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【書籍化決定】我が覇道を讃えよ ~尊大不遜な元傭兵、辺境で勝手に建国して成り上がる~  作者: エノキスルメ
第二章 拡大する版図

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第六十話 バーデン領侵攻④

 ダグラスがくり出した戦斧の一撃を盾で受け流し、剣を突き出す。ダグラスは身をよじってその刺突を躱し、自身の盾でエドウィンを殴り倒そうとする。

 横に跳んでその打撃を避けたエドウィンは、今度は剣を横薙ぎに振るう。鋭く研ぎ澄まされた刃は、しかしダグラスが即座に左腕を引いて構えた盾の表面に傷をつけるだけだった。


 そうして敵将と激戦をくり広げるエドウィンの側面に、敵の一人が回り込む。しかし、その前にジェラルドが立ちはだかり、自身の剣による猛攻で瞬く間にその敵を無力化する。

 さらに、エドウィンの背後から迫ろうとした二人の敵に対して、主君の背を死んでも守るという覚悟を示すようにウォーレスが攻めかかる。

 恐るべき巨躯を誇る彼を前にしただけで二人の敵は怯み、彼が振るった槌を一人が盾で受け止めようとしたが、あまりの破壊力に盾とそれを構えていた左腕の骨までを割られ、悲鳴を上げながら後ろへ吹き飛ばされる。もう一人の敵は、雄牛の如く強い巨漢の護衛を前にエドウィンへの接近を断念し、構える槍の間合いに頼りながらじりじりと下がっていく。


 エドウィンを囲んでいた親衛隊戦士たちも、ダグラスを囲んでいた敵の従士や傭兵と対峙し、激突し、混戦をくり広げる。敵側もそれなりに鍛えられているようだが、実力と装備は親衛隊戦士たちの方が上。敵側の攻撃は彼らになかなか通らず、一方で彼らの攻撃は容赦なく敵に傷を負わせていく。追撃戦の只中でくり広げられる集団戦は、リンダム王国側の有利に推移する。


「悪あがきは無駄に終わりそうだぞ。降伏してはどうか?」

「ふざけるな! まだ勝ち目はある!」


 提案を拒絶されたエドウィンは、なおも戦斧で斬りかかってくるダグラスに対して冷静に剣を振るう。


 剣の利点は多々ある。長い両刃は他の武器よりも攻撃範囲が広く、敵を深く刺し貫くことも、薙ぎ払うこともできる。敵が鉄製の防具を身につけているのでもなければ、当たりさえすれば鋭い刃で服も皮膚も肉も切り裂き、ときには骨さえ断つことができる。深い裂傷や刺傷は、重要な血管や内臓に達して命を奪うことが多いため、これは大きな有利と言える。

 また、槍や戦斧と違って重心が手元にある剣は、機敏に振り回しやすいため、手練れの戦士が用いれば、ただでさえ殺傷力の高い一撃をより素早く連続でくり出せる。


 だからこそ、剣はとても高価な武器でありながら、それでも所有する価値がある。エドウィンの剣は、一匹狼の傭兵だったエドウィンの祖父が地道に長年働いた末にようやく手に入れたもの。祖父から父ケンウルフへ、そして自分へと受け継がれた、半ば家宝となりつつある上質な剣を、エドウィンは巧みに振るってその威力を存分に発揮する。


 帝国軍に何年か所属していたという経歴のためか、ダグラスもなかなかの手練れだが、ジェラルドから日々鍛えられているエドウィンの方が強い。連撃によって敵将を追い詰め、いよいよ勝負を決めようとした――そのとき。


「閣下!」


 叫びながら、ダグラスの後ろから槍による鋭い刺突をくり出してくる敵がいた。鎖帷子と兜を纏った、おそらく敵の中でも最精鋭と思しき一人だった。

 ジェラルドはエドウィンの死角を、ウォーレスは背中を守っているが、正面から迫りくる敵にはエドウィン自身が対処するしかない。若き王は冷静さを保ちながら、鋭く突き込まれた槍の穂先を円盾で受け流す。


 さらに、主君が二対一で戦う事態を防ごうと、オズワルドが戦闘に介入してくる。ダグラスを助けに入った敵の背中に槍を突き込もうとするが、しかしその敵は振り向きざまに槍を一閃し、自身目がけて迫ってきた槍の穂先を弾いてその軌道を逸らす。

 そして、エドウィンとダグラスの一騎打ちの横で、オズワルドと重装の敵の戦いが始まる。槍使い同士が互いの腕を競うようにぶつかり合う。


 槍の最大の利点は、やはり間合いの長さ。適当に振り回すだけでも相手を牽制できる槍は民兵など戦いに不慣れな者にも向いている武器だが、手練れの軍人が使えばさらに恐ろしい攻撃力を発揮する。縦横無尽に振るわれる槍の硬い柄や鋭い穂先から逃れるのは容易ではない。


 オズワルドは相当な手練れだが、敵もそれに匹敵する強さを持っていた。互いに相手の攻撃を弾き、あるいは盾で受け流し、一進一退の攻防をくり広げる。

 両者の実力は拮抗するが、戦争とは一対一の勝負の場ではない。主君とその側近や護衛たちが敵集団と戦闘をくり広げている様を見て、周囲の戦士たちが加勢する。オズワルドのもとにも二人の戦士が駆け寄り、戦斧を振りかざして敵に襲いかかる。


 戦斧はキラケス人戦士にとって最も馴染み深い武器のひとつ。重心が先端の方にあるため、剣ほど軽快に振り回すことは難しいが、打撃力においては剣に勝る。重い一撃は鎖帷子や兜越しにも敵に伝わり、さらには投擲攻撃も行いやすかったりと、使い勝手の良さが大きな利点。斧を持っている者は職業軍人にも民兵にも多いので、手元の武器を失った場合に、戦場で簡単に代わりの武器を拾って似たような使い勝手で振り回せることも汎用性の高さに拍車をかけている。


 どれほどの実力者でも、三方からの激しい攻撃に注意を払い続けることは不可能。敵が左からくり出された戦斧の一撃を盾で受け止め、右から戦斧を構えて迫ってきた戦士を槍で牽制して正面が無防備になったその隙を逃さず、オズワルドは槍を突き込む。

 その一撃は敵の腹の中心を貫き、それが致命的な傷となったことは誰の目にも明らかだった。槍を引き抜かれた傷口から血が溢れ出す中で、敵は己の主人の方を見やると、膝から崩れ落ちて倒れ込み、動かなくなった。


「ローガン!」


 エドウィンに追い詰められていたダグラスは、倒れた配下の名を呼びながら血相を変える。

 ローガンと呼ばれた配下――おそらくはダグラスにとって側近格だったのであろう従士を倒したオズワルドと二人の戦士は、エドウィンと共にダグラスを囲む。


「さあ、ダグラス殿。武器を捨てて投降してもらおう」


 誰が見ても、もはやダグラスに勝ち目はない。エドウィンに促された彼は、無念そうに目を伏せて戦斧と盾を手放し、腰に差していた予備の武器である短剣も地面に捨てた。

 彼の周囲で戦っていた従士や傭兵たちも、主人が投降した様を見て自身も武器を捨て、あるいはエドウィンたちに背を向けて逃げ出す。

 戦闘を終えたエドウィンが周囲を見回すと、もはやまともに抵抗している敵はいない。リンダム王国軍がバーデン領軍を追うばかりの状況となっている。


「……このまま東の大農場を包囲して、しかし農場の中にまでは踏み入らないよう戦士たちに伝えてくれ。民兵たちにも無秩序な掠奪や暴行はさせないようにと」


 王の命令を受け、数人の親衛隊戦士たちが追撃を続ける味方のもとへ走っていく。そして捕らえられたダグラスは、彼をなるべく丁重に扱うようエドウィンから命じられた数人の戦士たちによって連行されていく。


「いい敵でしたね。配下どもも強かったし、いざとなれば後退を命じるだけの胆力もある。俺の親父も、死に直せるならあんな敵が従える軍勢と戦って死にたがるでしょう」


 後方の野営地に連行されていくダグラスの背を見送りながら、オズワルドが言った。エドウィンは微苦笑を零し、若き側近の言葉に頷く。


「そうだね。サベルトのことだから、今頃は神々の国からこの戦場を見下ろして羨ましがっているだろう……ダグラスは敵ながら良い将だった。これまで戦った連中とは格が違った。そして、そんな強敵の率いる軍勢に僕たちは見事勝利した」


 そう言いながら、エドウィンの顔に満足げな笑みが浮かぶ。


「これも三年にわたって準備を整えた結果だ。新参の戦士たちの育成、兵役制度の整備と民兵の訓練、装備の充実、全てが正しかったことの証左だ……願わくばこの先も常に、これだけ痛快な勝利を成し遂げたいものだよ」


 雌伏の時は無駄ではなかった。リンダム王国は素晴らしい勝利を収め、この地の勢力争いの表舞台に主役として返り咲いた。その事実にエドウィンは満足している。


・・・・・・


「……結局、今回は俺たちの出番はなかったな」


 戦場からほど近くにある、緩やかな丘の上。小さな森の陰。リンダム王国軍が大勝利を収めた様を馬上から眺めながら、レオフリックは言った。


 十六騎から成る騎兵部隊は、ここぞという場面で世に披露すべきリンダム王国軍の切り札。今回のようにリンダム王国軍が有利を得ている戦場では、投入せずに勝てるのであればそれに越したことはない。なので、リンダム王国軍の戦列が敵軍の戦列に押され、こちらが劣勢となった場合にのみ突撃を為すように。

 エドウィンよりそのように命令されていたレオフリックは、自軍が優勢を維持する戦況を注視しながら、主君の意向に従って最後まで突撃を決断しなかった。


「俺たち抜きで味方が勝ったのは嬉しいが、少しだけ残念だな。訓練の成果を発揮する機会を逃しちまった」


 共に戦況を見守っていた騎兵の一人が言い、レオフリックはそれに微苦笑を返す。


「ウォルフガング、気持ちは分かるが、ここは自分たちの冷静さを誇っておこう。俺たちは予備兵力として待機するという役割を立派に果たしたんだ。国王陛下の軍勢が存分に敵軍を蹴散らしている場に、陛下の懐刀である俺たちが必要もないのにしゃしゃり出るのは失礼にあたるだろう」

「……なるほど、それは確かにお前の言う通りだな。つまり俺たちは、陛下の御活躍をお邪魔しないように立場をわきまえたってことか」


 ウォルフガングと呼ばれた騎兵――レオフリックより少し年上の、金褐色の髪が特徴の戦士は、そう返しながらにやりと笑う。


「そういうことだ。機会はまたいずれやってくる。俺たちの力を最大限に活かせる場でこそ、俺たちの存在を世に知らしめるんだ……撤退しよう。敵軍に姿を見られないよう、戦場を大きく迂回して野営地に戻るぞ」


 レオフリックはそう言って馬首を巡らせ、傍らの森に潜む部下たちのもとへ向かう。




 この戦いにおけるリンダム王国軍の死者は十四人。そのうち戦士は四人。重傷者は死者をやや上回る程度だった。対するバーデン領軍の損害は、リンダム王国軍のおよそ二倍に及んだ。

 この戦いを主導していた家長を捕虜とされ、常備兵力に大損害を負い、民兵の多くが逃亡したことで、バーデン家は抵抗力を失った。戦場後方に位置していた大農場を包囲されると、エドウィンによる勧告に応じて正式に降伏。戦争はリンダム王国の勝利で幕を閉じた。

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