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【書籍化決定】我が覇道を讃えよ ~尊大不遜な元傭兵、辺境で勝手に建国して成り上がる~  作者: エノキスルメ
第二章 拡大する版図

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第五十八話 バーデン領侵攻②

 矢の過半は敵側の従士や傭兵たちが構える円盾に突き刺さって止まるか、狙いが逸れて地面に突き立ち、あるいは中空へと飛んでいく。

 しかし残りの矢は、従士や傭兵たちが盾で守りきれない足や、彼らが盾の後ろからのぞかせた顔などに命中し、あるいは彼らの盾の間をすり抜けて二列目以降に並ぶ者たちに当たる。


 最前列の従士や傭兵のうち、矢を受けた数人が倒れる。その後ろでも何人かが矢の直撃を受けて倒れたのが見える。

 敵軍の最前列に空いた穴を、しかし二列目に並んでいた従士や傭兵がすぐに埋める。その動きからも、敵側の従士や傭兵の練度はそれなりに高いと分かる。


 そうして敵軍が態勢を立て直しつつ前進を続ける間に、こちらのクロスボウ兵たちも動く。前列と後列が交代し、新たに前列に立った者たちは素早く装填作業を終えて敵軍にクロスボウを向け、後列に移動した三十人は次の矢を撃つ準備を急ぐ。


「放て!」


 二度目の斉射が行われ、しかし倒れる敵の数はそれほど多くはない。最前列に空いた穴は、やはり後ろに並ぶ者たちによって埋められる。

 どうやら敵側は、従士や傭兵といった職業軍人だけでなく、前衛に並ぶ民兵までもが盾を装備している様子。適当な木板を繋げて持ち手をつけただけの粗雑な作りだが、それでも矢を受け止める程度の効果はあるようだった。

 こちらが放つ矢は全てを防がれるわけではないが、三年前のタイウェルとの戦いのように、遠距離から敵軍を圧倒することまではできない。


「敵側もこの三年で学んでいるようですね」

「ああ。どうやらダグラス将軍は、なかなか有能な指導者らしい……喜ぶべきことだ。これくらいの手応えがなければ面白くない」


 敵軍を睨みながらジェラルドが言い、エドウィンは笑みを浮かべたまま返す。


 リンダム王国軍がタイウェルの軍勢に圧勝した話は、この三年でティリス川以南に広く知れ渡った。その中で、リンダム王国軍が用いた奇妙な武器の噂も多少は伝わったものと思われる。

 リンダム王国はクロスボウという、弓を発展させたような飛び道具を大量に所有している。ダグラスがその噂を聞いた上で、民兵にまで盾を持たせて正面の守りを厚くしているのであれば、称えられて然るべき有能さだった。

 こちらとしてはがむしゃらに突撃される方がクロスボウの斉射で一網打尽にできるのでありがたく、こうして守りを固めて近づかれると、投射武器の数を揃えたことによる有利を活かし辛い。


 楽勝の戦ばかりでは、戦士も民兵も、リンダム王国自体が成長できない。最後はこちらが勝つとして、その過程で上質な実戦経験を得られるのは幸い。エドウィンは己にそう言い聞かせる。


 直後。敵軍の後方から矢が放たれたのが見えた。幾本もの矢が放物線を描きながら、エドウィンたちのいる方へ飛翔してきた。

 それを受け、エドウィンと戦士たちは円盾を頭上に構える。戦士たちの後方に並ぶ民兵たちも、盾を持っている者はそれを構えて防御の姿勢をとる。この三年で、民兵もまともな円盾や武器を持って召集に応じる者が多くなっている。


 飛来した矢はおそらく十数本。その後も散発的に敵軍後衛から矢が放たれる。おそらくは敵側の弓兵たちが曲射に慣れていないのか、その一部は手前の地面に落下する。残りがこちらの戦列に届き、戦士と一部の民兵が構えた円盾に命中するか、それらの盾で守りきれない箇所や盾を持っていない民兵に傷を負わせるか、あるいは誰にも当たらず空白の地面に突き立つ。

 さらに、敵軍の最前列が並べる盾の間からも矢が放たれ、不運にもそれを食らった数人のクロスボウ兵が倒れる。


「……クロスボウか」


 敵軍の盾越しに直射された矢――倒れたこちらのクロスボウ兵の身体に突き刺さっている短い矢に視線を向けながら、エドウィンは呟く。


「模造品ですか」

「だろうな。研究熱心なことだ」


 傍らのジェラルドの言葉に、エドウィンは鼻で笑いながら返す。


 クロスボウに関しては民による所有を禁じ、密造した者は棒打ちと罰金の刑に、国外に売った者は死刑に処すと布告してある。実際、この三年で粗雑な複製品を作った二人の民が棒で打たれ、高価値の財産である家畜などを取り上げられた。

 そうして今のところは王家によるクロスボウの独占を維持しているが、クロスボウに関する情報までが国内外に広まることは防げない。その見た目や仕組みに関する噂を集め、似たような武器を作る勢力が出てきたとしても不思議なことではない。


 エドウィンは盾を正面に構え直し、その頭上に後ろのウォーレスが自身の盾を構え、さらに傍らのジェラルドと親衛隊戦士が盾をエドウィンの方へ寄せ、王の身を厚く守る。

 そして他の最前列の戦士たちは、敵軍後衛から曲射される矢を防ぐために引き続き頭上に盾を構えつつ、立ち位置を調整してそれぞれ己の前に立つクロスボウ兵を肉の盾にする。


 そうして守りを固めたエドウィンと戦士たちは冷静に立ち位置を維持し、二列目以降に並ぶ戦士や民兵たちも敵の矢による損害がほぼ出なかったために未だ落ち着いているが、一方で先頭に並んでいるこちらのクロスボウ兵たちは動揺する。

 彼らはクロスボウを操作しているために盾を構えることができず、しかし敵側の矢が最も命中しやすい先頭にいる。矢を受けて倒れる者が続出し、その他の者たちは明らかに逃げ腰になる。


「お前ら落ち着け! 装填が終わったら敵に向けろ! 矢を撃つまで下がらせねえぞ!」


 自身は盾を構えているオズワルドが怒鳴り、最前列の戦士たちも、勝手に後方へ下がろうとした一部のクロスボウ兵の退路を己の身体や盾で塞いで前に押し戻す。「逃げるな」「戦え」とクロスボウ兵たちを叱りつける声がいくつも響く。


「クロスボウ兵の諸君! あと一射を為せば後方に下がらせてやる! 勇気を奮い立たせて敵に矢を放つんだ!」


 エドウィンも頭上に盾を構えたまま、クロスボウ兵全員に聞こえる大声で鼓舞を為す。


 元々の計画として、クロスボウ兵全員に二射をさせた後は、彼らを後方に下げて白兵戦に臨むつもりでいた。彼我の距離を見るに三射目までをさせる余裕はなく、鉄の鏃を持つ矢は数を揃えるのに膨大な手間と費用がかかるため、戦闘での破損や紛失が出ることを考えるとあまり贅沢に消費することはできない。そもそも、贅沢に消費できるほどの数はリンダム王家も有していない。

 上手く使えば非常に強力な投射武器が、しかし槍や戦斧などの近接武器に代わることができない理由のひとつとして、この矢の貴重さもある。


 王と戦士たちの鼓舞や叱責を受け、クロスボウ兵たちはなんとか務めを果たす。敵側から断続的に矢が飛来する中で、オズワルドの指示に従って敵軍の戦列に再び矢を浴びせ、さらなる損害を強いた上で急ぎ後退する。戦士たちと、白兵戦に備える民兵たちの間を縫って最後方まで下がっていく。彼らを指揮していたオズワルドは、戦列の二列目、他の戦士たちを援護する位置につく。


「皆ご苦労! よくやった!……まあ、敵の戦列にひびを入れる程度の効果はあっただろう」


 健闘したクロスボウ兵たちに呼びかけた後、エドウィンは敵軍を見据えながら呟く。


 敵側の死傷者はおそらく三十人に迫る。期待したほどの数ではないが、激突する前に従士や傭兵から成る先頭集団に少なからぬ損害を与えることができたのは大きな利点だった。

 対するこちらの死傷者はざっと見て十数人で、その大半が先頭に出ていたクロスボウ兵たちだった。敵軍後衛から放たれた矢の命中率が低く、そして敵側のクロスボウは数が少なかったようで、敵側よりも損害を抑えることができた。


 やはりクロスボウ兵を先頭に出す戦術は正しかったとエドウィンは考える。敵軍前衛が盾を装備しているにもかかわらず火力に任せて一定の損害を与えることができたことはもちろん、クロスボウ兵たちがこちらの白兵戦力の損耗を抑える盾になってくれたことも大きな利点だった。

 民兵だから死んでも構わないと言うつもりはないが、為政者としての立場からは、戦士や兵たちの命を数字で見て判断し、ある程度の損害は仕方のないものと割り切らなければならない。


「やはり、会戦では飛び道具で決着はつきませんね」

「ああ。できるだけ多くの戦士を前衛に置いたのは正解だった。やはり最後にものを言うのは白兵戦力だ」


 敵側の弓兵部隊はおそらく、弓の扱いに長けた職業軍人や、狩りで弓を扱い慣れている民兵で編成されている。当然こちらにも弓を扱える者は一定数いるが、民兵の半数をクロスボウ兵に回した上でさらに弓兵部隊まで配置すると、こちらの白兵戦力が薄くなりすぎる。

 そのためエドウィンは、この戦場に投入する投射武器は六十挺のクロスボウのみとした。その判断は正しかったと確信している。


 投射武器だけで勝敗が決まる戦いは極めて珍しく、大半の戦場で結局は互いに肉薄して殺し合いに臨むことになり、そうなれば白兵戦力の質と数が重要になる。

 精鋭戦力である戦士の大半を前衛に回し、クロスボウ兵以外の民兵全員に白兵戦用の武器を持たせ、さらに序盤はクロスボウ兵を実質的な肉の盾としたこちらは、前衛に少なからぬ損害を強いられた敵側よりも有利な状況でこれからの激突に臨むことができる。


 こちらのクロスボウ兵たちが後退する間にも敵軍は前進を続け、いよいよ激突のときが迫る。


「盾の壁!」


 エドウィンが鋭く吠えると、最前列に並ぶ戦士たちは一斉に円盾を構える。強固な盾の壁が戦列の正面に築かれる。

 そして両軍は、互いを得物の間合いに捉える。盾をぶつけ合い、盾越しに武器をぶつけ合う壮絶な白兵戦が始まる。

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