第六十一話 追放者
バーデン家の降伏をもって、大農場はエドウィンの手に落ちた。武装解除したダグラスの手勢――従士と傭兵たちはいくつかの家屋に分けられて閉じ込められ、負傷者には手当てが施され、大農場の住民たちにはひとまず外出禁止が命じられた。
捕虜と住民たちを、そして目を離すと勝手な掠奪や暴行にはしりかねない自軍の民兵たちを監視するよう戦士たちに命じたエドウィンは、自身は側近と親衛隊戦士たちを連れてダグラスの館に堂々と入場。ダグラスのものであった広間の、ダグラスのものであった立派な椅子に腰を下ろし、後ろ手に縛られて床に座らされた彼とあらためて対面する。
「さて、ダグラス・バーデン将軍。まずは貴殿の奮戦への敬意を伝えさせてもらいたい。敵ながら実に見事な立ち回りだった」
「……」
椅子にふんぞり返りながら尊大な態度で言うエドウィンを、ダグラスは不機嫌そうな顔で睨みつける。
エドウィンが彼に語った称賛は、心からのものだった。
三年前に戦ったタイウェル・ドゥムノスは、一地主の立場から千人以上の人口を擁する支配者になった手腕は大したものだったが、軍事指揮官としては有能とは言い難かった。せいぜい、自ら前に出て戦ったことくらいしか褒めるべき点はなかった。
しかし、ダグラスは違った。己の擁する戦力や装備を正しく活かすための兵力配置。最も戦力的に充実した状態で臨める一戦に固執することなく、敗色濃厚となったら再戦による勝利の可能性を残すために後退する思いきりの良さ。その際、適切かつ迅速な指揮を為すことで壊走を防ぎ、秩序立った後退を為してできるだけ多くの兵力を残存させようとする判断力。危機的状況で一発逆転の攻撃に挑む胆力。いずれを見ても有能な大将と評するべきだった。
リンダム王国軍が練度でも士気でも敵側を上回ったため、結果的にダグラスの狙い通りにはならなかったが、戦況次第ではバーデン領軍は秩序立った後退に成功し、そうなればこの戦争は未だ終わっていなかった。今頃エドウィンは、損耗を押さえながら大農場まで後退した敵軍を前に、次の攻め手を考えていた。
まったく油断ならない強敵だったからこそ、エドウィンは勝利の後にも彼に敬意を抱いている。
「……私は敗北した。それは変えようのない事実だ。後は貴殿の好きなようにするがいい」
敵将からの称賛に対しては特に反応を示さず、分かりやすく悔しさを滲ませながら言ったダグラスを前に、エドウィンは薄く笑む。
「では、好きにさせてもらおう。貴殿の支配域は全て私がもらい受け、そこに暮らす民は我がリンダム王国の民とする。もちろん、この大きく豊かな農場も我が支配下となる。この館と、館の中に蓄えられたバーデン領の税収も全て私のものだ……そしてダグラス殿。貴殿とその家族には、我が国から出ていってもらおう。アロナ島の別の場所でも海の向こうの大陸でも、好きな場所に行って新しい人生を始めるがいい。多少の私財を持ち出すことは認めるので、それを原資に新しい農場でも経営するか、商人になって商売でもしたまえ。配下のうち、貴殿に付いていきたがる忠義者がいれば連れていって構わない」
三年前、エドウィンはタイウェルやガレスの勢力と争った際、彼らとその配下たちを容赦なく殺戮した。タイウェルに関してはエドウィンが直接殺したわけではないが、元々の計画としては公開処刑するつもりだった。
しかし今回の戦争においては、敗者であるダグラスを生かしてやることにした。その背景にはいくつかの理由がある。
ひとつは、バーデン領民の心証を考慮したため。
これまで噂として聞いたところによると、ダグラスは決して悪辣な支配者ではなかった。税に関しては、食料に加えて布や木炭などの資源も幾らか徴集したり、労役の人手を多く求めたりと、リンダム王国と比較すればやや重く課していたようだが、それでもタイウェルやロドニア帝国よりは大幅に軽い。治安維持には真面目に臨み、裁判では公正に振る舞うなど、その統治姿勢はバーデン領民からも一定の支持を集めていた。
数年にわたってこの地に平穏をもたらしたダグラスを公に処刑してしまうと、民が新たな支配者であるエドウィン王に過度な恐怖や無用な反発を抱く恐れがある。だからこそエドウィンは、彼を追放するに留めることにした。これから寛大な王としてバーデンの地に君臨する上で、前支配者を生かすことを寛大さの最初の証明とすることにした。
他の理由としては、他勢力の己に対する心証を良くするため。
かつてタイウェルやガレスの生存を許さなかったエドウィンが、今回の戦いでまた敵側の支配者を処刑してしまうと「エドウィン王は敵対勢力を打倒するとその支配者を必ず殺す」という評判が確立される可能性がある。そうなると、この先戦う勢力の支配者が追い詰められても降伏せずに徹底抗戦を試み、征服にひどく手こずる羽目になるかもしれない。
ここでダグラスを生かせば、エドウィン王は関係性や状況次第では敵対勢力の支配者に寛大な姿勢を示すという証左になる。
さらに言えば、この処遇はダグラスに対する敬意の表れでもある。
彼は数や装備で勝るリンダム王国軍を相手に、怯むことなく奮戦した。戦況が不利になっても諦めず、決断力と行動力を発揮し、単なる悪あがきではない見事な抗戦を試みた。
そして彼は開戦前、手勢をリンダム王国領土に侵入させて国境地帯の村から力ずくで「賠償」の品々を奪った際に、村の住民を誰も殺さなかった。抵抗した男たちへの多少の暴行はあったが、無闇に殺戮をくり広げたり、女性を襲ったり、子供を虐待したりすることは全くなかったとエドウィンは当事者たちから聞いている。
あくまでも己の主張に基づく範囲内で実力を行使したダグラスは、野蛮な無法者ではなく道義を重んじる為政者である。そう考えたからこそ、エドウィンは自身も立派な為政者でありたい個人として、寛大な処分をもって彼に敬意を示すことにした。
彼ほど有能な人材は、可能ならばその領地を安堵して傘下に置きたいところだったが、彼の気質を見るに、絶対に自分に従属してはくれない。また、これはリンダム王家の直轄領を拡大するための戦いでもあるので、バーデン領の存続を許して間接的に支配するという形式は許容できない。となれば、これが彼に示せる最大限の敬意となる。
「沙汰は以上だが、何か他に要望や聞きたいことは?」
エドウィンが尋ねても、ダグラスは押し黙ったままだった。その無反応を認め、エドウィンは頷いた。
「ないか。それでは、話は終わりだ。出ていく準備をしてもらおう……親衛隊の諸君、彼を連れ出してくれ」
王の命令を受けた親衛隊戦士たちによって連行され、その顔が見えなくなる最後の瞬間まで、ダグラスは悔しさを表情に滲ませていた。
エドウィンは彼の態度に怒りを覚えることも、不快感を抱くこともなかった。もしも勝敗が逆であれば、おそらく自分も同じ表情を浮かべていたと確信できるからこそ。
「……さてと、後は戦後処理だ。もうしばらく面倒な仕事が続くだろうが、皆頼りにしているよ」
親しい顔ぶれだけになったことで気を楽にしつつエドウィンが視線を巡らせると、側近であるジェラルド、レオフリック、オズワルドはそれぞれ力強く頷いた。
・・・・・・
エドウィン・リンダムと対面した翌日。ダグラスの率いる一行は、バーデン領より追放された。
「……敗けは敗けだ。敗者が多くを失うのは仕方あるまい」
不透明な未来へと向かう旅路、その最初の休憩時、他の者たちから距離をとって遠くを見やりながらダグラスは独り言ちる。
この不本意な旅路に付き従う者は少ない。先の戦いでは大農場の防衛指揮を任せていた息子と、まだ十代半ばの娘。今後も自分に付き従うことを選んだ四人の従士とその家族。総勢で十数人から成る一行と、持ち出すことを許された多少の金品が、ダグラスに残された全てとなった。
「だが、一度敗北した者が、永遠に敗者でいなければならない道理はない。一度勝利した者が永遠に勝者である必要もない。奪い取られたものは再び奪い取ればいい」
己の心に言い聞かせるように語るダグラスの視線は、既に森や丘に遮られて直視できない、もはや自分のものではないバーデンの地のある方へと向けられている。
此度の敗北を以てしても、ダグラスの心は打ちのめされてはいない。領地と財産を失い、絶対の信頼を置いていた最側近を失ったことで、むしろ内心の覚悟はより確固たるものとなり、野心の炎はさらに激しく燃え盛っている。
「エドウィン・リンダム。そう遠くない将来、私を生かしたことを後悔させてやる。いずれ途絶える覇道、せいぜい今のうちに謳歌するがいい」
昨日までダグラスのものだった館に居座り、今この時も戦後処理に勤しんでいるであろうエドウィン当人に、その宣戦布告は届かない。届くはずもない。
それで構わなかった。神々と、そして自分自身に聞こえていれば十分だった。




