第七十四話 連合軍迎撃⑤
騎兵部隊が連合軍本隊の左翼側から突入していく様は、リンダム王国軍の戦列、その最前列の中央にいるエドウィンからも見えていた。レオフリックを先頭とした騎兵たちが敵軍の戦列をかき乱す様を見ながら、エドウィンは新たな命令を下す。
「斬り込め! 一気に攻めかかれ!」
叫びながら、まずは己自身がその命令に従って目の前の敵に襲いかかる。盾による防御を堅持しながら敵を牽制するのではなく、大胆に踏み込みながら体当たりをくり出し、不意を突かれた敵をよろめかせ、後ろへ下がらせる。
それに、エドウィンの周囲に並ぶ戦士たちが従う。ウォーレスがエドウィンの肩越しにくり出した槌の一撃はよろめいた敵を地面に突き倒し、エドウィンと並んで踏み込んだジェラルドや親衛隊戦士たちも、それぞれの前にいる敵を後退させる。大胆な攻勢の波は左右に広がり、リンダム王国軍が連合軍を押し込む。
敵軍の戦列が維持された状態であれば、このように最前面の敵集団を一時的に押し込んだとしても、後方の仲間に支えられた敵が即座に反転攻勢を仕掛けてくるために、すぐに押し返される。下手をすれば、各自が踏み込んで攻撃を為したことで盾の壁を乱したこちら側が、防御の弱まった隙を突かれて総崩れになりかねない。
しかし今、敵軍の戦列はこちらの騎兵部隊の突撃によって崩壊状態にある。最前の二、三列は騎馬突撃による直接の損害が限られていたが、それより後方の戦列は騎兵部隊によって散々に蹴散らされ、兵力の多くが逃げ出している。
そのような状況で、辛うじて健在だった最前面の集団が押し込まれれば、もはや態勢を立て直すことは叶わない。支えてくれるはずの後方の仲間が次々に逃げ出し、正面からは敵軍が一挙に攻勢を仕掛けてきた状況で、連合軍の最前面の集団も逃げ腰になる。
この最前面には各勢力の支配者たちの家臣や、民兵の中でも選りすぐりの屈強な者たちが配置されていたが、彼らもこの戦況で士気旺盛に戦い続けることは難しい。勇んで踏み込んでくるリンダム王国軍の前衛に抵抗しながらも、一人また一人と逃走し、やがて各勢力の支配者たちまでもが逃げ始める。もはや耐えきれないと判断し、己を囲む護衛を連れて撤退を開始する。
そうなれば、戦闘はもはや敵味方がぶつかり合う白兵戦ではなく、退却する連合軍を勢いに乗ったリンダム王国軍が追う構図へと変わる。
正面の敵集団を完全な壊走に追い込もうと前進を続けていたエドウィンは、容易く突き崩されていく敵の群れの只中に味方を見つける。エドウィンが下賜した鎖帷子を纏い、四方に戦斧を振り回して暴れ回っていたのは、戦士ウォルフガングだった。
大陸にいた頃は別の傭兵団に所属していた彼は、この五年間真面目に軍務に臨み、騎兵部隊においてはレオフリックの側近格として訓練中から活躍を見せていたので、エドウィンも顔と名前をよく憶えていた。このような位置で孤軍奮闘していたということは、騎馬突撃の際に脱落しながらも生き残っていたということか。
「ウォルフガング、よく頑張った! 前衛の後ろまで下がって休むといい!」
エドウィンの呼びかけを受けて振り返ったウォルフガングは、自分が味方の前進まで耐え抜いたことに気づいたようで、頷いて後退する。疲労困憊した様子の彼に「君の奮戦は確かに見たぞ」と言葉をかけ、正面に向き直って視線を巡らせると、正面での戦闘は既に勝敗が決していた。敵軍は完全に壊走し、もはや軍勢としては存在していなかった。
「深追いは無用だ! 左側面の敵別動隊を叩くぞ! 敵軍全体を壊走に追い込んでやれ!」
こちらに背中を向けた敵の一人を目がけて戦斧を投擲し、見事命中させたエドウィンは、それを正面への最後の攻撃とした上で自軍に命じる。若き王の新たな命令を受け、リンダム王国軍は戦列の左側面と対峙している連合軍別動隊に攻めかかる。
この別動隊の方も、本隊の壊走に気づいて動揺が広がり始めていた。また、戦場北側まで走り抜けたリンダム王国軍の騎兵部隊は、馬首を巡らせて今度は連合軍別動隊の後背に牽制を仕掛けており、そのことによっても混乱を強いられていた。
そこへ精鋭兵力である戦士や屈強な民兵から成るリンダム王国軍前衛が襲いかかれば、もはやひとたまりもなかった。複数方向から攻撃され、敵別動隊は散り散りになって戦場から逃走した。
「戦士諸君! 民兵諸君! 我らリンダム王国軍の勝利だ! 勝鬨を上げろ!」
倍近い戦力を擁していた連合軍が無様に逃げ去っていく様を見送りながら、エドウィンは剣を掲げて呼びかけた。まずはエドウィンの周囲にいる戦士たちが声を張り、それが伝播してリンダム王国軍全体が高揚の雄叫びに包まれた。誰かが「エドウィン王万歳!」と叫び、他の者たちもそれに倣い、雄叫びはやがて王を讃える声へと成り代わる。
エドウィン王万歳。エドウィン王万歳。エドウィン王万歳。万雷の声を浴びながら、エドウィンは喜色満面で勝利に酔いしれる。
・・・・・・
勝利の後には、例の如く戦闘の事後処理が行われる。負傷者の手当てや死体の片付け、戦利品の回収、捕虜の拘束が速やかに進められる。
それらが一段落した夕方、エドウィンは自身の天幕の中で状況報告を受ける。
「こちらの死者は現時点で戦士が十一人、民兵が十九人。重傷者は死者よりもやや多い程度です……二倍近い敵軍と戦ったにしては少ない方でしょう」
「ああ、損害をここまで抑えて勝利できたのであれば上出来だ。これも神々の祝福と、皆の奮戦のおかげだろう」
ジェラルドの言葉に頷いたエドウィンは、この場に立ち会っている他の戦士たちの方へ視線を向ける。
「オズワルド、今回もよくクロスボウ兵を率いてくれた。我が軍の前衛が余裕をもって持ちこたえたのは、君が彼らをしっかりと戦わせてくれたからこそだ」
「何、大した仕事はしてませんよ……欲を言えば、敵別動隊の側面攻撃を受け止めるのまで俺がやりたかったんですがね。クロスボウ兵どもを連れて右側面に下がった後は、ただ突っ立って観戦してたようなもんです」
オズワルドはわざとらしく首を竦めながら、冗談めかして言った。
「はははっ! 頼もしいことだが、こればかりは戦の神ダノンの采配だから仕方がないな。君の活躍は昨年の戦いで存分に見たから、今回は他の者の奮戦が見たいとダノンが望んだのだろう……ジュリアン、我が軍の左側面をよく守ってくれた」
「恐縮です、国王陛下」
エドウィンが視線を移して言うと、ジュリアンは微笑を返す。戦いの場では激しい一面を見せる彼だが、普段は冷静かつ穏やかな人物として周囲から知られている。
「民兵を中心とした兵力で敵別動隊の強襲を受け止めることができたのは、君の冷静さが発揮された結果だろう。君に左側面の指揮を任せて正解だった」
「御期待にお応えできて嬉しく思います。私と戦士たちはもちろんのこと、民兵たちの奮闘もあって務めを果たすことができました」
ジュリアンはその気質故に新参の戦士や民兵の面倒見も良く、それもあって今回は側面防衛の指揮官に任ぜられた。
謙虚な態度を示す彼の言動は元傭兵らしからぬものだが、それは彼が商家の生まれで、実家を飛び出してエドウィンの父の傭兵団に加わったという過去があるため。
「君の言う通り、今回は民兵たちの果たした役割も大きい。彼らの奮闘にもしっかりと報いよう」
エドウィンがそう言った後、次に視線を向けたのは、騎兵部隊を率いたレオフリックだった。
「レオフリック、君たち騎兵部隊の働きは見事なものだった。まさに一騎当千の強さだ。訓練の成果をよく発揮してくれた。最大の戦功は、他ならぬ君たちのものだ」
「ありがとうございます、陛下」
王から手放しの称賛を受け、レオフリックは彼らしい生真面目な表情で言う。
「自分たちの役割を十分に果たすことができたと自負していますが、軍馬三頭と騎兵二人を失ったことは遺憾の極みです」
「敵中に斬り込んで戦えば無傷とはいくまい。勇敢な戦士と貴重な軍馬を失ったことは私も悲しく思うが、勝利のためにはやむを得ない犠牲だったと受け入れよう。散った戦士たちは、今頃は神々の国で讃えられているはずだ……戦士の犠牲が三人にならずに済んだのは、君の並々ならぬ奮戦の結果だな、戦士ウォルフガング」
「はい、陛下。一人でも多くの敵を殺そうと頑張りました」
エドウィンの視線は、レオフリックの傍らに並んでいたウォルフガングに向けられる。顔や手にいくつも傷を作り、その有様をもって激戦を乗り越えたことを物語っている彼は、勇ましい気質に似合う頼もしげな笑みで応える。
「良い表情だ。君のような勇敢な戦士の存在は、誠に頼もしい……その勇敢さを見込んで、君には褒賞に先立ち、新たな地位を与えよう。君を親衛隊の一員とする。これからは騎兵としてだけでなく、王家の守護者としても活躍してもらいたい」
「……本当ですか!?」
一瞬の間を置いた後、ウォルフガングは驚愕と喜色交じりの表情になった。
「もちろん本当だ。敵中に孤立しながらも生還してみせた君は、きっと神々に気に入られているのだろう。勇猛さと幸運を併せ持つ戦士が傍にいてくれたら心強い……それに、君の忠誠心はこの五年の働きを見れば疑いようがない。君は親衛隊を名乗るにふさわしい忠臣だ」
王国や戦士団の規模を拡大する上で、親衛隊も相応に人数を増やすべきだとエドウィンは考えていた。亡父ケンウルフの代から傭兵団の仲間だった最古参の戦士以外も、徐々に親衛隊に加える必要があると。
最初に選ぶ一人として、能力と忠誠心を兼ね備え、さらに今回の戦いで特筆すべき奮戦を示したウォルフガングは最適だった。
「……っ、感謝します。親衛隊の名に恥じない活躍をしていきます」
「君なら上手くやれるだろう。何も心配はしていない。これからよろしく頼む」
やや緊張気味に答えたウォルフガングに微笑みかけ、それをもって家臣たちへの労いの言葉がけを一段落させたエドウィンは、ジェラルドに向き直る。
「連合軍の損害と捕虜については?」
「死者と重傷者はこちらの二倍程度と言ったところでしょう。ダグラス・バーデンと彼の嫡男の遺体も確認されています。捕虜の方は、コールフォード領の族長、グローサー王国の女王、アルフォス領の首領の嫡男がいます」
頼れる戦士長の言葉を聞いたエドウィンは、満足げに笑む。
「大戦果だな。捕虜たちはもちろん、遺体の方も使い道がある。どちらも丁重に扱ってくれ」
「御意のままに」
その後もジェラルドをはじめとした側近たちから事後処理の委細について報告を受けた後、エドウィンは天幕を出る。夕食の準備が進む野営地で、焚き火を囲んで座り、一息吐いている戦士と民兵たちの前に立つ。
「精強なる戦士諸君! そして勇敢なる民兵諸君! 皆、今日はよく戦ってくれた! 此度の大勝利は私だけのものではない! 共に戦った全員のものだ!」
エドウィンが呼びかけると、一同は力強い応答を示す。彼らのその反応が、若き王の人気の高さを証明している。
「まずはたっぷりと食らって腹を満たし、ゆっくりと眠って気力体力を回復させるがいい! そしてその後は……勝者としての権利を行使しに行こうではないか!」
覇気に満ちた声で呼びかけながら、エドウィンは拳を高々と突き上げる。
「敵の軍勢を率いていた支配者たちは、敗者であるにもかかわらず、敗北の責任をとらずに逃げ去った! このまま逃がしてなるものか! 私たちの安寧を乱した償いをさせ、私たちが当然受け取るべき賠償を支払わせよう! 山ほどの戦利品を抱えて故郷に帰ろうではないか!」
エドウィンのさらなる呼びかけにも、戦士と民兵たちは雄叫びで応える。
今日の勝利が戦争の終わりではない。ダグラスと結託して攻めかかってきた各勢力を、反撃という大義名分のもとに滅ぼし、あるいは屈服させ、リンダム王国の支配域を拡大することこそが戦いの目的。各勢力の支配者たちを軍事的に無力化させた後は、その支配域を征服していかなければならない。
そのためには、自軍の士気を今しばらく保たせる必要がある。これだけ盛り上げておけば、戦士たちはもちろん民兵たちの士気も問題ないだろう。エドウィンはそう考える。
この戦争は連合軍の侵攻によって始まった。リンダム王国にとっては自衛という確固たる大義名分を掲げた戦いであり、そして王国は勝利した。
であればこれから勝者としてどのように振る舞っても、誰にも文句を言われる筋合いはない。意気揚々と声を上げる軍勢を見回しながら、エドウィンは獰猛な笑みを浮かべる。




