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我が覇道を讃えよ ~尊大不遜な元傭兵、辺境で勝手に建国して成り上がる~  作者: エノキスルメ
第一章 我は王である

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第五話 救世主

 ああ、もう駄目だ。


 盗賊の侵入を許した館の奥、元々は父の私室だった部屋の中で、クレアは絶望に心を覆い尽くされていた。


 できる限りの備えを進めながらも状況を打破する妙案が思い浮かぶことはなく、盗賊が来ないことを神々に祈る短い日々が過ぎ去った後、ついにこの日が訪れた。

 森の陰に身を隠しながら接近してきた盗賊たちの襲撃を受け、大した高さも強度もない木柵は容易く突破され、集団で抵抗する暇もなく皆それぞれ家に逃げ込んだ。クレアも使用人のドーラと共に館に入り、女性二人では守りきれないだろうからと傍についてくれた二人の男性小作農も一緒に立てこもった。

 窓を塞ぎ、扉を補強した判断はどうやら正解だった。拾い集めておいた石も役立った。盗賊たちは窓を塞ぐ木板の破壊に手間取り、木板を割られたところへ屋内から石を投げつけると怯んで手や頭を引っ込めた。しかしそれらの備えも、結局は盗賊の屋内侵入を幾らか遅らせるだけの効果しかなかった。

 頑丈な閂をして、その上でさらに家具などで塞いでいた館の扉もついには力任せに破られ、五人もの盗賊が侵入。そのうちの一人、真ん中に立っていた体格の良い男が、クレアを見ると下品な舌なめずりをした。


「お前ら、この雑魚どもを片付けろ。俺はこの女をいただく」


 他の盗賊たちに命令する男の視線を受け、言葉を聞き、恐怖と嫌悪で鳥肌が立った。ドーラと二人の小作農たちはクレアを守ってくれようとしたが、四人の盗賊たちに襲いかかられ、すぐに殺されないよう抵抗するだけで手一杯になった。

 なのでクレアは、近づいてくる盗賊から逃げるしかなかった。裏口も塞いでいるために行き止まりになると分かっていても、館の奥に逃げ込むしかなかった。


 そして今、クレアは広間と隣接する大部屋から、さらに隣の部屋に入り、隠れる場所も逃げる出口もなく追い詰められている。盗賊から離れることができたのはほんの数瞬だけ。後を追って部屋に踏み入ってきた盗賊の、あらゆる悪意に満ちた視線が、クレアの全身を舐める。


「あぁ……」


 絶望が声となって口から零れ、身体から力が抜けてその場にへたり込み、項垂れる。

 これでも精一杯やろうとした。知識も経験も持たないなりに、農場主として責任を果たそうとした。だけど何もかも無駄だった。自分はどうしようもなく無力だった。

 もう終わりだ。これから自分は死ぬ。ただ死ぬだけではない。その前に、想像を絶する苦痛と屈辱を味わうことになるのだろう。

 懐には父の形見である短剣を忍ばせてある。盗賊と戦うための武器ではない。いよいよ追い詰められたときに、せめて尊厳を守り、できるだけ楽に死ぬために隠し持っておいた。

 楽になりたい。今すぐに逃げ出したい。全身にまとわりつく絶望から。そして、これまでとは何もかもが変わってしまったこの恐ろしい世界から。


「もう耐えられない……お父様、お兄様、ごめんなさい……お母様、傍にいて……」


 これを使えば、楽になれる。クレアは短剣を抜き、刃を自分の胸へ向け――そこで手が止まる。


「……あぁ、あああぁぁ……」


 できない。とてもこんなことはできない。やらないともっと苦しい目に遭うことは分かっているのに、今すぐこの現実の何もかもから逃げ出したいのに、それでもできない。怖い。あまりにも怖い。怖すぎる。

 どうしようもなく手が震える。涙で視界がにじむ。顔から血の気が引いていくのが分かる。

 嫌だ。死にたくない。まだ死にたくない。もっと生きていたい。

 短剣を胸に向けたまま、クレアは目を閉じる。目の前の現実から、ほんの僅かな一時だけでも離れるために。


「へへへ、そりゃあ自分を刺す勇気なんて出ねえよなぁ? それでいいんだぜ? 生きたまま俺と一緒に楽しもうや」

「嫌、嫌、怖い、誰か、あぁ、誰か助けてぇ……」


 消え入りそうな声で呟く間にも、盗賊は一歩また一歩と近づいてくる。顔を伏せて目を閉じていても足音は聞こえてくる。心の内の葛藤を嘲笑うかのような下卑た笑い声が迫ってくる。

 死にたくない。だけど逃げ出したい。でもまだ死にたくない。誰か助けて。

 どれほど祈っても助けは来ない。当たり前だ。こんな状況で助けなんて来るはずがない。人の形をして近寄ってくるおぞましい悪意から、心を覆い尽くす恐怖から、誰も自分を救ってくれない。

 だから、この短剣を胸に突き刺すしかない。やるしかない。


「ああああぁぁ……嫌だあああぁぁ……」


 目からは涙が溢れ、手の震えは止まらない。頭の中がぐちゃぐちゃになりながら、恐慌に任せて短剣を自らの心臓に突き込もうとした、そのとき。


「あぁ? 何だお前ら? おい、こんな奴ら仲間にいたか――ぐああっ!」


 突然、激しく争う音と、盗賊たちの叫び声が広間の方から聞こえてきた。


「ああん? 何だぁ?」


 クレアに迫っていた盗賊も、奇妙に思ったのかそう呟いた。クレアは顔を上げようとするが、極度の恐怖と緊張で身体が硬直して上手く動かない。


「奥に! 奥にお嬢様が! そっちにも盗賊が!」


 ドーラが叫ぶ声が聞こえ、その直後。この部屋に新たに人が入ってきたのが気配で分かった。


「なっ! おい、待っ――ぐえっ!」


 間もなく、盗賊の焦る声と、その後にはどこか間の抜けた声が聞こえた。クレアが混乱を覚えながらようやく顔を上げると、目の前にいた盗賊が今はこちらに背を向け、その首から剣の刃が生えていた。剣で首を貫かれているのだと、一瞬遅れてクレアは理解した。

 剣が引き抜かれ、盗賊は首から血を噴き出しながら床に倒れる。その様を、クレアは唖然としながら見つめる。


 盗賊を殺したのは、鎖帷子を纏って剣を手にした、漆黒の長い髪を後ろで一つ結びにした青年だった。クレアに視線を向けた青年は、微笑を浮かべながら片膝をつき、傍らに剣を置く。

 そして、クレアに手を差し伸べる。まるで物語に登場する英雄のように。


「お嬢さん。怪我はないかな?」


 彼にそう呼びかけられ、その優しげな顔を見ながら、クレアの心の内に深い安堵が広がる。


 嗚呼。


 この人は救世主だ。神々が救世主を遣わしてくれた。

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