第七話 建国計画①
そう時間もかからず目を覚ましたクレアは、起きるなりエドウィンのもとへ走ってきて、求婚への返事をくれた。ひどく興奮した様子でエドウィンに抱きつき、求婚されたのが夢ではなかったことを喜び、あまりの嬉しさに泣きながら、エドウィンの伴侶になると言ってくれた。エドウィンも彼女を抱き締め、共に喜び合った。
そうしてエドウィンとクレアの結婚が決まった頃には、負傷者の手当てと盗賊の死体の片付けも終わっていた。その後に始まったのは、エドウィンの配下たちの野営地作り。船の傍で待機していた者たちも呼ばれ、併せて船に積まれていた荷物が農場に運び込まれ、館や家々の傍にいくつもの天幕が立てられた。
その際、邪魔になる木柵は取り壊され、薪へと変えられた。武装した四十人が滞在することになった以上、粗末な木柵などもはや必要ない。
大規模な野営地の設営にはその日一日を要し、翌日から元傭兵たちと農民たちの共同生活が本格的に始まった。
エドウィンの配下たちとその家族は、立ち並ぶ天幕で寝起きする。今の季節は夏なので、天幕で暮らしても寒さを感じる心配はない。また一部の天幕は、風呂場や厠、荷物置き場など様々な用途で使用される。
エドウィンたちが大陸から乗ってきた三隻の船は、最初の接岸位置よりも農場に近い川岸に今は並べられ、交代制の見張りが置かれている。この川岸はいずれ整備され、本格的な船着き場が作られる予定。
そしてエドウィン自身は、婚約者の関係になったクレアの強い希望もあり、館で寝起きすることになった。他にジェラルドとサベルト、そして彼らの家族も、エドウィンの護衛と世話を行うために館で生活し始めた。
エドウィンがクレアと結婚し、この地を統べる王になり、一帯の人里を支配し庇護する……という話は、農場の住民たちにすんなりと受け入れられた。やはり「盗賊の襲撃を受けて全滅必至だったところを救ってくれた」という最初の好印象は相当に強烈なようだった。それに加え、クレアが彼らに向けて、エドウィンの支配下に入ることの利点を(彼女の主観も多分に含ませながら)熱心に説いてくれたことも効果的だった。
エドウィンの配下たちと、農場の住民たちの関係は、ひとまず良好な様子。エドウィンの父が団長だった頃から傭兵団に所属していたような古参の配下たちはエドウィンに忠実であり、彼らが新参の配下たちにも規律を守らせることで、秩序は保たれている。配下たちは農場の住民たちから正義の味方扱いされることに満更でもない様子で、今のところ大きな揉め事はない。それどころか、戦士と小作農が一緒に酒を飲み交わしたり、若い戦士と小作農の娘が仲良くなって一緒に天幕や物置小屋などに潜り込んだりと、早くも融和が始まっている。
こうして農場に腰を落ち着けたエドウィンは、いよいよ王になるための具体的な計画を考える。
「さて、クレア。国を作り、王になるために必要なものとは何だと思う?」
館の広間。ジェラルドをはじめ側近格の配下たちと、クレアと彼女の使用人ドーラが集められた話し合いの場。エドウィンは椅子の背にもたれてくつろぎながら、隣に座っている愛しの婚約者に問いかける。
「国を作って、王になるために必要なもの……ですか……」
エドウィンに寄り添うように座るクレアは、口元に手を当てて思案の表情を見せる。
思案の表情は、しだいに困り顔になり、最後にはしょんぼりとした顔がエドウィンの方へ向けられた。
「……ごめんなさい。私には想像もつきません」
「はははっ、謝ることないさ。難しい質問をしてすまなかったね……何か正しい答えがあるわけではないんだ。今までこのアロナ島も、僕がいたキラケス地方も、大陸西部とその周辺地域の全体がロドニア帝国に支配されていた。帝国以外に国はなかったし、新しい国が誕生するなんて誰も思ってなかった。だから国を作る手順も、王になる手順も決まっていない」
クレアに、そしてこの場にいる皆に向けて、エドウィンは語る。
「だから僕は考えた。国を作り王になるためには何が必要か。そしてひとつの答えを定めた……必要なのは、人々からの承認だ。ここは独立した国であり、自分はこの国の王である。僕がそう宣言して、周囲の皆が僕の宣言を受け入れてくれたら、国を作って王になったと言えるだろう。ロドニア帝国だって、そういう国があると皆が認めているから存在しているし、ロドニア皇帝はその人が皇帝だと皆が認めているからその地位を保っているんだ」
クレアをはじめ、エドウィンが語った考えをこの場で初めて聞いた者たちは、感心と納得を合わせたような表情を見せる。ジェラルドなどは既にこの話を聞いていたため、特に大きな反応は示さない。
「だから、皆の承認さえあれば、僕は今このときから王を名乗ることだってできるんだ」
「では、この農場の土地をエドウィン様の国にして、今から王になられるのですか? エドウィン様がそう宣言されるのなら、私は喜んで受け入れます!」
クレアはエドウィンの腕を抱き、目を輝かせて言う。エドウィンはそんな彼女に微笑みかけ、彼女の頭を優しく撫でる。
「ありがとうクレア。そうするのも悪くないと思っているけど、この農場ひとつだけを領土にして国を作り、王になるというのは少し寂しいとも思っているんだ。歴史を振り返っても、国とはひとつの人里ではなく、いくつもの人里から成る地域を指すことが多い。そして王とは、そうした一地域を支配する者の呼び名であることが多い。だから僕も、ある程度の広さのある地域を支配して、その地域を自分の国と呼び、王を名乗りたいんだ」
「なるほど、国や王とは、そういうものなんですね……エドウィン様は凄いです。とても難しいことを、たくさん知っていらっしゃるのですね」
尊敬の眼差しを向けられ、エドウィンは得意満面になる。
「僕は帝国都市に生まれて、父から文字の読み書きを習って、父の雇い主たちに借りた書物を読みながら育ったからね。こういうことを語れるのも、恵まれた子供時代を過ごしたおかげだよ。とはいえ、歴史書で読んだ知識が、まさかこんなかたちで役立つとは思わなかったけどね」
エドウィンはそこで言葉を切り、テーブルに置かれた杯を手に取って水を飲む。そうして一息ついた後、また話す。
「というわけで、僕はもう少し支配域を広げて領土とし、僕に従う者を増やして民とし、そうして国を作り王になりたい。だから、クレアに教えてほしいんだ。この辺りの地理について」
「この辺りの地理……分かりました。私はこの農場からあまり出たことはありませんが、農場の周りの人里については、父や兄から聞いています。それに、ドーラも頼りになると思います。彼女は家内の仕事だけでなく、父の仕事の補佐もしていましたから。むしろ彼女の方が、私よりも色々と詳しいはずです。ねえ、ドーラ?」
「……は、はい。その、エドウィン様のお役にどれほど立てるかは分かりませんが……」
クレアが振り返ると、ドーラという名の中年の女性使用人は、戸惑うような表情を見せながらも頷く。
「それは頼もしい話だ。それじゃあクレア、そしてドーラ、説明を頼むよ」
エドウィンに促され、二人は農場周辺の地理について説明を始める。




