第六十九話 支配者たちの思惑
リンダム王国に対抗するため、六勢力が共闘の誓約を交わして結成された連合軍。その集結地点は敵支配域の近く、ファーマス王国と属州キドウェルの境界辺りに定められ、六勢力全ての軍勢が定められた期日までに合流を果たした。
「先ほど正確な人数が確認されましたが、最終的にこちらの総兵力は五百人を超えました。これだけ大きな軍勢となると、集っている様も見応えがありますね」
「ああ、壮観な眺めだ……この軍勢をもってすれば、如何に強敵のエドウィン王が相手でも勝算は十分以上にあるだろう」
いくつもの天幕が、あるいは地面に毛布などを敷いただけの寝床で休む民兵たちの姿が並ぶ野営地を見回しながら、ダグラス・バーデンは属州キドウェルの支配者ディランと言葉を交わす。
昨年エドウィン・リンダム国王との戦いに敗れ、一勢力の支配者の地位を失ったダグラスは、かつての自領を追放された後もティリス川以南に留まった。そして、リンダム王国の東に並ぶ各勢力の支配者たちのもとを訪れ、エドウィンがこれ以上権勢を拡大して重大な脅威となる前に排除すべきであると説いて回った。
結果、エストラド王国以外の六勢力の同意を取りつけ、リンダム王国打倒の目的を共有した連合軍を結成するに至った。
昨年の戦いにおいてエドウィンではなくダグラスに正義があると六勢力の支配者たちが認め、彼の支配域奪還に協力するために兵力を集結させた――表向きは、この連合軍はそのような理屈で結成されたことになっている。
「私一人の力では、これほどの好条件の下でエドウィン王との再戦に臨むことは不可能だった。貴殿をはじめ、軍勢を引き連れてこの場に集ってくれた六勢力の支配者たちにはあらためて感謝しなければ」
「いえ、むしろ私たちの方こそ貴殿に感謝するべきです。貴殿の努力がなければ、私たちはこれほど迅速に手を取り合うことはできず、リンダム王国が強大化していく様を未だ無策のまま眺めていたことでしょう」
世俗の為政者であると同時に祭司でもあるディランは、柔和な笑みを浮かべ、落ち着いた口調でそう語った。
今回連合軍を結成した六勢力の支配者たちは、普段は決して仲が良いばかりではない。支配域の隣接する者同士では、その境界線を巡って係争を為すこともある。
そんな彼らが結集を果たしたのは、危機感を共有し、利害を一致させたため。このままリンダム王国が肥大して他の勢力を飲み込み続ければ、各勢力の支配者たちは自立した立場とそこに伴う特権を奪われ、最悪の場合は命をも失う。そのような未来を避け、ひとまずの現状維持を為すことに皆が同意したからこそ、連合軍の結成が実現した。
当初、六勢力の支配者たちがリンダム王国の増長に対して示す警戒には、リンダム王国領土との距離に比例する温度差があった。そんな支配者たちの間を奔走し、皆を説得して同じだけの危機感を抱かせ、対話の仲介を為して諸条件を調整し、この春からの数か月で連合軍の結成と軍勢の集結まで至らせたのは、他ならぬダグラスの功績だった。
六勢力の支配者たちは、今だけは平時の係争から目を逸らし、問題も多いが地位を失うよりはましな現状を維持するために協力し合っている。勝利の後にダグラスはバーデン領を取り戻し、そして他の六勢力の支配者たちは、動員した兵力の比率に応じてリンダム王国領土を切り分ける約束となっている。
「しかし、勝算は十分以上、ですか……数の上ではこちらが大幅に有利かと思いますが、それでもリンダム王国軍を相手に楽勝とはいかないと貴殿は考えておられるようですね」
「その通りだ。昨年戦ったリンダム王国軍の強さについては既に話した通り。エドウィン王を相手取る上で、どれほど兵力が多くとも必勝を確信できるほどではない」
昨年の戦いの記憶は、ダグラスの脳裏に未だ生々しく残っている。
エドウィン王の下で戦士団を名乗っている武門の家臣たちは、元傭兵が基幹となっているだけあって精強だった。個々の練度を見ればダグラスの従士団を上回り、おそらく六勢力の支配者たちが率いる武門の家臣団にも勝っている。その戦士団が作り上げる盾の壁は、石造りの城壁の如く頑強極まりなかった。そして大量のクロスボウによる猛攻は、たとえ盾を並べていても相当の損害を強いられるものだった。
強力な軍勢を率いるエドウィン王当人も、強敵と言わざるを得なかった。彼は自ら先頭に立って勇猛に戦うことで家臣や民兵を鼓舞し、的確な指揮を為すことでこちらを壊走に追い込んだ。その見事な立ち回りや、噂に聞こえている過去の勝利の話から考えて、軍事指導者として大きな才覚を持っていることは間違いない。
強き王が率いる強き軍勢との戦いを前に、数的有利を得たからといって油断などできるはずもなかった。
「それでも、この先さらに強大になったエドウィン王とその軍勢を相手取るよりは、大幅な数的有利を得ている今のうちに戦いを挑む方が遥かに良い。この戦いで勝利を成し、エドウィン王を討ってリンダム王国の脅威を排除できなければ、独立した支配者としての我らに未来はない」
声と表情に覚悟を滲ませ、手を力強く握り込みながら、ダグラスは語る。
・・・・・・
斥候は、戦場において極めて重要な存在。敵軍の動向や自軍の周辺状況を把握する上では、斥候を送り出してそれらの情報を収集させ、報告を持ち帰らせることが唯一と言っていい有効な手段となる。
とはいえ、斥候の任務には危険も多い。敵軍に発見されて狩られる可能性も、敵側の斥候と遭遇して戦闘になる可能性もある。それでも、敵情を把握できなくなったり、行軍や野営の最中に不意に奇襲を受けたりする事態を防ぐためには、斥候を送り出さなければならない。
この斥候の運用に関して、リンダム王国は他勢力と比べればかなり恵まれた状況にある。現時点で総勢十六騎いる騎兵たちは、戦場において敵軍への突撃を為すことを想定して鍛えられたが、その機動力を活かして迅速かつ危険の少ないかたちで斥候の任務をこなすこともできる。
騎兵たちのおかげで敵軍の集結と西進を速やかに把握したエドウィンは、自身も軍勢を引き連れて東進を続け、そして両軍はリンダム王国領土の東端――旧バーデン領と属州キドウェル、そしてファーマス王国の支配域の境界が交わる辺りで対峙した。
連合軍の総兵力はおよそ五百人。対するリンダム王国軍は、戦士二十人と民兵三十人を王の都の防衛に回し、さらには十六騎の騎兵部隊を別動させ、戦場における正面兵力は三百人弱。両軍は互いに急襲できない程度の距離を空けて野営地を置き、その日の夕方、連合軍側の使者がエドウィンのもとに到来した。
「リンダム王国国王を自称するエドウィン殿は、大陸よりこのアロナ島南西部に到来して以来、野心を振りかざして一帯の安寧を脅かす脅威であると言わざるを得ない。我らの同胞たるダグラス・バーデン将軍より不当に奪い取った支配域を直ちに返還し、その上でリンダムの地の実効支配を解き、大陸へ帰るか無害な一移民としての人生を送られよ。さもなくば命の保障はない……以上が、我が主人ディラン総督閣下とその同盟者の皆様よりの言伝となります」
王専用の大きな天幕の中。敵陣にあっても落ち着いた態度を見せるなかなか肝の据わった使者の言葉を受け、椅子に座っているエドウィンは鼻で笑いながら足を組む。
「なるほど、連合軍を率いる一同の言い分は確かに聞いた……が、それを受け入れることは断じてできない。わざわざ言うまでもないだろうがな」
そう語ったエドウィンは、自身の言葉に小さく笑う。王の護衛として天幕内に並び、使者を囲んでいる数人の親衛隊戦士たちも、王の微笑に合わせて嘲笑じみた表情を使者に向ける。
「お前の主人とその同盟者とやらに伝えてくれ。旧バーデン領は私が大義ある戦いに勝利した後、ダグラス殿との合意の上で我がリンダム王国に併合した地。我が正当な領土であり、返還を要求される道理はないと。野心を振りかざし、一帯の安寧を脅かしているのは、徒党を組んで我が国に侵攻してきた貴殿らの方であると。私はリンダム王国の君主として、領土とそこに暮らす民を守るため、正義の戦いを為すと」
「国王陛下。いっそこいつの首を刎ねて、それを敵軍に突き返すことをもって返事とするのは如何ですか? 言伝を語っただけとはいえ、陛下に対して不敬極まりない言葉を吐いた奴です。命で償いをさせてもいいのでは?」
軽薄そうな笑みを浮かべながら発言したのは、側近の一人としてエドウィンの傍らに控えるオズワルドだった。彼の言葉に合わせて親衛隊戦士たちが殺気を放つと、使者は露骨に取り乱すことこそしないものの、その表情が強張る。
「そう言うな、オズワルド。古今東西において、使者に危害を加えるのは恥ずべき行いとされてきた。彼は己の仕事をしただけだ。それなのに殺しては気の毒だろう……それに、私は他勢力の指導者たちと対話を為す術を保っていたい。あちらが私の使者を殺すような蛮行をしない限り、私もそのような蛮行を為すつもりはない」
オズワルドと彼の言葉に反応した親衛隊戦士たちを宥めるように語ったエドウィンは、目に見えて表情が和らいだ使者の方へ再び視線を向ける。
「我が家臣の非礼を詫びよう。怖い思いをさせたのであればすまなかった……先ほどの返答、確かにディラン総督たちに伝えてもらいたい」
「承知しました。必ずお伝えしましょう」
使者はそう答えて一礼すると、親衛隊戦士たちに伴われて天幕を出ていく。
「……オズワルド、悪役を任せてすまなかったね」
「いえいえ、けっこう楽しかったですよ」
エドウィンが微苦笑しながら声をかけると、オズワルドは対照的に快活な笑みで応える。
先ほどの彼の発言は、彼個人が考えてのものではなかった。家臣の野蛮な提案を諫めてみせることで、エドウィン王は対話に応じる理性的な人物であるとあらためて使者に印象づけ、その印象を語られた六勢力の支配者たちにもそう思わせるための小芝居だった。
「それにしても、なかなか度胸のある使者だったね。やはりどの勢力も、重要な仕事を任せられる有能な家臣を抱えているものらしい……だが、彼の語った敵側の言い分は酷いものだったな」
「野心を振りかざして一帯の安寧を脅かす脅威、ということでしたか。大した好評ですね」
苦笑を大きくしながらエドウィンが言うと、ジェラルドが苦い表情を浮かべながら皮肉を零す。
「まあ、こういう場面では誰もが自分に都合の良い主張をするものだろうが……こんな悪し様に言われると、この三年間の苦労が報われないな。せっかく自分が穏健な為政者であることを態度で示してきたというのに、誰も信じてくれなかったらしい」
エドウィンの嘆きは半ば冗談だった。この三年、エドウィンは確かに穏やかな立ち回りを為して他勢力との争いを避けていたが、だからといって他勢力の支配者たちが本気でエドウィンのことを穏健な為政者だと思ってくれるとまでは期待していなかった。
エドウィン王は血も涙もない殺戮者ではない。理性があり、対話を為せる人物である。武力をもって激突しても、その後には話し合いで決着をつけることができる。他勢力の支配者たちにそう思わせることこそがエドウィンの実際の狙いであり、その程度であれば十分に達成できていると考えている。
「若様の野心はでかいですからね。本性は隠し切れませんでしたか」
オズワルドがにやつきながら言うと、エドウィンは愉快さを露わにして椅子の肘掛けを叩く。
「はははっ! 僕は大物だからね。大物は何もかも大きいものだよ。器も大きく、野心も大きく、一物も大きく、そして背も高い。なあジェラルド?」
「まったく仰る通りで」
エドウィンの身長は成人男性の平均より低い。最後にひとつ分かりやすい嘘を混ぜた主君の言葉に、ジェラルドが呆れ交じりの表情で露骨に適当に答える。一方でオズワルドは爆笑する。
「敵側の支配者たちからの大した好評は、彼らが僕の権勢とこれまでの実績をそれだけ高く評してくれている証左と捉えよう……さて、明日はいよいよ決戦だ。今夜はよく休み、神々に念入りに勝利を願っておくとしよう」
エドウィンはそう言って立ち上がり、天幕を出る。
間もなく夕食時。戦場での食事は戦士たちと共にとると決めている。




