第六話 求愛
この戦闘で、盗賊たちはろくな抵抗ができずに大半が討伐され、残りは逃げ去った。
エドウィンの配下は数人が負傷しただけで、死者は皆無だった。農場の住民も、盗賊たちが家に踏み入る前にエドウィンたちに狩られた結果、誰も死なずに済んだ。負傷者は幾らかいるが、重篤な状態の者はいない。
「あんなに大勢の盗賊に襲撃されて、全員が無事だったなんて……本当に奇跡みたいです……」
館の前でエドウィンの隣に立ち、農場の住民たちが無事を喜び合う光景を見回しながら、若き農場主クレアは半ば呆然として言う。彼女やこの農場の事情については、エドウィンも既におおよそのことは聞いている。
「これも全て、エドウィンさんと配下の皆さんのおかげです。あのときエドウィンさんが駆けつけてくださったから、私たちは今も生きています。本当に、どれほど言葉にしても足りないくらい感謝しています」
「いいんだよ。さっきも言ったように、偶々この農場が盗賊に襲われているのを見て勝手に助けただけなんだから」
「だからこそ、心からありがたく思っています。襲撃の場を偶然見かけただけで、通り過ぎることもできたのに、見ず知らずの私たちを助けるために戦おうと決断してくださったなんて……エドウィンさんはまるで、神々が遣わした救世主です」
「はははっ、神々か……まあとにかく、君たちを助けられてよかったよ」
感激した様子のクレアから熱い視線を向けられ、もう何度目かの礼を言われながら、エドウィンは満更でもない顔になる。
打算にまみれて助けに入ったが、こうして熱烈な感謝を受けるのはなかなか気分が良い。感謝を語ってくれるのが、彼女のような見目麗しい女性であれば尚のこと。
この農場の救世主として感謝されるという狙い通りの、クレアの感謝の度合いを考えれば狙い以上の成果を得られたことに、エドウィンはとても満足している。
クレアの話によると、この農場を襲った大規模な盗賊団は、一か月ほど前からこの辺り一帯の平穏を脅かしていたという。生け捕りにされた何人かの盗賊に、質問に答えれば解放すると約束した上でエドウィンが尋ねたところ、盗賊団の規模は五十人ほど。エドウィンが最後に仕留めた頭領らしき盗賊の首を見せて確認すると、やはりそれが頭領で間違いないという話だった。
聞くべきことを聞き終えた後に処刑したその盗賊たちも合わせると、エドウィンたちが殺した盗賊は四十人以上。頭領も死んだので、逃げ去った幾人かの盗賊が今後大きな脅威になることはまずない。これから自分が王として治めることになる地の平穏は、ひとまず取り戻されたと言って差し支えない。そのことに関しても、エドウィンは満足感を覚えている。
「あの、それで……皆さんはこのアロナ島へ移り住むために大陸から渡ってきたというお話でしたが、これからこの島でどうなさるのかは、もう決まっているのでしょうか?」
「……よくぞ聞いてくれた。丁度その話をしようと思っていたんだ」
クレアに尋ねられたエドウィンは、そう言って不敵に笑い、彼女の方へ向き直る。
「僕には偉大な計画があるんだ。僕はこの地で、王になろうと思っているんだ!」
「……王というのは、帝国に征服される前の大昔にあったという、たくさんの小さい国の支配者たちのことですか?」
きょとんとした表情で尋ねるクレアに、エドウィンは頷く。
「そう、その王だよ。だから君たちには、僕が作る国の民になってもらいたいんだ……支配と引き換えに秩序をもたらしていた帝国軍が去った今、アロナ島には大変な混乱が広がっていると聞いている。暴力が蔓延り、善良な人々は恐怖を覚えながら心細く生きていると。さっきの盗賊の襲撃を見るに、どうやら噂は本当のようだ。この島の悲惨な混乱は、新たに秩序を守る者が、つまり王と呼ばれる支配者が現れなければ収まらないだろう。きっとこれから、アロナ島の各地で王を名乗る者が現れる。この地においては、僕が王になるんだ!」
「あの、若様、もう少し勢いを抑えた方が――」
「王は自分の国を守護し、そこに暮らす民を庇護するのが務めだ。僕は配下たちを率いて、君やこの農場の住民たちを、そしてこの辺り一帯に暮らす人々を、あらゆる外敵から守ろう。支配する領土を広げ、配下を増やし、どんな敵が来ても退けられるほどに強くなってみせよう! 僕の民となる君たち全員が平穏に暮らし続けられるよう、未来永劫、庇護し続けよう!」
ジェラルドが傍らから声をかけるが、気分が高揚したエドウィンには聞こえなかった。目を丸くして固まっているクレアを前に、エドウィンは自身の偉大な計画を語り続ける。力強い声で、自信満々な態度で。尊大な表情で。
「求める対価は単純明快、僕をこの地の支配者と認めて、僕に税を納めて、僕に服従してほしい。この僕をエドウィン王と呼んで讃えてほしい……神々に誓おう、僕は良き王になると。だからどうか安心して、僕の支配と庇護を受けるといい。皆が幸せに生きていける、素晴らしい国を共に築き上げよう!」
語りきったエドウィンは、満足感を覚えながら自慢げに笑む。傍らでジェラルドが小さくため息を吐いたことには気づかない。
エドウィンの長く自己満足的な話を一方的に聞かされたクレアは――ぱあっと表情を輝かせ、胸の前で手を組んだ。
「素敵です! 夢のように素晴らしい計画です!」
彼女の言葉を受けて、エドウィンも表情を輝かせる。その隣では、ジェラルドがぎょっとした表情で己の主人とクレアを交互に見る。
「そうか、夢のように素晴らしいか! 嬉しいよ! そこまで褒めてくれるなんて!」
「はい! 心からそう思います! 私、エドウィンさんが優しく手を差し伸べてくださったとき、今までの人生で感じたことがないくらいの安心感を覚えました。それで、できればこれからも、私の救世主様であるエドウィンさんに守っていただきたいなって思ったんです。なので、私にできる限りのご支援と引き換えに、エドウィンさんたちがこの土地にいてくださるようお願いしようと思って、どうお伝えしようかと考えていました……エドウィンさんの方からそのようなお話をしてくださるなんて、本当に夢のようです。嬉しくて嬉しくて、どうにかなってしまいそうです!」
自身を抱くように両腕を身体に回し、目を潤ませて頬を赤らめ、とろりとした表情で視線を向けてくるクレアの姿は、エドウィンの目に何とも艶めかしく映る。
「エドウィンさん……いえ、エドウィン様のような素晴らしい方が王になってくだされば、私も農民たちも、この一帯の土地の人たち皆が、絶対に幸せになれます。そうに違いありません。私は喜んであなたを讃えます。むしろ、私の方からお願いします。どうかこの土地の王になって、私たちを支配して、そしてお守りください! エドウィン王万歳!」
「……っ! 素晴らしい!」
エドウィンは感極まり、クレアの手をとる。クレアは息を呑み、彼女の顔が真っ赤になる。
「クレア、僕は君ほど素晴らしい女性とは今まで出会ったことがない! 僕はなんて幸運なんだろう! 君との出会いはきっと、神々の導きだ! 君が言った通り、本当に神々が僕をここへ遣わしたんだ……決めた! 僕は君を伴侶に迎える! 君と結婚する!」
その言葉に、クレアは目を大きく見開く。
後ろでジェラルドが何か言いたげな顔をしているが、エドウィンは全く気づかない。気づかないまま、クレアに向けて言葉を続ける。
「この島のどこを探しても、君以上に僕の理解者になってくれる女性がいるはずがない。ならば君こそが、僕の国の王妃にふさわしい。僕にとっては君こそが、神々の遣わした運命の女性だ! 僕は王になる者として、そして一人の男として、君を永遠に愛すると神々に誓う。だからどうか、僕と結婚してほしい!」
「……っ! ああっ……私っ……ああぁっ!」
クレアも感極まり、ほとんど言葉にならない甲高い声を上げる。
そして、感極まり過ぎたのか、意識を失ってしまう。糸が切れた人形のように倒れ込む彼女を、エドウィンは慌てて支える。
「おっと……そんなに喜んでくれたのか。嬉しいな」
眠りながらも恍惚とした表情を浮かべるクレアの様を、エドウィンは微笑ましく見つめる。話の続きは、彼女が目を覚まして落ち着いてからすればいい。
・・・・・・
「また随分と思いきりましたね。出会って間もないご令嬢に求婚とは」
エドウィンがクレアを抱きかかえて館の中へ運び、後の世話は彼女の使用人に任せて戻ってくると、ジェラルドがそう言いながら迎えた。先ほどの一幕を受けて微妙な表情の側近に対して、エドウィンは上機嫌に笑う。
「だって、僕の計画を聞いた彼女の反応を見ただろう? 彼女は僕と同じくらいの熱量で、僕の偉大な計画を支持してくれたんだ。僕をエドウィン王と呼んで讃えてくれたんだ。彼女以上に僕の理解者になってくれる女性を、どうやって探せと言うんだ」
「……確かに、あのお嬢さんの反応には俺も驚きました。あれは若様に心酔……いや、若様を崇拝してますね。危機一髪のところを助けられたとなれば好意的に見るのは分かりますが、そのことを含めて考えても、ついさっき出会ったばかりの人間をよくぞあれほど惚れさせたもんだ」
「はははっ、どうやら、彼女の恐怖と絶望が最高潮に達したときに颯爽と現れて助けたのが劇的に効いたようだね。だけど、そういう巡り合わせになったのも神々の導きだ。彼女を伴侶として、この農場を拠点として、ここで王になれと神々が僕に言っているんだよ」
ここまで幸運が重なるのだ。そうに決まっている。エドウィンは信じて疑わない。
「それに、僕はもう二十一歳だし、王になるのならできるだけ早く結婚して世継ぎを作るべきだから、結婚相手を決めるのに早すぎるということはないさ」
「まあ、それは確かにそうですが」
答えるジェラルドは、まだ今ひとつ納得していない様子だった。そんな側近に対して、エドウィンは微苦笑を返す。
「そう心配しないでくれよ。僕は何も、クレアが容姿端麗で、僕に好意的だというだけの理由で結婚相手に選んだわけじゃない。王になる人間として、ちゃんと利益も考えて彼女に求婚したんだ……彼女はアロナ人で、裕福な地主だ。僕の国の王妃として最適の条件を持っている」
エドウィンはそう語りながら、農場の住民たちを手で示す。
「これから僕の支配する民は、その大半が彼らのようなアロナ人だ。僕は強き王に、そして良き王になるつもりでいるが、キラケス人だ……僕がどれほど善政を敷いても、キラケス人の王に服従することに反感を抱く者は一定数出てくるだろう。僕が優しい王として振舞えば、そいつらは僕を侮り、下手をすれば逆らう。それを僕が厳しく罰しようものなら、ほら見ろやっぱりキラケス人の王なんてろくな奴じゃないと言い出す」
キラケス人とアロナ人は、同じ帝国の民だったので信仰は共通しており、見た目の上でももほとんど変わらない。生活文化もそうかけ離れたものではないはず。エドウィンとしては、アロナ島で王として生きていく上で、この地の文化を受け入れることへの忌避感もない。
しかし、エドウィンが「島外からやってきた、違う民族の人間」であるという明確な事実は変えようがない。このことは、この地で王になる上で数少ない懸念事項のひとつだとエドウィンは考えていた。
「だけど、僕がアロナ人女性を伴侶に迎え、王妃にすれば、僕がアロナ人を庇護する者であると民に強く印象づけることができる……エドウィン王はキラケス人だが、アロナ人と結婚し、アロナ人の血を引く我が子を後継者に据え、自ら積極的にアロナ人に同化する姿勢を示している。そうなれば、僕の支配に反発する者は、気にしなくていい程度まで減るだろう。少なくとも、僕がキラケス人であることを理由に大きな反乱が起こることはないだろう」
語りながら、エドウィンは次に後方の館を手で示す。
「そして、クレアは館と広い農場を持っている。この館はなかなか立派だから、少し見栄えを整えたら、僕の国が小さい間は王の館として十分に使えるだろう。そして農場は、王の都を築く上での土台として使える。何もないところに一から人里を作るよりは、既にある人里を発展させていく方が楽なはずだ……僕がクレアと結婚すれば、彼女は僕が王として歩み始めるために必要な全てを提供してくれるんだ」
ベッドに横たわり、恍惚とした表情のまま眠っているであろう彼女を思いながら、エドウィンは微笑を浮かべる。
「そうした目に見える利点だけじゃない。クレアは僕の小難しい話をちゃんと理解していたし、話し方は理知的で上品だった。それを見るに、彼女には地主家の令嬢にふさわしい教養もある。一国の王妃になっても上手くやっていけるさ……ついでに言えば、彼女が個人的に僕に惚れていることも役に立つ。僕が彼女を幻滅させる夫にならなければ、彼女は僕を裏切らない」
エドウィンが挙げた数多の利点を受け、ジェラルドは思案の表情を見せる。
そして、苦笑交じりにため息を零し、口を開く。
「やっぱり若様は賢いですね。若様の話を聞いてると、確かに若様があのお嬢さんと結ばれるのが最善に思えてきましたよ。それ以外の選択肢なんてないような気がしてきた」
全面的な賛成の意思を示してくれた側近に、エドウィンは薄く笑む。
「君の理解を得られてよかったよ……さて、彼女が起きた後が楽しみだ」
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