第七十話 連合軍迎撃①
エドウィン・リンダム国王より降伏勧告を拒絶された翌日。六勢力による連合軍は、戦列を整えて野営地より進軍。こちらを待ち構えるように布陣したリンダム王国軍との決戦に臨む。
「正面にクロスボウとやらを装備した民兵、その後ろに職業軍人たち、さらに後ろにまた民兵……あなたの予想した通りですね」
「ああ。やはり昨年と同じ戦い方を為すつもりだろう。今回は初めからクロスボウ兵を前に並べているところを見るに、こちらに手の内を知られているものと考えて開き直っているらしい」
連合軍の戦列よりやや前方。緩やかな丘の上からリンダム王国軍の戦列を俯瞰しながら、ダグラスはディラン総督と言葉を交わす。
「では、こちらの作戦も変える必要はないな」
「変えようとしても今さら不可能だろう。このような寄せ集めの軍勢では……」
「止めないか、開戦前にそのような後ろ向きな言い方をするのは」
ダグラスとディランの横では、他の各勢力の支配者たちがそのように話す。
リンダム王国軍との戦い方については、連合軍の集結直後、ダグラスと六勢力の支配者たちによる軍議の場でいくつかの案が出た。
あえて敵の軍勢を無視し、エドウィン王が都と呼んでいるらしい拠点を直接叩くという発案がなされたが、このような大規模な軍勢では奇襲を為すための迅速な移動が難しいこと、こちらが敵側の拠点を目指している間にリンダム王国軍にも同じことを為され、下手をすれば各勢力の拠点を各個撃破される可能性があることを懸念する意見が上がり、却下された。
それならば軍勢を二つに分け、片方がリンダム王国軍と激突している間にもう片方がエドウィン王の拠点を奇襲してはどうか。そのような案も上がったが、やはり却下となった。都を奇襲される事態はエドウィン王も当然予想しているはずで、ある程度の防衛兵力を残しているであろうこと、奇襲の成功率を高めようとあまり多くの兵力を割いてしまうと、敵軍と衝突する本隊が数的有利を損ない、最悪の場合は本隊と奇襲部隊の双方が敗走する可能性があることが懸念された。
最終的に、数的有利を最大限に活かすため、やはり全軍をもってリンダム王国軍とぶつかることが最善であると結論付けられた。その際、ただ真正面から力押しをするのではなく、一部の兵力が敵軍の側面に回り込み、正面と側面の二方向から攻撃を仕掛けることで敵軍の戦列を押し崩すこととなった。
昨年のリンダム王国軍の戦い方については、ダグラスによって六勢力の支配者たちに情報が共有されている。リンダム王国軍はまず最初にクロスボウを斉射してこちらの正面戦力を損耗させ、激突後の白兵戦を自軍の有利に進めようとするものと思われる。ダグラスがそう語ったからこそ、こちらの正面が持ちこたえているうちに別動隊で敵軍の側面を攻め、壊走に追い込むべきであるという考えを皆が共有した。
そして現在。戦列の前に各勢力の支配者たちが集まり、敵の戦列を見た上であらためて作戦を確認している。
敵側のクロスボウによる攻撃を可能な限り盾で防ぎつつ、なるべく迅速に前進して白兵戦に持ち込む。前衛が戦列を維持している間に、後衛がリンダム王国軍の側面に回り込んで攻撃を為す。予定通りに戦うことを確かめ合ったそのとき、敵軍の戦列の前に、エドウィン・リンダムが側近や護衛を伴いながら進み出てきた。
「……ダグラス将軍。前に出てきたあの若い男がエドウィン殿で間違いないか?」
そう尋ねてきたのは、グローサー王国の国王だった。ティリス川以南の東端辺り、リンダム王国から離れた位置に支配域を持つ彼は、エドウィンと書簡による交流や商人を介しての交易を為したことはあっても、これまでエドウィン当人と会ったことはないようだった。
「確かに、あれがエドウィン・リンダムだ」
ダグラスはグローサーの王の問いに首肯を返しながら、憎き敵を睨む。
エドウィンは馬上から連合軍を見回すように顔を動かすと、その戦列の前にいるダグラスたちに視線を定め、口を開く。
「我がリンダム王国の安寧を脅かす敵対勢力の支配者たちに告げる!」
どちらかと言えば小柄なエドウィンの体躯から、よく通る声が発せられる。
「徒党を組んで連合軍を名乗り、我が領土に迫る諸君の蛮行は、断じて許容できない! 直ちに軍勢を解散させ、各々の支配域へ帰られよ! それより一歩でも前に軍勢を進めれば、諸君はその選択を生涯後悔することとなるだろう! あるいは、後悔するための人生そのものを失うことになるだろう……それが分かったならば、さあ、今すぐリンダムの地を立ち去れ!」
堂々と語りきったエドウィンに対して、連合軍からも自軍の正当性を主張するための代表者としてダグラスが進み出る。
自身の軍勢も支配域も持たないダグラスが代表者の立場を担うのは、六勢力の支配者たちが互いに対等な関係を維持するため。彼ら六人のうち誰かが代表者として振る舞えば、その者が他の者たちよりも優越的な立場にあるように見えてしまうので、立場的には最も弱いダグラスが前に出るのが最も角が立たない。
「立ち去るべきは貴様の方だ! キラケス人エドウィン!」
微妙な政治的配慮の上で名目上の代表者としてエドウィンと対峙したダグラスは、戦場を圧する大声で言い放つ。
「大陸から渡ってきた余所者の身でありながら、我らの故郷たるアロナ島において王を自称し、徒に勢力を広げる貴様こそが、安寧を脅かす大敵である! 貴様は全てのアロナ人にとっての脅威である! 貴様という脅威を永遠に排除するためにこそ、我らは結集して戦いに臨むのだ! 故郷を守るため、正義の戦いを為す我らにこそ神々の祝福は与えられる!」
相手に引けを取らない堂々とした演説をダグラスが為すと、エドウィンはさらに主張を展開してくる。
「私は確かにキラケス人だが、今ではアロナ人たちの庇護者である! 私が善き庇護者であることは、我が家臣と民の誰もが知っている! そうだろう諸君!」
エドウィンが呼びかけると、リンダム王国軍から王を讃える声が上がる。総勢でおよそ三百人の敵軍が声を揃えて「エドウィン王万歳」と吠える様は、なかなか迫力があった。
「神々はこの地の安寧を守る者をこそ、正しき支配者として祝福することだろう! 正義はどちらの手にあるか、いざ尋常に勝負して決着をつけようではないか!」
「臨むところだ! 貴様の命運は今日この戦場で尽きるものと覚悟せよ!」
そのように言葉を投げ合って舌戦を終えたダグラスは、六勢力の支配者のもとへ戻り、彼らを見回す。
「事ここに至っては、各々が役割を果たし、全力をもって奮戦するのみだ。我ら一人ひとりに神々の祝福があらんことを」
ダグラスが語ると、六勢力の支配者たちも口々に神々の祝福を願い、それぞれの率いる軍勢のもとへ戻る。
ダグラスの立ち位置は、最前列の中央付近。その周囲を、今もなおダグラスに付き従う四人の従士たちが囲む。
「父さん、必ず勝利を掴んでバーデン領に帰ろう」
そしてダグラスの隣には、嫡男であるケネスが立っている。父と同じように戦斧と円盾を装備した彼は、若者らしい活力に満ちた声で呼びかけてくる。
「……生きてこの戦いを終えるぞ、我が息子よ」
ダグラスは嫡男の言葉に頷き、己の覚悟を示すように厳かに言いながら、戦斧を握る手に力を込める。
・・・・・・
「ダグラス・バーデン、壮健そうで何よりだ」
連合軍を代表して進み出てきたダグラスとの舌戦を終え、エドウィンは楽しげに笑む。
これまでエドウィンが戦った中で、ダグラスほど有能で根性のある敵はいなかった。どうせ戦わなければならないのであれば、尊敬できる敵との戦いに臨みたい。そう考えているエドウィンにとって、ダグラスがこうして再び立ちはだかってきたことは喜ばしかった。
ダグラスと、彼の後ろに並んでいた六勢力の支配者と思しき者たちが連合軍の戦列に加わっていくのを見届けた後、エドウィンは馬首を巡らせて後ろに向き直り、自軍を見回す。
「精強なる戦士諸君! そして勇敢なる民兵諸君! 敵は大軍だが、何も恐れる必要はない! 諸君を率いる私は、これまで全ての戦いで勝利を成してきた! 神々は常に私を祝福している! 故に、我々の勝利は約束されているのだ! 家族と財産を守り、平穏な人生を守るため、王と共に奮戦せよ! 勝利の後には、数多の戦利品を手に家族のもとへ帰ろうではないか!」
高らかに語り、拳を突き上げてみせると、戦士と民兵たちは雄叫びで応えた。エドウィンの傍らに並ぶジェラルドとオズワルドも馬上で声を張り、エドウィンたちを囲む親衛隊戦士たちも力強く吠えた。
リンダム王国軍を戦意で満たしたエドウィンは、愛馬ノックスを下りて戦列に加わる。隣には同じく下馬したジェラルドが立ち、二人の左右を親衛隊戦士たちが囲む。そしてオズワルドは、やはり下馬した上でエドウィンたちの前に立つ。
リンダム王国軍の戦列、その最前には八十人ほどのクロスボウ兵が二列を成して並び、オズワルドが彼らの指揮を担う。その後ろにはエドウィンと五十人ほどの戦士たち、そして民兵のうち特に精強そうな者たちが並び、白兵戦時の前衛を成す。さらに後ろには残る民兵たちが集まり、十五人ほどの戦士たちが彼らを指揮する。
この場にいない戦士たち――レオフリック率いる騎兵部隊は、昨年の戦いの際と同じく戦場の付近に潜み、突撃の機を見計らう。
対する連合軍は、戦列の幅はリンダム王国軍とほぼ同じ。数で勝っている分、戦列の縦深に厚みがある。
その連合軍の方からも、戦意を高めるための雄叫びが上がる。各勢力の軍勢がそれぞれ支配者の鼓舞に応えたようで、そのためあちらの喊声にはばらつきがあった。
そしていよいよ、連合軍は動き出す。緩やかな丘を下りながら、徐々に加速してリンダム王国軍に迫りくる。
「前列、矢を装填して構えろ!」
オズワルドの指示に合わせ、前後二列に並ぶクロスボウ兵の一列目――激突前に少しでも多く敵側の兵力を削るため、昨年よりも数を増やした四十人ほどが射撃準備を行う。既に弦が引いてあるクロスボウの台座に矢を番え、敵軍の戦列に狙いを定める。
「……放て!」
敵軍が射程圏内に入った瞬間、オズワルドが鋭く命じた。それとほぼ同時に四十挺のクロスボウから矢が放たれ、敵の戦列へ向けて飛翔する。




