第七十二話 連合軍迎撃③
エドウィン率いる前衛が連合軍と真正面からせめぎ合う一方で、連合軍の後衛も動いていた。戦場の北側から、リンダム王国軍の戦列の左側面へと回り込むような動きを見せた。
「……こっちに来るか」
敵側の動きを見て眉根を寄せながら呟いたのは、戦士ジュリアン。エドウィンの父ケンウルフが率いていた頃から傭兵団に属し、今は親衛隊の一員としてエドウィンに仕えている、戦士団の中でも最古参の一人。
冷静な性格で知られる彼は、主君エドウィンより左側面の防衛指揮を任されている。敵軍が側面攻撃に臨む可能性を王は事前に予想しており、だからこそ最前列での役目を終えたクロスボウ兵たちを側面に移動させたが、彼らと共に後退したオズワルドが防衛指揮をとる右側面と、ジュリアンの立つこの左側面のどちらを敵が狙うかは分からなかった。
戦の神ダノンの采配の結果、回り込んできた敵別動隊の迎撃という重要な仕事を担うことになったジュリアンは、表情を引き締め、口を開く。
「敵が来るぞ! クロスボウ兵、矢を装填して狙いを定めろ!」
当初およそ八十人いたクロスボウ兵は、矢の応酬によって十数人が死傷し、残存兵力のおよそ半数がこの左側面に移動した。すなわち、ジュリアンの指揮下にいるのは三十人強。雑然と寄り集まっている彼らは、既に弦を引いていたクロスボウに矢を番えると、こちらへ近づいてくる敵の群れに向ける。
側面攻撃に臨む敵別動隊は、ざっと見て二百人ほど。まともに迎え撃てばこちらが苦戦するのは必至であり、なのでその前にできるだけ数を減らさなければならない。
「放て! 次の命令を待つ必要はない! 各自、一本でも多くの矢を撃ち込め!」
敵別動隊の先頭集団が射程圏内に入ったところで、ジュリアンは命令を発した。
その命令を受け、クロスボウ兵たちは猛烈な射撃を開始する。彼らから見て右前方から斜めに進んでくる敵別動隊を睨みながら、装填と照準と射撃をできるだけ早くくり返す。
民兵が過半を占める軍勢で大規模な移動を為そうとしている敵別動隊の戦列は乱れ、もはや単なる人の群れと呼ぶべき有様になっている。敵の多くは盾を構えているが、安定した盾の壁を築けない以上、集団としての防御力は限定的。盾で守りきれない顔や足へ向けて、あるいは盾の死角である斜め方向から、飛来した矢を受けて死傷者が続出する。
一方で、敵側からも矢が放たれる。後方に下がったクロスボウ兵や元より後方にいた弓兵が別動隊に加わっているらしく、敵の塊の後方から矢が放物線を描いて飛来し、あるいは塊の只中からクロスボウの矢が直射される。
複雑な移動を為しながらの攻撃のため、命中率はたかが知れている。届かない矢、見当外れの方向へ飛んでいく矢が多く、クロスボウに至っては移動しながらの装填に手間取っているのか、二射目を放てないでいる兵も多い様子。
また、リンダム王国軍のクロスボウ兵たちには、彼ら一人ずつに盾を持った民兵が護衛として付いている。各人里に戦時の供出が義務付けられた徴集兵たちは、建国から四年が経った今ではまともな円盾を装備している者も多い。クロスボウ兵たちは味方が構える盾に守られながら、その陰から敵別動隊へ攻撃している。一枚の円盾で持ち手とクロスボウ兵の二人を完璧に守ることは不可能だが、それでも何もないよりは遥かにまし。クロスボウ兵の損耗が抑えられ、立て続けに無防備な状況に置かれずに済んだ彼らの士気も保たれる。
こうしてクロスボウ兵とその護衛の民兵が左側面に寄り集まり、一方でオズワルドの率いる右側面の集団も戦況急変に備えて同じように態勢を整えているため、リンダム王国軍の戦列はもはや整然とした長方形ではなく凹の字に近い形となっている。
ジュリアン率いるクロスボウ兵たちからの猛攻を受け、手痛い損害を被りながら、敵別動隊はそれでも数に任せて前進を為す。敵の先頭集団の表情まで分かるほどに距離が近づいたことを認め、ジュリアンは新たな命令を下す。
「クロスボウ兵は下がれ! 戦列の中央で武器を持ち替えろ! それ以外の者は盾を構えて壁を作れ! 意地でも敵を受け止めるぞ!」
遠距離攻撃を終えたクロスボウ兵たちは急いで後方、すなわちリンダム王国軍の戦列中央へと移動し、彼らを護衛していた民兵たちは引き続き盾を構えながら並ぶ。戦士団が築く堅固なものとは比べるまでもないが、定期的な訓練の成果もあり、一応は盾の壁と呼べる代物が出来上がる。
そこへ、敵別動隊が到達する。防御を固めているが兵力で劣勢のリンダム王国軍と、戦列の乱れたがむしゃらな攻め方ながら数で勝っている連合軍が激しくぶつかり合う。
盾を構えた民兵たちは、実力では戦士団に及ばないながらも奮起し、多勢の敵をしっかりと受け止めてみせる。今この時、この最前面での戦況に限っては、両軍の力が拮抗する。
そこへ、一旦下がったクロスボウ兵たちも参戦する。リンダム王国軍の後衛中央にクロスボウを投げ捨て、あらかじめそこに置かれていた槍に持ち替えた彼らは、盾越しの攻撃を為して味方を援護し、あるいはこの左側面のさらに左側面――すなわちリンダム王国軍の背後に回り込もうとした一部の敵を槍衾で牽制する。
この方面の指揮官であるジュリアンと、他にも十人弱の戦士たちが、自ら戦闘に加わりつつ周囲の民兵を鼓舞する。
「あと少しだけ耐えろ! そうすれば勝利は俺たちのものだ!」
ジュリアンはそう叫びながら盾の構えを堅持し、逆手に持った槍を鋭く突き出して敵別動隊の攻勢に対抗する。
もう間もなく、あるいは今この瞬間にも、リンダム王国軍の騎兵部隊が正面の敵軍に突撃を敢行する。この本隊が敵軍を受け止め、そこへ騎兵部隊が突撃して敵側の戦列を破壊し、壊走に追い込む。それが主君エドウィンの立てた作戦だった。
・・・・・・
「頃合いだ。突撃用意を」
「了解だ、隊長」
戦場を南から俯瞰できる丘の上。身を潜められる森の傍。昨年と同じように戦況を見守っていたレオフリックが言うと、戦士ウォルフガングが頷き、森に潜んでいた騎兵たちを呼びに動く。
連合軍はリンダム王国軍の本隊との距離を詰め、今まさに激突する。ここまでくれば、敵側がこの騎兵部隊の存在に気づいたとしても今さら陣形や戦法を変えることは難しい。そのような状況を隊長であるレオフリックが見極めた上で、彼を含めて十六騎から成る騎兵部隊は森の外に集まり、突撃開始に備える。
今回はリンダム王国軍が兵力の面で大幅な不利を強いられているため、この騎兵部隊を劣勢時の予備軍として温存することはない。その逆に、この部隊による突撃を勝利に必須の一手としてエドウィンは作戦を立てた。レオフリックたちが王の期待に応えられるか否かで勝敗が決まる。
兜を装着したレオフリックは、十五人の部下に視線を巡らせた後、再び戦場の方を向く。両軍は戦列の最前面に盾の壁を並べてせめぎ合っており、そして敵軍後衛が戦場北側へと移動し、リンダム王国軍本隊の左側面を強襲しようとしている。
すなわち、本隊の正面にいる敵軍の兵力は減っている。ざっと見て、側面攻撃に二百ほどが割かれ、残る三百ほどが正面に残っているだろうか。
「……陛下の御考えの通りだな」
連合軍は数的有利を最大限活かそうとするはず。となれば、横に長い戦列を組んでリンダム王国軍を包み込もうとするか、あるいは後衛を別動隊として側面攻撃に出る。事前にそう推測していたエドウィンの賢明さに内心で感嘆しながら、レオフリックは呟いた。
こうして敵の戦列が薄くなれば、こちらの突撃の効果もより出やすくなる。連合軍は有利を得ようとしたつもりで、こちらに有利をくれている。
「……」
レオフリックの口からは神々への無音の祈りが呟かれ、彼の指が胸の前で九芒星を描く。
父ジェラルドと共に、レオフリックはエドウィンへの忠誠心を内心で育ててきた。仲の良い幼馴染は、レオフリックの大切な妹を命懸けで救ったことで、レオフリックの最大の尊敬を得た。彼はその後も聡明さと勇敢さを兼ね備えながら成長し、レオフリックが彼に抱く尊敬はやがて忠誠へと昇華され、生涯をかけて彼を支え守るという覚悟に結実した。
彼は自分をこの騎兵部隊の長に任命してくれた。それはもちろん自分の能力を見た結果なのだろうが、この任命はレオフリックにとってそれ以上の意味を持っていた。最重要の戦力である騎兵部隊の指揮を任されたことは、エドウィンが自分に父ジェラルドの後継者として真の期待を抱いていることの証左だった。
ならば自分は、忠誠を捧げる主君の期待に必ず応えてみせなければならない。
「突撃! 俺たちの力を世界に示すぞ! エドウィン王万歳!」
レオフリックが声を張りながら駆け出すと、十五騎がそれに続く。エドウィン王万歳、と皆が叫びながら馬を走らせる。
騎兵部隊が潜んでいたのは、人の足で向かうには戦場から遠いが、騎馬の速度ならば迅速に戦場へと到達できる位置。事前に敵側の斥候に発見される心配がなく、騎兵の機動力を最大限に活かして強襲を為せる位置から瞬発した十六騎は、丘の傾斜にも助けられながら加速し、リンダム王国軍と真正面からせめぎ合っている連合軍本隊の横腹に迫る。
鎖帷子や兜を装備している者が前面に並び、そうした鉄製装備の下賜が間に合っていない者は中央や後方に配置された密集陣形。三年に及ぶ訓練の成果を発揮し、鐙の活用による安定した姿勢を維持しながら、凄まじい破壊力をもって連合軍に襲いかかる。




