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【書籍化決定】我が覇道を讃えよ ~尊大不遜な元傭兵、辺境で勝手に建国して成り上がる~  作者: エノキスルメ
第二章 拡大する版図

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第五十四話 競争

「――結局、我が国はこの一年間も平穏のままだった。隣り合う勢力と武を以て対立することもなく、民力休養と軍事力の強化に終始していた。毎年特筆して語るべきことがなく、こうして顔を合わせてくれる貴殿には申し訳ないほどだ」

「そのように思う必要はない。貴国が平穏の中にあったのであればこちらとしても何よりだ。人の世の真理として、平和に勝るものはないだろうからな」


 リンダム王国領土の北端。ティリス川下流の南岸に位置する開けた土地で、エドウィンはベルノニア王国国王ブレドリックと言葉を交わしていた。日差しを遮る天幕の屋根の下、互いに椅子に座ってワインの杯を手に語らっていた。


 ティリス川下流を挟んで国を並べるブレドリックとエドウィンが友好を結んだのが、今より三年ほど前のこと。以来、エドウィンたちは交易を為したり、時節の挨拶の書簡を送り合ったりしながら、年に一度ほどはこうして直接会談している。

 今回はティリス川のリンダム王国側にエドウィンが会談の場を設け、ブレドリックを招くかたちをとっていた。


「むしろ、私は貴殿のことを羨ましく思う。何せこちらは、毎年のように民を動員し、隣り合う勢力と戦ってばかりいるからな。戦いそのものはもちろん、戦後処理もそれなりに手間がかかる。おかげでなかなか気が休まらない」

「……それはそれは。何とも羨ましい悩みだ。そのような悩みを抱くことができるのも、貴殿の才覚とベルノニアの軍勢の強さがあってこそだろう。勝利の後の悩みは、勝者だけのものだからな……貴殿の順調な歩みについて聞いていると、さすがに焦りを覚えてくる。こちらは領土拡大に向けて万全の態勢を整えようと努めているうちに、もう三年も引き籠ってしまった」

「お互い、隣の芝生は青く見えるというわけか」

「ああ、そういうことだ」


 そう言って、エドウィンとブレドリックは揃って笑う。

 表向きは友好的に語らいながら、言葉の端々に自慢を込め合う。エドウィンたちにとっては毎年恒例となっているやり取りだった。


 ティリス川以南ではこの数年のうちに勢力図が概ね定まり、どの勢力にも属さない孤立した人里というものはなくなった。リンダム王国の東には、今では数千程度の人口を抱える勢力がいくつも並び、各勢力の支配者たちは王やら総督やら将軍やら好き勝手な称号を名乗っている。エドウィンは各勢力の動向を警戒しつつ、しかし直接的な衝突は避け、穏便な交流や交易を行っている。


 そうしてリンダム王国が沈黙を保つ一方で、他の勢力はそこまで大人しくはしていない。互いを交易相手としながら、同時に仮想敵とも見なし、ときには仮想ではなく実際の敵として武力をもって激突することもある。

 それはベルノニア王国のあるティリス川以北も同じ。そのような情勢の中で、ブレドリックは毎年のように軍事行動に臨んでおり、隣り合う勢力の支配域を切り取り、ときに支配者を打倒して完全に併合し、既に人口規模で一万に迫るほど領土を拡大しているという。


「しかし見方を変えれば、形は違えど互いに順調に覇道を歩んでいるとも言えるな。私は何らの妨害を受けることなく国力を蓄え、貴殿は大きな困難に阻まれることなく着実に勢力を増している、ということになるのだから」

「確かに貴殿の言う通りだ……言うまでもないが、特筆すべき困難なく領土を拡大できていることは喜ばしい。帝国軍人だった頃に一生分の困難を経験したと思っているからな。願わくばこの先は安楽な覇道を歩みたい」


 ブレドリックの言葉を受け、エドウィンは笑いながら自身の膝を叩く。


「はははっ! 安楽な覇道とは。何とも面白い表現だ……帝国軍時代の苦労か。さぞ凄まじいものがあったのだろうな」

「まさしく。騎兵として入隊したことに加え、幸いにも私自身が軍人に向いていたようで早々に士官となったが、おかげでロドニア人ばかりの同僚たちからは妬まれ、やはりロドニア人で名家出身者の多い上層部からは疎まれた。隷属民呼ばわりをされる程度ならばましな方で、猿呼ばわりや豚呼ばわりをされることも日常茶飯事だった。わざと危険な任務にばかり臨まされ、死にかけたことも一度や二度ではない。三十人で百人以上を相手取る戦いなど、我ながらよく乗り越えたものだ」


 語りながら当時のことを思い出したのか、ブレドリックは深々と嘆息する。


 彼の父親は傭兵上がりの自作農で、次男であるために土地を継げない彼は父親から武芸と馬術を仕込まれ、帝国軍に入隊したのだと、エドウィンは以前に聞いたことがあった。帝国軍の腐った内情についても聞いていた。

 が、帝国軍時代の彼の個人的な経験を語られるのはこれが初めてだった。ブレドリックが語る気になったのは、決して愉快ではなかった過去の経験を明かすことで友好を深めるつもりなのか、あるいは単に自虐を装った自慢をしたくなったためか。


「なんと……想像を絶する苦痛だったことだろう。よくぞ耐え抜いたものだと心から尊敬する。それほどの苦痛に勝る利益が?」

「あった。どれほど困難な任務であろうと達成してみせた私は、アロナ島で砦のひとつを任されるという『栄達』を成した。上官どもは無駄に能力の高い被征服民を辺境へ左遷したつもりだったのだろうが、口実としては栄達であり、故郷への凱旋を果たした私個人にとっても栄達だった……要するに、帝国は能力と実績を兼ね備えたこの私を、表向きだけであろうと認めざるを得なかったというわけだ。私は己を帝国に認めさせることで帝国に打ち勝ったのだよ。この揺るぎない勝利は、今もなお我が精神の支えとなっている。偉大な帝国にさえ勝ったのだから、一国の王が務まらないはずがない。帝国に勝った男を、世界が王と認めないはずがない。そう思えばこそ、私は何ら悩むことなく覇道を歩むことができる」


 語るブレドリックの瞳には、燃えるような敵意と、同時にまばゆい憧憬の色があった。彼は今、本心から言葉を紡いでいるのだと分かった。


「貴殿はどうだ? 私と同じ状況にあったとしたら、同じ苦痛に耐える自信はあるか?」

「いや、とても耐えられる気がしない。侮辱を重ねられた時点で、上官だろうと斬り殺してしまうだろう。私は堪え性がないからな」


 上官殺しを堪え性の問題で片付けるエドウィンの言葉に、ブレドリックは小さく噴き出す。


「なので、屈辱を甘んじて受け入れることも、自分が臨んでやる義理のない死闘に臨むことも生涯経験したくないものだ。そのような目に遭わないためにも、己自身を己の主人とする王であり続けたい」

「つまりは安楽な覇道を求めるか」


 ブレドリックの言葉に、今度はエドウィンの方が噴き出す。


「まさしく、安楽な覇道だ。これはなかなか良い言葉だな……そのためには、より強い国の、より強い王にならなければ」

「では、貴殿もいよいよ蓄えた力を使うか」


 その問いにエドウィンは言葉を返さず、代わりに首肯で応えた。


「エドウィン王、ここはひとつ競争といかないか?」

「競争?」


 小首を傾げたエドウィンに、頷くブレドリックの顔には楽しげな微笑が浮かんでいた。


「左様。私は今のかたちで領土拡大を成すのであれば、このアロナ島南西部と中央部の境界、カレド山脈をひとまずの終点とするのが適当であると考えている。おそらくだが、貴殿も同じ考えではないか?」

「……確かに、相違ない」


 アロナ島南西部は島の中央部から突き出すように陸地が広がっており、カレド山脈はその付け根の部分にあたる。南西部を南北に二分する大河であるティリス川も、このカレド山脈の中に源流を持っているという。


 丘陵や小さな山地程度ならばともかく、本格的な山脈を越えて征服を為そうとすれば相当の困難が予想される。そもそも、アロナ島内の社会全体が一度崩壊して未だ不安定である現状、無秩序に領土を広げれば支配に苦労するのが目に見えている。

 なのでエドウィンは、カレド山脈の麓まで、すなわちティリス川以南の全てを領土に併合し、数万人の民を従えたところで征服行のひとまずの完了とするのが適当だと考えていた。その辺りが今の現実的な限界だろうと思っていた。


「ベルノニア王国もリンダム王国もアロナ島南西部の西端に誕生し、我々はカレド山脈を終点と見て東へ領土を広げようとしている。では、先にカレド山脈まで領土を到達させた方が勝ち、と見て競争をするのは一興ではないか?」

「はははっ、確かにそれは一興だ……が、遊びに興じながら領土拡大を為すのは危うい。せっかくの誘いを断って申し訳ないが、私は己の計画に基づき、粛々と歩みを進めることにしよう」


 エドウィンの言葉に、ブレドリックはさして残念がる様子も見せない。


「そうか。確かに、貴殿の言葉に理があるだろう……歩む速さは人それぞれだ。誰もが足の速い者に合わせる必要はない」


 そう言って、ブレドリックは薄く笑んだ。それに対し、エドウィンは小さく片眉を上げた。


「まさしく。誰と競うでもなく、歩みたい速さで歩むのが最善だ」


・・・・・・


 この年の会談も、少なくとも表面上は穏やかに終えた後。ベルノニア王家の所有する輸送船に乗ってティリス川を横断しながら、ブレドリックは鼻を鳴らす。


「まったく、相変わらず生意気で不愉快な小僧だ」

「はははっ! 今日も今日とて嫌っておりますなぁ、国王陛下」


 会談の後はエドウィン王の悪口をひとしきり語るのが毎年の恒例。今年も例に漏れない主君の態度を受け、帝国軍時代からの側近が可笑しそうに言った。気心の知れた側近に対して今さら表情を取り繕う必要もないので、ブレドリックは不貞腐れた態度を変えない。


 自分は帝国士官上がりのアロナ人の王よりも上手く立ち回り、苦痛など避けて覇道を歩んでみせよう。エドウィン王がそのように考えているのは明らかだった。あの小賢しい若者ならば実際にそうしてみせるかもしれないと思えるからこそ、余計に癪に障る。

 もう少し可愛げがあれば、表面的なものだけではない友人と認め、多少は好感を持ってやったものを。心の片隅でそう思いながら、しかし別の片隅ではお互い様だろうとも考える。エドウィン王の方も、こちらのことを気に食わない奴だと思っていることは想像に難くない。余裕ぶりながらも競争心を隠しきれておらず、実に分かりやすかった。その辺りに関しては、若者らしく可愛らしい青臭さが残っていると言うべきか。


「……決めたぞ。奴は競争の誘いに乗らなかったが、関係ない。私の方が先にカレド山脈まで到達してみせよう。そして、奴の遅い歩みを高みから見物してやろうではないか」


 不愉快な小僧が悔しがる様を想像しながら、ブレドリックは不敵に笑った。


・・・・・・


「まったく、相変わらず気色の悪い矛盾男だ」


 都への帰路で黒毛の愛馬ノックスの背に揺られながら、エドウィンは吐き捨てるように呟く。

 会談の後はブレドリック王の悪口をひとしきり語るのが毎年の恒例。今年も例に漏れない主君の悪態を聞きながら、傍らの戦士長ジェラルドは小さく肩を竦めただけだった。


「アロナ島が帝国の支配から解き放たれてもう五年だ。それなのにあいつときたら、あらゆる話題に引っかけて帝国への憎悪や憧憬をちらつかせて……まるで昔の恋人を忘れられない執着人間だ」


 その言い様が面白かったのか、会談に同行していた祭司長フィオナが小さく噴き出す。


 いつまでも帝国への愛憎を己の価値観の基準に据えているブレドリックの思考や言動は、エドウィンに言わせれば馬鹿げている。おそらく好き好んで生涯帝国の呪縛に囚われるつもりなのだろうが、奴の場合はそれでも特に支障なく王としてやっていけそうなあたりが面白くない。


「……あんな老い枯れた国に執着して何になる。未練がましく憧憬を抱き続けて何になる。覇権国家としての帝国など、既に滅び去ったも同然だというのに」


 奴と話していると、こちらまで帝国を意識し続ける羽目になって実に不愉快。せっかく帝国社会のしがらみから解き放たれ、亡父ケンウルフの果たせなかった成り上がりを実現してみせたというのに、嫌でも帝国の気配が付きまとってきて苛立たしい。

 せめてもっと、奴が過去に囚われない清々しい気質の人物であれば、表面的なものだけではない友人として多少は好感を抱いてやったものを。

 とはいえ、おそらくは向こうもこちらを気に食わないと思っているであろうから、お互い様ではあるが。


「陛下が会談にそのような御感想を持たれていたと記録いたしますかぁ?」

「はははっ、まったく我が祭司長は意地悪だな。私に言われるまでもなく分かっているだろう。例年通り、エドウィン王は隣人との友好的な会談を楽しんだと書に記しておいてくれ」


 王の生涯をまとめた伝記の執筆も担っているフィオナは、クスッと笑いながら「承知いたしましたぁ」と答えた。


「……競争か」


 ふと呟くように、エドウィンは言う。


「こちらの覇道の歩みが遅いと遠回しに皮肉を言うくらいだ。奴の方がカレド山脈までの征服行を先に成し遂げたら、きっとその成果を誇ってくるだろうな。まるでこちらに見せびらかすように……ひどく癪に障りそうだ」

「では、やはり競争に乗ると後日に書簡でも送りますか」


 ジェラルドに問われ、エドウィンはかぶりを振る。


「冗談を。奴の安い挑発には乗らないさ。だから、もし奴が先にカレド山脈までを征服し尽くしたとしても、私は敗けを認める必要も、悔しがる義理もない……だが、もし私が先に征服行を成し遂げたら、世間はエドウィン王がブレドリック王よりも先に国を完成させたと見なすだろう。歴史は私が奴に勝ったと語るだろう。わざわざ私が宣言したり誇ったりせずとも」


 言いながら、エドウィンは品のない薄ら笑みを浮かべる。


「勝てば誇れる。敗けはそもそも存在し得ない。なんて都合の良いことだろう。ジェラルド、そう思わないか?」


 詭弁も同然の屁理屈を語った主君に、ジェラルドは呆れ交じりの苦笑を返した。


「征服行を急いてあまり御無理をなさるようなら、戦士長として遠慮なく諫言しますよ」

「それでこそ我が最側近だ。なんと頼もしい言葉だろうか」


 上機嫌になりながら、エドウィンは心地良い秋空の下で都への帰路を進む。

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