第五十七話 バーデン領侵攻①
エドウィン率いるリンダム王国軍は、輸送船の往復によってアイヴァー川を速やかに渡った後、バーデン領に向けて行軍した。
非戦闘員を含めて二百人を優に超える軍勢が移動するとなると、その速度は単独あるいは少人数での移動と比べて遅くなる。また、少なくとも敵側に先手を取られて都に攻め込まれるような心配もない状況では、戦士と民兵たちを疲弊させてまで行軍を急ぐ必要もない。むしろ、できるだけ体力を温存させながら移動するべき。
エドウィンのそのような考えのもと、軍勢は適度に休憩をとりながら東進し、都を発った翌日にバーデン領への侵入を果たした。それと前後して、ダグラスの拠点である大農場を見張らせていた偵察役の戦士より、ダグラスが兵力を集結させているとの報告が為された。
また翌日、リンダム王国軍は大農場の付近に到着し、互いに簡単には奇襲されない程度の距離をとって野営地を設置。さらに翌日、エドウィンたちが都を発って四日目の正午頃に、両軍は大農場の西の平原で決戦の時を迎えた。
「……久しぶりの実戦が、敵味方とも全力を尽くしての会戦となるか。つくづく戦の神ダノンに愛されているな」
対峙する敵軍の戦列を馬上から見据えながら、エドウィンは楽しげに笑う。
野営地の警備に若干の兵力を割いたリンダム王国軍は、戦士と民兵を合わせて総勢で百八十人ほど。対するバーデン領軍の兵力は、おそらくあちらも大農場に幾らかの防衛兵力を残した結果、百五十人前後。こちらより一回りほど少ないが、バーデン領の人口がリンダム王国の半分強であることを考えると、よくぞ兵力差をここまで縮めたものだと称賛すべきだった。
直前の偵察によって、敵側には質の良い装備を身につけている者たち――ダグラスの従士や彼に雇われている傭兵と思しき連中が総勢で五、六十人ほどいることも分かっている。彼の擁する従士団は四十人ほどの規模で、彼が雇い入れた傭兵集団は三十人程度という話だったので、敵側の職業軍人の多くがこの決戦に動員されていることになる。
兵力の数ではなく質を見れば、バーデン領軍は決してこちらに劣っていない。しかし、リンダム王家はこの三年で、鎖帷子や鉄製兜を纏う重装戦士を増やしてきた。さらに民兵の一部は、強力な遠距離攻撃を為せるクロスボウを装備している。そうした点を踏まえれば、総合的にはやはり自軍に有利があるとエドウィンは考えている。
「さて……それでは、我が方の大義名分を敵側に知らしめるとしよう」
言いながら、エドウィンは愛馬ノックスを前進させる。主君と同じく馬に乗ったジェラルドがそれに続き、護衛の親衛隊戦士たちも二人の周囲を囲みながら前進を為す。
ある程度進んだところで停止したエドウィンは、敵軍に向けて声を張る。
「私はリンダム王国の国王、エドウィン・リンダムである! バーデン領の主ダグラス・バーデン将軍に告ぐ! 貴殿の民による我が民への暴行と、貴殿の手勢による我が領土内での掠奪は、許し難い蛮行である! 双方の家臣と民が見ているこの場において、直ちに貴殿自らが謝罪を為されよ! そして適切な賠償を為すと誓われよ! 貴殿が誠意を示さないのであれば、私はこの軍勢をもって貴殿に報復を成そう! 神々の祝福のもとに正義の鉄槌を下そう!」
平原一帯に響く声で堂々と、馬上で胸を張って両手を広げながら尊大に、エドウィンは語った。
それに対して、やはり馬に騎乗して護衛に囲まれながら進み出たダグラスが声を張る。
「我はバーデン領の主、ダグラス・バーデンである! エドウィン・リンダム国王に告ぐ! この場で謝罪を為し、賠償を誓うべきは貴殿の方である! 報復の権利は、神々に祝福される正義は、我が手にこそある! 我が権利と正義を認めないのであれば、貴殿は我が軍によって報いを受けるであろう!」
こちらに負けず劣らず堂々とした語り口で反論を示したダグラスを見据えながら、エドウィンは片眉を上げる。
「なかなか堂に入った振る舞いじゃないか。感心なことだ……ダグラス将軍! 貴殿の言い分は聞かせてもらった! 貴殿が謝罪と賠償を拒否するのであれば、私はこれより武をもって正義を実現するとしよう!」
「かかってくるがいい! 愚行を為したことを後悔させてやろう!」
舌戦を切り上げ、エドウィンとダグラスはそれぞれの陣営に戻る。エドウィンは自軍の戦士と民兵たちに向けて簡潔な演説を為した後、下馬して自らも戦列に加わる。
三十人ほどが一列を成す横隊、その最前列の中央で盾と戦斧を持つエドウィンは、右隣に立つジェラルドに視線を向ける。
「滾るな。いよいよ開戦だ。本物の命の奪い合いは久々だ」
「あまり突出しないようご注意を。御身あってのリンダム王国です」
「分かっているさ。興奮しながらでも周りをよく見るのは私の特技のひとつだ。注意力は三年経っても衰えていない」
側近の忠告に素直に頷き、そして今度は後ろを振り返る。
「ウォーレス、頼りにしているよ」
「任せてください。陛下の後ろは死んでも守ります」
頭ひとつ分も身長差のある王を見下ろして言ったウォーレスに、エドウィンは微笑を返した。
ウォーレスは戦列の二列目、ちょうどエドウィンの真後ろに立っている。王の背中を守ることこそを最大の務めとする彼は、この戦列においてはその巨躯を活かし、エドウィンの頭越しに槌を振るって王を狙う敵兵を攻撃することを期待されている。
およそ六十人の戦士のうち、最前列を成す三十人以外は、ウォーレスを含む十人ほどが民兵の中でも特に屈強な者たちと共に二列目に立ち、数人が民兵の指揮役として後衛に配置され、数人が野営地の警備を指揮している。
そして十六人から成る騎兵部隊がこの戦場の付近、騎兵の機動力ならば迅速に戦場に到達できる位置で森の中に潜んでいる。彼らの指揮は、ジェラルドに次ぐ騎乗技術を備えたことで暫定的な騎兵部隊長となっているレオフリックが担う。
こうしてエドウィンが戦闘準備を終えた頃、ダグラスの方も自軍の戦列に加わり、そして動き出す。彼の方も自らが最前列の中央に立ち、左右には従士と傭兵たちを並べている。
敵側の主力となる従士と傭兵の装備は、リンダム王国側よりは劣るものの、それなりに整っている。鎖帷子などを身につけている者はダグラス当人を含めて数人程度だが、全員がまともな盾と質の高そうな槍や戦斧を持っている。なかには剣を持っている者もいる。
装備に恵まれた精強な軍人たちが最前列で盾を構えて壁を築き、そして敵軍は前進を開始する。
「タイウェルの低質な軍勢とは比べものにならないな……オズワルド!」
獣のように無秩序な突撃を為すのではなく、まともな部隊行動をとる敵軍の先頭集団を見据えて攻撃的な笑みを浮かべたエドウィンは、後方にいる側近の一人に呼びかける。今回、オズワルドにはクロスボウ兵の指揮を任せている。
「了解です! クロスボウ兵、前に出ろ!」
オズワルドの命令で、クロスボウを装備した民兵がおよそ六十人、最前列の戦士たちの間を縫って前に出る。
「前列、矢を装填して構えろ!」
続く命令を受け、前後二列の横隊を組んだクロスボウ兵のうち、一列目が既に弦を引いてあるクロスボウに矢を番え、敵軍に向けて構える。
クロスボウ兵に選抜されているのは、この数年にわたって定期的に訓練を受けてきた徴集兵の中でも、特に部隊行動やクロスボウ操作を覚える要領が良かった者たち。今回召集されてからあらためて数回の訓練が行われたこともあり、隊列移動も整列も射撃準備も、三年前の戦いの際と比較して危なげなく迅速に行われる。
オズワルドがエドウィンを振り返る。エドウィンが頷くと、彼は再び敵軍の方を向く。
「放て!」
三十人のクロスボウ兵が一斉に引き金を引き、三十の矢が敵軍目がけて飛翔する。




