第六十八話 出陣前夜
伝令として動いた騎兵たちの機動力のおかげもあり、エドウィンが民兵召集の王命を発してから一週間足らずで、王国領土内の全ての人里より民兵が集まった。
その総勢は二百五十人ほど。これまでと同じく、各人里に義務付けられた徴集兵の他に、戦利品の獲得や成り上がりを目指して自らの意思で参戦する志願兵も少なからずいた。
「民兵諸君、参上ご苦労。よく訓練に励み、そしてよく食べて英気を養ってくれ。此度の戦いにおける正義は、迫りくる侵略者から平穏な生活を守ろうと結束した我らのもとにこそある。神々は我らの正義の戦いをこそ祝福してくださる。我がリンダム王国軍の勝利は約束されている……勝利の後には我らの家族や財産が守られ、そして諸君は戦利品を得てより豊かになるだろう。楽しみにしているといい!」
王の館の裏手。集結した民兵たちにできるだけの訓練が施されている場を訪れたエドウィンは、クロスボウ射撃や部隊行動の訓練に励んでいた民兵たちにそう語る。これまで善政を為してきた王より勝利を保障され、そして戦利品について語られた二百五十人は、雄叫びを上げたり拳を突き上げたりと、頼もしい反応を見せる。
「エドウィン王万歳!」
そう高らかに叫んだのは、民兵たちの訓練を監督しているオズワルドだった。彼に続いて他の戦士たちも王を讃え、それがすぐに民兵たちにも波及する。
「ははは、皆元気で可愛いものだ。よろしいよろしい」
エドウィン王万歳。その言葉は、王への敬意と忠誠を示す決まり文句として、この数年で家臣や民の間に定着した。己を讃える数百の声を浴びながら、エドウィンは大いに満足する。
勝利と戦後の利益の保障。民兵たちに対するこの語りかけは、昨年から連続して大きな戦争に臨む状況について、彼らを納得させるために必要なことだった。立て続けに戦争が起こるのは国外の敵に原因があり、戦いに臨まされる民兵たちの苦労は、戦後に必ず報われる。エドウィンはそう語ることで、数の上で軍勢の主力となる彼らの士気を維持しなければならなかった。
「……さて、これでいよいよ大勝利を成すしかなくなったね。不利を覆して有言実行してみせなければ、僕は噓つきの王様に成り下がる。恐ろしいことだ」
「そう言いながら、随分と楽しそうじゃないですか」
呆れ半分の表情でジェラルドが言うと、エドウィンは最側近の言葉の正しさを示すように笑みを浮かべる。
「これほどの大一番、楽しまなければやっていられないさ」
その後、再開された民兵たちの訓練をしばらく見守っていたエドウィンのもとへ、軍馬に騎乗したレオフリックが近づいてくる。
「陛下、報告します。敵軍はファーマス王国と属州キドウェルの境界あたりで集結を進めており、今のところはその二勢力と、他にグローサー王国とアルフォス領の旗も見えました。兵力は四勢力の合計で三百五十といったところです」
「……ということは、六勢力の軍勢が揃えば五百前後になるか。規模的には概ね予想通りだな。レオフリック、ご苦労だった」
自ら務めた偵察から帰還した騎兵部隊長に労いの言葉をかけたエドウィンは、次いで傍らのジェラルドに視線を向ける。
「敵軍が集結を完了させて動き出すまでにあと数日はかかるだろうから、こちらもそれに合わせて出ようか?」
「では、二日後に出陣する予定で準備を済ませましょう」
「それでいい。よろしく頼むよ……クレアと子供たちにも伝えておこう」
エドウィンはそう言うと、訓練の場を離れて王の館に戻る。出撃の前日は自身の準備や訓練に時間を使うことになるので、家族とゆっくり過ごせるのは今日が最後となる。
・・・・・・
翌日。出撃前の最後の夜。エドウィンはいつもより少し早く、クレアと共にベッドに入った。
「……あの、エドウィン様」
二人並んで寝ても余裕のある大きなベッドの上で、クレアは夫の名を呼びながら身体を寄せてくる。エドウィンの腕を胸に抱きながら、上目遣いでエドウィンを見つめる。
「クレア、どうしたんだい?」
「…………今夜はお疲れではありませんか?」
伴侶に尋ねられたエドウィンは、微笑ましさを覚えながら笑みを返す。
クレアの方から夫婦の営みを求めるとき、彼女は決まってこのように尋ねてくる。尋ねられたエドウィンの答えは毎回決まっている。
「いや、疲れていないよ」
「それはよかったです。では、その……ご寵愛をいただいても、よろしいですか?」
頬を赤らめながら愛を求めてくるクレアがあまりにも愛しくて、エドウィンはまた笑みを零しながら彼女の方に身体を向け、彼女の背に腕を回す。抱き寄せられたクレアは、恍惚とした表情でエドウィンの首元に顔を埋める。
「ごめんなさい。エドウィン様は明日に備えて早く休まれるべきなのに、私ったらこんな我が儘を言ってしまって……」
「謝る必要はないさ。明日出発しても、どうせ数日間は馬上で揺られながら行軍するだけだ。大して疲れはしないのだから、そう念入りに休んでおく必要もない」
実際は、馬に乗るからといって移動で疲れないということはない。馬上で姿勢を保ちながら上下に揺さぶられ続ければ、徒歩ほどではないがそれなりに体力を消耗する。
とはいえ、戦士たちとの訓練や実戦と比べれば、エドウィンにとって行軍は苦労というほどのものではない。今夜クレアと愛を交わしても、明日の行軍に全く支障はない。
「そもそも、君に誘われなくても僕の方から誘おうと思っていたからね。未だかつてない規模の大戦に向けて発つ前夜となれば、最愛の女性を求めたくなるのは当然のことだ」
エドウィンが優しい声で語ると、クレアは嬉しそうに微笑む。
そして、彼女の表情には一転して不安の色が浮かぶ。
「エドウィン様……貴方の勝利を信じています。だけど、心配でもあります。貴方が戦いに赴かれる前は、どうしても心配になってしまいます。特に今回は、これまでと比べても厳しい戦いになるでしょうから、尚のこと心配です」
不安を吐露する彼女を、エドウィンはより一層強く抱き締め、彼女の耳元に囁く。
「大丈夫だよ。僕はこれまで、王として臨んだ全ての戦いで勝利を収めてきた。僕の勝利と無事を願う君の祈りに、神々が応えてくださったからこそだ。僕たちは運命づけられてこの地で夫婦になった。神々は今も僕たちを見守っていて、その祝福が失われることはない。たとえこれまでで最大規模の戦いだろうと、数の上での不利があろうと、必ず勝って帰ってくる。約束するよ」
「……はい。お帰りをお待ちしています。私の救世主様」
救世主。クレアは出会った日以来、度々エドウィンのことをそう呼ぶ。それは出会いから五年が経とうとしている今も変わらない。
エドウィンが神々の遣わした救世主であると、彼女は心から信じている。あの日以来ずっと、彼女は幸福な夢の中に、理想的な物語の中に生きている。
「愛してるよ、クレア。君を心から愛してる。君とこの地で出会ったことは、僕の人生で最大の幸運だ」
そう言いながら、エドウィンはクレアの寝間着の中に手を滑り込ませる。彼女の素肌を優しく撫でると、彼女は熱い息を吐いてエドウィンにしがみつく。
「私も愛しています。貴方のことが愛しくて愛しくて、おかしくなってしまいそうです」
目を潤ませ、艶やかな声色で言うクレアを前に、エドウィンは理性を手放す。彼女を仰向けに転がし、その上に覆いかぶさる。クレアは期待に満ちた表情でエドウィンを見上げ、彼女の吐く息にはますます熱がこもる。
二人は唇を重ね、肌を重ね、愛を交わす。




