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【書籍化決定】我が覇道を讃えよ ~尊大不遜な元傭兵、辺境で勝手に建国して成り上がる~  作者: エノキスルメ
第二章 拡大する版図

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第七十三話 連合軍迎撃④

「お前ら気を抜くなよ! 敵の気が変わってこっちに攻めてきたり、近くに隠れてる別の敵が出てきたりしないとも限らないんだからな!」


 リンダム王国軍の戦列の右側面。クロスボウ兵の半数と共にこちらへ後退した後、そのまま周辺の兵の指揮をとっているオズワルドは、場の緊張感を今一度高めるために声を張った。


 連合軍の別動隊はこちら側に攻めてこなかったが、だからといって気を緩めて棒立ちになることが許されるわけではない。敵軍がさらなる動きを見せてこの右側面に迫らないか警戒しつつ、ジュリアン率いる左側面への援護に一部の兵力を回したり、民兵たちの間を歩き回って鼓舞や注意の言葉をかけたりと、緊張感を保ったまま的確な指揮をとり続ける。

 と、戦場の南側より、味方の騎兵部隊が疾走する様が見えた。


「いよいよか……お前らあれを見てみろ! リンダム王国が誇る騎兵部隊だ! あいつらがあの勢いのまま敵軍に突っ込むんだぞ! 凄えだろ!」


 その言葉を受けて、周囲の民兵たちは騎兵部隊を目で追いながら、その驀進の迫力に感嘆の声を上げる。


「いけぇ! レオフリック! 敵をぶっ殺してやれ!」


 叫びながら、オズワルドは槍を高々と掲げて振り回す。戦列の上に飛び出してぐるぐると回る槍の穂先が悪友のものだと分かったのか、騎兵部隊の先頭に立つレオフリックがこちらを向いて戦斧を掲げるのが見えた。


「はははっ! いいぞクソ野郎! 戦士団の強さを見せつけてやれ!」


 ああ、なんて楽しいんだ。

 槍を握る右手に加え、円盾を握る左腕まで空に突き上げて言いながら、オズワルドは思う。


 愛しい妻や生まれたばかりの我が子、そして気の良い仲間たちに囲まれながら、衣食住に不自由することなく豊かで安楽な暮らしを送る。そして争乱が巻き起これば、刺激的な緊張に心身を痺れさせながら戦いに臨み、命の奪い合いに興じる。平穏の中にも、争乱の中にも、自分は今生きているのだという確かな実感が常にある。


 この人生は最高だ。主君エドウィン・リンダムが与えてくれる人生だ。

 父サベルトは人生を満喫して逝った。自分も父のように、いつか神々の下に迎えられるその日まで、平穏も争乱も楽しみ尽くして生き抜いてみせる。オズワルドはそう決意している。


・・・・・・


 自身のすぐ隣で嫡男ケネスが重傷を負い、血にまみれながら身体を傾かせる様を目の当たりにしたダグラスは、彼を抱えて引きずりながら後方へ下がった。


「ケネス、しっかりしろ!」


 戦列の最後方まで辿り着いたダグラスが呼びかけると、しかし嫡男は返事を発しない。

 敵の攻撃を食らった顔の左半分はもはや原型を留めておらず、目が潰れ、骨が砕け、頭まで割れている。口元に手をかざしても吐息は当たらない。もはや息をしていない。


「息子よ、死ぬな! 戻ってこい!」


 もう望みはないと囁く理性を感情で押さえつけ、ダグラスはなおも呼びかけながらケネスの肩を揺さぶる。しかし、彼の頭は力なく揺れ動くばかりで、既に絶命しているのは明らかだった。


「おのれぇ! 何故だぁ!」


 神々はどうして自分から奪うばかりなのか。怨嗟の叫びを吐き出しながら顔を上げ、天を仰いだダグラスは、そこで自軍の異変に気づく。

 民兵たちが逃走している。リンダム王国軍と真正面から激突しているこの連合軍本隊の、戦列の左翼側の後方から、民兵たちが次々に逃げ始めている。


「何をしている! 戦いはまだ続いているぞ!」


 ケネスの戦死はダグラス個人にとって大いなる悲劇だが、客観的に見れば兵力が一人減ったに過ぎない。こちらは兵力規模で敵軍を大きく上回っており、正面と側面の二方向から攻勢を仕掛けている。順当にいけば勝利は間違いない。

 それなのに何故逃げ出す。それも、まだ直接戦闘に臨んでいない後列の民兵たちが。このまま戦列が崩れれば、連合軍は敗北し、嫡男の死が無駄になってしまうではないか。


 怒りを覚えながら左翼側へと向かったダグラスは、そこで民兵たちの逃亡の理由を知る。騎馬の群れが南からこちらへ突進してくる様を目の当たりにする。

 そして即座に理解する。これがエドウィン・リンダムの切り札なのだと。大量のクロスボウだけでなく、この切り札を隠し持っていたからこそ、奴は勝機があると考えてこの戦いに臨んでいるのだと。


 騎兵の恐ろしさは、短期間だが帝国軍に身を置いていたダグラスも知っている。ダグラスは帝国軍において実戦を経験しなかったが、徒歩兵から見て騎兵がどれほど恐ろしい存在か、平時の軍務や訓練を通して実感した。軍馬の巨体が列を成して動く迫力は凄まじく、それが全力で襲いかかってくれば大抵の者は怖気づき逃げ出すだろうと思った。

 なので、騎馬の群れを前にした民兵たちの恐慌は仕方のないものと理解できる。しかし頭で理解しても、感情の上では到底受け入れられるものではない。


「貴様ら逃げるな! 逃げるなああぁぁ! 私と共に戦ええぇぇ!」


 ダグラスの憤怒の叫びを受けても、民兵たちの逃走は止まらない。ダグラスが自ら戦列左翼側に移動しながら、周囲の者たちを捕まえて戦列へ引き戻そうとしても、振りほどかれてそのまま逃げられてしまう。見せしめとして適当な一人を戦斧で叩き殺してみても、逃走の流れに歯止めはかからない。未だ戦列左翼側に残っている民兵もいるが、彼らは戦意があるが故にそうしているわけではない。ただ、混乱して味方同士で押し合いぶつかり合い、逃げ遅れているだけ。


 このような有様では、敵騎兵を受け止めるどころか、その突撃の勢いを削ぐこともできない。この左翼側のみならず、戦列全体を蹂躙されるのは必至。そうなれば敗北は避けられない。


「おのれええええぇぇぇっ!」


 激情を発露させながら、ダグラスは迫りくるリンダム王国軍の騎兵たち目がけて盾を投げつけ、さらに戦斧を振りかざして殴りかかる。

 理性をかなぐり捨てた本能的で暴力的な怒りは、しかし十騎を優に超える騎兵に敵わない。投げつけた盾は騎馬突撃の先頭を担う軍馬の胴体に呆気なく弾かれ、見る間に迫ってきたその馬体がダグラスまでをも弾き飛ばす。

 凄まじい衝撃が全身を打ち、まるで暴風に飲まれたかのように身体が宙を舞い、天と地の区別がつかなくなるほどの勢いで視界が回る。武器を手放して土にまみれ、無様に地面の上を転がったダグラスは、しかし未だ騎馬突撃の進路上にいる。


 大質量の突進が地を揺らし、その怒涛がダグラスのもとに到達するまで、猶予は僅か。


「うおおおおぉぉぉ――――」


 絶叫しながら反射的に掲げた手の向こう。振り上げられた馬脚。己の顔に迫ってくる馬蹄。それがダグラスの見た最期の光景だった。


・・・・・・


 騎馬突撃の効果は、その機動力や破壊力はもちろん、威圧感にもある。

 人の背丈を大きく上回る馬体が密集して迫ってくる様は、まるで壁が襲いかかってくるようなもの。視覚的な圧迫感に加え、馬蹄が地を揺らす振動までが一体になった威圧感を前に、戦意を維持するのは至難の業。民兵はもちろん職業軍人でさえ、本能的な恐怖に抗える者は多くない。


 だからこそ連合軍の戦列左翼側にいた民兵たちは、レオフリックたち騎兵部隊の接近を見ただけで逃げ始めた。戦列の端から櫛の歯が欠けるように逃走し、内側にいる者たちは、我先に逃げようと互いに押し合って混乱した。民兵の指揮役として配置されている各勢力の支配者の家臣でさえ、逃げる者が少なくない。まともに対峙しようとする者はごく僅かだった。


 そして、騎兵部隊がいよいよ連合軍の戦列に突入すると、心理的な恐怖に成り代わって物理的な破壊力が民兵たちを襲う。


 騎馬の集まった大質量が高速で前進を為せば、生身の人間が受け止めることは極めて難しい。百人単位の民兵を蹴散らすのに、十六騎の騎兵がいれば十分。連合軍の民兵たちは馬蹄に踏みつぶされ、馬体に吹き飛ばされ、騎兵たちが振るった槍や戦斧や剣に切り裂かれ、戦場の只中に阿鼻叫喚を描く。逃げ遅れた戦列左翼側の者たちはもちろん、未だ騎兵部隊の接近に気づいていなかった中央や右翼側の者たちも、容赦ない破壊の波に巻き込まれる。


「止まるな! このまま突き進め!」


 騎兵部隊の先頭を駆け、戦斧を振りかざしながら、レオフリックは部下たちに向けて叫ぶ。騎兵の有利は動き続けてこそ保たれる。敵陣の只中で立ち止まれば、数的不利を突かれて各個撃破されかねない。故に、進み続けなければならない。


 そして、たとえ全力で突き進んでいたとしても、全ての騎兵が無事ではいられない。軍馬の巨躯も敵の武器が当たれば傷つき。そこに乗っている騎兵は、過半が鎖帷子や兜を身につけているが、そうした鉄製装備に守られていない部分への攻撃は通る。たとえ鉄製装備で身を守っていても、攻撃が当たれば衝撃はそのまま伝わる。

 度胸のある職業軍人が放った攻撃に打たれ、あるいは混乱した民兵が苦し紛れに放った一撃がまぐれ当たりし、敵中突破を達成できずに倒れた戦士は三人。一人は自らの身体に攻撃を食らって馬上から叩き落とされ、二人は乗っていた軍馬が攻撃を受けて諸共に倒れた。


 落馬した戦士は地面に叩きつけられた衝撃で首を折り、軍馬ごと倒れた戦士の一人は、起き上がる前に周囲の敵に袋叩きにされて絶命。しかし残る一人――戦士ウォルフガングは違った。倒れる軍馬から投げ出された彼は、上手く地面に転がって受け身をとることができた。

 即座に立ち上がったウォルフガングは、己を囲む敵に視線を巡らせる。円盾と兜は倒れた拍子にどこかへ吹き飛んでしまったが、意地で握りしめていた戦斧は手元に残っている。


「かかってこいクソ共! 皆殺しにしてやる!」


 周囲の全てが敵、という状況にも全く怯まず、ウォルフガングは吠える。倒れた際に打った額からは血が流れ、殺意をみなぎらせた血濡れの顔が凄みを放つ。

 その顔を見て怯んだ敵は、しかし数に任せてウォルフガングを飲み込もうとする。ウォルフガングは戦斧を振りかざして目の前にいた民兵を叩き殺し、直後に後ろから攻撃を食らうが、鎖帷子が通したのは衝撃のみ。鈍い痛みに苛立ちながら振り返ると、薪割り斧を構えていた民兵を蹴り飛ばす。そして即座に戦斧を一閃し、こちらの隙を突こうとしていた別の敵を牽制する。


「さあ来い! 俺を殺せると思うな!」


 ウォルフガングは元々、主君エドウィンが率いていたものとは別の傭兵団に所属していた。アロナ島へと渡るエドウィンに、新参の配下として同行した一人だった。

 指導者として結果を出し続けるエドウィンにいつしか忠誠心を抱き、それを行動で示すために軍務に邁進した。元より得意であった騎乗技術をさらに磨き、騎兵部隊の長レオフリックに次ぐ能力を示した。

 この調子なら、最古参の戦士たちと同じだけの信頼を主君から得られる日も近い。そうなれば今以上の名誉と褒美を得られる。周囲の皆にますます尊敬されながら、妻子と共により豊かな生活を送ることができる。

 その前に死んでたまるものか。ウォルフガングは雄叫びを上げながら、四方全てを囲む敵を寄せつけまいと暴れ回る。

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― 新着の感想 ―
更に立て直そうとしたのは見事ではあるが 騎馬突撃を相手に単騎は流石に無理だわなぁ 質量で言えば暴走族が歩行者天国に突っ込むようなもんである そりゃあ逃げる 3頭事故るのもむべなるかな ヴォルフガン…
ダグラス氏はここで退場か。 いいキャラだったし、息子の敵討ちでもう一回くらい敵として立ちはだかるかなと思ったが。お疲れさまでした。
ああ、ダグラス、此処までか。無念。
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