を受け継いでいたらしい。
そう思いながら二人の散り様をしかと見届けたエドウィンは、王妃へと視線を移す。
ファーマス王家の名においてリンダム王国に侵攻した以上、その責任は王家の全員にある。エドウィン個人の信条として、未成年の者がいれば生かしただろうが、ロドリの息子は一昨年に成人しており、その際にはエドウィンも祝いの品を贈った。なのでこの場においては、ロドリと共に王子の責任も容赦なく追及した。
エドウィンたちにとって馴染み深い帝国法では、男女の扱いに差はない。王妃も責任ある一人の成人である以上、ロドリや王子と同じように責任をとることを求めるのが、むしろ彼女への礼儀だと考えるべき。
しかし同時に、もし自分とロドリの立場が逆だったならば、と考えてしまう。リンダム王家が敗者となり、家族が逃げられずに捕らえられたならば、まだ幼い子供たちは助命してもらえる可能性が高いとして、クレアにも生きていてほしいと思うのは間違いない。
エドウィンが躊躇を覚えたのを、僅かな表情変化や仕草から王妃は見破ったようだった。彼女は姿勢を正すと、毅然として口を開く。
「早く私も神々のもとへ送ってくださる?」
その言葉を受け、エドウィンは思わず目を見開く。
「私は夫と息子と話し合って、皆で納得し合った上で、ファーマス王家の総意としてリンダム王国に侵攻したの。敗ければどうなるか覚悟の上で決断したの。武器を持たない女だからといって見逃すのは、私やファーマス王家そのものへの侮辱よ……私は地主の妻から一国の王妃になったのよ。ファーマスの国母として然るべき責任をとらせなさい」
彼女が語るのを半ば唖然として聞いていたエドウィンは、静かに笑むと、胸に手を当てて深々と頭を下げる。
「非礼を心から詫びよう、王妃殿。見事なお覚悟だ……」
そして、盾を戦士の一人に預け、剣を収めると、短剣を抜いて彼女へ歩み寄る。
「……一つだけお願いがあります、エドウィン王。私と夫と息子を、同じ墓に埋葬して頂戴」
「分かった。神々に誓ってその願いを叶えよう」
エドウィンはそう答えると、彼女の肩に左手を添え、彼女の胸の中心に短剣の切っ先を当てる。
そして、彼女の心臓を貫く。目を閉じて刃を受け入れた王妃は、僅かに表情を歪める。
「王妃殿、貴方は私よりも勇敢だ」
エドウィンが囁くように言うと、王妃は上品な微笑を零した。薄く目を開き、夫と息子を一瞥すると、再び目を閉じてその身体から力が抜けた。
彼女の胸から短剣を引き抜き、遺体をそっと横たえたエドウィンは、立ち上がって胸の前で九芒星を描いた後、戦士たちの方に向き直る。
「ファーマス王家は打倒された。彼ら三人は死をもって責任を取った。遺体は丁重に扱ってくれ……その他の事後処理についてはいつも通りだ。ファーマス王家の家臣たちはひとまず監禁し、村の住民たちには外出禁止を命じるように。住民に対する暴行や掠奪は厳禁とする」
エドウィンの命令で、親衛隊戦士たちは動き出す。ロドリたちの遺体を運び、あるいは王の命令を他の皆に伝えるために走る。
先ほどまでロドリが座っていた立派な椅子にどかりと腰を下ろしたエドウィンは、背もたれに体重を預け、大きく息を吐く。
降伏を認めずファーマス王家の一同を抹殺したことには後味の悪さを覚えないでもないが、これも王として為すべき仕事だった。
今回のリンダム王国への攻撃は、あくまで国境地帯での係争の発展という建前だった昨年の戦いとは違い、端からリンダム王国の滅亡を目的とした純然たる軍事侵攻。それを首謀した者たちを助命すれば弱気の王として周囲から侮られ、その侮りがさらなる攻撃を招く可能性もある。
また、昨年助命したダグラスが今年再戦を挑んできたように、ロドリたちも追放されれば再起を図る可能性がある。昨年はあわよくばダグラスに領土拡大の口実を作らせたいという思惑もあったが、今はもはやそのような事態を狙う必要はなく、むしろ後顧の憂いを断つべき状況。
家族と家臣、そして自国の民を守るために、ここは厳しい決断を為すべき場面だった。無事に大仕事を終えたエドウィンは、室内に居残っている側近たちに視線を向ける。
「しばらくこの村を拠点にして、他の五勢力への対応も進めなければ。それぞれの拠点へ私からの勧告を届ける準備をしてくれ。祭司たちを使者とし、戦士を二人ずつ護衛につけよう。人選はフィオナとジェラルド、君たちに任せる」
「かしこまりましたぁ」
「すぐにとりかかります」
従軍している祭司たちの統括役を担う祭司長フィオナと、戦士長ジェラルドが、それぞれ王の指示に頷く。
「……国王陛下」
そのとき。広間に入ってきたのは、館の敷地内の制圧を任されていたジュリアンだった。
「客室として使われていたらしい小屋に、ダグラス・バーデンの娘がいました。特に抵抗されることもなく、捕虜としています」
その報告を受けたエドウィンは、小さく片眉を上げる。
「そうか。ファーマス王家がダグラス殿と共に連合軍を主導しているという話だったが、彼の娘もここに滞在していたのか……そのまま捕らえておいてくれ。ただし拘束はせず、客室に軟禁して丁重に扱うように」
「承知しました」
ジュリアンは頷くと、足早に館を出ていった。
こうして、ファーマス王国は完全にエドウィンの手に落ちた。連合軍を打ち破ってその参加勢力を制圧し、ティリス川以南の大半を征服するエドウィンの計画は、次の段階へと進む。




