第五十六話 競争相手
各人里からの民兵の召集に際しては、部隊として完成間近の騎兵たちが大いに活躍した。彼らは騎馬の機動力を活かし、分散して一日のうちに国内すべての村と農場に王命を届けた。
それぞれに割り振られた人里を全て巡って王命の伝達を終えた騎兵たちは、帰路ではそれらの人里を再び通過し、各人里で出発準備を終えた民兵たちを合流させながら都へ帰還した。民兵たちは普段は農民であり、故郷の村や農場から出る経験が極端に少ないため、王の都まで自力でたどり着くのが難しい者も多い。なのでこうして、戦士たちが王命を伝えつつ連れてくるのが最も効率の良い召集方法だった。
今回集まった民兵は、従軍を義務づけられた徴集兵と、戦利品獲得や成り上がりを目当てに参戦しにきた志願兵が合計で百六十人ほど。そこへ戦士団を合わせた二百三十人が、エドウィンの動かせる総兵力となる。
エドウィンはこのうち戦士十人と徴集兵二十人を、防衛兵力として王の都に残すことにした。この三十人の兵力に加えて、都の自警団――都の住民たちには、税の面で優遇を受ける対価として、非常時には男手を都の防衛のために提供する義務がある――を合わせれば、ダグラスが別動隊などを動かして都の襲撃を試みた場合や、他の勢力がこの機に乗じて侵攻してきた場合にも十分に対応できる。
都の防衛部隊の指揮には親衛隊に所属する古参戦士の一人を充て、残る二百人を己の率いる戦力としたエドウィンは、召集命令を発した数日後にはバーデン領への侵攻準備を完了させた。
「ちちうえ、がんばって、わるいひとをたおしてきてね!」
出陣に向けて戦士と民兵と非戦闘員が集結した都の広場で、母クレアに抱きかかえられて見送りに出ているエゼルウルフが言った。
愛する嫡男の激励を受け、エドウィンは少しばかり思案する。
自分がこれから戦うダグラス・バーデンは、別に悪人というわけではない。三年前に倒したタイウェルのように圧政を敷いて民を苦しめているという話は聞いていないので、少なくとも為政者として横暴で冷酷な人物ではない。
軍備増強に臨んでいるところを見るに領土的野心は抱いている様子で、今回の事件をあからさまに利用して対立を巻き起こしてきたところを見るにリンダム王国の領土を狙っていることは明らかだが、そうした思惑については自分の方も大概なので非難する道理は持っていない。
言うなれば自分とダグラスは、戦って勝った側が相手の支配域を奪い取って躍進できる、という競争に臨んでいるようなもの。最終的に勝者と敗者に分かれるとしても、その裏に正義と悪があるわけではない。もちろん自分は正義を主張し、ダグラスの方も同じように喧伝するだろうが、それはあくまで建前の話。為政者としての本音はお互い違う。
そうした政治の根幹についての考え方を、自身の跡継ぎであるエゼルウルフにはいずれ教えなければならないが、しかし現在三歳の彼は、どう語られても理解するのはまだ難しいだろう。内心でそう結論付けたエドウィンは、笑顔を浮かべて頷く。
「応援ありがとう、我が息子よ。リンダム王国を狙う悪い人の軍勢を、必ず打ち倒して帰ってくるよ。私が勝てるよう、クレアと一緒に祈っていてくれ」
「うん! ははうえといっしょに、かみがみにおいのりするよ! まいにちするよ!」
「そうかそうか、何とも頼もしいな……エゼルウルフが祈ってくれるなら、我が軍の勝利は間違いない! 諸君もそう思うだろう!」
エドウィンが呼びかけると、集合完了している戦士たちから「その通りです!」「エゼルウルフ王子万歳!」と威勢の良い声が次々に上がった。善き王として治世に尽力してきたエドウィンはもちろん、愛すべき王子であるエゼルウルフの人気も相変わらず高い。
名を呼ばれたエゼルウルフは、楽しそうに笑いながら戦士たちに手を振り、愛想を振りまく。やはり我が子には支配者として天性の才覚があるに違いないと、その様を見たエドウィンは思う。
そして、エゼルウルフを抱えているクレアに視線を向け、我が子のあざとい振る舞いを前に微苦笑を交わす。
「……陛下の勝利を確信しています。どうかご無事でお帰りください」
「我が愛しの王妃。どうか安心してほしい。私は神々に祝福されている。勝利を土産に、君の元へ帰還しよう」
笑顔を慈愛に満ちたものに変えながら、クレアは言った。エドウィンは偉大な王らしい振る舞いを意識しながら答え、彼女と口づけを交わし、抱擁を交わした。
「……愛してます、エドウィン様。行ってらっしゃい」
「僕も愛しているよ、クレア。留守の間、子供たちを頼む」
互いの耳元で私的な言葉を交わした後、クレアと離れたエドウィンは、家令のドーラをはじめ見送りに並んでいる家臣たちにも視線を巡らせて頷くと、自身の愛馬ノックスに乗る。
「陛下、いつでも出発できます」
「ご苦労、我が頼れる戦士長……それでは諸君、出発しよう! 勝利の後には皆が戦利品を、そして功労者はさらなる褒美を得ることになる! 我々の三年にわたる平穏を破った悪しき侵略者の軍勢、必ず打倒してやろう!」
ジェラルドの言葉に返した後、エドウィンは集結した戦士と民兵たちに呼びかける。簡潔な言葉で実利を示し、次いで大義を示すと、二百人から熱量のこもった応答がなされた。
「いざ出陣! 我に続け!」
高らかに宣言し、エドウィンは側近や親衛隊に囲まれながら馬を進める。
その後に戦士の列が、さらに民兵の列が、最後に御用商人ロイド率いる荷馬車や荷馬や非戦闘員の列が続く。都の住民たち、そして留守を守る戦士と民兵たちによる盛大な見送りを受けながら、リンダム王国軍は東進を開始する。
・・・・・・
ダグラス・バーデンは、元は地主だった。百人以上の小作農を抱える大農場と、隣接する中規模の農場を所有する大地主だった。
ロドニア帝国軍がアロナ島から撤退し、島内の秩序が急速に崩壊していく中で、ダグラスは理解した。およそ二百年にわたって続いたこれまでの秩序が元に戻ることはもはやないのだと。そして考えた。これは危機であり、同時に好機でもあると。
己の家族や財産や立場を守るには、単なる大地主のままでは力不足。しかし行動を起こせば、新時代をただ生き残ることができるだけでなく、より良い人生を築くことができる。富だけでなく地位をも手に入れ、歴史に名を残すことさえできるかもしれない。その考えはダグラスの焦燥をかき立て、そして野心を刺激した。
必要なのは武力。そしてそれを維持するための財力。そのような思考のもと、ダグラスは私兵を揃えた。農場の用心棒たちを基幹戦力とし、小作農の中から腕っぷしの強い者を集め、己の率いる武装集団とした。
そして、周辺の人里を服従させ、守ってやる代わりに税を納めるよう命じていった。支配下に置いた人里からも私兵を集め、戦力を増強した。一地域の支配者となる上で己の呼称が必要となり、軍事指導者として強そうに聞こえるから、という理由で「将軍」を名乗るようになった。私兵たちには「従士団」という立派な呼称を与え、そして己の支配域には、地元の古い地名であるバーデンの名を冠した。
およそ三千人の人口を擁する領地を築いたダグラスは、しかしまだ満足してはいなかった。帝国軍の撤退後、不安定な状況が続くアロナ島で生き残るには、今の領地規模では足りないと考えていた。数年でこれだけの勢力を築いた自分ならば、もっと上を目指せるはずだと信じていた。より大きな力が欲しい。それを支えるための巨大な支配域が欲しい。そう考えながら、ティリス川以南の勢力図が一応定まった中でも新たな行動を起こす機会をうかがってきた。
混乱の深まる大陸よりアロナ島に逃れ、偶然にもバーデン領に流れ着いた三十人ほどの傭兵たちを雇い入れたのは、ある意味では覚悟の体現だった。常備兵力を大幅に増やした以上、近いうちに別勢力の支配域を奪い取るか、少なくとも大きく切り取り、これだけの兵力を維持できるよう権勢を拡大する必要がある。あえてそのような状況に己を置いたダグラスが、北か東か西か、どの方向へ侵攻を為そうかと考えていたところ――西隣のリンダム王国との係争が発生した。
初めは領民同士の暴力沙汰だったが、瞬く間に支配者同士の本格的な係争に発展した。そうなるようダグラスは意図的に振る舞った。この好機を逃すことなく、リンダム王国と戦うことを決断したからこそ。
こちらの倍近い人口規模を誇り、三年前には戦力差を覆して他勢力の軍勢に圧勝を治めたというリンダム王国は、強敵であることは間違いない。この三年は大人しくしているが、だからといって舐めてかかっていい相手ではない。
だからこそ、勝ってその支配域を奪い取れば、自分は大躍進を成せる。合計で八千を超える人口を抱えれば、このティリス川以南において自分に太刀打ちできる敵はいなくなる。傭兵を迎えて兵力を増した今ならば、勝ち目は十分にある。
そう考えながら、ダグラスがあえて一線を越えてリンダム王国側の軍事行動を誘ったところ、敵はその誘いに乗ってきた。
「……やはり、ここまで挑発されれば攻勢に出るか。それにしても兵力を集めるのが早いな」
リンダム王国国王を名乗っている為政者エドウィンが、総勢およそ二百の軍勢を率いてバーデン領との境界付近に迫ってきた。リンダム王国領土へと繋がる街道沿いに配置していた見張り役の従士からそのような急報をもたらされ、ダグラスは特に驚くでもなく独語した。
「ローガン。敵側が先んじて動いたが、こちらの軍勢も今日中には数が揃うな?」
「はい。夕方までには領内の全ての人里から民兵が到着するでしょう。徴集兵に加えて、戦利品や褒美が目当ての志願兵も現時点でそれなりに集まっております。こちらの総兵力は当初の予想以上となる見込みです」
自身の拠点である大農場の館。広間で立派な椅子の背にもたれた姿勢のまま問うと、傍らに控える従士長が首肯する。
「ならばよい。敵軍は明日か明後日にはこの地へ到来するだろう。バーデン領が揃え得る最大限の軍勢をもって撃滅してやる……王を名乗る男に打ち勝った後は、私も名乗りを将軍から王に改めるか。バーデン王国というのも、なかなか荘厳な響きじゃないか?」
「良い御考えかと思います。周辺を見ても、最近は自らを王を名乗り、支配域を国と呼ぶ為政者が増えていますので。その流行に乗る丁度いい機会になりましょう」
祖父の代から三代にわたって農場の用心棒筆頭として雇われ、若い頃はダグラスと共に修行の一環でロドニア帝国軍に所属し、今は従士たちの長として統治を支えてくれている。ダグラスにとってまさに右腕と呼ぶべき最側近であるローガンは、微笑しながら返した。
ダグラスも上機嫌に笑み、エールの杯をあおる。一息に飲み干して杯を空にすると、テーブルに叩きつけるように置く。
「……エドウィン・リンダム。勇猛な武人と事なかれ主義の為政者、どちらが素顔なのかをこの戦いで見極めてやろう。見極めた上で、奴の持ち得る全てをもらい受けるとしよう」
三年前にリンダム王国が支配域を倍増させた戦いについては、色々な噂が聞こえている。それによると、エドウィンは自ら武器と盾を持ち、軍勢の先頭に立って勇ましく戦ったという。
一方でこの三年間の彼は、自国が揉め事に巻き込まれることを露骨に厭っている様子で、ひたすら穏便な立ち回りに終始しながら己の支配域に籠っていた。三年前の勇戦の噂は誤りか誇張で、戦力差を覆しての圧勝も単なるまぐれ勝ちだったのかと思えるほどの変貌だった。
それがここに来て、やけに強気な内容の書簡を送ってきたかと思えば、こちらの挑発に対して即座に軍事行動を起こしてきた。今ひとつ掴みきれない彼の本性も、これから決戦で直に対峙すれば分かるだろう。




