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【書籍化決定】我が覇道を讃えよ ~尊大不遜な元傭兵、辺境で勝手に建国して成り上がる~  作者: エノキスルメ
第二章 拡大する版図

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第六十六話 難民

 エドウィンが旧バーデン領より都に帰還したのは、それから三日後のことだった。館の広間に入り、テーブルの最上座についてクレアと子供たちに囲まれ、一息吐いた後。ジェラルドから報告を受けた若き王は、片眉を上げて驚きを示した。


「キラケス人難民?」

「はい。アロナ島にいるキラケス人の王の噂を頼りに流れてきたそうです。この三日間は特に問題も起こさず大人しくしています。海を渡る船を雇うために各自が持っている金品をかき集めて使い果たしたようで、ろくな野営道具も持っていなかったので、食料に加えて薪も与え、天幕と毛布も貸しています」

「エドウィン様、そのようにしてあげてほしいと私がジェラルドさんに頼んだんです」


 ジェラルドが説明し、クレアが補足すると、エドウィンは優しい微笑を浮かべて伴侶に視線を向ける。


「そうか、素晴らしい判断だ。クレアは本当に優しい心の持ち主だね……ジェラルドと戦士たちもよくやってくれた。百人以上もの難民が不意にやってきても大きな混乱が起こっていないのは、君たちが上手く対処してくれているおかげだ」

「そう難しい仕事じゃありませんでした。難民の七割ほどが女と子供ですし、男たちの方も素直なものです。どうやら大陸ではよほど苦労していたようで、このままリンダム王国で受け入れてもらえるか心配で仕方がないのか、自分たちが無害な難民だと態度で示そうと必死な様子です」


 それを聞いたエドウィンは、腕を組んで嘆息する。


「それはそれは。大陸の現状はこれまでもちらほら聞こえていたが、やはり相当に混乱しているようだね。有力者たちの勢力争いに翻弄される民の困難は如何ほどのものか、容易に想像できる」


 帝国支配の時代が終わって以降、大陸との交流は激減しているが、それでも大まかな情勢程度はアロナ島まで伝わっている。

 それによると、エドウィンたちが離れた後の旧帝国北部には、この数年で土着の有力者や東から侵入したゴドロワ人の指導者による新興勢力がいくつも誕生し、もはや帝国の支配を完全に脱して賑やかに争いをくり広げているという。


 そして旧帝国南部においても、崩壊は着実に進んでいる。各地で貴族や高級軍人、裕福な商人や地主などが独自の勢力を築いて事実上の独立を果たしており、堂々と国を名乗っている勢力も少なくない。その他の領土――本土の周辺の島嶼や、南方の別大陸の沿岸部にある飛び地なども、アロナ島と同じように放棄されたり、国境を接する隣国に奪われたりして失われつつある。


 その結果、今やロドニア皇帝家がまともに実効支配できているのは、直轄領であるロドニア半島とその周辺の一部地域、そして隣国との国境紛争が続く南東部のみ。神々に選ばれし至上の国とまで呼ばれた覇権国家は、いよいよ過去の存在となりつつある。現在の帝国に、もはやかつての面影はない。


 そんな大陸から、まだしも情勢が落ち着いているアロナ島へ逃げ込んでくる者がいたとしてもまったく不思議ではない。事実、アロナ島南東部などには時おり難民が流れ着いているという。

 大陸で生きることに困難を覚えたキラケス人が、アロナ島にキラケス人の王が治める国があると知ったならば、元は同胞である王の庇護を求めてそこへ向かおうと考えるのは理解できる話。自分が彼らと同じ立場だったとしたら、おそらく同じ選択をするだろうとエドウィンは考える。


「それで若様、難民たちをどう扱いますか?」

「そうだな……彼らが問題を起こすような輩でなければ、受け入れていいだろう。我が国の人口が増えれば軍事力や農業生産力の拡大に繋がるし、同じキラケス人の王に命を救われて庇護を得たとなれば、今後も忠実な民として服従してくれるだろうから都合が良い」


 最側近である戦士長の問いに、エドウィンは短い思案の後に答える。


「ただし、扱いには注意が必要だ。文化の違いはあまりないとはいえ、他民族が大挙して自分たちの生活圏に踏み入ってくれば、アロナ人の民は反発を覚えるだろう。そうなれば、その反発は王として難民を受け入れた僕にも向けられる。やはりキラケス人の王は信用ならないのだと思われる事態は何としても避けなければ」


 エドウィンたち元傭兵が王の都の原型となったクレアの農場に受け入れられたのは、エドウィンたちがクレアたちの命を救い、以降もこの地に平穏と豊かさをもたらし、さらには指導者であるエドウィンが積極的にアロナ文化へと同化し、他の者たちも主人に倣ってきたからこそ。他の人里にキラケス人難民を強制的に受け入れさせても、そのように幸福な融和は起こらない。難民への反発が、エドウィンが最も恐れる「余所者の王の拒絶」に繋がりかねない。


 アロナ島に渡ってからの五年間、エドウィンはアロナ人の民の信頼を得るために懸命な努力を重ねてきたが、そうして築き上げた信頼も大きな失策がひとつあれば簡単に崩れる。民心とはそういうものだと、エドウィンは過去に読んだ歴史書から学んだ。古の様々な国や地域が、為政者の失策ひとつで繁栄や安寧を失った。


「帝国軍が撤退した後、盗賊団が暴れたせいで完全に無人になった人里が幾つかあっただろう。難民たちはそこにまとめて放り込み、生活させるとしよう。今後もまた難民が来るようなら、幸い我が国にはまだまだ土地が余っているから、新しい村を作らせる。アロナ人はアロナ人で、キラケス人はキラケス人で集まって生活させながら、ゆっくりと時間をかけて融和させていくのが最善だろう……明日、その難民たちと会おう。話を聞いている限りでは問題なさそうだが、一応自分で彼らと顔を合わせ、話した上で受け入れるか否かを決める」


 そう言って、エドウィンは椅子の背にゆったりと体重を預けながら、自身の前に置かれた温かいハーブ茶に口をつける。遠征から帰還した今日は、何もせず家族と穏やかに過ごすと決めている。


・・・・・・


 翌日。エドウィンはキラケス人難民たちの野営地へと赴いた。


 彼らが上陸したという海岸から内陸に少し入った地点、低い丘陵の南側に、戦時の野営に使われる天幕が三十ほど並んでいる。難民たちは与えられた食料や薪を消費しながら、そこで一時の安寧を得ている。

 丘陵の頂上には、野営地を北から見下ろすかたちで戦士たちが待機し、難民たちが勝手に移動しないか、野営地へ安易に近づくアロナ人の民がいないか見張っていた。エドウィンはまず彼らのもとを訪れて労いの言葉をかけた後、丘陵を下って難民たちと接触する。


「国王陛下の御成りだ。お前たち、頭を下げろ!」


 先に野営地へ下り、難民たちを一か所に集めさせていたジェラルドが声を張ると、彼らは一斉に平伏した。小さな子供たちは状況がよく分からずにぽかんとしていたが、周囲にいた大人たちが押さえつけるようにして彼らにも頭を下げさせた。

 祭司長フィオナと、王家の紋章旗を掲げるオズワルドを傍らに侍らせ、ウォーレスをはじめ親衛隊戦士たちに周囲を囲まれ、さらに見張りを担っていた戦士たちまで引き連れながら難民たちの前に立ったエドウィンは、自身にひれ伏す百人以上をゆっくりと見回し、口を開く。


「難民諸君、私がこのリンダム王国の国王、エドウィン・リンダムだ。面を上げるがいい」


 王の言葉を受け、難民たちはおそるおそるといった様子で顔を上げる。


「諸君が大変な思いをしながら、キラケス地方から我がリンダム王国へとたどり着いたことは聞いている。王家より与えられたこの環境はどうだ? よく休めただろうか?」

「は、はい。おかげさまで久々に安心して休めました」

「子供たちにお腹いっぱい食べさせてあげることができたのは、去年の秋以来のことです」

「本当にありがとうございます、王様。感謝してもしきれません」


 難民たちのまとめ役らしき数人の男女が、何度も頭を下げながら答える。彼らの素直な態度を受け、エドウィンは鷹揚に頷く。


「それはよかった。諸君に天幕と毛布を貸し与えたのは、諸君の境遇を気の毒に思った王妃の判断だ。慈悲深き王妃への感謝をどうか忘れずにいてくれ……それで、諸君はこの私の庇護を得たいという話だったな? 諸君と同じキラケス人である私の保護を受け、このリンダム王国の民になりたいと」

「その通りでございます。私たちは皆、故郷での生活を失ったキラケス人です。今のキラケス地方はキラケス人やゴドロワ人、他にもロドニア人貴族などの国や領地が入り乱れて争いをくり広げているのですが、私たちはその争いに巻き込まれて故郷を追われ、財産や仕事を失い、難民となりました。戦争で荒廃した都市の、廃墟と化した家々に寄り集まって暮らしていたのですが、行き場もなく、食べるものにすら困り、生きていける見込みもない中で、キラケス人の王様が治めているというこの国の噂を商人から聞き、一縷の望みをかけてやってまいりました」

「皆の手元に残っていた僅かな金目のものを全て使って、船を雇って海を渡ったんです。私たちはもう、どこに行くこともできません。この国に受け入れていただくしか生きる道はありません」

「どうかお願いします、この国で暮らすことをお許しください。王様のために全身全霊で働きますから」


 一行の指導者と思しき中年の男が説明し、彼の隣に座っている若い女が補足し、二人と並んで座っている老女が涙ながらに言う。


「ふむ、大陸の商人が私の噂を語っていたのか。エドウィン王の名も有名になったものだ」


 彼らの言葉を受け、その本題ではない部分に注目しながら、エドウィンは上機嫌に笑む。


 アロナ島南東部の方では、今も大陸との交易が細々と行われているという。アロナ島南西部のこのリンダム王国にも、これまで数えるほどだが大陸商人の船が到来した。そうした僅かな交流によって、リンダム王国の名が大陸まで伝わっているというのは納得できること。アロナ島に数多ある勢力のひとつとはいえ、キラケス人の王が治めるアロナ人の国となれば、物珍しさから幾らか話題になってもおかしくはない。


「私も運命が違えば、諸君と同じようにキラケス地方で困窮していたかもしれない身だ。民族的には同胞である諸君を受け入れたいと思っている……条件は単純。私を王と認め、称え、服従すること。その対価として税を納めること。そして、この地の元々の住民であるアロナ人たちを尊重すること。それだけだ」


 こうして直に見ても、彼らが素直そうな気質であると分かる。本当に大陸で困窮してこの地に流れてきた難民であると考えていいだろう。

 エドウィンはそう判断した上で、彼らを無人の人里に住まわせて新たな村を作らせるという計画や、彼らに課す税の内容、生活が落ち着くまで向こう三年間は税を免除するつもりであること、最初の収穫が為されるまでは貸与というかたちで食料を支援することなどを語ってやる。


「なんと寛大な……この御恩は生涯、いえ、子々孫々まで忘れません。国王陛下への感謝を抱きながら懸命に働いてまいります」


 中年の男がそう言うと、他の者たちも口々に感謝を語る。歓喜の表情で、あるいは安堵のあまり涙を流しながら。


「諸君が善き民となることを祈っている。私も善き王として諸君を庇護し続けよう」


 最後にそう呼びかけた上で、エドウィンは側近たちの方を振り返る。


「ジェラルド、そしてフィオナ。後の委細は君たちに任せる。彼らに無人の人里の整備と荒れた農地の開墾をさせつつ、食料の面倒を見てやってくれ……それと、周辺の人里のアロナ人たちとの融和についても気遣ってやってほしい。戦士による巡回を増やして治安を維持し、祭司たちを介して難民と周辺住民たちを少しずつ交流させるんだ。彼らがまずは隣村の住民同士として仲良くするよう仕向けてくれ」

「御意のままに」

「分かりましたぁ」


 王の指示を受け、ジェラルドとフィオナは即座に頷いた。




 エドウィン・リンダム国王がキラケス人難民を受け入れた噂はやがて大陸にも伝わり、それを聞きつけた者たちが徐々にリンダム王国へと渡ってくるようになった。

 年に幾度か。一度に数十人から百人程度。海を越えて辿り着いたキラケス人難民たちは王の庇護を受け、新たな故郷を与えられ、王国の農業生産力や軍事力の増強に寄与しながら、徐々にアロナ人と同化してリンダム王国社会に馴染んでいった。

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