第六十四話 新年の祝祭②
その後も王家の若い家臣たちと御用商人や職人たちが楽しく語らっていると、そこへ突入してきたのはオズワルドを筆頭とした酔っ払い集団だった。
「なんだぁレオフリックもウィトレッドも! こんな広場の外れの方で落ち着きやがって、俺一人に酔っ払いどもの相手をさせる気かぁ?」
「お前がその酔っ払いの筆頭だろう。うわっ、息をかけるなよ酒臭い。顔が近いぞ」
「だいたい兄さん、広場の外れって言うけど、館に近いこっちは宴席の上座で……」
「うるせえ! 細かいこと言ってないでお前らも飲め! 俺に付き合え!」
オズワルドが絡み酒に興じる傍では、デリックがトマスに絡む。
「こんなところにいたのかトマスの旦那ぁ! おいおい杯が空じゃねえか! 俺が注いでやるから樽の方に行こうぜ!」
「あぁ、見つかってしまった……」
トマスは諦念を顔に浮かべながらデリックに引きずられていき、そんな彼と入れ違いで、やはり盛大に酔っているギルベルタが現れ、フィオナとキネグラスの間に立つ。
「お二人にちょっと相談があるんだけどさぁ! 新しくいい男を、今度こそ運命の相手を見つけたんだよ! さっき酒を飲み交わして意気投合して付き合うことになった、新参の戦士さんなんだけどさぁ! 近いうちに結婚するから祭司長様はお祈りをしてくれよ! そんで仮面の職人さんにはお揃いの指輪を作ってもらいたくてさぁ! 銀の指輪に派手な柘榴石を付けてさぁ!」
「もう、そう言ってそのうちまた気が変わってるのがギルベルタさんじゃないですかぁ。あんまり殿方をとっかえひっかえしてたら、愛の神エメレットが怒っちゃいますよぉ?」
「前金を払って正式に依頼してもらえたら、もちろん指輪は作りますが……」
数か月ごとに「運命の相手」が変わるギルベルタのいつもの言動にフィオナは呆れ交じりの笑みを返し、キネグラスもあまり本気にはしていない口調で言った。
戦士たちとその他の家臣たち、二つの喧騒に挟まれてしまったアンナに気を遣ったのか、ロイドが彼女の隣に座って話しかける。
「いやあ、今年の宴も新年にふさわしい賑やかさですねぇ。毎年このように盛大な宴が開かれるのは、リンダム王国が豊かだからこそです。陛下が偉大で寛大な君主であらせられる証左です」
「あはは、確かにそうですね。これも国王陛下のおかげです」
アンナはそう返しながら、広場の中央にいる君主当人に視線を向ける。ロイドも彼女と同じ方を向き、酔っ払いたちが歌い囃し立てる中で巨漢の戦士ウォーレスを相手役に楽しく踊っているエドウィンが視界に入ると、二人は揃って小さく噴き出す。
「五年前に帝国軍が撤退していったときは、途方もなく不透明な未来を前に大きな不安を覚えたものです。それが今では、新しい故国を得て、これほどまでに安定した社会の中で商売をすることができているのですから、私は幸せ者です……王妃殿下はよく、陛下がこの地の救世主様だと仰っておられますが、私もまさにその通りだと思います」
ロイドは広場を見回しながら、しみじみと語る。
かつてはドゥムノス砦の周辺で行商をしていたロイドは、帝国軍の撤退後、アイヴァー川下流域の東側に持っている農地で家族と共に日々の糧を作りつつ、商圏を大幅に狭めて細々と行商を続けていた。新時代を生き残るため、いっそ自分が周辺一帯をまとめ上げて支配者になろうかと思い始めていたところ、エドウィンの噂を聞き、彼のもとに足を運んだ。
エドウィンを一目見た時点で、ロイドは彼が野心と才覚を兼ね備えた強い人間だと感じた。本当は一地域の支配者になどなりたくはなく、商人こそが自分の天職だと考えていたロイドは、若き王の才覚に自分と家族の人生を委ねることを決めた。
それは自分の人生で最大かつ最良の決断だったと、ロイドは確信を持ちながら御用商人として働いている。王のために力を尽くしている。
若き王の大盤振る舞いの下、賑やかな宴は日が暮れるまで続いた。
・・・・・・
祝祭の翌日には、エドウィンから家臣たちへ褒賞が下賜されるのが毎年の恒例。王の館の広間には戦士と文官たちが集まり、エドウィンは彼ら一人ひとりに言葉をかけながら、昨年一年間の働きに対する褒美の品を自ら手渡していく。
「戦士ウォーレス。汝の献身に対し、この銀製の腕輪を下賜する。新たな一年においても汝が変わらぬ忠誠を王家に捧げることを期待している」
「ありがたき幸せと存じます、引き続き変わらぬ忠誠を、陛下と王家に捧げてまいります」
ジェラルドやドーラやフィオナなど側近格の者たちがまず最初に褒賞を受け取った後は、戦士団の序列の最上位として、王家を守る親衛隊戦士たちが一人ずつ褒賞を与えられる。
その末席に立つのは最も若いウォーレス。エドウィンが労いの言葉をかけながら腕輪を差し出すと、ウォーレスは片膝をついて感謝の口上を述べ、それを押し戴く。立ち上がったウォーレスにエドウィンは微笑で頷くと、次の戦士の前に移動する。
家臣たちの働きに対する日々の報酬としては、衣食住の保障がある。彼らは働きへの対価として食料や酒、布あるいはその原料となる麻や羊毛、そして住処となる家を与えられている。食料や酒や、布とその原料に関しては十分以上の量が与えられており、各々が余剰分を他に欲しい嗜好品と交換するなどしている。
言わば、王家とその家臣団は全体がひとつの巨大な家族であり、エドウィンは彼ら全員を養い従える家長ということになる。
こうした日々の報酬に加え、新年の祝祭に合わせて褒賞を下賜するのは、家臣たちに単なる生活の糧以上の財産を持たせることで王の気前の良さを見せるため。主従関係は綺麗事だけでは維持できず、多くの者は利益を与えてくれる指導者にこそ従う。そう考えているからこそ、エドウィンは蓄えた富を家臣たちに還元することで、己が寛大な主君であることを示している。
褒賞として与えられる品は様々。戦士長ジェラルドが事前に戦士たちに聞いた上で、彼らの希望ができる限り反映される。
最も多いのは、銀や青銅で作られた装飾品。貨幣経済が崩壊し、市井の商売では物々交換が主流となって久しい現状では、こうした装飾品は本来の用途ではもちろん、持ち運び蓄えられる財産としても極めて有用なものとなっている。
一方で、貨幣が褒賞に充てられることも未だある。貨幣は帝国支配の時代のように便利に使うことはできないが、単純に「純度の高い貴金属の塊」としての価値は保っているため、指輪などの小さな装飾品と共に褒賞の価値を細かく調整するために利用されている。
他に、戦士たちには武器が与えられる例もある。腕の良い武具鍛冶職人によって作られた鉄製武器は、薪割り斧や日常生活用の短剣、適当に作られた粗雑な槍などと比べて遥かに上質で、それ自体が一財産となる。普段使っている得物が壊れた際の予備として、あるいは子供が成長した際に持たせるために、何本持っていても困るものではない武器を、褒賞として求める戦士は多い。
極めて高価な武器である剣に関しても、主に御用鍛冶職人デリックによって徐々に増産され、貢献度の高い古参戦士を中心に下賜が進んでいる。価値も攻撃力も高い剣だが、あえて使い慣れた戦斧や槍で戦うことを好む者も多いため、希望した者への褒賞とされている。
こうした家臣各個への褒賞とは別で、軍備増強の一貫として鎖帷子や兜の下賜も進んでいる。これらの鉄製防具は戦士の序列に沿って、同じ序列内では年齢や戦争での貢献度に応じた順序で配られており、この四一三年の褒賞の場で騎兵部隊の全員まで行き渡った。
「……これで新年の大仕事も終わりか。職人諸君、今年もご苦労だった」
家臣全員に激励と褒賞を与え終わり、皆が広間から退室した後。エドウィンは玉座の傍らを振り返って言った。
「恐縮です、陛下。毎年こうして下賜の場に立ち会わせていただけるのは、私たちにとって最大の名誉のひとつです」
「まったくキネグラスの旦那が言う通りでさぁ。自分や弟子たちの作ったもんが陛下の手で一つひとつ下賜されるのを見届けるってのは、本当にいいもんです。おまけに毎年あんなお褒めの言葉までいただいて、御用職人として冥利に尽きますよ。気が引き締まります」
王の呼びかけを受け、金細工職人の代表としてキネグラスが恭しく一礼しながら、そして武具鍛冶職人の代表としてデリックが上機嫌に笑いながら、それぞれ答えた。
エドウィンは褒賞下賜の場ではそれを手がけた職人たちを立ち会わせ、褒賞を受け取る家臣たちに向けて、彼ら職人がいかに素晴らしい仕事を成したかを語るようにしている。そうすることで、職人たちに仕事の報酬のみならず名誉を与えている。
エドウィンのこの心がけは毎年効果を発揮しているようで、今回もキネグラスは声色で、デリックは表情で上機嫌を表している。他の職人たちも、揃って誇らしげな顔を見せている。
「君たちがこうして喜んでくれて幸いだ……さて、祝い事もこれで一段落か。明日からはまた日々の仕事に邁進しなければね。来年の新年も、こうして皆で祝い合えるように」
「はい、陛下。皆で力を合わせて頑張りましょう」
エドウィンが言いながら視線を向けると、傍らに寄り添っていたクレアが満面の笑みで頷いた。




